福岡が"東京と張り合うこと"をやめた理由

6月14日(木)9時15分 プレジデント社

2018年4月11日、福岡市などが開発した防災アプリを説明する高島宗一郎市長(写真=時事通信フォト)

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福岡市が「スタートアップ都市」を宣言し、全国的な注目を集めている。目指しているのはアマゾンやマイクロソフトを生み出した米シアトル。高島宗一郎市長は「人口増加率にしても開業率にしても、福岡は国内主要都市のなかではナンバーワン。でもここで満足するつもりはない」という。東京ではなく世界をみる、福岡の都市戦略とは——。(第3回)

※本稿は、牧野洋『福岡はすごい』(イースト新書)の第5章「都市戦略がすごい——『日本のシアトル』目指す」の一部を抜粋し、再編集したものです。




2018年4月11日、福岡市などが開発した防災アプリを説明する高島宗一郎市長(写真=時事通信フォト)

■「住みやすさ」をビジネスチャンスに


福岡市長に史上最年少の36歳で就任して1年足らずの2011年9月のことだ。高島宗一郎はアメリカ西海岸北部の都市シアトルを訪ねた。単に立ち寄っただけであったのに、大きな衝撃を受けた。


何しろ、シアトル訪問で福岡市長として打ち出す政策の方向性は決定的になり、翌年の「スタートアップ都市・福岡」宣言として結実したのである。彼自身はまったく予想していなかった展開だ。


マイクロソフト、アマゾン・ドット・コム、スターバックスコーヒー、コストコ——。そろってシアトル生まれで、今もなおシアトルを本拠地にしている世界的企業だ。2018年初頭時点でマイクロソフトとアマゾンは株式時価総額で世界トップ5社「IT(情報技術)ビッグ5」のうちの2社だ。


時価総額が巨大であれば大株主の創業者に巨富が転がり込む。だから世界第1位の金持ちと世界第2位の金持ちは共にシアトル在住だ。米「ブルームバーグ億万長者指数」によると、2018年初頭時点で前者はアマゾン創業者のジェフ・ベゾス、後者はマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ。それぞれ1000億ドル(11兆円)前後の資産を持つ。


地元コミュニティーにとってスーパーリッチの存在は大きな意味を持つ。寄付を通じて地元が潤うからである。ゲイツは世界最大の慈善団体である「ゲイツ財団」を通じて目がくらむほどの金額を地元シアトルに投じている。


■シアトルの人口は福岡市の半分にも満たない


シアトルは人口で福岡市の半分にも満たない。にもかかわらず、ここから独創的なスタートアップが相次ぎ誕生し、社会にイノベーションを引き起こす世界的企業に成長しているのだ。この点では福岡はまったくかなわない。


だが、高島はここにチャンスを見いだした。後で調べたところ、福岡とシアトルの両市に多くの共通項が浮かび上がったからだ。福岡には大きなポテンシャルがあるということであり、それをうまく引き出せば「日本のシアトル」を実現できる、とひらめいたのである。


どんな共通項があるのか。(1)リバブル(住みやすい)(2)コンパクトシティ(3)港湾都市(4)大学の研究シーズ——などだ。「福岡とシアトルが得意とする部分がまったく一緒」(高島)だ。


高島はシアトル訪問を振り返り、「それまでは福岡の強みであるリバブルがビジネスチャンスにつながるという発想を持っていなかった。別物と考えていた。シアトルを訪ねて『見つけた!』と思った。目からうろこです。リバブルがビジネスの強みになると分かったんです」と語る。



■史上最年少市長の「スタートアップ都市」宣言


シアトル訪問からちょうど1年後の2012年9月、高島は「スタートアップ都市・福岡」を宣言した。当時は「スタートアップ」という言葉は日本ではまだあまり浸透していなかった。それでもあえて「スタートアップ都市」をスローガンにしたのは、高島が新しい流れに敏感なアイデアマンだからだろう。


制度面では、第2次安倍政権が2013年に創設した国家戦略特区が渡りに船となった。地域限定で大胆な規制緩和や税制優遇を認めて経済活性化を狙う政策であり、2014年5月に全国6地域が特区指定を受けた。その中の一つに福岡市が選ばれ、「グローバル創業・雇用創出特区」と位置付けられた。福岡の場合は「スタートアップ特区」と呼んでもいい。


「スタートアップ特区」指定とタイミングを合わせる形で福岡市が打ち出した目玉政策が2014年10月にオープンした「スタートアップカフェ」だ。正確にはカフェというよりもカフェを核にした起業のエコシステムだ。




福岡・天神地区にあるスタートアップカフェの入り口(撮影=牧野洋)

高島は若い市長だから若者の感性を理解できるのかもしれない。あるいはテレビアナウンサー出身だから市民目線でいられるのかもしれない。「若い起業家は堅苦しい市役所の窓口に行って公務員に相談しようなんて思わない」という彼の一言をきっかけにスタートアップカフェが生まれたのである。


スタートアップカフェは大成功だった。オープンしてから1年以内でスタッフが1300件以上の相談を受け、数百件のイベントに8000人以上が参加した。相談件数は週末も含めて1日当たり3.5件。カフェを利用して実際に立ち上がったスタートアップは36社に上った。「堅苦しい市役所の窓口」のままだったらありえない展開だ。


これを受けて、スタートアップカフェは全国的に広がる兆しを見せている。2016年10月に関西大学の梅田キャンパス内に「スタートアップカフェ大阪」が誕生したのに続いて、2017年1月には東京・丸の内に「スタートアップハブ東京(TOKYO創業ステーション)」がオープン。いずれも福岡の本家スタートアップカフェのコンセプトをまねている。


