自動車業界550万人の雇用を守るためには、トヨタも「エンジン廃止」を早く決断すべきだ

6月17日(木)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/pandapix

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■ハイブリッド車のままで「脱炭素」を実現する方法とは?


現在、自動車業界の最大の課題は、CO2排出を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」(CN)をどのように実現するか、ということだろう。


この点についてトヨタ自動車の豊田章男社長の発言が注目を集めている。4月22日、日本自動車工業会の会長会見で、豊田社長はこう述べた。


「日本の自動車産業がもつ高効率エンジンとモーターの複合技術に、この新しい燃料を組み合わせることができれば、大幅なCO2低減というまったく新しい世界が見えてまいります」


「この新しい燃料」とは、水素とCO2から製造する合成燃料「e-fuel」だ。それまでも豊田社長はCNへの選択肢はEV(電気自動車)化だけではないと何度も繰り返し、欧米や中国が進めるEV化路線にくぎを刺していた。それに加えて合成燃料の利用もCNへの一つの選択肢であると強調したのである。


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ちょうどそのころ私は6月2日に上梓した『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)の執筆作業の大詰めに差し掛かっていた。本の中では合成燃料「e-fuel」についてこう書いた。


現在の合成燃料の開発状況は『実験室段階』で、大規模なプラントで製造するという段階ではない。最大手の石油会社ENEOSの長期計画によると、2022年に日量159リットル、2025年に日量1万5900リットル、2030年以降に日量159万リットルを目指す。その生産量は現在のガソリン需要量と比較すると、2030年代初めでも合成燃料のシェアは1%程度だ。この数字をみる限り、とてもガソリンに置き換われる代物ではない

■合成燃料は「高コストの特殊な燃料」と考えたほうがいい


飛行機の世界では原油を精製してつくるジェット燃料の代わりバイオ燃料や合成燃料などの新燃料を開発し、使用する動きが始まっている。電池はエネルギー密度が低いため、小型のドローンでも飛行時間は数十分に限られる。大型の旅客機が長距離を飛ぶためにはエネルギー密度の高い液体燃料が必須で、CNを目指すならば新しいカーボンフリーの液体燃料をつくらねばならないからだ。


現状の価格は高く、資源エネルギー庁の資料によると、実用化までには8分の1〜16分の1程度にコストダウンしなければならない。技術的には実証実験の段階で、大規模なプラント生産のめどもたっていない。あくまでも将来、飛行機などに使うことを前提にした特殊な燃料と考えたほうがいい。


もちろん2050年までに画期的な触媒などが発見され、安価で大量に合成燃料を生産できるようになる可能性はゼロではないだろう。しかし、今の時点で自動車産業が合成燃料の活用に舵を切るにはリスクが高いと私は見ている。


■ガソリンスタンドがなくなれば、合成燃料も配れなくなる


また20年後に合成燃料のサプライチェーンを確保できるかどうかも心配だ。2000年3月末に5万5153カ所あったガソリンスタンドは20年3月末には2万9637カ所と減り、20年間でほぼ半分になった。HV(ハイブリッド車)など燃費のいいクルマが増え、ガソリンの消費量が減っているためだ。10年、20年後に合成燃料の実用化にめどがついたとしても供給できるスタンドが全国にどのくらい残っているだろうか。


e-fuelについては4月23日にホンダの三部敏弘社長も次のように発言している。


「(現在の化石燃料の)代替手法のないモビリティ、例えば飛行機などはe-fuelに置き換わるのが妥当だろうが、電気という代替手法のある自動車ではマジョリティとしては難しいのではないか。ただ特殊車両や楽しみとして運転をするような車でe-fuelは使われるかもしれないが」


私には豊田社長よりも三部社長の見通しのほうが現実的に思える。


写真=iStock.com/Tramino
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■2030年代後半まではHVやPHVを駆使することが重要だが…


昨年来の豊田社長のCNに関する発言は傾聴に値する点も多い。現時点でのEV化一辺倒の議論は危うい。日本や中国など火力発電の比率が高い電源構成の国では、クルマの走行時、製造段階、発電段階をすべて合わせたLCA(ライフサイクルアセスメント)でみると、EVのCO2排出量はHVを上回ってしまう。EV化一辺倒では、脱炭素を目指しているのに足元ではCO2排出量が増えてしまうという事態になりかねない。



安井孝之『2035年「ガソリン車」消滅』(青春出版社)

CNを実現する2050年までの道程で、2030年代後半までは「現実解」といえるHVやPHV(プラグインハイブリッド車)などを駆使しながら低炭素への努力を続けることが大切である。


