泡を食ったフランス政府、ゴーン事件の黒幕は誰だ?

6月13日(木)6時0分 JBpress

 東京地検特捜部は、なぜカルロス・ゴーン氏の逮捕に躍起となったのだろうか? 「時代の空気」を味方につけ、組織の復活を印象づけたいという法務・検察の思惑が見え隠れするが、本事件にはそれだけでは片づけられない複雑な背景があった。日産とルノーの背後で、ゴーン失脚のシナリオを描いた陰のプレイヤーとは? ジャーナリスト、須田慎一郎氏が、日本経済史を揺るがした大事件の裏側を明らかにする。(JBpress)

(※)本稿は『なぜカリスマ経営者は「犯罪者」にされたのか?』(須田慎一郎著、イースト・プレス)の一部を抜粋・再編集したものです。

ゴーン事件と東京地検特捜部

 かつて1970年代から2000年代にかけて、東京地検特捜部は「日本最強の捜査機関」という称号をほしいままにしていました。また、特捜部に所属する検事たちも、そのことを強く自負していました。そして、その東京地検特捜部を抱える検察庁も、同部をみずからのアイコンとするかたちで、日本のエスタブリッシュメントのなかにおいて、まさに畏怖される存在となっていたのです。

 では、東京地検特捜部の何が「日本最強」だったのでしょうか。その問いに対する答えをひとことでいってしまうなら、「巨悪」に立ち向かうという点で日本では唯一にして絶対の存在、ということになるでしょうか。

福岡市で取材に応じるフランスのブリュノ・ルメール経済・財務相。仏政府がルノー株の保有率15%を引き下げることで日産とルノーの提携関係が「より強固」になるのならば、保有比率引き下げを検討することもあり得ると述べた。 AFP TVの動画より(2019年6月8日撮影)。(c)Quentin TYBERGHIEN / various sources / AFP〔AFPBB News〕

 その具体例をひとつだけ挙げるとするなら、ロッキード事件捜査にからんで、かつて政治権力の頂点に君臨していた田中角栄元総理をその絶頂期に逮捕・起訴した東京地検特捜部が、その最たるケースだといえます。しかし、現在、その「日本最強の捜査機関」なる金看板は、まさに崩れ落ちそうな様相を呈しているのが実情でしょう。

 だからといって、検察サイドがそれをよしとしているわけではありません。むしろ、まさにいま、現在進行形で「日本最強の捜査機関」の復活に向けて躍起になっている最中なのです。そうした一連の動きのなかに日産・ゴーン事件は位置づけられるといえるでしょう。つまり、日産・ゴーン事件は、特捜部復活をかけて挑んだ捜査なのです。したがって絶対に失敗は許されません。

 カルロス・ゴーンを何がなんでも有罪に持ち込むことが、特捜部の復活にはどうしても必要不可欠だと検察サイドは考えているようです。とはいえ、ゴーンは果たして「巨悪」でしょうか。

 そして仮にゴーンを有罪に持ち込んだとして、国民世論は東京地検特捜部に拍手喝采を送るでしょうか。正直いって、筆者にはどうもそうは思えないのです。いったい、「日本最強の捜査機関」は、どこに向かおうとしているのでしょうか。

「無罪請負人」弘中弁護士の主張

 日産・ゴーン事件の本質を理解するうえできわめて重要な動きが2019年4月2日にありました。もっとも、この動きについては、ほとんどのメディアが事実上スルーしているのが実情です。それゆえに、読者のなかにもご存じない方もおられるでしょう。そうした事情を考慮に入れたうえで、ここできちんと振り返っておきます。

 その日、ゴーンの弁護人で、「無罪請負人」として知られる弘中惇一郎(ひろなかじゅんいちろう)弁護士が日本外国特派員協会で記者会見を開き、ゴーンとワンセットで金融商品取引法違反の罪に問われた法人としての日産について、両者の裁判を分離するよう、東京地裁に書面で申し立てました。

 併せて公判を担当する裁判官の構成も変えるよう求めたというのです。弘中によれば、この申し立ては4月2日の午前に行われたとのことでした。そもそも、この金融商品取引法違反事件に関していえば、被告は以下の三者、ゴーン、ケリー、そして法人としての日産です。

 ところが、ゴーン、ケリーと日産では置かれている立場がまったく異なります。180度異なるといっていいでしょう。ゴーンとケリーはこの件に関して全面的に無罪を主張しているのに対し、日産サイドは検察とのあいだで「司法取引」に応じ、その罪を全面的に認めているからです。

 弘中は前述の記者会見の席上、こう説明してみせました。

「(法人としての)日産は検察官と一体となってゴーン元会長を追及してきた。にもかかわらず、一緒の席で審理を受けるのは公正な裁判に反する」

地検サイドの狙いは?

