妻の介護のため、総合商社を辞めるべきか

6月15日(金)9時15分 プレジデント社

川内潤・NPO法人「となりのかいご」代表

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日本では1年間に約10万人が「介護離職」を強いられている。身近な人が倒れたとき、介護のために仕事を辞めるべきなのだろうか。NPO法人「となりのかいご」の川内潤代表は「介護のために仕事を辞めるべきではない。『任せる介護』を徹底すれば、全員が満足する介護ができる」という。その実例を紹介しよう——。

※本稿は、川内潤『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)の一部を再編集したものです。


■大手総合商社の営業をしながら要介護5の妻を介護


「介護離職1年間で10万人」「介護で破産する親子が続出」……。最近、このようなニュースを目にしたことはありませんか。親と離れて暮らす方であれば、一度は自分事として考えたことがあるかもしれません。考えることを先延ばしにしている方もいるでしょう。




川内潤・NPO法人「となりのかいご」代表

でも、介護は正しい心がまえがあれば乗り切れます。ビジネスの現場で活躍されている方であればなおさらです。私は「任せる介護」を推奨しています。そのために必要なのが、みなさんのビジネススキル、つまり「マネジメント力」です。今回はこの点に絞って介護に役に立つ知恵をお伝えしていきましょう。


実際のケースを紹介します。大手総合商社で営業をしているビジネスパーソンの男性は、仕事をしながら要介護5の奥さんの介護を続けていました。


多くの人は仕事に支障が出ないよう、あえて会社には知らせず、自分でなんとかしようとしてしまいますが、彼は違いました。奥さんの身体が動かなくなることがわかっていたので、奥さんが働いていた段階から、働き方が制限されること、その準備をしていること、仕事を辞めずに介護をしたいと思っていることを会社に説明したのです。そのため、会社側もバックアップ体制の準備を早くにとれました。


■「仕事を辞めたくない。力を貸してほしい」


彼は、自分が稼ぐことで、妻に必要なサービスを制限なく利用できるとわかっていたのです。担当のケアマネージャー(以下、ケアマネ)、自宅に通ってくれるヘルパー、訪問入浴サービスの担当者にも、「仕事を辞めたくない。力を貸してほしい」と、はっきり伝えたと言います。


その後、残念ながら奥さんは亡くなってしまいましたが、後日お会いしたとき、彼はこう言いました。


「もっとこうしてあげたかったという気持ちは、あれだけやっても残っています。けれども、その悲しみにずっとひたることなく、仕事に行ける。会社のみんなは、私が妻の介護をしていたこと、妻が亡くなったことを知っているから、いろいろ気をつかってくれるし、仕事をしているときは悲しみを忘れることができます。介護を通じていろいろな人とのつながりもできました。それも仕事を辞めずに続けられたからです」


彼の介護が後悔だけに終わらなかったのは、仕事を辞めずにマネジメントに徹したからです。自ら情報を発信するだけではなく、介護に関わる人たちのモチベーションを保つために、ケアマネやヘルパーを事あるごとにほめ、なににいくら必要かというお金の管理もしっかりこなしました。マネジメントスキルを介護に応用し、チームをうまく機能させたのです。



■成功の鍵は「ケアマネ」選びにある!


介護はチーム作りがすべてです。そして成功の鍵はケアマネ選びにあります。ケアマネは、なんでも相談できる心強い味方。一人ひとりに合わせたケアプランを作成し、各サービス間の連携をとってくれます。彼のケースも、ケアマネにちゃんと任せたことが重要でした。


ケアマネとの出会い方は主に2つ。まず知人にケアマネがいる場合、人柄もわかっているので安心です。知り合いにいない場合は、地域包括支援センター(以下、センター)で事業所を紹介してもらってそこと契約します(要介護1に満たない場合はセンターがケアプランを作成)。


ケアマネのタイプは本当に様々で、親身になってケアプランを考えてくれる方もいれば、通り一遍の対応しかしない方もいます。「いいケアマネを紹介してほしい」というニーズはあるのに、センターは中立公正が求められるので、特定の事業所に肩入れできないという現実もあります。


