元陸将補、優勝した白鵬の相撲道に異議あり

7月27日(火)6時0分 JBpress

 名古屋場所後の白鵬は、「肉体的にも精神的にも追い込まれた状態だったが、綱取りの気持ちとか、初心の気持ちで臨めたのが結果につながった」「進退という漢字の意味はあまり理解できなかったが、(その後)進むのか止まるのかという意味を理解して、また進めるわけだから、良かった」などと語った。

 復活優勝した白鵬に満腔の祝意を伝えたい。

 今場所はモンゴル勢の大活躍で幕を閉じた。白鵬と照ノ富士は言うに及ばず、モンゴル出身の幕内にいた全員(逸ノ城、豊昇龍、玉鷲、霧馬山、千代翔馬)が勝ち越し、来場所の番付上位にはモンゴル出身者がずらりと並び、あたかもモンゴル人の大相撲の観を呈するであろう。

 中でも今場所の注目は6場所連続休場(うち5場所は全休)で「注意」も受けていた白鵬と、一時は序二段まで落ちて廃業寸前まで追い込まれながら2連勝して綱取りが掛かっていた照ノ富士の戦いぶりであった。

 期待に応えるように2人は千秋楽で全勝対決となり、白鵬の全勝で幕を閉じた。白鵬は優勝回数を45と伸ばし、うち15回の全勝優勝である。横綱の優勝としては最年長であり、あと1勝で900勝となる。


白鵬の闘魂と決意に乾杯!

 どんな決意で白鵬が今場所に臨んだかを知りたくて、全国紙をはじめ、普段はほとんど読まない「スポーツ報知」や「スポーツニッポン」にも目を通した。

 スポーツ報知は妻のインタビューを伝えている。

「今までで一番ドキドキ、ハラハラの15日間でした。上の3人の子供たちも周りから(進退場所と)言われて、重要な場所で、パパは頑張らないといけないんだと思っていた」

「地方場所なので毎日電話はしていました。ただ、お互いに弱音は口にしませんでした。・・・常に前向きな話をするようにしました。上の子供たちも自分の携帯を使って、寝る前などメールを送っていました」

 白鵬自身の言葉からも決意のほどがうかがえたし、家族も一緒になって支えたことが分かる。

 長い休場後の復活の難しさを知っていただろうし、それを努力と決意で跳ねのけての成果であっただけに、優勝の瞬間には泣いて喜んだとも聞く。

 同時に「注意」勧告を受けた鶴竜は2場所全休中に引退表明したし、「注意」勧告後も3場所連続全休の重みは誰よりも白鵬自身が知り抜いていた。

 したがって、白鵬の7月場所は決死の日々であったし、優勝した瞬間には喜びが爆発してしまったのも当然であろう。

 こう見てきただけでも白鵬の勝利への執念は角界一で、正直なところ脱帽し、乾杯!という以外にない。


横綱審議委員長の評価

 しかし、「勝ち」にこだわるあまりの取り組み内容は粗雑で大相撲というよりプロレス紛いで、最高位の横綱として評価できるものではなく、「相手の挑戦を受けて立つという横綱の本来あるべき相撲からは、かけ離れていた」(読売新聞)、「荒っぽいかち上げや張り手、・・・派手なガッツポーズは物議を醸すだろう」(産経新聞)などと評していた。

 白鵬が5月場所を休んだ時、東京相撲記者クラブ会友の原和男氏(94歳)は「12回目の優勝をした時、・・・得意気に〝双葉山に並びました″と言ってきたことがありました。・・・品格の部分では足元にも及ばない。〝あなたと双葉山の間には天地ほどの差がある。全く及ばないよ″と言うと、むっつりとして去っていきました」(「週刊新潮」2021.6.3)とエピソードを語り、引退勧告までしていた氏は名古屋場所をどう見ただろうか。

 千秋楽の翌日(7月19日)に開かれた横綱審議委員会(矢野弘典委員長)は、照ノ富士の横綱昇進を「全会一致で推薦する」ことを決定すると同時に、「さらに精進を重ねて品格・力量ともに他の力士の目標となる存在になってほしい」と注文した。

