人気薄のマーチをNISMOで補強した日産「作る力」の今

7月15日(月)7時0分 NEWSポストセブン

日産自動車の「MARCH(マーチ)NISMO S」

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 カルロス・ゴーン前会長の逮捕の余波を受けて業績悪化に苦しむ日産自動車。だが、販売台数の低迷は、必ずしも不祥事の影響ばかりとは限らない。質より量を求めすぎて魅力的なクルマが少なくなってしまったことも要因だろう。そんな中、“技術の日産”の復活を期待させるようなキラリと光るモデルもある。自動車ジャーナリストの井元康一郎氏が試乗で高評価したのは、日産のモータースポーツブランドNISMOの市販車モデル「MARCH(マーチ)NISMO S」だ。


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“ゴーンショック”に端を発したルノーとのアライアンス危機、販売台数の減少、業績悪化と、何とも精彩を欠く日産。今年6月の株主総会は何とかうまく切り抜けたが、業績回復のメドはまだ立っていない。


 グローバルビジネスのなかでもとりわけ厳しい状況に陥っているのは日本市場。今年新型に切り替わった軽自動車「デイズ」はそこそこ売れているものの、収益性の高い普通車の販売が不振だ。


 この状況を打開するのは容易ではない。西川廣人社長が「日本市場を軽視するような判断があった」と認めるように、ラインナップは手薄もいいところ。販売台数を稼げているのはサブコンパクトの「ノート」、ミニバンの「セレナ」、SUVの「エクストレイル」くらいのもので、あとは長いものでは10年以上モデルチェンジもせずに放置していたようなモデルばかり。


 乗用車のようなエンドユーザー向け商品を扱う企業が苦境に立った時、それを打開する有効策のひとつは商品で頑張ることなのだが、頑張ろうにもタマがないのだ。


 2年前の完成検査不正や昨年のゴーンショックでブランドイメージは大きく傷ついたが、それは単に不祥事が嫌われたというだけではないだろう。日産を積極的に選ぶ理由に乏しいクルマばかりが増え、ファンのブランドロイヤリティを高めるようなクルマが長いこと出てこなかったことで、日産のコアユーザーの心はすでに日産から相当に離反していた。不祥事はその流れを表面化させたにすぎない。


 果たして日産はこのまま、白物家電のようなクルマばかりを作る没個性的なブランドになってしまうのか。コアユーザーが疑念を抱いているのは、日産に日産ならではと感じさせるようなクルマを作る力が今もあるのかということと、日産にそういうクルマを作る気があるのかという2点だろう。


“作る力”のほうについてだが、最近それを考えさせられる興味深いモデルに乗った。欧州Aセグメントミニカークラスの「マーチ NISMO S」である。


 マーチといえば、かつてはトヨタ「スターレット」と人気を二分するクルマだったのだが、現行モデルは東南アジア市場をメインターゲットに開発された。タイ工場で生産され、日本で売られているものも輸入車である。


 アジア向けのモデルの例に漏れず、徹底的にコストが切り詰められた格安車で、性能も質感も高くない。デビューが2010年7月とすでに旧態化していることもあって、今や不人気。今年の1〜6月の販売台数は5884台で、1か月平均1000台も売れていないという有り様である。


 そこで、日産の子会社であるカスタマイズファクトリー、オーテックがそのマーチに手を入れ、日産のモータースポーツブランドであるNISMOの名をかぶせたものがマーチNISMO Sだ。


 乗る前は果たしてあの安グルマを何とか料理のしようがあるのか──と思っていたのだが、実際にドライブをしてみたところ、驚くことにクルマを走らせているという実感爆発の、痛快無比なスポーティハッチに仕上がっていた。


 まずはボディだ。軽量化と低コストを最重要視したペラペラなボディが、補強によって別物のような強固なシェルに生まれ変わっていた。マーチNISMO Sは車体(205/45R16)に似合わぬ幅広タイヤを履く。銘柄はブリヂストンの「ポテンザRE-11」。少し古いモデルだが、乾いた路面におけるグリップ力の強固を最重要視したハイパフォーマンスタイヤ。これよりグリップのいいものはセミスリックタイヤのようなものしかないだろう。


 そんなハイグリップタイヤを履いてコーナーを高速度で駆け抜ければ、ヤワなボディだとすぐにねじれが発生する。だが、マーチNISMO Sはまったくと言っていいほどねじれが感じられなかった。


 コーナーで深々とロールするくらいの横Gがかかっても、前の左右輪が鋼鉄の棒で完全締結されているかのようなフィールで、ボディのねじれに起因するよれた動きが一切なかった。飛ばしても飛ばさなくてもコーナーを曲がることが楽しくなってしまうようなクルマだった。


