「街の書店」は本当に不要なのか…電車に乗る人がみんなスマホを見ている光景に私が思うこと
2024年7月10日(水)10時15分 プレジデント社
写真=iStock.com/rai
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■新しい店ができる4倍のペースで閉店している書店
書店業の危機を唱えるニュースが増えている。3月に経済産業省が「書店振興プロジェクトチーム」を立ち上げたこともマスコミを刺激しているのか。
いまに始まったことではないが、書店は減りつづけている。会員出版社のマーケティングへの活用を目的に全国の書店情報をデータベース化してきたJPO(日本出版インフラセンター)によると、6月18日時点の登録店舗数は1万802店。
ここ10年(2014〜2023年度)では、開店などで新たに登録された「新規店」が1711店だったのに対し、登録から除外した「閉店」は4倍以上の7059店にのぼる。
今回の話のベースになるので、すこし解説——。このJPOのデータは、おもに日本出版取次協会に加盟する取次会社(トーハン、日販などの出版卸業者)から新刊書籍、雑誌を仕入れている書店の「店舗」を、できるだけカウントしたものだ。
アマゾンなどのネット通販事業者、ブックオフなど新古書店の店舗、古本屋、新刊書を扱っていても取次会社と取引のない書店は、カウントしないか、このデータとは別にカウントしている。消費者から見た「書店」の全体ではないが、従来の新刊書店の現状を知る指標になっている。
■利益の半分が人件費に回る構造
なぜ、書店経営は困難になったのか? ここでは2つを挙げる。
その①は「利益率が低い」。
JPO調査の約1万店舗の主力商品、つまり「取次会社から仕入れる新刊書籍や雑誌」の場合、書店の粗利益率は21〜23%が多い。単純に比較できないが、食品、洋服、薬など多くの日用品より低いことはたしかだ。
書店の売上高対人件費率は平均10%余り。これも他業種と比べれば低率であり、ギリギリの人員でも粗利の半分が人件費に回ってしまう。店舗が賃貸であれば、さらに利益を残しにくくなる。
ただ、従来の書店経営は、仕入れた本を返品できることも特徴だった。取次への支払いは仕入と返品の差額なので、支払額を調整しながらやり繰りしていくという、ローリスク・ローリターン型の経営構造になっていた。
ただ、これで継続するには、売り上げが上昇または安定していることが前提になる。
書籍はもともと、その時のベストセラーや人気作家の新作を除くと、それほど多くは売れないものだった。事前の売行き予測も難しい。だが、雑誌や漫画は、読者を獲得したタイトルが発行を続け、最新号、最新巻が出るたびに売れてゆく。
毎週、毎月、書店へ行く理由があれば、他にも面白そうな本はないかと店内を一巡りする。ときには忘れられない1冊に出合うこともある。書店に通うことが生活の一部になっている人が多ければ、本屋のほうも客が興味をもちそうな本を仕入れ、棚に散りばめておく作業がやりやすくなる。
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■追い打ちをかけた「あるアプリ」
棚を介した、本屋と客のコミュニケーションは、いまも行われてはいるのだが、その経験がないか、忘れている人も増えてきた。大きな理由の②「インターネットが情報インフラの主流になった」からだ。
本に関わる仕事の人、活字中毒者、本屋好きはともかく、昔から多くの人は時間つぶしと情報入手の方法として手軽だから雑誌を読んでいたわけで、それがスマートフォンに移ったのは自然の成り行きである。
ただ、書店と雑誌の関係については、ずっと気になっていることがある。「dマガジン」などの電子雑誌サイトの存在だ。
利用している人には説明不要だが、「dマガジン」などの電子雑誌は、紙版のレイアウトデザインをそのまま転用している。もともと紙版での見やすさ、読みやすさを追求したデザインなのだから、スマホでは読みにくいし、美しくない。
でも、内容を一部削除した雑誌が多いとはいえ、月額数百円で、1000誌以上も見られて、もちろん記事検索などもできる。誌面は同じだから、書店での立読みが家でもどこでもできるようになった感覚。しかもグレードアップしている。
単純に出版社を非難する気にはなれない。世相を反映し、時代と寝る軽さは雑誌の持ち味のひとつであり、電子化も、どう売るかも自由だ。ただ、紙版のレイアウトのまま出したことは、理由②によって雑誌が売りにくくなった書店に追い打ちをかけたと思う。
■わざわざ近所のコンビニで週刊文春を買ってきた
いつまでも雑誌を売る書店のほうが悪いという声もあるだろう。JPOまとめの「閉店」のなかには、雑誌依存の売場構成を変えられなかった店も多いはずだ。近年に開業した小さな書店は書籍が中心で、「dマガジン」でも読めるような雑誌は扱わないところが多い。
ただ、本屋には本屋の理由(わけ)があるようだ。
「いつも『週刊文春』を買っていくお婆さんがいるんだけど、この前、その人が来る前に売り切れちゃって、近所のコンビニで買ってきました。お婆ちゃんにとっては、週に1度ウチに来ることが生活のリズムになっている。そこは付き合いたいんだよ」
雑誌名やシチュエーションは違っても、似た話を聞くことは多い。数こそ減ったが、毎週、毎月、書店で雑誌を買う人はいまもいる。1人ひとりが求める1冊を用意することを大切にしている本屋は多く、それはこの商いの根幹なのだと思う。
紙版と同じレイアウトの電子雑誌。それでも雑誌を並べる本屋。書店の経営が困難になった背景には、そんな小さな理由がいくつも重なっている。
解決は不可能なのか?
