トヨタ、ル・マン2連覇は「単なる偉業」にあらず

7月27日(土)6時0分 JBpress

 フランス中部、サルト県ル・マン市のサルト・サーキットで毎年開催される「ル・マン24時間レース」は、F1のモナコ・グランプリ、アメリカのインディ500とともに、世界3大レースのひとつに数えられる歴史ある自動車レースだ。レース名が示すとおり、24時間という長丁場によってサーキットの周回数を競う、過酷な耐久レースである。

 そのル・マンで、日本のトヨタが昨年に続いて2連覇する偉業を成し遂げた。

 トヨタにとってル・マン制覇は悲願だった。

 日本ではあまり知られていないが、トヨタはル・マンに30年以上前の1985年から参戦している。しかも、2016年、2017年と、あと一歩のところで栄冠を逃してきた。

 そんななか、昨年、ついに初優勝を果たし、今年の第87回ル・マン24時間で二度目の勝利をつかみ取ったのである。ル・マンで日本車が連覇するのは、約90年に及ぶその長い歴史上でも初めてのこと。まさしく快挙だ。

 トヨタはなぜル・マンを2連覇することができたのか。ル・マンというレースにこだわる理由はいったい何か——。トヨタは世界最大級の自動車メーカーではあるものの、主力車種は大衆車である。けっしてスポーツメーカーではない。

 2017年に現地ル・マンでトヨタの戦いを取材した自動車ジャーナリストのコージー林田氏に話を聞いた。


ル・マン連覇の秘密はトヨタのお家芸「カイゼン」

「今年のル・マンではトヨタが優勝候補の大本命でした。レースが始まる前から『勝って当たり前』という空気もあったのです」と林田氏は振り返る。

 その理由はライバルメーカーの不在にある。ル・マンに参戦する車両は、スポーツプロトタイプカーとGTカー(グランドツーリングカー)の2車種に分けられ、それをさらに車両のスペックやドライバーのレースキャリアなどのレギュレーションによって、「LM P1」「LM P2」「LM GTE-Pro」「LM GTE-Am」といったクラスに区分している。

 トヨタが参戦しているのは、2012年からメーカー系チームがハイブリッド車で順位を争ってきた「LM P1-H」クラスだ。このクラスでは、ル・マンの勝利数19回を誇るポルシェ、同13回のアウディが長らく王座に君臨してきた。

 ところが、2016年にアウディ、2017年にはポルシェと、その最強のライバルがハイブリッドシステムに見切りをつけてル・マンから撤退する。2018年には「LM P1-H」クラスのメーカー系チームがトヨタのみとなってしまった。「競争相手のいなくなったトヨタが勝つのは当然」といった空気が生まれるのは当然だった。

「その見方にも一理あります。しかし、ライバルがいないから勝てるというほどル・マンは甘いものではありません。ル・マンが開催されるサルト・サーキットは、1周の全長が13.629kmもあり、その3分の2は一般道です。1周の距離が長いうえ、路面は滑りやすく危険で、夜間も走らなければならず天候も変わる。その過酷なレースを24時間走り切るには、マシンの耐久性能やチームの総合力が極めて重要です。勝つ以前に『完走できない可能性』があるのです。2016年と2017年が、まさにそうでした」(林田氏、以下同)

 2016年は、トヨタがスタートからトップを快走し、誰もが悲願達成を確信していた。ところが、なんと残り約3分で故障によりスローダウンし、2位のポルシェに優勝を譲るかたちとなるのだった。2017年も、予選から圧倒的な速さを見せ、スタートから10時間にわたってレースをリードしながら、深夜1時過ぎにやはりマシントラブルに見舞われて「悲願」を逃している。

