貧困ひとり親家庭でも諦めずに人生を切り拓いたパックン的生き方

7月30日(金)6時0分 JBpress

 日本では一億総中流という言葉が過日の幻となって久しいが、世界ではより大きな格差が巨大な壁として立ちはだかっている。しかも、新型コロナウイルスのパンデミックにより、富裕層への富の集中はますます加速すると同時に、先進国では深刻な「相対的貧困」が進んでいる。

 貧困は人の心や頭から余裕や教育を奪い、個人だけではなく社会の発展にもマイナスの影響を及ぼす。しかし、中には厳しい経済状況に置かれても、その逆境をバネに夢や成功を掴む人がいる。貧困家庭からハーバード大学というエリートコースへ進むも、海外でお笑い芸人を目指すという波乱の人生を生きてきたパトリック・ハーランさん(パックン)もその一人だ。

 米国と日本の貧困問題、自身の経験から得た喜びを感じる力、日本の教育や社会システムをどう見ているのか──。『逆境力 貧乏でコンプレックスの塊だった僕が、あきらめずに前に進めた理由』(SB新書)を上梓したパックンに話を聞いた。(聞き手 陳 辰 シード・プランニング研究員)

※記事の最後にパトリック・ハーラン氏のインタビュー動画があります。是非ご覧ください。


実態が見えにくい日本の貧困

──本書の中で、日本では貧困問題に対する意識が低いというお話がありました。日本と米国の貧困に対する意識の違いについて教えてください。

パトリック・ハーラン氏(以下、ハーラン):日本と米国の貧困問題の最も大きな違いは、それが見えやすいか、見えにくいかだと思います。

 米国には日本より大きな貧富の格差や深刻な貧困問題がありますし、実際にそれが見えやすい。貧困層が集中して住む地域があって、学校や一定の職業については差別に近い発言もよく聞きます。それでもNPOやNGOは盛んに活動していて、ボランティアや貧困対策の政策の必要性も認識されている。貧困や格差がはっきりと目に見えるからこそ、問題意識は高い。

 一方の日本では、住んでいる場所や仕事・職業によってそこまで極端な差はありません。日本には高度経済成長期に確立した「一億総中流」という神話がまだ根強く生きていますし、国民皆保険や行き届いた義務教育によって人々の生活が支えられています。

 しかし実は、セーフティネットから抜け落ちている方も少なくありません。日本の子供の相対的貧困率は14.0%で、全子供人口の約7人に1人が貧困状態にあります。これは先進国の中でもワースト3に入る高い水準なのですが、このことはほとんど認識されていません。

──日本では、派遣社員など非正規雇用の労働環境の不安定さや賃金の低さが問題視されています。

ハーラン:日本の非正規雇用は、夫婦共働きのどちらか一方が正社員で、もう一方が非正規社員という形が非常に多い。いまだに夫婦で一つの家庭を支えるという固定概念が強くて、ひとり親家庭という前提はあまり認識されていない。問題はここなんですよね。ひとり親家庭でパートなどの非正規社員であれば、ほぼ100%が貧困やそれに近い経済的に苦しい状況に置かれています。

──ひとり親家庭を十分に意識した対応が日本ではされていないことが問題だということでしょうか。


パックンのアイデンティティは毎朝の新聞配達

ハーラン:我々のようなテレビのコメンテーターの中にも、「子供にはお父さんとお母さんがいて、お父さんは正社員である」という前提で語っている方がとても多い。そのような既に普及している認識や固定概念に当てはまらない人々が「網」(ネット)から漏れてしまっています。

 米国の家庭の形態はもっと多様です。離婚、シングル、再婚、同性婚、事実婚・・・。または婚姻という形を取らなくても、2人もしくはそれ以上の人数で暮らして一つの家庭を築きます。

 米国でも日本でも、一人より二人以上の大人(保護者)で子供を育てて家庭を築く方が貧困率も圧倒的に低くなり、より安定した環境になります。

──両親の離婚から貧しい生活が始まり、フードスタンプ(貧困家庭に支給される食料品交換券のようなもの)で愛犬のドッグフードが買えなかったことが苦みと怒りとともに最も鮮明に蘇る幼少期の記憶だ、という描写から本書は始まります。相対的貧困のつらさが身に染みたという自身の経験を引き合いに、貧困度が高いほど、習い事や行事、文化的体験をすることができず、希望の進路に進めないというデータも挙げられています。その状況でパックンが奮起し、読書や部活、勉強や新聞配達のアルバイトなど、自分にできることをしていこうという気持ちになれたのはなぜでしょうか。