 この裏には、千秋楽の白鵬との一番が強い印象を与えたに違いない。ほかでもなく白鵬に対する注文の裏返しとなっていたからである。

 実際、白鵬については「ケガを乗り越えて全勝優勝という結果を残してくれた」と評価したが、他方で相撲内容を厳しく批判した。

「横綱にあるまじき振る舞いではないか、ひじ打ちと疑われかねないかち上げ、武道にはあり得ないガッツポーズ、どう見ても美しくない。長い歴史と伝統に支えられてきた大相撲が廃れていくという深い疑念をみんなで共有した」と。

 白鵬は過去にも取り口ばかりでなく、判定に不満を示し続けたことなどで非難されたことはあったが、今回は「大相撲が廃れていくという深い疑念」を「共有した」と踏み込んだ表現をした。

 しかし、最も批判の対象となった千秋楽の一番を含め、今回の取り口を白鵬が全く反省していないことは、千秋楽から一夜明けて語った言葉「上位に入るくらい価値ある優勝、最高です」からも判然とする。

 逆に挑発されてみっともない取り組みになったことをしっかり反省していたのがこの一番で横綱昇進を確実にした大関照ノ富士であった。

 その言葉は横綱への昇進が決まった時の口上「謹んでお受けいたします。『不動心』を心がけ、横綱の品格 力量の向上に努めます」にも表れていた。

 筆者は「有終の美を飾ってほしい白鵬関へ」(JBpress、2020.8.1)という一文もかつて認めた。美しい姿で土俵を終え、後に続く力士たちの見本になって欲しいという一念からであった。

 日本国籍も取得し、内弟子も養成しているし、成績からは一代年寄などの声も聞こえてくる。

 しかし、横審が言及した「深い疑念をみんなで共有した」という一句は、白鵬の土俵上の振る舞いばかりではなく、弟子たちを育てる「親方」となる者への警鐘とも取れる。

 肘鉄や張りばかりを得意とし、懸賞金を振り上げ、大一番で勝てばガッツポーズをする姿は、従来の日本の相撲道からかけ離れているし、そうした力士が続々出てくるようでは「相撲道」の終焉となるからである。


文字にされない伝統武芸

 エルボーや張りが横綱にふさわしくないと批判されたとき、白鵬は「反則とは書かれていない」というような反論をしていた。

 確かに、書かれていない。いや書かれていないことが多い。日本最古の憲法は十七条憲法であるが、これだけで国家が運営できたはずがない。逆に書かれていないところに運用の妙味があったのだ。

 同様に武道では奥伝や直伝・口伝などと言われ、文字化されていないが重要な決まりや約束ごとが多くあり、限られた人間だけに文字抜きの作法などで伝えられる。

 日本最古の武道ともいえる平安時代に始まる大相撲にはそうした風習が多いであろう。かち上げや張りも力士のわざの一つではあっても、上位力士にはふさわしくない取り口というものであろう。

 まして横綱が極めるべきは「後の先」、すなわち待ちの姿勢で相手の攻撃を堂々と受けながら、瞬時にして先手を取るところに妙味がある。

 また、がっぷり四つが期待される最高の取り組みとも思われる。

 このようなことは、歴史と伝統で自然に規範化されたものであろう。いまの時代の感覚からは「おかしい」というかもしれないが、それが「相撲道」の伝統である。

 また、白鵬の好成績は、従来の横綱になかった頻繁な休場との兼ね合い、後述の年3〜4場所出場などで生み出されている。実際、「(体調が悪ければ)休む権利がある」という考えを披瀝もしていた。

 横綱には「土俵入り」という重要な行事がある。「休む権利」の前に、入場券を手にした観客やテレビ観戦する国民に「土俵入り」を「見せる義務」があるのではないだろうか。

 負傷している場合は最小限のサポーターなどが許されているが、そうでない力士はまわし以外の何ものも身に着けないのが本筋である。

 ましてや、サポーターしている肘は負傷部位とみるならば、負傷の肘でかち上げするのが不思議でならない。

 横審が「横綱にあるまじき振る舞い」「美しくない」などと述べたのは、大相撲の伝統における横綱のあるべき姿に照らしてのことであり、理屈ではない。

 ともあれ、横綱には「品格」が求められている。

 横綱の品格には普段の生活も含まれていようが、土俵に限っても、「土俵入り」をしっかり務めることをはじめ、取り組みや終えた後の礼節などすべてを含めてのことであろう。

 懸賞金を振り上げ、ガッツポーズするなどはもってのほかということである。

 現・武蔵川親方の元横綱・武蔵丸は白鵬のかち上げを「プロレスのエルボースマッシュ」と受け取り、「横綱の品格がない。ああいうことをやる人は負けにした方がいい」(『文藝春秋』2015.4)と語ったことがある。