「それらのトラブルは、アウディやポルシェが出場していなくても起こり得たものです。だから、この2チームがいなかったからトヨタが勝てたというのは違う。その苦い経験を踏まえて、24時間走り切れる信頼性や耐久性を高めたからこそ、今回の連覇があったのだと思います。もともとマシンのポテンシャルは高く、アウディやポルシェに負ける要素はほとんどありませんでした。昨年、一昨年の敗北によって、マシンだけではなく、ヒューマンエラーを防ぐために、チームのマネジメントやオペレーションも含めて徹底的に見直したのではないしょうか。つまり、トヨタのお家芸である『カイゼン(改善)』です」

 ル・マン連覇は「『製造業としてのトヨタの強み』が十分に生かされたものだった」と林田氏は分析する。


「もっといいクルマ作り」のど真ん中にル・マンがある

 とはいえ、トヨタは勝つためだけに多くの時間と労力を注いでル・マンに参戦しているのではない。むしろ、本来の目的は「もっといいクルマを作る」ためだ。

 ホンダの創業者である本田宗一郎の有名な言葉に「レースは走る実験室」というものがある。ホンダにとって最初の走る実験室となったのは、1955年に開催された第1回浅間高原レースだった。しかし、それより数年前の1952年3月、トヨタを創業した豊田喜一郎が『オートレースと国産自動車工業』という文章にこんな一節を残しているのだ。

「これから乗用車製造を物にせねばならない日本の自動車製造事業にとって、耐久性や性能試験のため、オートレースにおいて、その自動車の性能のありったけを発揮してみて、その優劣を争う所に改良進歩が行われ、モーターファンの興味を沸かすのである。単なる興味本位のレースではなく、日本の乗用車製造事業の発達に必要欠くべからざるものである」

 レースで培った技術や知見を市販車の開発に生かすということだ。そのために、もっといいクルマ作りのど真ん中にル・マンなどのレース活動を位置づけてきた。

「なかでも、ル・マンは過酷な耐久レースであるがゆえに、『メーカーが新しい技術を試す場』となってきた歴史があります。たとえば、悪天候時にドライバーの視界を確保するフォグランプ、ダイレクトインジェクション(ガソリン直噴エンジン)、ディスクブレーキ。これらはすべてル・マンで試され、のちに製品化されたものです。いま欧州車の多くにラインナップされるディーゼルターボエンジンがル・マンに初登場したのは1949年のことでした」

 トヨタでいえば、「回生ブレーキ」、そして最新モデルの『クラウン』や『カローラ スポーツ』で初採用された「コネクティッドサービス」もル・マン発の技術のひとつだ。

「現在のトヨタの豊田章男社長は、創業者・豊田喜一郎のDNAを色濃く受け継いでいると思います。『モリゾウ』という名で自らレースに参加するモータースポーツ好きなので、ル・マン参戦を道楽と思っている人もいるかもしれません。もちろん、歴史ある耐久レースに勝つことで、『TOYOTA』というブランドの価値をヨーロッパで高める狙いもあるでしょう。しかし、けっしてそれだけではない。ル・マンで敗北することで、課題を見つけ、もっといいクルマを作ることにつなげてきたのです。まさに『改善』に尽きます。また、トヨタはヨーロッパでハイブリッド車の販売台数を徐々に伸ばしていますが、日本ほどのシェアにはほど遠い。歴史ある耐久レースに勝つことで、ハイブリッド車がもつ走りの魅力や価値を高める狙いもあるでしょう」

 いまヨーロッパの大手自動車メーカーは、ハイブリッド車ではなく、EV(電気自動車)に急速にシフトしている。ル・マンから撤退したアウディやポルシェは、電動レーシングカーのカテゴリである「フォーミュラE」に参戦し、そこを新たな走る実験室とした。

 しかし、市販車のラインナップの半数以上をハイブリッド車が占めるトヨタは、ル・マンにこだわり、この先もそこから多くの「改善」を得ようとしているようだ。より良いクルマに乗れるという意味では、その挑戦はユーザーにとっても歓迎すべきことだろう。

筆者:真矢 謙三

JBpress

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