"1億円以上"でもまだ安い日本の役員報酬

7月13日(金)9時15分 プレジデント社

写真=iStock.com/gyro

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■年功序列型の人事体系に限界


国内上場企業の役員報酬が増えている。東京商工リサーチの発表によると、2018年3月期に1億円以上の報酬を手にした役員(取締役、執行役、監査役など)の数は前期比15%増の538人だった。




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実績を上げた人材に対して、それに見合った報酬を支払うのは当然だ。だがその意味では、足元の役員報酬額が上昇することは、わが国の伝統的な年功序列型賃金体系が崩れつつあることを明確に物語っている。ただ、わが国の役員報酬は米国などに比べてまだ見劣りする。「報酬は実績に対する対価」という考え方が国内の社会に広がれば、成功を追い求める人が増え、新しい、付加価値の高い取り組みを進める考えが増えることも考えられる。それは、わが国企業の活性化につながる可能性がある。


足元、米中貿易戦争への懸念などから世界経済の先行き懸念は高まっている。そのような状況の中で、伝統的な年功序列型人事体系制度を崩すことは、わが国企業が強みを発揮して持続的に成長する一つの突破口になり得る。


■欧米諸国と比べて低い国内企業の役員報酬


2018年3月期、上場企業の役員報酬のランキングを見ると、トップはソニー前社長の平井一夫氏の27億円だった。2〜4位にはソフトバンクの外国人役員がランクインした。5位は武田薬品工業のクリストフ・ウェバーCEO、6位にはモノタロウ創業者で住宅設備大手LIXILグループの瀬戸欣哉CEOが続く。トヨタ自動車のディディエ・ルロワ副社長も10億円超の報酬を得て8位にランクインした。



このランキングから言えることは、わが国でもプロ経営者のニーズが高まってきたということだ。それは好ましい。ただ、優秀な人材確保のためには、報酬は積み増される必要がある。わが国でCEOが受け取る平均的な報酬は1億円程度だ。一方、米国では10億円を超えるのが当たり前だ。欧州では5億円前後が経営の専門家(プロ経営者)に支払われる平均的な報酬の水準だ。この水準の違いを見る限り、わが国の役員報酬は少ない。



当たり前だが、企業が成長を続けていくには、人が大切だ。金融や法律の専門知識と経験、海外市場の開拓に関するノウハウ、各国の労務管理に習熟した専門家を登用するには、それなりのコストがかかる。特に、周囲から「彼は優秀だ」と評判のある人に来てもらうためには、どうしても競争力のある報酬を支払わなければならない。


■優秀な人材の確保は死活問題


今後の成長を考えると、わが国の企業は新興国を中心に、海外進出を強化しなければならない。だが海外の市場でわが国の発想は通用しない。たとえばシンガポールで企業を経営する友人は、「競合相手よりも給料の水準を高くしておかないと、すぐに転職されてしまう。日本と違い、人材の確保には給与の引き上げが欠かせない」と話していた。


わが国の企業は、役員だけでなく従業員全体の報酬の水準を真剣に考えるべき時に来ている。役員報酬が低い時点で、企業は競争劣位の状況におかれていると考えたほうが良いだろう。イノベーションを発揮して、新しいヒット商品などを生み出すためにも、各国に比べて見劣りしない報酬を支払い、優秀な人材を確保することはわが国企業全体の死活問題といえる。


■欧米では外部から経営の専門家を登用するのは当たり前


国内企業の役員報酬の低さは、わが国の企業文化・制度に起因していると考える。日本企業の多くが、新卒一括採用、年功序列、終身雇用の人事・雇用制度を重視してきた。この制度が組織に属する人々の生き方、つまり文化をはぐくんだ。


具体的には、上司に盾突かず、ミスをしない人が評価され、昇進する人事評価のシステムが維持されてきた。これにもとづいて、昇進を重ねた社員が経営者に登用されてきた。その人物はゼネラリストであり、社内の利害調整には長けているだろう。しかし、その能力が、株主価値を増大させるとは限らない。



