統幕長発言を「感情的」に報道した朝日新聞の姑息

6月21日(水)6時10分 JBpress

フィリピン海を航行する海上自衛隊の護衛艦「あしがら」(左手前)、「さみだれ」、米原子力空母「カール・ビンソン」。米海軍提供(2017年4月26日撮影)。(c)AFP/US NAVY/MC2 SEAN M. CASTELLANO〔AFPBB News〕

 朝日新聞は報道紙というよりもイデオロギー紙と言った方がいいようだ。最近の3つの事案についての紙面で、そのことを強く感じさせられた。

 以下、安倍晋三首相が9条に自衛隊の記述を追加すると述べた憲法改正に対する河野克俊統合幕僚長の発言、陛下の譲位に関連して民進党をはじめとする野党が女性宮家の創設検討を主張した件、そして日本弁護士連合会が死刑廃止宣言をしたときの状況について検証する。

 いずれにおいても、自社の見解に国民を誘導する紙面記事になっている点を確認したい。


河野統幕長発言に関して

 河野統幕長は、去る5月23日、日本外国特派員協会で講演し、安倍首相が憲法に自衛隊を明記する発言をしたことについて聞かれた。

 朝日新聞は25日付の「軽率すぎる改憲発言」とした社説を掲げ、冒頭で「自衛隊制服組トップとして、軽率すぎる発言である」と重複をいとわず書いた。

 文学作品なら、あっと驚かして次へ誘う手法で褒められるかもしれない。しかし新聞の書き出しとしては、ただ「トップ」「軽率」「発言」などが第一印象として強く植えつけられるだけで、一体全体何について述べているのかさっぱり分からない。

 その後に、「一自衛官として申し上げるなら、自衛隊の根拠規定が憲法に明記されるのであれば非常にありがたいと思う」と、河野氏の発言を続ける。

 ここで初めて、「思う」対象が「自衛隊を憲法に明記すること(を安倍首相が発言した件)」に対してであることが分かる。

 続けて「河野氏は『憲法という非常に高度な政治問題なので、統幕長という立場から言うのは適当でない』とも述べていた」と書く。「とも述べていた」では、後で付け足した感じであるが、実際は「誤解されないために」最初に述べているのである。

 朝日はさらに続けて、「首相のめざす改憲が実現すれば、隊員がより誇りをもって任務を果たせるようになる—。河野氏はそう考えたのかもしれない。だが、それを公の場で発言するのは話が別である」として、服務の宣誓で憲法遵守や政治的活動に関与しないことなどを誓っていることに反するのではないかと詰問する。

 また、「河野氏は頻繁に首相と会い、軍事的な助言をする立場だ。そうしたなかで政治との距離を見失っているとすれば、文民統制の観点からも見過ごせない」と述べる。

 この2つの文章からは、河野氏の内面の憶測と首相との距離の近さを前提に据え、政軍癒着で文民統制上問題があると筋立てしているように読める。

 朝日は文脈の前後を入れ替え、そのうえに推測を含む論理の飛躍で、一方的に河野発言に難癖をつけている。

 他方、産経紙は26日付「主張」で「自衛隊員の名誉を守った」と題し、対照的な論評を行なう。「憲法に自衛隊を明記しようという、安倍晋三首相の発言の感想を求められた河野克俊統合幕僚長が、『非常にありがたい』と述べた」と、1H5Wで事実関係から書き出す。

 また、朝日のように政軍関係を問題にする向きがあることを知っているから、産経は「正確には」と書いたうえで、統幕長の発言をなぞる。

 「『憲法という非常に高度な政治問題なので、統幕長という立場から申し上げるのは適当でないと思う』と、まず述べている」と書き、「そして『一自衛官として申し上げるなら』と断ったうえで」『ありがたい』と続けた」と書いている。

 印象操作はどこにもなく正確な記述に努めている。


国軍こそが「国の安全」を担保できる

 自衛隊が文民統制下にあることは河野氏が一番よく知っている。だから政治的発言にならないように留意した。自衛隊の役割が今後、拡大するかどうかを聞かれたことに対して、「これはもう、いつに政治の決定によるもの」と見解を控えたと産経紙は書き、「一部マスコミや政党が批判しているのは、理解に苦しむ」とも書いたのである。