ハーラン:僕は超ラッキーです。健康だし、前向きで外向的な性格です。貧乏だったけど両親に愛されて支えられて、両親以外の友達の親などのたくさんの大人にも助けられました。でも、僕だからできたとは言いたくありません。僕にもできたんです。だからあなたもできると思いますよ、と言いたい。

 このインタビューを聞いている方や読んでいる方が、今逆境にいると思うなら絶望しないでください。健康であること、友達がいること、家族に愛されていることはラッキーなことです。スポーツや漫画など好きなことがあるだけでも恵まれています。好きなことがある喜びを噛み締めて、その時間を追求しましょう。自分にはお金がない、ひとり親家庭でかわいそうだ、惨めだ、と言って何もしないより、大変な環境でも自分は頑張れる。そういう前向きな気持ちを持ってほしい。

 学校、仕事、フットサル、筋肉トレ、友達作り、旅──。何でも自分の限界や1ランク上に挑戦したらいいと思う。挑戦して、苦しい、大変だと思いながらも頑張ってきた自分ってかっこいいなと気づく。それが逆境力という強さに繋がると思います。

──新聞配達のアルバイトが自分のアイデンティティの原点である、と書かれています。新聞配達からパックンは何を学ばれたのでしょうか。


ハーバード卒を捨てて日本に来たのはなぜか?

ハーラン:新聞配達は僕にとっての人生のトレーニングルームでしたね。基礎的な体力と精神力がつきました。

 今日、ここまで来る途中に突然雨に降られたんですね。バイクを止めて合羽を着たけど、既にかなり濡れていた。あー俺ってかわいそう、と一瞬思いそうになった。でも雪が降る中、新聞を積んだ自転車を漕いでコロラドの山道を上り下りしたことに比べたらなんてことないですよ。何があっても毎朝早く起きなきゃいけない。若い時にそれを8年続けたから「俺は何でもできる」と思えるようになったんです。

──子供の頃から貧困に悩まされてきたパックンですが、ハーバード大学に入ります。この学歴の強みを生かして高所得な仕事に就くことも可能だったと思いますが、なぜその可能性を捨てて、たまたま訪れた日本に留まり、タレント業を始めたのでしょうか。

ハーラン:お父さんがいないからスポーツで活躍できない、貧乏な家庭からはハーバード大学に行けない、ハーバード大学を出たからエリートビジネスパーソンや政治家、弁護士や医者になる──。それらはすべて固定概念です。そういう固定概念をすべて取り払って我が道を歩む。もし道がなければ道を開拓すればいい。そのことに気づいたのは10〜12歳の頃です。

 とにかく楽しいことをやりたい。たとえお金がなくても俺ならやっていけるということはそれまでの経験から分かっていました。だから日本に来て失敗したとしても何とかなるだろう、と。

 お金を求めないわけではありません。でも、もし夢を追いかけて失敗したとしても、次に繋げればいいんです。高校生の時は辛いこともたくさんあったけど、ある意味で一番輝いていたと思う。だから万が一そうなったら、また輝こうと思いたいですね。

──貧困な人だけではなく、裕福でお金はありながらも「虚しさ」に悩んでいる人もいます。そういった人々と貧困による問題を持つ人々は何らかの共通点を持ち得るでしょうか。

ハーラン:日本語では「乏しい」、英語では「poor」という言葉があります。これはお金がないという意味だけではなく、元気や想像力が足りない、欠けている、という意味でも使われます。また、贔屓のチームが負けた時やフラれた時は「poor you」(かわいそうに)とも言いますね。

 僕はお金以外には恵まれていました。友達や友達の親がいたし、好きなスポーツができた。好きな女の子とデートもできた。だからかわいそうな環境だったかもしれないけど、「poor=かわいそうな人」ではないんです。今はある意味でとても豊かな人生です。出会いや旅、楽しい仕事があります。可愛い子供もいます。

 裕福だけど、元気がなくて困っている人もいるでしょう。逆に貧困でも、僕みたいに元気があって人を助ける力を持っている人もいます。米国の収入別の寄付率を見てみると、貧困層もかなり寄付をしてるんですね。寄付をすると幸福度が上がるという研究結果もあります。寄付でなくても、子供の面倒を見る、ベビーカーを持つのを手伝う、お年寄りの荷物を持ってあげる、町内をきれいにする──。そういうことをやっていると、「俺はかわいそう」ではなく、「俺にもできることあるんだ」という風に気持ちが変わります。