また、わが国の会社法は、取締役の義務の一つに善管注意義務を定めている。これは、細心の注意を払って業務に臨めということだ。その上で、何らかの過失が発生した場合、責任を問われることは少ないと考えられる。本来、株主価値が増えたか否かが経営を評価する最重要の基準だが、わが国はその考えになじんでこなかったといえる。


一方、欧米では、外部から専門家(スペシャリスト)を登用し、経営を任すことが当たり前だ。背景には、経営と業務の執行を分ける考えがある。経営とは、株主価値の増大のために戦略を策定し、必要な改革措置を実行することだ。それが経営者の責務だ。また、取締役は各事業部門などの業務執行を監督する。


■役員報酬は欧米とそん色ない水準にすべき


法的な側面からも、株主価値の増大という結果が問われる。たとえば、米国の会社法では、経営者は受託者責任を果たすだけでなく、株主価値を積極的に増やしていくという意味での“グッドフェイス(誠実さ)”を持つべきだと考えられている。契約に関しても、無過失責任が原則だ。つまり、損害が発生した場合、加害者は過失の有無にかかわらず責任を負う。契約に関する日米社会の考え方の違いは、東芝の巨額損失でも注目された。


理論的に考えると、株主価値の増大が求められているという点で、わが国の経営者は欧米の経営者と同じ責任を負っている。経営者が株主に対する受託者責任を負い、株主価値の増大を求められている以上、わが国の役員報酬も欧米と比べてそん色ない水準に達することが望ましい。


■ガバナンス制度の拡充と役員の責任


今後、わが国企業は経営者の責任を明確化すべきだ。経営は、必ずしも業務を執行するだけではない。経営は、株主の負託にこたえるために戦略を策定し、長期の成長を目指す取り組みだ。そうした理解を持つ企業が増えることが大切だ。



同時に、経営者の能力や成果を客観的に評価し、必要に応じて是正を行うための制度を機能させることも欠かせない。取締役会には経営者を交代させる権限も付与されるべきだ。責任を全うできない経営者を淘汰するのである。それが、コーポレートガバナンス=企業統治の強化だ。


東芝の巨額損失、神戸製鋼所による品質検査データの改ざんなど、企業は常に合理的に行動するとは言えない。特定の人の影響力が強くなりすぎ、論理ではなく、感情などによって経営が左右されてしまうこともある。金融庁などがコーポレートガバナンスの強化を目指しているのは、不正などを防ぎ、市場原理に則った経営が行われるように仕向けたいからだ。


■経営者を客観的に評価できる「指名委員会等設置会社」


求められるのは、各企業が企業統治の理論を自社に当てはめ、実践していくことだ。わが国の会社法では、企業のガバナンスについて、監査役会設置会社、監査等委員会設置会社、指名委員会等設置会社という3つの形態を定めている。


現状、上場企業の75%が監査役会設置会社を選択している。この形態では、取締役が業務の決定・執行・監督を行うため、監査機能は発揮しづらい。これに対して、監査等委員会設置会社とは取締役3人以上(過半数は社外取締役)で構成する監査委員会等を置き、監査機能の強化を目指した形態だ。


より望ましいのは、指名委員会等設置会社だろう。過半数を社外取締役で構成する監査・報酬・指名の各委員会を設置する形態で、各委員会が経営者を監督するため、理論上、規律が働きやすい。これは経営者の手腕を客観的に評価し、成果に見合った報酬を支払うためにも有効な統治形態だ。経営者の事業環境の認識が妥当か否かを確認し、より良い経営戦略の執行を目指すためにも、指名委員会等設置会社に移行し、その機能を発揮する企業が増えるとよい。


米中貿易戦争への懸念から世界経済の先行きは不透明になっている。中国株の下落など、投資家はリスク回避姿勢を強めている。そうした不確実性が高まる中で経営者が成長をめざし、相応の評価を得るためにもガバナンスの強化は必要だ。


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真壁 昭夫(まかべ・あきお)

法政大学大学院 教授

1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授などを経て、2017年4月から現職。

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(法政大学大学院 教授 真壁 昭夫 写真=iStock.com)

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