「身分差別」の日本的雇用の破壊後に 「金銭解雇の法制化」は可能か? 橘玲の日々刻々]

7月5日(木)21時0分 ダイヤモンドオンライン


 日本社会ではこれまで、保守もリベラルも含めほとんどのひとが、「年功序列・終身雇用の日本的雇用が日本人を幸福にしてきた」として、TPP(環太平洋パートナーシップ協定)を「アメリカだけが一方的に得をする制度」「グローバリズムの陰謀」と批判し、「雇用破壊から日本を守れ」と大合唱してきた。


 しかしこのところ、このひとたちはすっかりおとなしくなってしまった。


 その理由のひとつは、トランプ大統領が、「TPPはアメリカにとってなにひとついいことがない」としてさっさと離脱してしまったことだ。これによって「アメリカ陰謀論者」は梯子をはずされ、なにがなんだかわからなくなって思考停止し、過去の発言をなかったことにしようとしているのだろう。


 しかしより重要なのは、安倍首相が「同一労働同一賃金を実現し、非正規という言葉をこの国から一掃する」と施政方針演説で宣言し、先頭に立って日本的雇用を「破壊」しようとしていることだ。これによって「親安倍」の保守派は政権のネオリベ路線を批判できなくなった。


 一方、「反安倍」勢力はどうかというと、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度に反対してはいるものの、電通の新人女性社員が過労自殺した事件以降、日本的雇用を表立って擁護できなくなった。それに加えて、「正社員と非正規社員のあいだの合理的な理由のない格差は違法」との判決が相次ぎ、日本的雇用が「身分差別」である実態を否定できなくなった。日本的雇用で犠牲になるのは、非正規社員や子会社の社員、(幼い子どものいる)女性、外国人など少数者(マイノリティ)なのだ。


 こうして紆余曲折がありながらも働き方改革が進められるのだが、この先にはより大きな壁が待ち受けている。それが「金銭解雇の法制化」だ。


日本で「金銭解雇の法制化」は可能か?


 新卒で入社した会社に定年まで「終身雇用」されることが幸福な人生とされる日本では、解雇、すなわち「会社というイエ」から問答無用で追い出す行為はもっとも忌むべきこととされ、「解雇の合法化」など口にするのも憚られる風潮がつづいてきた。


 だが大内信哉、川口大司『解雇規制を問い直す—金銭解決の制度設計』(有斐閣)によれば、いまや欧米・アジアの主要国で解雇の金銭解決が法制化されていないのは日本くらいだという。


 9人の気鋭の(労働)経済学者による『解雇規制を問い直す』では、日本における解雇法制の歴史から、なぜ金銭解決ルールが必要なのか、各国の解雇規制はどうなっているのか、日本で解雇の金銭解決を導入するとしたらどのような制度にすべきかまで、さまざまな興味深いトピックが扱われている。


 この問題を考えるにあたって著者たちは、裁判や労働審判で不当解雇とされたものには「許されない解雇」と「許されうる解雇」があるとする。これは一見、奇妙な主張だ。不当=違法なら許さないに決まっている、と思うだろう。


 だがよく考えてみると、解雇の不当性にはかなりの濃淡がある。


「許されない解雇」の典型は、差別的な理由によるものだ。日本企業では、妊娠した女性社員が働きつづけようとすると、周囲の足を引っ張るとして陰に陽に退職を促す「マタハラ」が横行している。こうした差別を放置していれば、外国人や障がい者、性的少数者など、「自分たち」とはちがう者をすべて排除するグロテスクな組織ができあがるだろう。


 日本人は同質性を好み、会社を(自分たちの生活を守ってくれる)イエと考え、サービス残業などの滅私奉公によって忠誠心を示すことを当然としてきた。内部通報など会社の不祥事を告発するのは「裏切り者」で、そんな社員は追い出すのが当たり前と考える経営者や労働組合は依然多い。そんな解雇を「許される」としてしまえば、日本は「リベラル化」する世界からどんどん脱落していってしまうから、「許されない解雇」をした会社には行政罰を課すだけでなく、その事実を広く告知するなどして社会的制裁を加えることも必要になるだろう。


 しかしその一方で、経営環境の悪化による解雇(整理解雇)や、従業員に規律違反や能力不足があるなど、会社側に合理的な理由がありつつも、法が認める要件を満たしていないために「不当」と認定されるケースもある。こうした解雇まですべて「許されない」としてしまうと経営が委縮し、かえって労働者の利益を毀損するかもしれない。だったら、どのような解雇なら「許される」のかを法できちんと決めて、ルールにもとづいて会社と社員(組合)が交渉できるようにすべきだというのが、世界では主流の考え方になりつつある。


 本来、裁判において解雇が無効となると、労働契約は解雇時にさかのぼって存在したことになり、労働者は元の職場に復職(原職復帰)できるはずだ。しかし日本では、労働審判で解雇が不当と判断されたり、地位確認訴訟で勝っても、原職に復帰せずに金銭補償で決着するものが圧倒的に多い。


 解雇が「不当」と認定されると、日本の会社の多くは賃金だけを払い、仕事に戻るのを拒否する。これは奇妙に思えるが、裁判所は「労働者には原則として就労請求権はない(規定の給与を受け取っているなら、会社に対して「働かせてくれ」と要求する権利はない)」と解しているので、この取り扱いは適法なのだという。こうした状況で解雇された労働者を職場に戻してもうまくいかないとの現実的な判断によって、ほとんどが一定の和解金の支払いを条件として合意退職することになるのだ。


『解雇規制を問い直す』の著者たちは、こうした実態がある以上、労働者の金銭補償の権利を明確化すべきだと提言する。それによって弱い立場の労働者を保護すると同時に、雇用終了コストの算定を容易にすれば経営の不確実性を減少させ、新規雇用を増やす効果も期待できるからだ。





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