スタンプを使う人ほどSNS疲れするワケ

6月17日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです(写真=iStock.com/tommaso79)

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1987年に出版されベストセラーになった俵万智の歌集『サラダ記念日』(河出書房新社)。歌舞伎町でホストクラブを運営する手塚マキ氏は「31文字から成る短歌は、SNSより少ない文字数で無限の読み解き方ができる。SNS疲れにならないためには、相手が察してくれると過信せず、言葉の意図を楽しむくらいがちょうどいい」と指摘する——。

※本稿は、手塚マキ『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。




※写真はイメージです(写真=iStock.com/tommaso79)
サラダ記念日』(著者 俵万智)

表題となった《「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日》のほか、第32回角川短歌賞を受賞した「八月の朝」などを含む434首を収録した歌集。「カンチューハイ」などの目新しい言葉、会話調の言い回しなどを織り交ぜながら、女性の日常を描き出す作品が並ぶ。新しい現代短歌の先駆けとなり、後に続く若手の歌人たちに影響を与えた。

■便利な常套句を使いすぎていないか


言葉をちゃんと相手に届ける、ということについて、ここしばらく考えています。


専修大学准教授の哲学者・古田徹也さんが、ある政治家の発言についてコメントしている記事を読んでとても共感しました。以下、引用します。


気になったのは、『ピンチをチャンスに変える』という常套句の多用です。(中略)現実の複雑な課題を、なんとなくポジティブな印象の常套句によってうやむやにする。これは、言葉を道具としてのみ扱う典型例だと言えます。(朝日新聞 2018年10月26日朝刊)

常套句や紋切り型の言葉って、つい使っちゃいますよね。意味やニュアンスが決まっているので、相手もなんとなく分かった気になるからでしょうか。


でも、僕たちホストは言葉をそのまま文字通りには受け止めません。お客様に「あんたなんて嫌い」と言われて、嫌われたから連絡しないっていうやつがいたらホスト失格です。あるいは、「じゃあなんで嫌いなの?」って問い返すホストもいないでしょう。


僕たちホストは、お客様の言葉を大切に、丁寧にあつかって「本当は何を感じているのか」を考えることが仕事だからです。


■短文投稿が日本語の意味を狭めている


そんなホストクラブ業界にも、数年前から大きな地殻変動が起きています。ずばりSNSの登場です。かつてホストは、お店の中でいかにお客様を魅了するかを考えてきました。でも、今は24時間、365日、SNS上でもファンを獲得しなければなりません。TwitterやInstagramのフォロワー数と売上は比例していると言っても過言ではない。みんな必死になって、休みの日に遊びに行った場所、新しく買った洋服、ホスト同士の戯れなどを投稿します。


現役ホストたちの頑張りを横目に、僕は内心、自分が現役ホストとしてバリバリお店に出ていた頃にここまでSNSが影響力を持っていなくてよかった、と思ってしまう部分もあります。


やっぱりこの世界は、SNSが力を持ちすぎではないでしょうか。人間の本当の価値なんて、数行の短い文章でわかるはずがない。背景にある事情もわからぬまま、言葉だけが一人歩きするのは危ない。ちょっとしたつぶやきの揚げ足を取り合って、小競り合いをしているからTwitterではすぐに「炎上」が起きてしまうような気がします。


短く伝えるSNSでは常套句のような「意味がひとつにしかとれない言葉」をみんなが多用しがちですよね。僕はそれが言葉のもつ可能性や、人と人のやりとりを、ものすごく狭くしていると思うんです。



■140文字より短く、創造的な世界がある


そんな僕のSNS懐疑論を、改めて考えさせてくれたのが、今から30年以上前に刊行された俵万智さんの歌集『サラダ記念日』です。「5・7・5・7・7」のたった31文字から、色んな世界を想像させる短歌の世界。


サラダ記念日』の短歌ひとつひとつは、何か特定の意味があって投げかけているわけじゃない。常套句やSNSと真逆の言葉たちは、Twitterワールドの中で窮屈な思いをしている僕たちに、どんなヒントをくれるでしょうか。


サラダ記念日』が発表されたのは1987年。世間では一大旋風とも呼ぶべき大きな反響があったそうです。難しい言い回しや古めかしい表現ではなく、普段使いの言葉をちりばめた作品たち。リアリティのある感情表現で、それまで短歌に触れたことのなかった人たちにもストレートに刺さったのでしょう。単行本や文庫あわせて300万部近くの売り上げを記録し、当時24歳の高校教師だった俵さんは一気に「時の人」になりました。