 あまりにボディシェルが頑丈なので、どれほどすごい補強をしたのかエンジニアに聞いてみた。ところが、補強のポイントはそのイメージとは裏腹にほんの数か所。文字通り最小限の補強だが、たったこれだけの補強材追加でこんなにボディ強度を上げられるというノウハウに舌を巻く思いだった。


 サスペンションはハッキリ言って固い。前述のタイヤ、RE-11が今どきのトータルバランス重視のスポーツタイヤと異なり、ガチガチに固いサイドウォールを持っていることも手伝って、路面の大きな段差やうねりを通過すると、突き上げや揺すられが強く発生する。


 だが、その固さの中にも、実は動的質感の高さがちゃんと内包されていて、いったん突き上げや揺れが発生しても、それが長々と残らず、それらの外乱要因を乗り越えた直後にはピタッと止まるのだ。上等なスポーツカーのような足である。


 エンジンは1.5リットルで、最高出力は116馬力。数値的には非力だが、減速比の低い5速MTとの組み合わせによって、なかなかのパンチ力を示した。変速段数は5速だが、トップギアでもGPS計測による実スピード100km/h時に3200rpmも回る。いわば6速のない6段変速のようなものだ。


 このマーチNISMO Sを700km近くドライブしてみたが、山道から高速、普通の道に至るまで、どこを走っても愉悦を味わえるクルマであった。まさに往年の日産が持っていたテイストそのものである。


 もちろん日産のような年産500万台クラスの大型メーカーは、そんな趣味的なクルマばかりを作るわけにはいかない。だが、マーチNISMO Sのような精緻なテイストづくりのノウハウはスポーティモデルだけでなく、柔らかなクルマを上質に仕上げるのにも通じるものだ。


 1990年代、日産は「この瞬間が日産だね」というキャッチフレーズを打っていた。スペックシートの数字には表れないが、人間が身体で着実に感じられるような動き、操作感、乗り心地など、動的質感を大切にしているということをアピールするものだった。


 そのスピリットは今日、相当に後退してしまい、日産車が乗り味でとくに優れていると感じられるケースは激減した。が、そういうクルマを作ろうと思えば作れる力はまだ失われていないということを、マーチNISMO Sは示していた。


 問題は第2のポイント、すなわち日産ならではというクルマ作りをやる気が日産にあるかどうかだ。こればかりは日産の意志によるとしか言いようがない。


 スポーツであれラグジュアリーであれ、クルマを良いモノにしようとすると、どうしてもコストがかさむ。マーチNISMO Sの場合、価格は184万2480円。車体、サスペンション、シートに手を入れ、エンジンを1.5リットルに換装していることを考えると激安と言えるが、ベーシックカーとしては絶対的に高価だ。


 単純に考えればお金がかかったぶん高く売ればいいのだが、実は自動車メーカーにとって、それは難しいことだ。日産ブランドが「このメーカーのクルマはどれであっても素晴らしい」と、日産ファンだけでなく世間に幅広く認識してもらわなければ、付加価値にプラスアルファのお金を払ってもらえないのだ。


 小さなメーカーの場合、価値を認めてくれる顧客にターゲットを絞ったクルマ作りでそこにチャレンジすることも不可能ではないのだが、年産500万台規模の日産はターゲットユーザーをメーカー側から絞ることは困難だ。できたとしても長い年月がかかる。


 日産はNISMO、AUTEC(オーテック)と、2つのサブブランドを展開している。これは規模と付加価値を両立させるための苦肉の策というべきもので、無印の日産車で量を追いつつ、よりプレジャーに満ちたクルマ、上質なクルマを希望する顧客にはこちらがありますよと誘導しようというものだ。


 だが、量産メーカーとして数を追いすぎると、それをやるのも簡単ではなくなる。トヨタのGR、ホンダのモデューロなど、他の大規模メーカーのサブブランドもそうなのだが、元のラインナップがつまらないため、それをカスタマイズしても魅力的に仕立てるのにはどうしても限界がある。


 NISMOはGR、モデューロに比べるとはるかに知名度が高いのだが、それでもマーチNISMO、ノートNISMOなどの販売台数はごく少数。いくら中身を良くしても、見かけが凡庸なファミリーカーというのでは、最初からいいクルマだと確信を持ってくれる顧客しか買ってくれないのは自明の理である。


 当面のつなぎ策としてNISMOのようなサブブランドで日産のクルマづくりへの知見の高さをアピールしていくのはありだとして、やはり大量生産、大量販売の普通のクルマをもう少し素敵なデザイン、素晴らしい哲学を持つ、志の高いものに、少しずつ変えていかなければならないだろう。その難しいチャレンジをやる余力はすでに残り少ない。


 果たして日産は変わることができるのか、興味深いところだ。

NEWSポストセブン

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