南シナ海を侵略した中国、米比同盟は機能するのか

7月25日(木)6時0分 JBpress

フィリピン海軍の旗艦は、退役したアメリカ沿岸警備隊巡視船(出所:フィリピン海軍)

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(北村 淳:軍事社会学者)

 フィリピンのドゥテルテ大統領は、テレビのインタビューに答えて、「南シナ海情勢を解決するためにアメリカは米比相互防衛条約第4条を発動して米海軍第7艦隊を南シナ海に送り込み、中国海軍と対峙すべきである」と呼びかけた。


無言の威嚇で人工島基地軍を建設

 本コラムで事の発端から継続して取り上げてきているように、中国は南沙諸島に人工島を7つも誕生させ、それらを海洋軍事基地群へと変貌させてしまった。フィリピン政府は、2014年初めに中国が人工島建設の動きを見せている状況を国際社会に訴えた。

 とはいっても、アメリカ海軍と南沙諸島の領有権紛争当事国以外には関心は持たれなかった。それからわずか5年しか経っていない現在、南沙諸島のパワーバランスは決定的に中国優勢となっている。

 中国が人工島、そして軍事拠点へと変貌させてしまった7つの環礁は、すべてフィリピン側も領有権を主張している。フィリピンの立場からは、ここ5年の間に中国が「フィリピンの島」で勝手に埋め立て工事を始め、滑走路や灯台、それに港湾施設などの建設を推し進めて、人工島基地群を造り出してしまった、ということになる。

 ただし中国は、そのような海洋軍事施設を誕生させるにあたり、フィリピンに対して一切の軍事攻撃を加えてはいない。だが、中国とフィリピンの海洋戦力を比較すると中国軍が質量ともに圧倒的に強力であることは明らかであり、中国側は海洋戦力による無言の威嚇を背景として人工島基地軍の建設を進めたとみなせる。

 中国は、ミサイルや砲弾を発射するような軍事攻撃は控えているものの、軍事的威圧という形で軍事力を行使しながら、南沙諸島の7つの環礁に対する実効支配を確立したのだ。


効果がなかったアメリカの「FONOP」

 このような状況に対してフィリピンは、同盟国アメリカによる軍事力を背景とした何らかの対中牽制を期待しつつ、国際仲裁法廷に南沙諸島領有権をめぐる判断を求めたり、中国政府と腹の探り合いをしながら駆け引きをしたりする外交努力を続けてきた。それとともに、極めて貧弱ではあるが自らの海洋戦力を可能な限り繰り出して、南沙諸島のパトロールも強化している。

 しかしながら、中国による目に見える形での軍事力行使、すなわち「軍事攻撃」が行われていないために、これまでアメリカが実施してきた「対処」は、「公海自由航行原則維持のための作戦」(FONOP)だけである。つまり、南シナ海に軍艦や爆撃機を派遣して、「『南シナ海の大半は中国の主権的海域である』といった中国の主張は、国際海洋法の原則を蔑ろにするものである」との警告を発し、軍事的に威圧を加えるという作戦だ。

 2015年秋以降、アメリカ海軍は南シナ海でのFONOPを断続して実施しており、2018年以後、その頻度は増している。しかしながら、いくらアメリカがFONOPを実施しても、中国による人工島建設を中止させるには至らなかった。それどころか、ますます軍事基地化が強化され、各種ミサイルシステムや戦闘攻撃機まで配備され始めている。

 すなわち、アメリカによるFONOPなど、中国にとっては少しも威圧になってはいないのである。

 一方のアメリカにとって、FONOPは南シナ海にプレゼンスを示すためのアリバイ作りのような惰性的作戦となってしまっているのが現状だ。

 要するに、中国は強大な海洋戦力を背景として「軍事攻撃などとは無縁の手段によって」7つの人工島を造成し、3つの本格的空軍施設を含む軍事基地群を南沙諸島に誕生させてしまったのである。


「米比相互防衛条約」発動を求める理由

 このような状況を東シナ海情勢に当てはめると、日本と中国(そして台湾)がそれぞれ領有権を主張している尖閣諸島の例えば魚釣島に、中国が日本に対する軍事攻撃を実施することなく、気象観測施設や観光施設、それに軍事施設を建設してしまい、民間人や軍関係者が居住を開始してしまったような状態ということになる。

 もし日本がこのような事態に直面したならば、たとえ中国がミサイルや砲弾を1発も発射していなくとも、「中国に魚釣島を侵略された」と受け止めるのは当然のことである。

 フィリピンも同様に、「中国が軍事攻撃を実施していないといっても、南沙諸島の7つの環礁を侵略されてしまった」と考えるであろう。そこでドゥテルテ大統領は、「フィリピンの領土が侵略されているのだから、アメリカは米比相互防衛条約を発動して同盟国フィリピンを支援すべきだ」と主張しているのだ。

 ただし米比相互防衛条約は、日米安保条約やNATO条約同様に、「武力攻撃」が発生した時のために締結された軍事同盟条約である。したがって武力攻撃が行われていない以上、いくら領土が侵略されてしまっていても、フィリピン政府側から米比相互防衛条約第4条(日米安保条約第5条ならびにNATO条約第5条に対応している)の発動を米国政府側に打診することはできない。

 しかし、ドゥテルテ大統領は、6月に発生した中国船(軍艦ではないが、多くの中国船は海上民兵や海軍特殊部隊が操船している)がフィリピン漁船と衝突して沈めてしまった事件(事故?)は、もはやフィリピンにとっては「軍事攻撃」そのものであると判断したのである。


中国は「実験的軍事攻撃」を実施する

 アメリカはフィリピン支援軍を差し向ける義務を確実に負っているわけではない。だが、米比相互防衛条約第4条を理由として何らかの軍事介入をする可能性があるため、中国としてはフィリピンに対する「軍事攻撃」を、そう簡単に実施するわけにはいかない。

 そこで中国は、フィリピンに対するどの程度の「武力攻撃」までならばアメリカが本格的な軍事支援を控えるのかを確かめるため、「実験的軍事攻撃」(例えば軍艦同士の“偶然”の衝突)を実施するであろう。

 なぜならば、米比相互防衛条約第4条と日米安全保障条約第5条は、以下に示す通り極めて似通っている。つまり、中国はフィリピンに対する実験的軍事攻撃によって、南シナ海だけでなく東シナ海でのアメリカの「軍事的覚悟」のレベルも見て取ることができるからである。

・米比相互防衛条約第4条(前段)

 Each Party recognizes that an armed attack in the Pacific Area on either of the Parties would be dangerous to its own peace and safety and declares that it would act to meet the common dangers in accordance with its constitutional processes.

(各締約国は、太平洋地域におけるいずれか一方の締約国に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。)

・日米安全保障条約第5条(前段)

 Each Party recognizes that an armed attack against either Party in the territories under the administration of Japan would be dangerous to its own peace and safety and declares that it would act to meet the common danger in accordance with its constitutional provisions and processes.

(各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従って共通の危険に対処するように行動することを宣言する。)

筆者:北村 淳

JBpress

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