 以下は筆者が自衛隊OBの同僚たちと会話した感触である。憲法9条をそのまま残して、自衛隊の合憲性を書き込む安倍晋三自民党総裁の提案については拒否反応も強い。

 その言い分は、「軍」と認められるように臥薪嘗胆してきた悔しさとともに、安保法制の審議過程でみられたように、多大の制約が日本の安全と国際社会で活躍すべき自衛隊の能力発揮を妨害するとみるからである。

 その危惧は正しいであろう。しかし、一気に「軍隊」と書きこもうとすると混乱を招き、何十年も、あるいは永久的に実現しないかもしれない。ここではホップ・ステップ・ジャンプの三段跳びでいく拙速がベターではなかろうか。

 いまや自衛隊は国民の90%以上に認められる存在になってきた。これは長い年月にわたる国民への奉仕(ホップ段階)があったからである。

 しかし、憲法に規定がないために安保法案審議でも自衛隊の合憲性を問うような神学論争に明け暮れ、緊迫した国際情勢に目を向けない異常な状況となった。憲法に書き込むこと(ステップ段階)は、こうした異常の排除を意味する。

 その後は、日本の安全確保はもとより、日米同盟の深化や国際場裏での平和維持活動などで不都合な点の修正を求められよう。その時こそ国民の中から、国軍の必要性(ジャンプ段階)が出てくるに違いない。

 当然のことながら、最終目標への過程では、自虐史観に由来する「戦力の不保持」や「交戦権の否定」(9条2項)は消去すべきものであろう。

 なお、自衛隊は「Self Defense Forces」と訳されるが、「Self Defense」は自己防衛の意で、国の防衛力とは理解され難い。そこで「戦力」を有する「Military Forces(軍隊)」とは言わないまでも、呼称に工夫を凝らし「Defense Forces(防衛隊)」のような英語表記で誤解されないようにしてはいかがであろうか。


女性宮家への姑息な誘導

 女性宮家の創設云々は、内親王が民間に嫁がれることによる公務分担者の減少から対策の一案として議論しようというもので、皇室典範に照らしても皇統問題に関連するものではない。

 安倍首相と菅義偉官房長官は折あるごとに「男系継承が古来、例外なく維持された重みを踏まえて検討したい」という趣旨のことを語ってきた。

 2人の思考には女系天皇や女性宮家は歴史上なかったという認識から否定的であるし、女性天皇は存在したが今は男系を追求すべきであるという立場で、女性・女系天皇についてはほとんど言及すらしていない。

 このようなことから、首相官邸筋は「陛下の周りも、女系天皇をつくろうという気は全くない」と明言している(「産経新聞」平成29年6月10日)。

 「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」が報告書をまとめた直後に座長代理の御厨貴氏は朝日や読売などのインタビューを受ける。

 朝日新聞は「女性宮家、安倍政権で検討を」の見出し記事で、「御厨氏は『女性宮家や女性・女系天皇の是非を検討するには、政治的な体力が必要だ。安定政権の安倍政権だからこそ取り組むべき課題だ』と主張した」(4月23日付)と書いている。

 ところが、読売新聞では、「御厨氏は『(皇族減少への対応は)長期安定の安倍政権でなければできない』と強調。具体策として『女性宮家創設とともに(旧宮家の皇籍復帰など)男性皇族の減少をどうするのかも一緒に議論すべきだ』と指摘した」となっている。

 日経紙でも「女性宮家の創設と旧宮家の男性の皇室への連携を併せて考える可能性があるかもしれない。・・・皇族減少問題は左右から意見が噴出し、安定政権でないとできない。安倍政権下でぜひやってほしい」となっている。