 つまり、日産サイドは検察側のストーリーに完全に乗るかたちで捜査に協力し、調書を作成していることは間違いありません。その一方で、ゴーンとケリーはまったく逆の立場にいるわけです。利害関係が完全に対立する三者が、公判では同じ被告人席に座るのです。法廷での証言は、ゴーン、ケリーと日産では正反対のものとなるでしょう。

 こうした状況を踏まえ、弘中はゴーン、ケリーと日産の刑事裁判を分離せずに併合したまま審理を進めたなら「フェアトライアル(公正な審理)」に反するとしたのです。これはきわめて重要な指摘であると同時に、検察側にとってはきわめて痛い指摘だったといっていいでしょう。

 なぜなら、筆者が検察関係者から聞きおよんだところによれば、地検サイドは意識的にゴーン、ケリー、そして日産をひとつの起訴状での起訴に持ち込み、同じ裁判体(個別・具体的な訴訟事件について判断する裁判官から構成される訴訟法上の裁判所を指す)での審理となるように仕向けたからです。

 そして裁判所は、そうした検察側の思惑を知ってか知らずか、分離せずに裁判を行うという判断を下したのです。さらに、そのことに関連して、5月に入ってきわめて興味深い事実が明らかになりました。

地検と西川社長との「司法取引」

 その“事実”とは、前述の金融商品取引法違反事件に関連して、都内に住む男性が日産の西川廣人(さいかわひろと)社長を同罪で刑事告発していたことの結論が出たことを指します。

 結論から先にいえば、東京地検特捜部はこれを4月26日付で不起訴にしました。そもそも事実関係をいうならば、ゴーンが起訴された報酬過少記載のうち、西川は2016年度分と2017年度分の報酬支払い文書にサインしていたのです。

 だとすれば、西川もゴーンと共犯関係にあるはずだ、というのが告発者の主張です。筆者としても、そうした告発者の主張についてはもっともだと考えます。仮にこの件に関してゴーンの犯罪が問われるのであれば、少なくとも形式的には西川の共犯性は濃厚だといえるでしょう。

 にもかかわらず、東京地検特捜部はそれをいっさい不問に付したのです。その一方で、西川は東京地検特捜部の捜査に全面的に協力しているのです。

 このことを考えて、東京地検特捜部と西川とのあいだには事実上の「司法取引」が成立していたと見られています。果たして、こんな状況下で「フェアトライアル」が保障されているといえるでしょうか。はなはだ疑問です。いずれにしても、東京地検特捜部が法の精神を無視し、ありとあらゆる手を使ってでもゴーンを有罪にしようとしているのは明らかです。

つくられた事件、意外な登場人物

 この物語の主人公は東京地検特捜部、それに対立する存在として完全無罪を主張する悪者ゴーンと、彼を守る「無罪請負人」の弘中弁護士がいます。その間に立つ日産自動車の西川社長がいて、さらにほかにも登場人物がいます。それが日本政府です。

 最終的に今回の事件の背景にいたのは、経済産業省および官邸だったのではないかという観測が広がっています。

 なぜ、官邸かというと、1つ目は、永田町内での次期検事総長の人事をめぐる法務・検察との対立があります。2つ目は、ルノーによる日産吸収をよしとしない経産省が弓を引かせて日産から検察にリークさせたというものです。

 まず前者について考えてみましょう。検事総長はまぎれもなく法務・検察のトップで、誰がその座につくかで検察のあり方が決まります。9割方は東京高検検事長になった人物がそのまま検事総長につくという不文律があります。

 いまの東京高検検事長は官邸ベッタリといわれている黒川弘務(くろかわひろむ)です。そんな黒川を次の検事総長に据えるべきではないとする動きが法務・検察のなかにはありました。みんな公平な立場で検事総長の座を待っているわけではなく、そこにたどり着くまでのルートがあり、その前の段階から出世をめぐる暗闘があるのです。

 2019年1月8日付で法務・検察の一連の人事が発表されました。このとき、東京高検検事長には黒川弘務がつきました。東京高検検事長は法務・検察のトップである検事総長の一歩手前の役職です。東京高検検事長の経験者の8人中7人が検事総長になっています。法務・検察でナンバーツーの存在です。

 そんな黒川検事長が次の検事総長の最右翼と見られていますが、そうはすんなりいきそうにない状況もあります。さかのぼって2018年1月9日付で名古屋高検検事長に就任していた林真琴(はやしまこと)という人物の存在があるからです。

次期検事総長は、黒川か?林か?

