要介護の親に手をあげる子は家族失格か

7月22日(日)11時15分 プレジデント社

※写真はイメージです(写真=iStock.com/Nayomiee)

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どうすれば介護のストレスを減らせるのか。厚生労働省によれば日本国内の要介護(要支援)認定者数は、643.7万人(男性201.6万人、女性442.1万人)。これだけ多ければ、介護者が暴力に及ぶケースもある。あるベテランケアマネジャーは「介護に向いている人なんかいない。満足のいく介護ができなくても、自分を責めることはしないほうがいい」と語る。介護の現場で孤立する人の心理とは——。

■要介護の親への暴力が増え続けている背景


子供が要介護となった親に暴力をふるうなどして虐待する件数が増え続けています。


自宅で要介護者(親など)の世話をしている子供などによる虐待件数(※)は年間1万6384件(前年比408件増)。もちろん、これは氷山の一角だと思われますが、驚くべきことにこの数字は介護職員による虐待件数の約36倍になっています。


※厚生労働省「2016年度高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査」(2018年3月発表)



介護における虐待の主な種類(出典:東京都福祉保健局ウェブページ)

●身体的虐待

暴力的行為によって身体に傷やアザ、痛みを与える行為や外部との接触を意図的、継続的に遮断する行為

●心理的虐待

脅しや侮辱などの言葉や態度、無視、嫌がらせ等によって精神的に苦痛を与えること

●性的虐待

本人が同意していない、性的な行為やその強要

●経済的虐待

本人の合意なしに財産や金銭を使用し、本人が希望する金銭の使用を理由なく制限すること

●介護・世話の放棄・放任

必要な介護サービスの利用を妨げる、世話をしない等により、高齢者の生活環境や身体的・精神的状態を悪化させること

ケアマネジャー歴15年のMさんは最近、「介護に向いている人はどんなタイプの人物か」ということを考えているといいます。考えるようになったきっかけは、担当して半年ほどがたつ利用者の家族、Kさんからの相談でした。


「Kさんは50代の独身女性で会社勤めをしています。78歳のお母さんと同居しており(父親はすでに他界)、そのお母さんが認知症を発症、要介護1と認定されたため、介護生活が始まりました」


要介護1ですから、常に家族が寄り添って介護しなければならないという状態ではありません。トイレは自分で行けますし、身のまわりのこともある程度はできる。入浴で介助が必要なぐらいだったといいます。


▼認知症の母に暴言を吐く「管理職の50代の娘」

Kさんは管理職でしたが、会社に親の事情を話してできるだけ早く帰宅するようにして、休日はすべて介護に充てたそうです。




※写真はイメージです(写真=iStock.com/Nayomiee)

「Kさんはお母さん思いでしたし、状況から見て良い介護ができると思いました。ただ、Kさんにとって、お母さんが認知症になった現実は受け入れがたいほどのショックだったようです。それまでは、普通に話をし、笑い合い心を通わせていました。でも、会話は成り立たなくなり、訳の分からないことをすることもある。それがショックで、『なんでこんなことができないの!』と声を荒らげるなど高圧的な態度で接するのが当たり前になってしまったといいます」


認知症の介護に苦しむ近親者は全国にたくさんいます。料理など手が離せないときに限って危ないことや汚いことを突如始める。夜はぐっすり寝てくれることは少ないから親も自分も睡眠不足になる。きょうだいがいても見て見ぬふり。親戚もほとんどフォローしてくれない。にもかかわらず、「本当につらいのは本人(親)だ」と言う。介護する側の自分にはもっと自由にもっと楽しく暮らす権利があるはずなのに、我慢して当たり前……。毎日が究極のストレスとの戦い。一人ぼっちの孤独な介護により精神的に追い詰められ、親をたたいたり足蹴にしたりするというケースも少なくありません。



■「私は介護に向いていない、家族失格だ」


Kさんも感情を抑えきれずについ暴言を吐いてしまった後、ひとりになると、「なんてひどいことを言ってしまったんだろう」と落ち込み、自己嫌悪にさいなまれる。深く反省し、母は認知症という病気なのだ。何度もそう言い聞かせる。




※写真はイメージです(写真=iStock.com/studiolaut)

ところが、母親と面と向かうとまた高圧的になってしまう。そんな日々の繰り返しだったそうです。


介護生活が半年ほど過ぎたある日のこと。Kさんは介護の過程でいつものように母親を責めてしまいました。母親はKさんにキツい言葉を浴びせられたことで腹を立て、反抗。激しい言い争いになったそうです。暴言を吐いている自分を必死で抑えつけようする理性的な自分がいる一方、「私は仕事や自分のことを犠牲にして介護している」という意識もあり、暴言はやがて罵倒へとエスカレートして母親を突き飛ばしてしまったそうです。母親の体は近くの家具に打ちつけられ、救急車を呼ぶ事態になったといいます。


