元K-1 ファイターが不動産投資のNITOH(株)を創業した秘話

6月23日(水)10時0分 PR TIMES STORY

K-1ファイターから不動産会社社長への転身

コロナ禍でも業績を伸ばしている不動産投資のNITOH株式会社です。

代表は元K-1ファイター 宮園泰人。

こんな時代の中で、NITOH(ニトウ)㈱が信頼される理由とその秘密、それに関わる

創業秘話をお伝えします。

格闘技を辞め不動産投資会社を設立した起業のキッカケ

幼少期から柔道を始め、中学時代には全国大会で優勝。

その後、プロ格闘家となり、当時人気の高かった格闘技のK-1のミドル級のリングに上がり、活躍の道を歩みだしました。

海外での大切な試合を5日後に控えたある日、母親の危篤の連絡を受け、

「プロとしてリングに立つか」「親の死に目に会うか」の選択を迫られ、周囲の反対を押し切り試合を断りました。

この決断によって、それまで積み上げてきた積木が一斉にガラガラと崩れ落ち、自分はもう、この業界に長くは居られないと、スポーツ選手の選手生命の短さを悟りました。

母の死も相まって、この時初めて人の一生は無限ではなく「有限なんだ」と言うことを肌で感じたことを覚えています。

この体験をした私は、いても立っても居られなくなり、翌日第二の人生に向けて動いていました。それまで大切にしていたメダルやトロフィー、選手時代の全てを捨てて、

リクルートスーツに身を包み動きだしました。

試合出場を断った申し訳ない気持ちと、悔しい気持ちで、何年もの間、K-1 MAX(ミドル級)を放送していた局にチャンネルを合わせることすら出来ませんでした。

テレビ越しに活躍している選手達に負けたくないという気持ち、自分で選んだ事だから何が何でも後悔はしたくなかったし、負ける訳にはいかないとずっと思っていました。

有限である人生をどう生きるか?

選手生命程短くないこれからの人生を考え、起業を決意しました。

不動産会社を始めた理由

起業しようと思った時、「不動産会社を設立しよう!」と最初から志があったわけではなく、『不動産会社しか選択肢がなかった』と言うべきかもしれません。

今まで運動しかしていなかった私が 「第2の人生で何の仕事につけば良いか?”」

正直、全く検討もつきませんでした。

唯一、相談することができたのは、選手時代に応援してくださった諸先輩方の方々の

アドバイスです。

諸先輩方に相談し選択肢として上がった職業は、「不動産業」か「I T業」でした。

パソコンができなかった私は、選択の余地はなく「不動産業」を選択したというのが結論です。

不動産やPC関連の勉強

資格の勉強(宅建の教材での学び)や研修(他の会社の業務を無給にて)も行いましたが、ほぼ全て人間力で切り抜けてきたことを覚えています。

具体的学びの1ページとして、パソコンがいじれなかった私は、パソコン教室に行き、

その日もらった契約書面やデータを「どうやってこの書類を作るの?」とパソコン教室の先生に提出し、教材として使ってもらいパソコン操作を覚えたという感じで、実務で学んでいった感じです。

設立当初の苦労

現在は不動産投資、不動産管理、不動産賃貸仲介とありますが、事業開始は、マンション販売からスタートしました。

事業を始めて、社員が12名にもなった頃、会社の預金残高が60万円になってしまったことがあり、このままでは給与も支払うことが出来なくなると言う状況に陥り、この時はまさに朝から晩まで走り回って必至で営業し、何とか切り抜けました。

現在は、マンション運用、賃貸管理、建物管理と3つの事業がありますが、こうして会社を存続させられたのは、設立当時はマンション販売からスタートしていたことが大きな理由だと思います。マンション販売は、販売が成立した際の販売利益を多く確保できる唯一の事業体で、もし、賃貸管理業や賃貸仲介業からのスタートであれば、その時の社員の給与も払うことができず倒産していたであろうことを覚えています。

学び

このように設立当初は、冷や汗をかきながら毎日必死に営業しておりましたが、これも含め、日々学びを得ていると思っています。

起業時にいたメンバーが独立した際は、『価値観の違い』 を学ばせてもらいました。

スポーツの世界から転身した私が事業を大きくする為に大切なことは、先ず信用力をつけると言うことでした。

その為にも、「感謝の気持ちを持つこと」や「稼がせてもらった分=納税をすること」は当然の行いでしたが、「いかに自分の所得を増やせるか?」と言うことに注力する何人かのメンバーからすると、会社が利益を上げることも善とせず、「無駄なお金(税金)ばかり払っている」と何度も不満を受け、価値観の違いを痛感しました。

また、スタッフが経営者の意向と全く逆の行いや間違えをしてしまったとしても、最終的には全責任は経営者になります。人数が増えれば自分の目が行き届かなくなることもあり、社員教育や危機管理の重要性を感じることも事業を16年間続けていく中で学びました。

大変なことは沢山ありますが、『苦労』と言う言葉で片づけるよりも、『全ては学びである』と考え、前向きになることで、自分も会社も良い方向に持って行くことが出来ると思っています。

今後も数限りなく、悩みと新たな学びを得ると考えています。

16年目を迎える今と今後について

絶対成功すると言う強い気持ちと大切な仲間に恵まれ、NITOH株式会社は本日、6月23日で設立16年目を迎えることとなりました。今では、不動産投資ビジネスを中心に、マンション建築、建物管理、不動産賃貸まで一括管理を行い、お客様が安心して老後を迎えることが出来るようサービスを提供しております。

ニトウの不動産運用は、生命保険の要素が強く、仮に自分にもしものことがあったとしても不動産運用をしていたことで家族には不動産が残り、賃貸としての不労所得を得ることができるので、安心して残された家族が生活をすることができます。

当時は複雑な気持ちもありましたが、親の死と向き合ったことで、結果、自身の老後の心配をされる方や残された家族を思うお客様の気持ちに寄り添うことができるようになりました。

その気持ちを社員全員に浸透させるべく、35年と言う長いお付き合いになる不動産運用を社内では「お預かり」と言う言葉で表現しております。

「お預かり」なので、販売して終わりではなく、”これから長期に渡り、お互いパートナーとして携わらせて頂く”ものと考えております。

「NITOH(ニトウ)は、スタッフ全員がお預かりの気持ちを持って相談に乗ってくれるので安心できる」と多くのお客様からお声を頂き、そのお客様から更にご紹介と言う形で大切なご友人やご親戚をご紹介頂けていることが、この時期でも売上が上がっていることに繋がっている要因と考えられます。

NITOH株式会社は、これからもお客様の信頼できるパートナーとして、不動産運用をご提案して参ります。


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