 じつは林と黒川は因縁のライバル関係にあり、おそらく次の検事総長ポストを争うでしょう。黒川は政権与党に近いと見られている人物である一方で、林は法務・検察のエースといわれています。

 各省庁において課長、部長、局長を経て次のトップポストである事務次官になるべき人間だと期待がかけられ、同期トップとして出世していく。これが官僚の世界では一般的です。それにあたるのが林でしたが、なぜ、東京高検検事長に任命されなかったのでしょう

 じつは、黒川のほうは「郵便不正事件」の証拠であるフロッピーディスクの内容を改竄した事件、「大阪地検特捜部主任検事証拠改竄事件」の不祥事が起こった直後、2011年から法務省官房長を5年も務めています。法務省官房長は国会対応のトップという立場です。このあいだ、法務・検察が厳しい状況に置かれたときに政権与党とのパイプ役としてロビイング活動をしてきました。

 そのため、政権与党との関係が非常に深いといわれているのです。黒川は共謀罪や入国管理法改正など野党の根強い反対がある一方で、法務・検察サイドからすれば使い勝手がよく強力な武器になるような法案の整備に向けて尽力しました。

 一方、ライバルの林は将来の検事総長のエリートコースを歩んできました。役所のなかの期待の星であり、ある種、予定調和的に「林が将来の法務・検察を引っ張っていく」という役人らの価値観のなかから生まれてきた人間でもあります。

官邸と法務・検察、それぞれの思惑

 役所側からすると林は将来の検事総長ですから、そのステップをきちんと踏ませたいため、林の事務次官就任を希望していました。しかし、黒川が政権与党の覚えがめでたくなり、「こういう人間が法務・検察の中枢にいれば、われわれも何かとやりやすい」という官邸サイドの強い押しもあって、事務次官というポストにつきました。

 事務次官の次が東京高検検事長、そして検事総長と続くため、事務次官に黒川がつくと出世すごろくの流れが狂ってしまいます。ここにひとつ、検察と官邸との軋轢(あつれき)が生まれました。

 法務・検察の主流派としては、林真琴が検事総長になるべきだという主張が根強いです。なぜなら一定の独立性を維持するためです。加えて法務・検察の人事という聖域に、政治が内閣人事局を通じて手を突っ込むのはけしからんという役人特有の考えもあります。

 その点でいうと、なぜ、わざわざ政権与党を利するような日産・ゴーン事件に着手したのかが疑問です。たとえば検事総長人事に手を突っ込ませないための見返りとして、この事件をあえてしかけたという見方もあるでしょう。それくらい法務・検察は検事総長人事をめぐって官邸とすごい緊張関係にあるのです。

ゴーン事件の裏にちらつく経産省の影

 次に経産省が弓を引かせて日産が検察にリークしたという2つ目の根拠についても考えてみましょう。

 特捜部があえて日産自動車の下請になった理由について考えると、内閣総理大臣秘書官で経産省出身の今井尚哉(いまいたかや)の存在が思い浮かびます。今井は安倍総理の遠い親戚です。官邸秘書官は財務省、外務省、経産省、警察庁から来るのが不文律となっていますが、そのなかでも内閣総理大臣秘書官はまた別格とされています。

 経産省は、日産自動車が完全にフランスの会社となってしまうのは、よしとしません。そこで経営統合をひっくり返すために事件をしかけた。本来ならゴーンの報酬の件で了承し、サインまでしていた西川社長も同罪に問われるはずなのですが、司法取引の対象となって、いまのところなんら罪に問われていません。

 日本の大手企業は人事報酬委員会という制度があり、3割から4割が導入しているとされています。人事報酬委員会とは、経営トップが報酬や人事などについて自分で自分のことを決めるのは透明性が低いため、委員会の委員に決めてもらおうというものです。

 また、監査委員会設置会社というものもあります。これは監査役が報酬や人事を検査するというものです。これらは会社のガバナンスがきちんと機能しているかどうかの評価基準にもなります。

 日産自動車には人事報酬委員会がなく、監査委員会である程度チェックしたうえで最終的に代表権がついている人が決裁するかたちになっています。日産自動車においてはそれがゴーンとケリーと西川の3名になるのです。

