なぜ人類は月面着陸より先に進めないのか

6月14日(木)9時15分 プレジデント社

ピーター・ティールの近影(c)Manuel Braun

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「世界で最もヤバい起業家」と呼ばれる起業家、ピーター・ティール。決済サービス「ペイパル」創業者であり、投資家としても活躍するシリコンバレーの伝説的人物です。その発想は飛び抜けています。エネルギー政策では、「あと10倍の改善は可能だ」として原子力推進が持論。医療政策では、120歳まで生きるため「若返り」の研究を進めています。彼がたくらむ人類の「アップデート」の内容とは——。(第5回)

※本稿は、トーマス・ラッポルト『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』(赤坂桃子訳、飛鳥新社)を再編集したものです。




ピーター・ティールの近影(c)Manuel Braun

■トランプ政権に加わったティールの狙いとは?


ドナルド・トランプの当選後、政権移行チームに迎えられたことで、メディアはティールがいずれ重要ポストに就任するかもしれないと書き立てた。だが、ティールの戦略はちょっとちがう。政治に関しても目端がきく彼は、西海岸にとどまるほうが自分のネットワークを活かし、テクノロジーと金融の分野で影響力を発揮できるとわかっているのだ。


「歴史の本の新たな1ページが開かれました。僕たちの抱えている問題を新しい視野に立って考える可能性が開けたのです」


トランプが選挙に勝利した直後にティールはそう発言している。公職に就いていなくても、「僕は自分のできる範囲で、大統領をあらゆる観点から助けていくつもりです」と彼は述べている。


ティールにとっては、これまでインターネット、ソフトウェア、バイオテクノロジー、運輸、宇宙開発の分野の企業に投資してきた中で浮き彫りになった諸問題に、政治的な影響力によって強力にテコ入れできる千載一遇のチャンスだった。


■世界のインフラはアップデートされていない


著書『ゼロ・トゥ・ワン』にはこんなくだりがある。テクノロジーの進歩は、60年代終わりの月面着陸と超高速旅客機コンコルドの登場でピークに達した。その後テクノロジーが停滞した理由の中でいちばん大きいのは、国による規制強化だ。コンピュータおよびソフトウェア分野だけが、独自のデジタル世界の中で、ムーアの法則とPCおよびインターネット産業の成長に助けられて大きな発展を遂げた。だがティールによれば、「私たちの社会を確実に前に進める」だけでは十分でない。ティールは2017年4月にこう語っている。


「スマートフォンは僕らの目を現実から逸らし、現実環境がひどく老朽化していることからも目をそむけさせてくれます。たとえばニューヨークの地下鉄網は、敷かれてから100年もたっています。僕らのインフラの多くはアップデートされていないんですよ」


だが政府に希望がないというわけではない。かつては核開発や宇宙計画のような複雑な人類史的プロジェクトを成功に導くこともできた。だがこの40年間に力点が置かれてきたのは社会保障やヘルスケア制度などだ。



■グローバル化は「コピペ」である




トーマス・ラッポルト、赤坂桃子訳『ピーター・ティール 世界を手にした「反逆の起業家」の野望』(飛鳥新社)

ティールはテクノロジー分野を重視する政治を望んでいる。グローバル化は彼にとっては「コピー・アンド・ペースト」でしかない。中国やインドのような躍進めざましい国々は、コピペによって先進世界に迅速に追いついている。中国の長足の進歩を見れば一目瞭然だ。


中国は「中国製造2025」計画で、代替エネルギーとeモビリティを取り入れたハイテク産業4.0の実現をめざしている。最近では中国の巨大インターネット企業テンセントがテスラ株の5パーセントを取得した。イーロン・マスクはその数週間後に訪中し、汪洋副首相と会談した。テスラは中国に工場を建設し、中国市場進出をねらっていると見られる。ティールも国際経済においては貿易障壁がもう機能しないことを知っている。


現代の資本主義体制とグローバルな資本連携はもはやとどめようがない。だからこそ急がれるのが、テクノロジーを最前線に押し出すような大きなビジョンを持つ「ニューディール」だ。だが机上では簡単そうでも、実現させるのは容易ではない。


ティールも、新しいことをはじめるには政府のカネが必要だと痛感している。新しいテクノロジーの典型がテスラとスペースXだ。しかし両社は政府援助(テスラ)と国の委託(スペースX)の恩恵も受けている。大きな事業は、政治的ビジョンと、リスクを恐れない民間サイドの気概との間のコンセンサスがないと実現はむずかしい。


