地上イージス配備停止で露呈した戦略なき国防の実態

6月25日(木)6時0分 JBpress

ハワイ州カウアイ島のイージス・アショア実験施設を見物する河野大臣、2020年(写真:米海軍)

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(北村 淳:軍事社会学者)

 かねてより日本政府が国防政策の根幹の1つと位置づけてきている弾道ミサイル防衛戦力整備計画が、国会における慎重な議論など全くなしに、国防大臣による一存のような形で大幅に変更されることになった(シビリアンコントロールの原則では国防方針の最終決定は国会の仕事である)。

 イージス・アショア弾道ミサイル防衛システムの、突然の陸上自衛隊新屋演習場(秋田県)と陸上自衛隊むつみ演習場(山口県)への配備停止である。


必要性に基づいた調達ではなかった

 秋田県や地元住民に対する安全性に関する説明段階で、防衛省側は「信じられないほど弛緩しきった」態度を示していたため、秋田県側の猛反発を受けるに至った。そして、山口県や地元住民に対して説明していた安全性も実現困難であることがこのほど明らかになった。

 このような防衛当局の配備先に対する安全性説明の失敗が直接的(あるいは表面的)な引き金となって、河野防衛大臣による唐突なイージス・アショア配備白紙撤回の発表となったようだ。

 防衛当局による突然の白紙撤回に先立って、国会(防衛政策の最終決定機関)や日本社会(イージス・アショアに投入する数千億円の費用は国民の税金)で、「日本の弾道ミサイル防衛態勢にとってイージス・アショアはもはや必要なくなったのか」といったような議論が展開された様子はない。国際社会では、確固たる防衛戦略の必要に対応して、装備や兵器の調達が決定されるのが常識である。だが、日本にはそのような常識は当てはまらないことを、河野大臣が改めて証明した形になったのである。

 イージス・アショアの配備計画に限らず、数多くの高額兵器の調達や重要施設の建設、たとえばオスプレイ中型輸送機、AAV-7水陸両用装甲車、海兵隊仕様F-35Bステルス戦闘機などの調達や辺野古米海兵隊施設の建設強行なども、日本防衛にとっての必要性に関する議論とは別の論理によって決定されている。確固たる国防戦略の構築などは等閑視されて、“まず調達ありき”という状況がはびこってしまっているのだ。


防衛戦略よりもトランプの機嫌取り

 日米同盟を金科玉条としてきた日本政府は、弾道ミサイル防衛システム(BMD)の導入にも熱心であった。といっても、確固たる国防戦略上の必要性からではなく、日米同盟にすがる──すなわち、アメリカ側の歓心をつなぎ止めておくことによって、万一の場合にはアメリカが救援してくれることを期待して、という目論見からである。

 とりわけトランプ大統領との“極めて親密な関係”を日本国内向けの“外交的権威付け”に用いてきた安倍政権にとって、アメリカから超高額兵器を気前よく購入することによりトランプ大統領の歓心をつなぎ止めることは必要不可欠な外交姿勢であると言うことができよう。そのため、トランプ大統領が高い関心を示していたイージス・アショアを気前よく購入しようとしたのである。

 ちなみにイージス・アショアは1セットがおよそ1000億円ほどであり、アメリカ側に2セットで2000億円ほど支払うことになる(このほか、設置場所の土地改良費用、システム関連施設建設費用、周辺地域の環境保全費用など日本側で生ずる金額も莫大)。

 また、イージス・アショアが発射する弾道ミサイル迎撃用のSM-3ブロック2Aミサイルも1発40億円ほどと見積もられている。それぞれのイージス・アショアには24基のミサイルが装填可能であるため、SM-3ブロック2Aの調達にも2000億円ほどが必要だ。

 このように高額な兵器を日本に輸出することにより、アメリカ防衛産業が大いに潤うだけでなく、アメリカ政府の懐にも手数料や前払い差額など莫大な金額が転がり込む仕組みとなっている。

 実は米政府にとって、イージス・アショアは日本しか売却先が見当たらない。その日本がイージス・アショアを購入してくれると、莫大な収入はもちろん、副次的にアメリカ自身の弾道ミサイル防衛にも効果が期待できる。まさに“一石数鳥”の武器輸出の機会であったのだ。


世界中の笑いものになる日本政府のいい加減さ

 もし、日本政府が国防戦略上の必要性に鑑みてイージス・アショアの導入を決定したのであれば、いとも簡単にイージス・アショア配備を撤回することなどあり得ないはずである。

 今のところ、河野大臣の独断的ともいえる撤回宣言に対して、国防戦略や弾道ミサイル防衛戦略の見地から賛否両論が巻き起こっている状況は見受けられない。そうした真剣な見直し論が登場しない代わりに、「イージス・アショアのコンポーネントを洋上基地に流用して運用する案」や「イージス・アショアではなく敵基地攻撃力を構築する案」などが浮上しているようである。

 だが、そのような「思いつき的」な議論や「時代遅れの」陳腐なアイデアを持ち出す前に、秋田県と山口県に代わる新たな設置場所を選定し直してでもイージス・アショアの配備計画を実現させようといった議論や、「斯々然々(かくかくしかじか)の理由によって、もはやイージス・アショアの配備は税金の無駄使いになってしまう」といった議論が交わされて然るべきである(そうした議論については、本コラムで取り上げていくこととしたい)。

 それにもかかわらず、一度鳴り物入りで決定したイージス・アショアの配備を、防衛戦略の抜本的転換を打ち出したわけでもないのに、あるいはイージス・アショアに代わる新型弾道ミサイル防衛システムを開発したわけでもないのに、いとも簡単に捨て去ってしまう。そんな日本政府のいい加減さは、世界中の笑いものになる醜態と言わざるを得ない。

筆者:北村 淳

JBpress

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