「短歌」のイメージを大きく変えた俵さんは、伝統的な手法を大切にする人たちからは、「新人類歌人」などと表現されることもあったそうです。いつの時代も、それまでとは違う変わったことをするスターが「新人類」と呼ばれるのは変わらないんですね。


■短歌なのに「カンチューハイ」


俵さんは、31文字というものすごく限られたスペースの中で、日々の生活やそこでの感情を言い表します。たとえば次のような歌。


「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの

短歌の中に「カンチューハイ」なんて使っていいんだ!? と思わずびっくりしてしまいますよね。この妙に生々しい感じがキモなんだと思います。誰かの人生の一瞬をのぞき見してしまったような気になります。


カンチューハイっていう言葉にも時代感が表れますよね。今だったら「ストロングゼロ」になるのかなあ、と考えてしまいます。


さて、タイトルにもなった代表歌がこちらです。


「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日

恋人との何気ない日常の思い出がうまく切り取られていると思いました。あとになって俵さんは、実際にこの歌のインスピレーションを得た時に彼と食べていたのは、サラダではなく唐揚げだったと明かしています。現実は創作より、脂っこかったわけですね(笑)。


僕の友人に聞いてみると、この歌で「ゲイのカップルが食卓を囲む漫画を思い出した」という人もいましたし、「これって母親と息子の話なんじゃない?」という人もいました。時代の空気や、自分の置かれている状況によって、無限の読み解き方ができる。これは31文字という限られた文字数だからこその広がりなんだと思います。



■「ホストはつらいよ」を表すような歌も


ちなみに職業柄でしょうか、僕は20代でバリバリ現役ホストをしていた頃の情景を思い浮かべてしまいました。ホストはとにかく「記念日好き」なんです。お客様との間に起こる小さな出来事を大切にし、「記念日だね」と意味付けをします。「今日は君と初めて会った日だよね」「今日は初めてシャンパンを入れてくれたシャンパン記念日だね」といった具合に。


この歌を作った時、まさか俵さんがホストを想定していたはずがありませんが、僕は「記念日」と聞くだけで、ホストとお客様の間を行き交う甘いセリフを想像してしまいます。


他にも、こんな歌があります。先ほどのシャンパン記念日に続き、ホストクラブを思い浮かべてしまう歌です。


何してる? ねぇ今何を思ってる? 問いだけがある恋は亡骸

君を待つことなくなりて快晴の土曜も雨の火曜も同じ

完全に、売れないホストのむなしさを歌っている! と思ってしまいました。僕たちの世界では、お客様に一度も指名されなかった夜のことを「お茶をひく」というんですが、この歌からはお茶をひいてるダメホストが浮かびました。お客様にLINEを送っても既読にすらならない。店の裏でスマホを握りしめている惨めなホストの風景は日常茶飯事です。


ホストなら誰しも、この歌を読めば、「めっちゃわかる!!」と、前のめりになってしまうのではないでしょうか。ホストはフラれるのに慣れるのが仕事。わかっていても、やっぱり切なくなるんです。


こんな風に、自分の身の回りの出来事や仲間をついつい想像してしまうのが短歌の面白さ。すっかりSNS疲れしていた僕に、俵万智さんの短歌は、断片的に世界が切り取られることは、嫌なことばかりじゃないと教えてくれます。


■男性上司のしつこいLINEにうんざり


人間というのはこんな風に、いつでも脳内で連想ゲームをしているものなんだと思います。だからたった140字のTwitterでも、「あーだ」「こーだ」と色々な議論が起きてしまうんでしょうね。文字のコミュニケーションだからこそ起きてしまう誤解というのも大きい。


例えば、ホストクラブにいらっしゃる女性客の中には、男性上司からのしつこいLINEに悩んでいる方がたくさんいます。短いテキストから妄想が膨らんでしまうことで、トラブルに発展してしまうのでしょう。


「打ち上げってことで、メシでも行こうよ」「今日のメイク、可愛かったね」。男性からのこうしたLINEに対して、立場の弱い女性たちは、無視することも強い言葉で拒否することもできず、「ありがとうございます」「嬉しいです!」と返してしまう。あるいはチャーミングなスタンプで逃げ切ろうとしてしまう。


そこには、絵文字を使わないで短く返せば、やんわり断ったことになるかも。テキストを打たずにスタンプだけで返せば、私の真意を汲んでくれるだろう。こうした相手への無意識の期待があるのだと思います。



上司である権力を利用して、断りにくい誘いを持ちかけるのは、男性であれ女性であれ絶対的にダメです。ハラスメントしている人を擁護するつもりは毛頭ありません。その前提で、話を聞いていて思うのは、必ずしもどちらか一方だけが悪いとは言い切れないケースもあるということです。