■イノベーションに対する需要は持続的


そのためには、トランプが発表した数兆ドル規模のインフラ計画が有効かもしれない。財源と目されているのはテクノロジー企業だ。その計算書は天才的だ。米国の大企業の外国口座には2兆ドル以上の非課税の利益がある。アップルやアルファベット(グーグルの親会社)などの手持ち資金は毎月増える一方だ。トランプは大規模税制改革の一環として、有利な税率によって利益の本国送還を企業に促そうとしている。そうすれば国には数千億ドル規模の税金が入り、テクノロジー企業は資金を合法的に米国に戻して、それを研究開発活動や企業買収に投資できる。


この流れは、米国のテクノロジーとインフラ刷新に向けた一歩になるかもしれない。ティールは年3パーセントを超える経済成長が持続すれば、広範囲で経済に弾みがつき、あらゆる層の国民がその恩恵に浴することができると考える。高度経済成長をとげた中国は、何億もの貧しい人々が中流階級になれることを示した。


現在の米国の労働市場統計によれは、見かけ上はほぼ完全雇用が実現している。経済は十分に力強く成長しているように見える。だが実際には、多数の長期失業者が統計に反映されていない──彼らは就業斡旋の対象から外れているからだ。さらに好景気に沸くニューヨークやシリコンバレーなどを除く国内の大部分の地域では、賃上げは止まったままだ。つまり、イノベーションに対する需要は持続的に存在するのだ。



■ティールがもくろむ、トランプ政権でのイノベーション政策とは?


ではティールの目から見て、進歩的なイノベーション政策の対象となるのはどんな部門だろう?


教育を変える

米国は学校教育や専門教育の分野でかなり遅れている。世界的エリート大学として高いランクを誇るスタンフォードやバークレーがある一方で、すぐれた大学が幅広く分布しているとは言えないし、職業教育のモデルも欠如している。これがはっきりあらわれているのは社会保険加入義務のある賃金の統計だ。1979年には大卒と高卒の収入差は1万7400ドルだったが、2012年には3万5000ドルに開いている。


ティールは教育について一家言もっているが、これまでの教育のあり方は評価していない。彼は自身のティール・フェローシップで、すぐれたアイディアをもち、大学を中退して起業しようとしている若者に1人10万ドルを支給している。社会を次のレベルに引き上げるアイディアとインスピレーションあふれる人物は、大学からは生まれないと彼は考えているのだ。


それでも米国のベンチャーキャピタルは、教育部門を充実させる必要性を認識しているし、新しいスタートアップに思い切った投資もしている。その一例がオンライン教育サービス、ユダシティ(Udacity)だ。ユダシティでは、アプリやウェブサイトのプログラミング、AI、ロボット工学などきわめて実践的で良質なカリキュラムをオンラインで受講することができ、学位をとることもできる。


アメリカのヘルスケアを根底からくつがえす

ヘルスケア部門は非常に重要な分野だけに、政治の波に翻弄されることも多い。オバマケアであれトランプケアであれ、健康制度をもっと効率的にするために、米国政府は決定的なアイディアを必要としている。


ティールは、米国市民がときには他国の10倍もの薬代を支払わなければならない現状を問題視している。彼の力強い味方はウォーレン・バフェットだ。


「医療コストはアメリカ経済の競争力を奪うサナダムシですよ」


バレットはバークシャー・ハサウェイの株主総会でそう言い切った。


ティールは医学の進歩の可能性を信じていて、自身も120歳まで生きたいと考えている。アルツハイマーやがんのような難病の撲滅は、彼の懸案事項リストの中でも上位に位置している。その他にも彼の念頭にあるのは、ユーザーの栄養状態を最適化するために直接フィードバックが得られるような新しいモバイル機器だ。また体の各部位を若返らせる薬剤や方法も視野に入っている。ティールは、高齢化社会では重要なテーマがなおざりにされていると感じている。医薬品業界のとりくみも必要だが、たとえばクラウドコンピューティングやビッグデータの活用のように、ヘルスケア制度全体のデジタル改善によっても、イノベーションは実現するのだ。



法律の観点からは、医薬品イノベーション、スピード感のある医薬品の臨床研究、バイオテクノロジーの適用に関する立法が段階的に進んでいく必要があるだろう。ティールは自身のベンチャーキャピタルを通してこの分野に多額の投資をしている。またティールが2004年に創業したデータ分析会社パランティアは、すでにドイツの大手製薬会社メルク・グループとがん治療の研究を行っている。


