迫り来る大学数減少時代、文科省の描く青写真は?

8月1日(水)6時0分 JBpress

入学者数が少なくなると、大学はどうなるのか。

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 18歳人口が再減少期に入るという「2018年問題」が実際に到来したことを前提に、前回の記事では、現時点で780校ある大学(文部科学省「学校基本調査」2017年)が、今後どうなっていくのかについて、いくつかの角度から推測を巡らせた。

 将来のことなので断定は慎むべきであろうが、結論は、留学生や社会人学生の激増を見込むことは現実的でない以上、頼りは大学進学率の上昇ということになるが、それも微増にとどまるのではないかというものである。端的に言えば、現在の規模での大学数を維持することは困難であろうということである。

 とすれば、こうした状況を前提として、文科省の高等教育政策は、どのような対応をとろうとしているのか。今回の記事では、この点を見てみたい。


政策的関心が高まった時期

 この問題を巡っては、最近、政策的な動きがにわかに加速しているように見えるが、まずは、時間軸を少々遡ってみる。いったいいつ頃から、文科省は、大学が経営破綻する可能性があるという事態に対する政策的な対応を模索しはじめたのだろうか。

 確たる証拠があるわけではないが、2000年代初頭ということになるのではないか。もちろん、「このまま推移すると、いずれは」といった意識はもっと早くから存在したと思われるが、具体的な政策的な対応が必要だと実感されはじめたのは、という意味である。

 事実として、入学者の「定員割れ」を起こす私立大学は、1995年には全体の4%に過ぎなかったが、2000年には28%へと跳ね上がっており、以後は40%台にまで増進していく。この背景には、大学の数が、同じ5年間に410校から471校へと急増し、その後もさらに増え続けていくという事態があった。

 こうした推移だけでも、文科省に重い腰を上げさせるには十分である。実際、2002 年、文科省は、日本私立学校振興・共済事業団や私学団体とともに、「私立大学経営支援連絡協議会」を設置している。私立大学の経営基盤の強化を支援すると同時に、仮に大学の経営破綻が生じた際には適切な処理を行うことができるようなスキームを整備することが目的であった。


設置規制の緩和の代償

 それだけではない。この時期に大学の数が急増したのは、1991年のいわゆる「大学設置基準の大綱化」以降、段階的に、文科省が大学の設置認可の規制緩和を続けてきたことの影響が大きい。その結果が、量的にも拡大した私立大学の「定員割れ」や経営危機を招来させたのだとすれば、文科省としても、ただの傍観者を決め込んでいるわけにはいかないという事情もあった。

 実際、2003年の第156国会の衆議院文教科学委員会(1月20日)では、馳委員がこの問題を取りあげて、当時の遠山文科大臣に対して、「いずれにせよ、大臣、大学の設置基準の緩和等をした以上は、後始末の問題についてもある程度のガイドラインとか法的な整備というものを考えるべき時代に入ってきたなということなんですよ」と質問(指摘)している。政界からの要望も含めて、文科省としての対応が待ったなしの状況にあったことを裏づけていよう。


文科省の政策の基本的枠組み

 それでは、この時期、大学の経営破綻の問題について、文科省はどのような政策的対応を取ろうとしていたのか。2005年4月18日に中央教育審議会の大学分科会に提出された文科省の資料「経営困難な学校法人への対応方針について(案)」を手がかりに、この点を押さえておこう。

 端的に言えば、文科省の基本的なスタンスは、「学校法人の経営基盤の強化は各学校法人が自らの責任で行うべきもの」とする点にある。ただし、「経営分析及び指導・助言等を通じ」、各学校法人が「主体的な改善努力」を行う場合には、文科省としてもそれを支援する。さらに、「状況に応じ」て、「経営改善計画の作成や、より抜本的な対応策の検討を求める」こともあるとしている。

 指導・助言の内容、および改善策とは、合併や事業譲渡、募集停止の検討などを含むものである。なかなか微妙な立ち位置ではあるが、私立大学の自主性を尊重するという原則に立つ以上は、理解できないものではない。