パックンに聞いた「日本は機能している?」

──本書の中で、米国の学生ローンによる多額の借金がいかに人々を苦しめているかという点についても触れています。今の米国の富裕層と貧困層の教育格差をどう見ていますか。

ハーラン:日本の公立学校は全国で同じカリキュラムを行っているので、それほど大きな差がありません。僕の大好きな福井県は学力調査で必ず上位に食い込みますが、上位県と下位県でも極端な差はないです。それが日本の教育の素晴らしいところです。

 米国の高校は私立と公立の格差も大きいし、地域によって教育のレベルが全く違います。米国の大学は高いところだと学費が年間700万円くらいかかるし、全部が一流の教育とは言い切れないから、バーニー・サンダースさんの政策のように教育費すべて無償というのは難しいでしょう。しかし、大学の卒業までを「機会の平等」として捉えて公金で賄ってもいいと思います。

──できる人にはより高い教育を与え、同時に皆に平等な教育を保障する。この一見矛盾しそうな教育の機会を両立させていくことには難しさもあるように思います。いかがでしょうか。

ハーラン:日本の「底上げ教育」は素晴らしいです。その成果は毎日の生活で確認できます。日本では九九ができない人はいない。お釣りも間違えないし、言葉が通じないことも基本的にはないでしょう。

 米国には高校を卒業しても字が読めない、計算ができない方がいます。最低限の学習ができていないから、日常生活において手続きのやり方が分からない。資料が読み解けないために様々な機会を失ってしまうんです。

 一方で、米国の教育は優秀な人の能力を引き出して、より伸ばす教育には成功しています。例えば、僕の子供は英語のネイティブですが、日本の学校で英語の授業中はみんなと一緒に「アップル」「バナナ」と繰り返している。これは誰のためになっているんだろう、日本の底上げ教育は天井下げ教育にもなっているのではないか、とも思います。全員の教育を保障しながら、個人の個性や才能をさらに伸ばすことができたら最高なんですが・・・。

──米国では大学の学費を始め、莫大な教育費がかかります。また国民皆保険は実現せず、医療費を恐れて病院に行かない人や行けない人も少なくありません。こうした米国の抱える主要な問題は日本にはありません。日本に住む米国人として日本の社会システムについてどうお感じになりますか。

ハーラン: モリカケ問題もそうですが、海外の政治の腐敗に比べて日本の政治の問題は問題自体の規模が小さいです。トランプが当選して世界各地で国家主義や大衆迎合主義が台頭した頃も、日本ではそれほど国家主義が突出することはありませんでした。

 日本は国民皆保険や底上げ教育が整っています。大学の制度は改革する必要があると思いますが、70%以上の方が大学に進学しています。インターネットのインフラはちゃんと普及しているし、道路はきれいだし、ソフトバンクやユニクロは元気です。自民党政権も批判されながらも、野党のアイデアも取り入れて改善するから意外に安定している。だから、日本というのは案外うまく機能している国だと思いますよ。


なぜ日本の申請手続きは分かりづらいのか

──セーフティネットに関する議論では、「当事者の方から申請しないと支援しない」というNPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長の言葉を引用しながら、申請手続きが複雑な日本のお役所仕事に苦言を呈しています。政府の案内や書類はどうしてあんなに分かりづらいのか。策を打ち出したら個人の救済にも経済の促進にも役立つはずなのだから、発信元である政府がもっと情報の周知に手を尽くすべき、行政の方で勝手に計算して困っている人へ給付額を通達してくれればいいのに、と書かれています。どうして日本の政治はそういった努力をあまりしてこなかったのでしょうか。

ハーラン:米国ではコロナの給付金以外にも、普段からいろいろな貧困対策制度があります。例えば、Earned Income Tax Credit(EITC:給付付き勤労所得税額控除)は、手続きも難しくないし、素晴らしい制度です。あなたは家族が何人いるの、どこに住んでいるの、どのくらいの収入があるの、といった質問に答えていって、そのくらいの収入だったらこのくらいの税金を納めるはずだけど、もし稼いでいないなら逆にその分を還付します、という仕組みです。

 日本のコロナ関連の給付金や協力金は、すべて申請の手続きが非常に面倒くさい。この政策を実施するなら、それが国民のためになるのだと思ってお金を給付するのなら、給付しやすいシステムにしなければ意味がありません。国民だけでなく、官僚も官邸も怒ればいいんですよ。給付することにしたのになぜこんなに分かりづらい方法にするのか、って。(構成:添田愛沙)

筆者:陳 辰

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