【円高・円安「為替変動」の修羅場1】  たった1年で「4億円」コストアップ!  赤字目前の危機をどう乗り越えたか

6月18日(火)6時0分 ダイヤモンドオンライン

倒産寸前から、売上「3倍」、自己資本比率「10倍」、純資産「28倍」、25年連続黒字!?

今から25年前の1993年3月。メインバンクからも見放された「倒産寸前の会社」があった。

その名は株式会社日本レーザー。1968年創立、東京・西早稲田にある、総勢65名の小さな会社だ。

25年前、火中の栗を拾わされた、近藤宣之・新社長を待っていたのは、「不良債権」「不良在庫」「不良設備」「不良人材」の「4つの不良」がはびこる《過酷な現場》だった。

近藤が社長就任の挨拶をすると、社員みんながそっぽを向いた。

「どうせ、すぐ辞めるんだろう……」

そんな状況を「一寸先は闇しかなかった」と近藤は振り返る。

しかし、この後、さらに「25の修羅場」が待っていた!

◎生後まもなく、双子の息子が急死

◎41歳で胃潰瘍、42歳で十二指腸潰瘍、47歳で大腸ガン、その後嗅覚喪失

◎腹心のナンバー2(筆頭常務)の裏切りに遭い商権喪失。売上2割ダウン

◎親会社からの独立時に、妻に内緒で「6億円の個人保証」

◎どんなに頑張っていても、たった1円の円安で年間2000万円もコストアップ

◎ある日突然、海外メーカーから「メール一本」で契約打ち切り(その数、計28社)

それがどうだろう?

倒産寸前の25年前と比較し、直近では、売上「3倍」、自己資本比率「10倍」、純資産「28倍」。10年以上、離職率ほぼゼロ。しかも、第1回「日本でいちばん大切にしたい会社」大賞の「中小企業庁長官賞」を皮切りに、経済産業省の「ダイバーシティ経営企業100選」「『おもてなし経営企業選』50社」「がんばる中小企業・小規模事業者300社」、厚生労働省の「キャリア支援企業表彰2015」厚生労働大臣表彰、東京商工会議所の第10回「勇気ある経営大賞」、第3回「ホワイト企業大賞」を受賞。新宿税務署管内2万数千社のうち109社(およそ0.4%程度)の「優良申告法人」にも認められたという。

絶望しかない状況に、一体全体、何が起きたのだろうか?

「壮絶な修羅場のエピソードだけでなく、その修羅場をどう乗り切ったかの全ノウハウをすべて書き尽くした」という『倒産寸前から25の修羅場を乗り切った社長の全ノウハウ』が発売たちまち大反響!1987年から「一読の価値ある新刊書」を紹介する信頼の書評専門誌【TOPPOINT】2019年6月号のベスト10冊に選抜されたという。「25の修羅場」とは?「全ノウハウ」って?



為替相場の影響に動じない

強い財務体質をつくる



 当社のような小さなグローバル企業は、為替相場の影響をもろに受けます。


 社長就任2期目の1995年4月には円高が急速に進んで、1ドル=79円75銭を記録。

 円高による為替差益で赤字を一掃することができたのですが、その後、95年の主要国による「円売り・ドル買い協調介入」をきっかけに、円相場は円安に向かいます。


 そして、アジア通貨危機(97年7月のタイ通貨「バーツ」の暴落を皮切りに、フィリピン、インドネシア、韓国などアジア各国を襲った通貨危機)によって、この流れに拍車がかかりました。


 98年8月には、1ドル=147円台まで円安になったのです。

 累積赤字をなくして黒字に転換していたものの、外部環境の変化によって、日本レーザーは再び危機に立たされました。


 しかし、アジア通貨危機、ロシア危機という困難な状況でも、日本レーザーが赤字にならなかったのには理由があります。


・不良債権と不良在庫を除却し、B/Sを改善していた(財務体質を強くした)

・常に新規商権を探し、市場に新商品を導入する努力を継続し、取引先一社に依存するリスクを避けようとしていた

・賃金制度が弾力的で、不況で業績が落ちれば、人件費もある程度スライドして減少する。すなわち人件費が完全には固定費ではない(他社にない仕組み)

・絶えず社員のモチベーションを高く維持することで、困難な場面で火事場の馬鹿力が発揮された

 といった自主努力を怠らなかったからです。


ps.「25の修羅場」の詳細は、第1回連載「倒産寸前から売上3倍、自己資本比率10倍、純資産28倍!「25の修羅場」が「25年連続黒字」をつくった理由」をご覧ください。きっと、私が血反吐を吐きながら、泥水を飲みながらのここまでのプロセスの一端を垣間見れるかと思います。





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