 もう一つ、この資料で重視されていたのは、実際に大学が経営破綻を起こした場合、その大学に在籍する学生をどう保護するか(就学機会の確保)という問題である。

 これについての基本方針は、仮に「学校の存続が不可能」となった場合でも、「在学生が卒業するまでの間は授業継続を求める」というものであり、それも立ち行かない場合には、関係者の協力によって「転学」を支援するというものである。具体的には、近隣大学に対して、破綻法人だけではなく、文科省からも受け入れを要請し、受け入れを決めた大学に対しては、日本私立学校振興・共済事業団を通じて補助金を支出するといった仕組みの構築である。


その後の政策展開

 さて、以上のことから、大学の経営危機の問題に対する文科省の対応は、“平時”においては、(1)各大学の自己責任で経営基盤の強化を求め、文科省としても若干の支援はする。“非常時”においては、(2)経営破綻に対する適切な処理を促しつつ、(3)在籍する学生に対しては、就学機会のセーフティネットを確保する、という選択肢から成り立っていることが分かるだろう。

 ただし、その後、2000年代半ば以降の高等教育政策は、これらのオプションに沿って、必要な法整備を進めたり、ガイドラインの策定などを着々と実行してきたわけではなかった。そうではなくて、代わりに文科省が取り組んできたのは、かなり前のめりの姿勢での大学経営改革であり、大学教育改革であった。

 その内容は、大学関係者であれば「痛く認知している」はずのことであるが、国立大学の法人化、学長のリーダーシップ、ガバナンスの確立といった経営改革から、以前の記事でも紹介したが、大学の「機能別分化」、FDの推進、初年次教育やキャリア教育の促進、「三つのポリシー」に基づくPDCAサイクルの確立といった教育改革にまで及んでいる。


経営基盤を強めたのか

 ひょっとすると、文科省からすれば、こうした大学経営・教育改革の推進は、先の(1)で示された経営基盤の強化への「支援」のつもりだったのかもしれない。しかし、事態はそれほど単純ではない。

 財政的な面を見れば、この間、独法化した国立大学への運営費交付金にしても、私立大学への経常費補助金にしても、毎年減額が繰り返されてきた。また、大学改革を支援するはずの補助金にしても、基本的には公募型の「競争的資金」が軸であり、国立大学の運営費交付金に至っては、実績に応じた「傾斜配分」まで導入されることになった。

 これらの施策は、誰がどう考えても、日本の大学全体の底上げを図ることにつながったというよりは、大学間に熾烈な「生き残り競争」を展開させ、個別の大学やそこで働く教職員たちを疲弊させる結果にしかならなかったのではないか。

 さらに、原理的に考えてみれば、仮に文科省が進める大学改革が、日本の大学の特色化や魅力化の増進に貢献したとしても、そのことが、大学進学への新規の「潜在的需要」を掘り起こすといったことがなければ、大学の経営問題、経営破綻の危機を解消させるということにはならない。

 文科省はそれも可能だと思っていたのかどうかは不明だが、実際には、2000年代半ば以降、大学進学率は漸増してきたが、それを支えたのは、女子の4年制大学進学率の上昇であり、日本の大学の「18歳人口」依存という体質を改善するものではなかった。


再び、経営破綻の処理問題へ

 そうだとすると、18歳人口が再び減少カーブを描く時期に向けて、大学の経営危機が深刻化するのは、当然の理である。だからこそ、最近になって高等教育政策は、東京23区内の大学の定員管理を厳格化させたり、大学間の統合や統廃合を促すような枠組みづくりの施策に本気で乗り出してきたのではないか。

 考えてみれば、もう20年も前から認識されていた問題である。今になってやっと腰を上げたのかと、奇妙な気分にも襲われるが、施策の具体的な中味については、次回の記事であらためて検討してみたい。

筆者:児美川 孝一郎

JBpress

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