■「日本の外に出れば危機感しかない」


「スタートアップ都市」宣言の経緯を見ればわかるように、高島は世界の動向を常に注視している。そこから学び取り、危機感を失わないようにしている。何よりも恐れているのは「井の中の蛙(かわず)」になることなのだ。インタビューの中で次のように語っている。


「人口増加率にしても開業率にしても、福岡は国内主要都市のなかではナンバーワン。でもここで満足するつもりはさらさらないですね。日本の外に出れば危機感しかない。外を見ると中が見えてきます。つねに新しい発見があり、なぜ満足したらだめなのかわかるんです。だから一段とスピードを上げて、どんどんチャレンジしていきます」



■1180機のドローンによる編隊飛行ショー


そんな思いを新たにしたのが2017年12月上旬に中国南部最大の都市、広州市を訪れたときだ。米フォーチュン誌が広州で開催した国際会議「フォーチュン・グローバル・フォーラム」に参加し、フィナーレのイベントに圧倒された。1180機のドローンによる編隊飛行ショーが夜空を彩ったのである。


1000機以上のドローン編隊飛行はギネス世界記録にもなっており、中国産ドローン技術の結晶でもある。ライトアップされた広州タワーを背景に無数のドローンが整然と飛行し、夜空に光のイルミネーションをつくり出した。そこに現れた文字は「アイラブ広州」だった。


フォーチュン・グローバル・フォーラムには米アップル最高経営責任者(CEO)のティム・クックや中国テンセント会長のポニー・マーをはじめ、世界のイノベーションをけん引するリーダーが多数集まっていた。高島は「広州は福岡の姉妹都市なんですが、イノベーションのスピードを見ると脅威を感じる」と話す。




1180機の編隊飛行ショーに使われたドローン「EHang GhostDrone 2.0」の製品写真

■リバブルと食文化では、すでにシアトルに匹敵


福岡は数十年前のシアトルのポジションにあるとは言えないだろうか? 高島の回答はこうだ。


「シアトルのどの部分を切り取るかによりますね。スタートアップを見ればユニコーンは出ていない。そういう意味では、登らなければならない山があるとすれば、今のところ裾野付近にいるだけ。ただし、リバブルとか食文化とかという面ではすでにシアトルに匹敵しています」


ここに出てくる「ユニコーン」とは、時価で評価した企業価値が10億ドル(1ドル=110円で1100億円)以上のスタートアップのことを指す。IPO(新規株式公開)を行えば、少なくとも株式時価総額が10億ドル以上になるスタートアップと考えてもいい。


世界のスタートアップを見ると、アメリカが圧倒的存在だ。米調査会社CBインサイツが調べたところによると、2017年9月時点のユニコーンは全世界で204社(合計企業価値は7450億ドル)存在する。このうちざっと半分がアメリカ企業で、最大は配車サービスのウーバー・テクノロジーズだ。


ただし、中国企業が急ピッチで追い上げている。非アメリカ企業のうち実に半分以上は中国企業(55社)である。最大は配車サービスで中国市場を独占している滴滴出行。中国企業に続いてインド企業、イギリス企業、ドイツ企業の順番でユニコーンが多い。



■日本唯一のユニコーンが福岡に拠点




牧野洋『福岡はすごい』(イースト新書)

日本企業はどうなっているのか。1社だけである。フリーマーケットアプリを運営するメルカリだ。2018年になって同社は東証マザーズ市場への上場を決定(上場予定日は6月19日)。上場すれば時価総額は2000億円を超えるとみられている。


世界を見渡すと、スタートアップ育成競争で日本は大きく立ち遅れているわけだ。日本国内で地方都市が東京と張り合って競争している場合ではないということだ。だからこそ高島はつねに海外動向を注視しつつ「井の中の蛙で満足してはいけない」と肝に銘じているのである。


そんな思いが通じたのだろうか、2017年2月には国内IT4社が福岡市内で共同記者会見し、福岡進出を発表した。高島も同席し「バレンタインデーに私の思いに応えてくれました。大変うれしく思います」と歓迎のあいさつ。発表日は2月14日だったのである。


■福岡からアマゾン級の企業が出てくるか


注目すべきは、4社の中にメルカリも含まれていたということだ。同社が福岡市内に設けるカスタマーサポートセンターは東京、仙台に続いて国内3番目の拠点となる。福岡にユニコーンは誕生していないとはいえ、少なくとも日本唯一のユニコーンが福岡を重視しているということだ。


さて、もともとはシアトルのスタートアップだったマイクロソフトとアマゾン。前者がシアトルに本社を移したのが1979年、後者がシアトルで創業したのが1994年である。2018年2月14日、アマゾンは時価総額でマイクロソフトを初めて追い抜いた(時価総額7000億ドル、1ドル=110円で77兆円)。シアトルで創業してから24年たっている。


現在の福岡で生まれたスタートアップが24年後の福岡でアマゾン級の企業に成長しているかどうか。それは誰にも予言できない。一つ言えるのは、高島が「日本のシアトル」を目指して「スタートアップ都市」を宣言したことで、福岡には少なくとも変化の兆しがはっきり芽生えているということだ。(文中敬称略)


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牧野 洋(まきの・よう)

ジャーナリスト

1960年生まれ。慶応大学経済学部卒業、米コロンビア大学大学院ジャーナリズムスクール修了。1983年、日本経済新聞社入社。ニューヨーク特派員や編集委員を歴任し、2007年に独立。早稲田大学大学院ジャーナリズムスクール非常勤講師、ファクトチェック・イニシアティブ(FIJ)理事。著書に『米ハフィントン・ポストの衝撃』『共謀者たち』(河野太郎との共著)『官報複合体』『不思議の国のM&A』『最強の投資家バフェット』など。

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(ジャーナリスト 牧野 洋 写真=時事通信フォト)

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