ではどうすればマッチング率を高められるのか。実は、センターの職員は福祉の仕事に就いているくらいですから、困っている人を助けたいという気持ちがもともと強い。保育園の待機児童と同じで、「うちはこんなに大変で、頑張っています!」と力強く話されると、情にほだされることがあります。そこまでではなくても、どんなケアマネがいて、どういう基準で選べばいいかといったことは、聞けばアドバイスしてくれます。ときに情に訴え、質の高い情報を仕入れることで、マッチング率を高めていけるのです。


■理想はメールを使える提案型


介護の大部分を委託する相手ですから、ケアマネ選びには労力をかける価値があります。ビジネスパートナーを選ぶ感覚で、相性や話しぶりを見ながら、この人なら安心だという人を選びましょう。


特にこちらの言うことを黙って聞くのではなく、「こういうサービスがあります」と提案してくれたり、「お母さんはこう思っているかもしれません」と突っ込んだ意見をくれたりするタイプの人だとスムーズに行く可能性が高いです。ケアマネは月30件前後のケアプランを回していますから、事情を汲み取り、意見をくれるだけでも貴重です。「いちいちうるさいな」と感じるくらいの方に当たったら、むしろラッキーと思ったほうがいいでしょう。


最低限メールを使えることも重要です。実は、こういうコミュニケーションツールを使えないケアマネは少なくありません。メールならやりとりの記録も残るし、返事をする時間も自分で決められるから安心できます。事前に確認しましょう。



■得意分野をチェックし、合わないときは断る


親の症状によっては、医療に詳しいケアマネについてもらったほうがいい場合もあります。ひと口にケアマネといっても、介護者の権利擁護、成年後見人制度の利用など、福祉制度全般を使ってマネジメントしていきたい方は、社会福祉士出身のケアマネが向いているでしょうし、認知症のケアを充実させたい方は、認知症ケアの経験が豊富な介護福祉士のケアマネに任せたほうが安心でしょう。




川内潤『もし明日、親が倒れても仕事を辞めずにすむ方法』(ポプラ社)

基礎資格は要チェックです。ビジネスでの名刺交換同様に、相手の名刺に注目してください。その人の専門が明記されています。載っていなければ直接聞いてもかまいません。得意分野を確認することで、理想のケアマネと出会える確率は高まります。


「合わない」と思ったらちゃんと断ることも大事です。「せっかく説明してもらったのに申し訳ない」と思うかもしれませんが心配ご無用。介護業界も客商売。お客さんがつくかどうかはそのケアマネの実力です。


最初に紹介された人がメールを使えなかったら、「そちらにメールが使える人はいますか?」と聞いてみます。「同じ事業所内だと気まずいのでは」と遠慮する必要もありません。大事な親の介護の重要な部分を任せる相手ですから、厳しい目線で選んだほうがいいのです。


■あなたの仕事は「チームマネジメント」


とにかく、介護に関わる人たちを一つのチームだと考えるようにしてください。そう考えることで、「未知の領域」に思える介護がビジネススキルを活かせる現場に変わります。


あなたがチームリーダーなら、ケアマネはサブリーダー、現場スタッフはチームメンバーです。メンバーに指示を出し、リーダーに結果を報告するのがサブリーダー。報告を受けて、うまく回っていないところがあれば、サブリーダーに指示を出すのがリーダーです。現場をたばねるのはあくまでケアマネ。いきなり現場の仕事をリーダーがやることはありませんし、メンバーがいきなりマネジメントを行うこともないはずです。


いかにチームマネジメントし、モチベーションを上げるか。それがなによりも大切な仕事です。部下の指導と同じように、上から目線で命令を下すだけでは、現場は思ったように動いてくれません。おだてたり、ほめたり、上手に助けを求めながら、気持ちよく働いてもらうことで、結果的にいいケアの体制ができあがります。これこそが、私の提案する「任せる介護」です。


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川内 潤(かわうち・じゅん)

NPO法人「となりのかいご」代表

1980年生まれ。上智大学文学部社会福祉学科卒業。老人ホーム紹介事業、外資系コンサル会社、在宅・施設介護職員を経て、2008年に市民団体「となりのかいご」設立。2014年に「となりのかいご」をNPO法人化、代表理事に就任。ミッションは「家族を大切に思い一生懸命介護するからこそ虐待してしまうプロセスを断ち切る」こと。

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(NPO法人「となりのかいご」代表 川内 潤)

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