行政機関を変える

ティールは行政の分野でも大きな改善の余地があると考え、ドイツの経済専門誌ビランツのインタビューでもこう語っている。


「基本設備は、機能不全に陥っている南ヨーロッパの国々と同レベルか、もっと悪いかもしれません」


米国は公共のデジタルインフラに集中的に投資すれば、行政の効率が大幅にアップするだろう。だがそれには大きな障壁がある。すでにパランティアでティール自身が経験したように、公庁と軍はシリコンバレー発のイノベーションに対してひどい偏見を持っているのだ。市販の標準製品が手に入るというのに、彼らはリソースと経費を潤沢に注ぎ込んで、わざわざ最初から開発しようとしている。官庁がその発想を転換することが求められる。オバマ政権もすでにそのための措置を導入したが、まだ道半ばである。


エネルギーを変える

ティールは原子力の信奉者で、この分野の研究に多くの予算を投じることに賛成している。あと10倍の改善は可能だというのが、彼の持論だ。


イーロン・マスクは、テスラとソーラーシティの連携により、21世紀の新しい電力会社──分散配置された統合型の電力会社──を建設しているところだ。マスクは、太陽電池を内蔵したスレート板と屋根瓦もとり扱っている。再生可能エネルギーの分野では非常に野心的なバフェットは、大規模なソーラーパークとウィンドパークに投資している。節税にもなり、同時に新しい支払いの流れができるからである。


水圧破砕テクノロジーの導入で明らかになったように、米国は自国のエネルギー資源を活用し、しかも効率的なエネルギー採取方法と輸送方法を利用することで、国内の生産部門で大きな付加価値と雇用を生み出している。


この部門を改革あるいは「破壊」するためには、長期的な視野に立った立法と政治的意思、膨大な資金、それに米国のテクノロジー企業の連帯も必要だ。アップル、アルファベット、アマゾン、フェイスブック、マイクロソフトの米国5大テクノロジー企業は、世界でもっとも高い企業でもある。そのイノベーションによって、これらの企業は世界中の数十億人もの顧客だけでなく、大勢の投資家たちも納得させてきた。テクノロジー企業側としては、政府が手を差しのべて、「テクノロジー本位のニューディール政策」を提案してくれたら悪い話ではない。


2016年12月にティールがアレンジしたテクノロジー企業のボスたちとトランプとの会合は、その第一歩だったが、経済性のビジョンに基づくその次の一歩を早く踏み出すことが求められる。美辞麗句だけでは投資家は納得しないし、次の選挙の票田にはならない。



AIは人間の仕事を奪わない

イノベーションと経済成長と雇用創出の兼ね合いについて考えるとき、ティールは、「テクノロジーの進歩は雇用をうばう」とする経済学者たちとは距離を置いている。シリコンバレーでも、無条件のベーシックインカムを擁護する人間はいる。人間が「考える機械」AIに仕事を奪われるのではという心配もある。


しかしティールはそうは考えない。


「人間は仕事と資源をめぐって競争しますが、コンピュータには競争がありません」


『ゼロ・トゥ・ワン』で彼はそう述べている。テクノロジーは彼にとっては人間の能力を補うもので、グローバル化と価格圧力の影響下にある被雇用者の生産性を高め、より高い付加価値の可能性を与えてくれる。


「人間は計画を立て、複雑な状況で決定を下すことができます。コンピュータは正反対です。すぐれたデータ処理者ですが、もっとも簡単なことでも決定できません」


彼は自身の経験から、人間と機械は協力しあい、そのときどきで互いの強みを活かして最適なソリューションを見つけ出せると考えている。


21世紀にはコンピュータが人間を凌駕するときがくるだろうか? というブルームバーグのインタビューに対し、ティールは、それは経済の問題としてではなく、政治あるいは文化の問題として考えるべきだと答えている。彼があげた例は、地球外生命体が地球に降り立った場面だ。それを見た私たちは「それ」が自分たちの仕事にどんな影響を及ぼすか考えるのではなく、それが友好的か、友好的でないかを気にするだろうというのだ。


彼の指摘は核心をついており、政治と社会に新しい視野を広げ、従来型の思考にとらわれない考え方をするための刺激を与えてくれる。


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トーマス・ラッポルト(Thomas Rappold)

起業家、投資家、ジャーナリスト

1971年ドイツ生まれ。世界有数の保険会社アリアンツにてオンライン金融ポータルの立ち上げに携わったのち、複数のインターネット企業の創業者となる。シリコンバレー通として知られ、同地でさまざまなスタートアップに投資している。シリコンバレーの金融およびテクノロジーに関する専門家として、ドイツのニュース専門チャンネルn−tvおよびN24などで活躍中。他の著書に『Silicon Valley Investing』がある。

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(起業家 トーマス・ラッポルト 撮影(ピーター・ティール)=Manuel Braun)

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