 御厨氏が「安定政権の安倍政権だから」取り組んでほしいと述べたのは、女性宮家の創設よりも皇族の減少をどうするかの方であることが分かる。朝日新聞の記事と反対である。

 この不可解について、産経新聞論説委員兼政治部編集委員の阿比留瑠比氏が、御厨氏に確認を求め、産経新聞の「極言御免」(5月25日付)で種明かしをしている。すなわち、読売と日経は女性宮家と共に男性皇族についても聞いてきたが、朝日は女性宮家についてだけ聞いてきたというのである。

 朝日は社論にとって都合悪いことを聞かないという質問のやり方をしたのだ。あえて言えば、男系皇族の減少の議論を出さないで、女性宮家の創設だけに世論を誘導する紙面にしたわけである。


日弁連の死刑廃止宣言では

 日本弁護士連合会は「2020年までに死刑制度の廃止を目指すべきだ」とする宣言を昨年10月、福井市で開いた人権擁護大会で採択した。しかし、遺族からは反発の声が上がり、世論調査でも多数の国民が死刑の存続を望んでいる。

 このように庶民感情は被害者に寄り添うものであるが、朝日新聞は「死刑廃止宣言 日弁連が投じた一石」とする社説(2016年10月9日)を掲げ、「犯罪被害者の支援に取り組む弁護士らが抗議の声をあげている」としたうえで、「宣言をただ批判するのではなく、(中略)いまの支援策に何が欠けているのか、死刑廃止をめざすのであれば、どんな手当てが必要なのかを提起し、議論を深める力になることだ」と書いた。

 死刑の「存続」を望む犯罪被害者に対し、「廃止」を目指すための手当てを示せという論理矛盾を平気で犯し、廃止論者の片棒を担がせようとする巧妙な書き方である。

 実際、犯罪被害者は「遺族のことを全く考えていない」と憤っており、宣言で「国民は弁護士のほとんどが死刑廃止を求めていると捉えてしまうのではないか」と懸念する。

 犯罪被害者や遺族の支援に取り組む弁護士でつくる「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」が、「(朝日新聞の社説は)誤った知識と偏った正義感に基づく一方的な主張」で、「死刑廃止ありきとの前提で書かれている」と指摘したのも当然である。

 「私たちは支援のあり方を散々提言して、被害者参加や損害賠償命令制度などを実現させてきました。朝日新聞はちゃんと取材したのでしょうか。『ただ批判するだけ』なのは、朝日新聞の方ではないでしょうか」とさえ、フォーラムの弁護士は述べている。


おわりに

 今から約40年前の1978年、栗栖弘臣統合幕僚会議議長(当時、今日は統合幕僚長)が、現行の自衛隊法では侵略を受けた場合、首相の防衛出動命令が出るまで動けない。有事法制が早急に整備されなければ、第一線部隊指揮官が超法規的行動に出ざるを得ないとの趣旨の発言を行い、防衛庁長官(当時)に解任された。

 それから四半世紀後の2003年から法制が整備され始め、一昨年の安保法制まで漕ぎ着けた。内外での活動は多様化し、「身の危険を顧みず」任務に邁進する自衛隊であるが、憲法記述がないために、統幕長や師団長などは認証官でないし、同等の階級で外国軍人が上位に叙勲される本末転倒の状況である。

 こうしたことからも、産経紙が言うように、「当事者として、自衛隊の存在が肯定されるなら率直に歓迎するというのはごく自然」なことであろう。

 しかし、朝日新聞は統幕長が立場をわきまえた返答をしても、「政治との距離を失っているとすれば」と、敢えて文民統制を乱しているかのように記述する。

 先述の皇位継承に関わる問題も死刑廃止宣言も、事実の報道というよりも、社論に引っ張り込むように操作した記述である。

 作家で比較文学者の小谷野敦氏は「自社に都合悪い異論を排除し、多様な議論を拒むのはファシズムだ。現在の朝日はわずか10万人レベルの〝朝日的知識人″を相手に記事を作っており、残り1億3000万人の大衆と乖離している」(『SAPIO』2017.6)という。

 日本を代表するクオリティー紙と呼ばれた朝日新聞はどこへ行ったのだろうか。

筆者:森 清勇

JBpress

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