■出版社と書店の直取引
大きな理由の①「利益率が低い」は、もう何十年も議論されている問題である。
現行の21〜23%という粗利益率も、そもそも半世紀前に書店組合がストライキを起こして出版業界に訴え、10%台後半だったものを引き上げた結果だ。
それでも、家賃、人件費、光熱費をはじめとした経費を引けば赤字に陥ってしまう状況はつづき、さらに理由②の時代がやって来た。書店組合は、多くの小売業に近い「粗利30%」をたびたび主張してきたが、話が大きく進展したことはない。
ただ個別の動きを見ると、状況を正面から変えようとする人たちはいたし、実を結んでいるケースもある。
出版社のトランスビューは、2001年の創業から書店との直取引をメインにした。書店にまっとうな利益を保証することが継続的な取引につながると考え、取次会社を使わず、定価の70%(書店の粗利益率は30%)で直接発送することを基本とした。2007年からは、一定のペースで注文をくれる書店には68%(同32%)と、さらに安くした。
書店と直接取引をする出版社はトランスビュー以前からいくつもあるが、他との違いは、それが波及したことだ。トランスビューにやり方をならって創業する出版社が登場し、トランスビュー自身も、2013年から新興出版社などの書店との取引を代行する事業を始めた。10年を経た現在は150社ほどが利用している。
■「独立系書店」の動き
書店にも動きはある。2015年に開業した誠光社(京都)は、定価の70%で本を直接卸してほしいと、準備段階から出版社に要請して回った。対応はさまざまだったが、継続可能な書店の方法を追求しようとする誠光社に刺激を受けている関係者は多い。
トランスビューの登場から20年以上、誠光社の開業から来年で10年になる。いまも彼らの方法は主流ではなく、書店業全体において理由①は改善されていない。
だが、大手取次と取引がなく、JPOのデータベースにカウントされない小さな書店が、この10年で続々と開業した。よく“独立系書店”と呼ばれる、小さな店たちである。
「子どもの文化普及協会」など小口の注文に対応する出版卸業者がいくつかあり、トランスビューなども合わせると、かなりの新刊書を揃えられるようになったことが大きい。JPOは、いまはそうした店の情報収集にも取り組んでいる。
出版流通の全体が一斉に変わることは、とても難しい。まだ当面は、自分はこのようにやる、という個々の営為が、新たに書店を始める人たち、現状を打開したい人たちのヒントになるだろう。それがいつか、理由①の解決につながっていくかもしれない。
理由②は、技術の進化と人びとの生活の便利さの話であって、理由①より強大である。
電車のなかで雑誌や新聞を広げる人を見なくなったが、8割の人がスマホに目を落とすなか、たまに紙の書籍を読んでいる人がいる。
熱心に頁を繰る姿を見ていると、皆が同じことをしているとき、あるいはさせられているとき、違うことをしている人が1人くらい(できれば、もう1人か2人くらい)いることは、大切だと思う。
写真=iStock.com/maroke
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そのためには、本を渡す本屋が必要だ。本屋はマイノリティ向けの商売になっていくという意味ではない。他の誰とも違う自分である時間は、誰にでもある。
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石橋 毅史(いしばし・たけふみ)
ジャーナリスト
1970年、東京都生まれ。日本大学芸術学部卒業後、出版社勤務を経て、1998年に新文化通信社入社。「新文化」記者を務める。2005年から同紙編集長に。2009年12月に退社。現在フリーランス。
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(ジャーナリスト 石橋 毅史)