 小学生や中学生、さらには高校生の相撲に「品格」が感じられるであろうか。闘鶏の姿そのものでしかない。横綱の相撲が闘鶏のようになっていいはずがない。


場所数が増え、けが休場の見直しが必要

 白鵬も破れなかった双葉山の不滅の69連勝は前頭(1936年春場所7日目)から関脇・大関・横綱時代(39年春場所3日目)までの、足掛け4年で達成したものである。年4場所や2場所時代の結果である。

 現在の6場所での最長記録は白鵬の63連勝(2010年1月14日目〜同11月初日)である。ここ数年を見ても、白鵬は優勝と休場を繰り返している。

 白鵬個人の数々の記録は大相撲の歴史上前人未到で今後も破られることなく、絶対唯一的に残り続けるであろうが、綱を張って以降の半分は1年6場所を4場所しかとっていない状況であり、近々3年間は、255日間(1場所は開催されなかったため)中の133日が休場で、半分以下、すなわち3場所も取っていない土俵である。

 今回に限れば、昨年の名古屋場所から77連続休場後の1年ぶりの土俵ということになる。感覚が鈍るという評もあるが、白鵬にとっては手術などがあったとはいえ、体力・気力も充実させた期間ともいえよう。

 対する他の力士たちは連続出場で体力の消耗やけがの回復がままならないこともあったに違いない。次の数場所でどういう成果を出すかで真価が問われる。楽しみである。

 日本人と大相撲は切っても切れない関係にあり場所数の増加は嬉しいが、他方で主役の力士にとっては負担が多いようである。

 取り組みの研究や体力の回復、さらには怪我の療養などが十分できないのではないだろうか。こうしたことを考えるならば、年3場所や4場所くらいが妥当なのかもしれない。

 横綱はいくら休んでも降格しないが、大関は1回負け越せばカド番となり、次の負け越しで大関から陥落、関脇以下は負け越せばいつでも降格である。

 6場所制になった今日では、大関以下は体力がなかなか回復しないまま土俵に上がる宿命にある。特に怪我した場合などは十分に治癒しないで土俵に上がらなければならない。実力が発揮できないのは言うまでもない。

 場所数は増えて力士の取り組み日数が増えた分、治癒期間が少なくなり、故障を拡大する結果をもたらしているのではないだろうか。

 横綱のように長期休場は許されないとしても、例えば大関では1場所休場はおとがめなしとしたら、かなり安心して治療に専念できる。

 ほぼ治癒し練習もできた状態で土俵に上がれば、上位陣の充実した取り組みが楽しめるのではないだろうか。途中欠場なども少なくなるに違いない。

 また、横綱には品格が求められるが、武蔵川親方の発言にあるように品格も勝敗や引退などの勧告の対象に含めるべきではないだろうか。


おわりに:モンゴル勢に見習うべし

 新弟子検査時の白鵬は体格的に恵まれず、帰国寸前に追い込まれた。

 将来性を見抜いた心ある親方の声掛けがなければ今日の白鵬はいなかった。白鵬は親方の期待に応えて真摯に努力し、今日に至っている。

 日馬富士も体格的には必ずしも恵まれていなかった。2012年5月場所は大関で勝ち越しさえ危うかった。しかし、続く7月場所と9月場所で連続優勝し、横綱に昇進した。

 鶴竜は2014年1月場所決定戦で優勝を逸したが、続く3月場所で優勝し横綱昇進の栄冠に輝いた。

 照ノ富士も大関から身体の故障で地獄を覗くまでに陥落したが、地道な努力で這い上がり、大関在位2場所で綱を引き寄せた。

 このように見ると、モンゴル出身者の「ここ一番」の気力は推し量れないほどである。モンゴル勢は意地というかガッツでチャンスを確実にものにしている。

「素晴らしい」の一言である。

 他方で、日本人力士は大関になっても次の場所が続かず、日替わりメニューのように優勝を他の力士に奪われている。

 今後も相撲道をはぐくみ続けるのは基本的には日本人力士たちであろうから、彼らの一層の努力と奮起が待たれる。

筆者:森 清勇

JBpress

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