本田圭佑選手の専属分析官がとった意外な選択。 キャリアの「遅いスタート」を挽回する方法

7月12日(木)6時0分 ダイヤモンドオンライン

本田圭佑選手は海外クラブでの経験が10年、専属分析官の白石尚久氏も10年以上の海外経験を持つ。(写真は白石氏が7月よりアシスタントコーチ/テクノロジーストラテジストとしてのキャリアをスタートさせる、オランダ1部リーグSBVエクセルシオールの練習風景)

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サッカー日本代表・本田圭佑選手の専属分析官(アナリスト)の白石尚久氏。

専属分析官とは、本田選手と行動をともにして、彼個人の”戦術参謀”的な役割を担う仕事である。


41歳で本田選手の専属分析官となった白石氏のサッカー・キャリアのスタートは18歳。

驚くほど遅い。部活動未経験で大学の体育会サッカー部にさえ入れなかった彼は、

単身アルゼンチンに渡り、育成選手からコツコツとキャリアを積み上げていく。


そして、36歳の時にアジア人で初めて欧州1部リーグの監督(スペイン女子)に就任。41歳でACミラン、パチューカ所属の本田圭佑選手(日本代表)の専属分析官に—。


あまりに遅い「キャリアのスタート」を挽回するために、白石氏のとった意外な方法とは?

本記事では、初の著書である『何かをやるのに遅いということは決してない。』から、内容の一部を再編集し特別公開する。(まとめ/編集部)



日本がダメならアルゼンチンに行こう



18歳で本格的にサッカーを始めた僕は、大学の体育会サッカーの入部テストに落ちてしまった。

当時のサッカー関係者たちからは、こんな言葉で慰められた。

「サッカーでプロを目指しても成功できるのは、ほんのひと握りの人間だけ。

人生は長いんだから、サッカー以外の道を選んだほうがいい」

それを聞いて僕は、思わずこう答えた。

「僕の人生をあなたたちに決められたくない。自分の人生は自分で決めます」

心のなかでつぶやいたのではなく、本当に言ってしまった。


一般的な考え方としては、確かにその人たちの言うとおりだ。

サッカーに限らず、アスリートがプロ選手としてやっていける確率はごくわずか。

それは自分でもわかっている。

でも僕は、自分のやりたいことを、自分の人生を、確率だけで選びたくはなかった


こうした経緯もあって、明治大学でサッカー部に入れなかった僕は、

自分の生き方を自分で決めるために一大決心をすることになる。

サッカーをする場、サッカーを勉強する場を海外に求めて、

単身、南米のアルゼンチンに渡ったのだ。


日本やヨーロッパでは、プロ選手になるにはクラブの下部組織に入り、

トップチームに昇格するというケースが多い。

例えばU18(18歳未満)のクラブユースであれば年齢制限によりNGだ。

しかし、アルゼンチンでは20歳までユース扱い(アマチュア契約が可能)ということだった。

言い換えれば「21歳までにプロレベルにならなければクビ」ということでもある。

それでもスタートが18歳と遅かった僕にとって、

「アルゼンチンなら、まだプロに間に合う」という期待感のほうが強かった。

それにアマチュア契約なら大学に籍を置きながらサッカーができる。

大学とサッカーを両立できるというメリットも大きかった。





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