その知らせを受けてMさんが急いで駆けつけると、Kさんは号泣しながら「私は介護に向いていない」、「家族失格だ」と訴えてきたそうです。Mさんは興奮するKさんを落ち着かせ、話を聞くことに徹しました。


「Kさんは仕事が多忙な中、介護という非常に重いものを背負わされ、試行錯誤を強いられていました。意思が伝わらないことのある母親は今後どうなってしまうのか。自分は介護離職しなければならなくなるのか。将来に大きな不安を抱えていました」(Mさん)


▼多く人にとって介護は人生初「常に手探り状態」

多く人にとって介護は人生初の体験。手探り状態で始めます。それまで、他人の介護の経験を見聞きすることはありますが、本当のところは実践してみないとわかりません。するとどうしても個々の家族の状況や介護する人間の性格が反映されることになります。親と時間と場所を共有している間は気が休まらないという人も珍しくなく、我慢の限界を超えると口や手や足による暴力につながってしまうこともあるのです。


Kさんは母親に手を出してしまったことを心から悔い、落ち込んでいました。しかし、言葉の暴力を止められなかった自分は介護が再開したらまた同じ過ちを犯してしまうのではないかと恐れていました。


MさんはそんなKさんの気を楽にするため、次のようなアドバイスをしたといいます。


「Kさんは、お母さんの介護を全力でやろうとし過ぎているんです。介護をしているご家族は、自分を育ててくれた親だからと全時間・全エネルギーを注ぎ込んでしまう傾向があります。でも、それを続けていたら身も心も保たない。だから、どこかで上手に手を抜くように工夫したほうがいいんです。お母さんに腹を立ってしまったときは、『これは認知症の症状だから」と理解していくことが大事だと思いますよ」



■「介護に向いている人はどんな人か」と問われ絶句


このようは話をしているうちにKさんは落ち着きを取り戻しましたが、次に「介護に向いている人はいるんですか」と聞いてきたそうです。




※写真はイメージです(写真=iStock.com/Satoshi-K)

Kさんによれば「他の人は立派に介護者の務めを果たしているような顔をしている。それが本当なら、できない自分はダメ人間であり、介護に向いていないことになる。多くの介護者を見てきたケアマネさんなら、それがわかるでしょう? 教えてください」というわけです。


「介護に向いている人はいるか」


あまりにストレートな疑問ですが、Mさんはこれまでこのことを考えたことがありませんでした。Kさんに単刀直入に聞かれた際、MさんはKさんの心情を考えて「誰もが介護では苦労されていますし、向いていると思っている人はいないんじゃないですか」と答えましたが、その後、じっくり考えたといいます。そのシンプルな問いは、介護に悩むすべての人がどうしても知りたい切実な内容かもしれないと感じたからです。


Mさんが改めて考えてみたところ、しっかり介護をしている人も、多くは家族の務めだからという義務感のようなものがある。なかには、家族の情などみじんもなく、介護サービスに任せっきりの人も少なくないし、介護を放棄している人だっている。ごく稀に、介護に前向きというか、物事をおおらかにとらえる性格という感じがある。介護の分野を仕事に選んだ自分にしても、仕事だからできているのであって、肉親の介護となれば話は別で義務感が先に立つだろう、という思いに至ったという。


▼「みな気持ちを奮い立たせて介護をしている」

そうやって考えMさんが出した結論は「介護に向いている人はいない」というものでした。


「家族もわれわれ介護事業者も要介護者の状態をよくするために努力するということが大前提ですが、解放されるのは看取りの時であり悲しい努力なのです。そういうことに対して前向きになれて“向いている”と言い切れる人はいるでしょうか。結局、気持ちを奮い立たせて行うのが介護だと思うんです」


Kさんのように介護がうまくいかず悩む人は孤立し情報を得ることができない状態にあることが多い。そのことで不安が募り、気持ちを支えることができなくなるのではないかとMさんは分析します。


「そうした介護の不安は誰かに話を聞いてもらうことで解消できることもあります。探せばそういう対象も意外とあるんですよ。私たちケアマネがそうですし、介護体験を持つ人が身近にいれば、教えを乞えばいい。また、要介護者が認知症の場合は“認知症の人と家族の会(家族の会)”などの相談窓口もあります」


家族の会は公益社団法人の全国組織で、電話相談(フリーダイヤル0120‐294‐456 10時〜15時・都道府県単位の相談もある)に応じてくれますし、介護家族が集まって体験を語り合うつどいもあります。


介護に向いた人はいないですが、介護に気持ちを向かわせる方法はあるのです。



(ライター 相沢 光一 写真=iStock.com)

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