だが時間軸を先に延ばすと、違う光景が見えてくる。再エネ発電が増えていけば製造段階や発電段階のCO2排出量は減っていき、どこかでLCAでもEVが勝る分岐点がやってくるからだ。つまり時間軸をそろえて議論をしないと建設的な議論にはならない。このことも拙著『2035年「ガソリン車」消滅』で指摘した。


現状のe-fuelも、製造には多額のコストと大量のエネルギーが必要で、とても低炭素といえるエネルギーではない。いつe-fuelが製造段階でもCNを達成できるかが重要なのだが、もし10年以上も先だとすれば、その時点ではLCAでみてもHVよりEVが勝っている可能性が高い。


■「水素エンジン」が実現すれば、内燃機関でもOKか?


トヨタの最近の動きで気になるのが「水素エンジン」への取り組みである。5月21〜23日に富士スピードウェイで開かれた24時間耐久レースでは、水素を燃料とする水素エンジンを搭載したカローラスポーツが完走した。豊田社長もドライバー「モリゾウ」としてハンドルを握った。そこでも豊田社長は「CNへの選択肢をたくさん持っておくことが大切だ」と強調した。


写真=時事通信フォト
水素エンジン車と写真に納まるトヨタ自動車の豊田章男社長(前列左から2人目)=2021年5月22日、静岡県小山町の富士スピードウェイ - 写真=時事通信フォト

水素は従来のエンジンを改良すればe-fuelと同様に使うことができ、走行時のCO2排出量もゼロとなる。内燃機関を存続しながらCNを実現する選択肢にはなりうるものである。多くのメディアやモータージャーナリストはこぞって水素エンジンへの期待感を表明した。


だが自動車業界の技術者の中からは「水素を内燃機関で燃やすのはエネルギーのロスが多い。そんな無駄遣いをして本当にいいのか」という冷ややかな声が聞こえてくる。


■クルマで水素を使うなら、エンジンより燃料電池のほうがいい


CNに向けて水素は貴重な存在だ。e-fuelの原料にもなり、再エネ発電で余った電気で水を分解して、水素として「蓄電」することもできる。クルマならFCV(燃料電池車)の燃料にもなる。CNの世界で水素はなくてはならない存在である。


ガソリンエンジンなどの内燃機関のエネルギー効率は残念ながら高くはない。街中で加減速を繰り返し走行する場合のエネルギー効率はせいぜい30%前後だ。70%以上は熱エネルギーなどとして放出される。水素を燃やしてもほぼ同じでエネルギー効率は高くない。それに対してFCVのエネルギー効率は同じ街中を走る場合、60%を超える水準となる。


もしもクルマで水素を使うならエネルギー効率が内燃機関の2倍ほど高いFCVで使うべきなのである。内燃機関を存続するために水素を使うというのはトータルのエネルギー効率を悪くしかねない。しかも空気を取り込んで燃やすのでNOx(窒素酸化物)の発生が避けられない。


■自動車産業の雇用を守るため「イノベーションのジレンマ」を防げ


水素エンジンは確かに走行中にはCO2を排出しないが、CNへの取り組みがトータルなエネルギー効率を高めていかねばならないものだと考えるならば、必ずしも良い選択肢だとは言えないのではないか。


「エンジンの生産がなくなると国内の19万人の雇用が失われる」と豊田社長は言う。2050年に向けて電動化への変化をできるだけなだらかにするというのは経営者として当然のことだと思う。ただし、欧米や中国が電動化、中でもEV化に大きく舵を切っている現状を踏まえれば、自動車産業の主要市場でのメインシナリオは電動化と考えざるを得ない。


つまり内燃機関に存続の道があるとしても、グローバル市場の中では限られた道となってしまう。その道に過剰な期待をかけるのは日本の部品業界を含めた自動車業界をミスリードしかねない。自動車の製造から販売、バス・タクシー、ガソリンスタンドまで含めた関連産業の就業者数は550万人という。その雇用を守るために、いまなにをするべきなのか。競争力のある商品を持つ企業ほど新市場への参入が遅れがちになる「イノベーションのジレンマ」に陥らないことを願うばかりだ。


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安井 孝之(やすい・たかゆき)
Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト
1957年生まれ。早稲田大学理工学部卒業、東京工業大学大学院修了。日経ビジネス記者を経て88年朝日新聞社に入社。東京経済部次長を経て、2005年編集委員。17年Gemba Lab株式会社を設立。東洋大学非常勤講師。著書に『これからの優良企業』(PHP研究所)などがある。
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(Gemba Lab代表、経済ジャーナリスト 安井 孝之)

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