送った側には送った側の込めた思い、受け取った側には受け取った側の解釈があるのが当然で、肝心なのは、こうした短いテキストでのやりとりにおいて、相手が察してくれると過信しないということではないでしょうか。


■「2、3割伝わればいい」と考えること


LINEなど1対1のコミュニケーションだと、どんどん思考の袋小路に入って「どうして伝わらないんだろう」と悩んでしまう人が多い。そんな時、「それって実は相手を信用しすぎてるんじゃないの?」と声をかけてみることがあります。


自分のつづった言葉が、その通りに解釈されると過信すると、うまく伝わらないたびに、ダメージを食らってしんどくなってしまいます。こういうものは、2、3割伝われば御の字。次の日に、電話や対面で、何とか真意を伝える工夫をしてみるのがいいと思います。


要するに、短い文章で伝わる思いなんて、たかがしれている。そういう前提に立って、気負わず軽やかに言葉と接するべきなんですよね。


これは、SNS疲れしてしまっていた自分自身へのメッセージでもあるのですが、ある言葉の奥には、本当に想像もつかない世界が広がっているのが当たり前。それを楽しく乗りこなすか、ダメージを受けて辛くなるかは自分次第です。僕が俵万智さんの短歌を読んで、ぼやきホストを思い浮かべたように、面白がって自分とリンクさせるのが、言葉との上手な付き合い方でしょう。


一方で、不必要に短い言葉に自分を投影させすぎて傷ついたり憤ったりすると「炎上」などの火種になるのだと思います。


■短い情報との付き合い方を考えさせてくれる


もちろん時にはニュースや災害情報を伝え、速さと確からしさが人々の役に立つTwitterや、コミュニケーションを劇的に便利にしてくれたLINEなどと、芸術表現の短歌を単純に比べることはできません。事実を正しく伝えるために、論理的に言葉をつないでいくこと。説明して、相手に理解させ、誤解を生まないように文章を構築していくこと。報道や論文に使用されるような、人と人が意思を疎通するツールとしての言葉は、もちろん重要です。


問題は、感情を伝える言葉や感情をうみだす言葉も単純化してきていること。短歌に触れることは、断片的な短い情報とどう付き合っていくべきか、という点において考えさせられるヒントになるのではないでしょうか。



みんながいつでも「あーだ」「こーだ」言っているこの世界では、100人がツイートすれば100通りの真意があり、その先にまた枝分かれした解釈と連想が広がっています。


そんな世界の中で、他人の解釈や、相手が言葉を発した背景までいちいち考えるのはめんどくさい。だからこそ、意味が一つに固定される「わかりやすい言葉」や「常套句」ばかりが増えてきているのだと思います。


■すぐに反応せず、意図を楽しむぐらいがいい


しかしさらに注意が必要なのは、常套句を見かけた時に思考停止を起こしてしまわないこと。たとえ紋切り型の言葉を受け取ったとしても、それに対する自分の気持ちと、他人の気持ちが同じはずはありません。




手塚 マキ『裏・読書』(ハフポストブックス/ディスカヴァー・トゥエンティワン)

決して決めつけない。相手と同じ絵を描けていると過信しない。そういう前提に立って、言葉の豊かさと、いい加減さに寛容である方がいいんじゃないかなと思います。


それでも言葉一つに戸惑ってしまう時はあるでしょう。「これってどういう意味?」「今、批判されている?」など、「あれ?」と思ったら、まずは自分にめちゃくちゃ都合のいい解釈をして受け流してみるのがおすすめです。目の前の言葉にイライラしすぎる前に、「私に特別目をかけてくれてるんだ」「遠回しに私のこと褒めてる?」といった具合に超ポジティブバイアスをかけて、自分の心を一旦どこかに避難させましょう。


それが真実を確かめた方がいい類の言葉であっても、まずは一呼吸置いてから、相手と会話をはじめたって遅くはありません。言葉のもつダイナミックさを恨むのではなく、気楽に、面白がるくらいのスタンスで。


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手塚 マキ(てづか・まき)

ホストクラブ「Smappa! Group」会長

1977年生まれ。中央大学理工学部中退後、歌舞伎町のナンバーワンホストを経て独立。ホストのボランティア団体「夜鳥の界」を立ち上げ、NPO法人「グリーンバード」理事。2017年「歌舞伎町ブックセンター」をオープン。近著に『自分をあきらめるにはまだ早い[改訂版]』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『裏・読書』(ハフポストブックス/ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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(ホストクラブ「Smappa! Group」会長 手塚 マキ 写真=iStock.com)

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