 ゴーンは自分のことを自分で決め、それを了承したことでケリーも逮捕された。しかし、西川は逮捕されなかった。なぜなら、司法取引があったから、というのがエクスキューズになっています。

 今回の事件の端緒はなんだったのか。日産内のクーデター。もちろんそういう側面もあるでしょう。ゴーンやケリーは西川にとって目の上のたんこぶであり、ルノーに吸収合併されたくない。そこで検察に垂れ込んで司法取引を交換条件に情報を出す。これなら比較的ありがちでシンプルなストーリーです。

「西川はゴーンの茶坊主で何も決められない」なんてことを話すジャーナリストもいますが、本当にそうだとしたら、そんな人物が事件の先頭に立てるのでしょうか。または日産の独立派の役員につめ寄られて反ゴーンになびいたとも考えられなくもないですが、そんなに小さな話なのでしょうか。

慌てるフランス政府、冷静な日本政府

 この事件の大きな背景には世界的な自動車業界の再編がありました。自動運転つき自動車や電気自動車の開発が進んでいますが、これには莫大な投資が必要になります。ものすごく技術開発費が必要ですから、ルノーも日産自動車も自社開発だけでは厳しい。

 しかもフランスでは2040年にはハイブリッドを含むガソリン車を販売してはいけないという法律が成立しています。つまり、100パーセント電気自動車でなければならないのです。パーキングメーターのようなかたちをした路上のプラグイン充電器などといったインフラも整備されてきましたが、まだ一気に電気自動車化されるわけではありません。

 また、規模の利益という面からいっても協力は不可欠です。「ルノー・日産・三菱アライアンス」は車の販売台数では世界第2位ですが、経営がバラバラになれば3位以下に転落してしまいます。そうなると電気自動車を、ルノー・日産・三菱アライアンス基準で統一できなくなるでしょう。

 世界で戦うにはある程度のマーケットシェアが必要なため、アライアンスをつなぎ止めておかなければ将来を展望できません。ルノーは43パーセントの日産自動車の株を持っていますから、資本関係上は日産自動がルノーの連結子会社となっています。ただ、3社のアライアンスというかたちで「ルノー日産BV」という統括会社の本社をオランダに置き、その会長をゴーンが務めていました。

 ここは日産自動車とルノーが折半出資しています。本来ならそうではなく、そこを持ち株会社にして、その傘下にルノーも日産自動車も入るべきでした。「ゴーンの個人的な影響力によって統括会社を持ち株会社のようにしてアライアンスを保っていましたが、ゴーンがいなくなれば果たしてどうなるでしょうか。

日本政府の不気味な冷静さ

 いずれにせよ、自動車は日本経済を支える重要な産業です。そのため、アライアンスというかたちでの戦略的提携ならまだしも、ルノーにすべて吸収されるとなると話が変わってきます。日本を代表する大手企業をみすみす手放してしまえば経産省にとって大きな痛手になるでしょうし、アベノミクスを標榜する安倍政権にとっても悪影響をおよぼします。

 そこで今井秘書官を中心に官邸、経産省が裏で西川を動かしたのではないかという観測が出てきたというわけです。

 その証拠に、事件化したときに少なくとも日本政府はあたふたしませんでした。巨大企業に東京地検特捜部の手が入ったにもかかわらず、ある意味で冷静な対応をしていたのが不思議です。まるで事前にスケジュールがわかっていたかのようでした。

 一方のフランス政府はかなりあたふたしており、まさに寝耳に水の状態でした。この差はいったいなんなのでしょうか。少なくとも捜査当局の動きは官邸や経産省サイドの耳にはある程度入っていたのではないか。逆にフランスサイドには何も入っていなかった。情報の偏差があったのでしょう。

 自動車産業をめぐる日仏の綱引き。そこに官邸や経産省が介入していく余地があった。

 こう考えるほうがスムーズなのです。結果として特捜部の日産・ゴーン事件の捜査は官邸の意向に沿うかたちで行われていますが、筆者は「たまたま両者の利害が一致しただけ」だと見ています。

 日産自動車を国益の観点から守りたいという官邸側の思惑、そして平成最後に完全復活の道筋をつけたいという検察側の思惑が、たまたまいいタイミングで交錯したのでしょう。そんななか、この事件を通じていったい誰がいちばん得をするのか。それは結果が出てみないとわかりません。

筆者:須田 慎一郎

JBpress

「事件」をもっと詳しく

「事件」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