イノベーションを生み出す「2階建ての経営」とは

8月6日(月)6時8分 JBpress

日本では高齢者の生活の維持・向上は大きな課題だ。イノベーションが生まれる余地は大きい(写真はイメージ)

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 他にはない素晴らしい技術ばかりなのに、なぜ事業化がうまくいかないのか──? 「Japan Innovation Network(JIN)」で企業のイノベーション加速を支援する西口尚宏氏。その活動の出発点は、産業革新機構(官民出資の投資ファンド)勤務時代に抱いたこの疑問だという。

 JINは、日本でイノベーションを興し続ける企業をまず100社生み出し、日本をイノベーションが興り続ける「イノベーション国家」に変革することを目的に、2013年に設立された一般社団法人である。創業メンバーの1人であり、専務理事、イノベーション加速支援グループ長を務める西口氏に、企業がイノベーションを生み出すための条件を聞いた。


経営は効率性と創造性の両方を追求すべき

──日本のさまざまな企業がイノベーションにチャレンジしています。イノベーションを生み出すためには何が必要でしょうか。

西口尚宏氏(以下、敬称略) 私が以前所属していた産業革新機構にはいろいろな投資案件が持ち込まれてきたのですが、技術はよいのに事業モデルが構築できていないケースが頻繁にみられました。名だたる大企業の技術者たちがスピンアウトしてベンチャーをつくったり、あるいは社内で事業化しようとしても、事業モデル構築までなかなかうまくいかないんですね。

 そこで私は、技術者がイノベーションを興すのを支援するために、いろいろなことにトライしました。例えば、ロボットの技術者たちと介護施設の職員たちを会議室に集めて、「介護施設で使えるロボットの開発を一緒にやりましょう」と呼びかけるようなセッションを開いたりしました。けれども、いまひとつ盛り上がらない。

 そこで気付いたのは、イノベーションは誰かに頼まれて生まれるものじゃないということです。「何かやりたい」というパッションがあって、初めてアイデアも出るし、動き回れるんです。

──イノベーションを引っ張る人が必要なのですね。

西口 ただし、人が育てばいいという話ではありません。活動を続ける中で気がついたもう1つの重要なことがあります。それは、会社の経営の仕方を変えない限り、イノベーションは興らないということです。

 日本企業は、決まったことを、確実に時間を守って実行する、いわゆる直線的な活動は非常に得意ですよね。しかし、イノベーションは直線的な活動からは生まれません。むしろ、社内の変わり者とか浮いた人たちが始めた“わけの分からないこと”がイノベーションにつながることが多い。

 実際に、イノベーションを興す会社では、そうした不確実で不透明なことについて試行錯誤を繰り返す、行ったり来たりのマネジメントが行われています。日本企業はイノベーションを興すために、非連続で非線形な試行錯誤を推進すべきなのです。

 もちろん、直線的なマネジメントを疎かにしていいというわけではありません。どちらかだけが重要なのではなく、品質改善や生産技術の向上などを含めた直線的なマネジメントと、行ったり来たりのマネジメントの両方を同時に進める必要があります。つまり、効率性と創造性の両方を追求するということです。それを私たちは「2階建ての経営」と呼んでいます。


トップがコミットしないと引っくり返される?

──そうした経営から実際にイノベーションを生み出すためには、何が必要でしょうか。

西口 創造性を追求するマネジメントには、3つのポイントがあります。

 まず、最終的に「事業モデル」に到達しなければならないということです。事業モデルとは、持続的に価値を出し続けて、顧客からお金をいただける仕組みです。

 どのような投資家であれ、案件を審査する際に、案件を持ち込んできた人にインタビューを行います。顧客は誰か、どういう価値を提供するのか、といったことを聞くわけです。しかし、回答がけっこう曖昧であることが多い。「顧客は誰か? いやいや、こんなにいい技術ですから、お客さんは絶対つきますよ」とか、「それは投資していただかないと、よく分かりません」といった感じで、まったく事業モデルが考えられていないことがあります。

 その一方で、やたらと詳細な「事業プラン」があって、なぜか毎年売り上げが15%ずつ上がることになっている。事業モデルがないまま詳細にExcelでシミュレーションしても、それは妄想に過ぎません。

 2つ目のポイントは経営者がコミットすることです。

 いくらボトムアップでイノベーションを興そうと頑張っても、日本の会社は社長や会長がオーケーと言わないと、結局は実現できません。ある会社で、明日、新しいサービスをスタートするというとき、それを初めて聞いた社長が「こういうのは好きじゃない」と言って全部ひっくり返ったことがありました。トップがコミットしていないと、そういうことが起こり得るんですよ。

 イノベーション活動が会社の中で傍流のうちはボトムアップでいいんです。けれども、本腰を入れてやろうと思ったら、お金がいるし、人もいるし、社内のさまざまなリソースが必要になります。そうなると、やはりトップがコミットしてくれないとリソースは集められません。

 そして、3つ目のポイントは、社内に“エコシステム”を築くことです。具体的には、トップとイノベーターと加速支援者(アクセラレーター)が揃って、プロセスとインフラも整えてイノベーション活動を進めることです。アクセラレーターというのは、イノベーションの具体的な進め方を考えてくれたり、人を紹介してくれるなど、アイデアを加速してくれるような人・組織を指します。

 大企業には、アイデアを加速するどころか減速させるような評論家タイプの人が少なくありません。例えば、「やってもしょうがないんじゃないの」「それは3年前にやったよね」「とりあえず目の前のことをちゃんとやれよ」みたいに水を差す人が多い。そういう評論家タイプが足を引っ張ると、イノベーションが興らなくなります。

 だから、イノベーション活動を支えるための社内のエコシステムが必要になります。経営陣がコミットして、やる気のある人がいて、それを支える人がいる体制を築くのです。


SDGsは「イノベーションの機会」になる

──最近、外部組織と共同でイノベーションを目指す「オープンイノベーション」に取り組む企業が増えています。オープンイノベーションを実現するための課題は何でしょうか。

西口 日本企業の取り組みを見ていて思うのは、オープンイノベーションが目的化しているところが多いということです。オープンイノベーション自体は、本当は手段です。ところが、とにかくオープンイノベーションをやることが大事だというふうに目的化してしまっている。

 そもそもイノベーションとは、顧客体験をシフトすることです。どこへシフトするのか、つまり、どんな新しい価値を提供するのかという「what」が、イノベーションの中核になります。それなのに、「what」がないまま、どうやってシフトするのかという「how」ばかりを議論をしているように見受けられます。

──JINでは、企業が事業モデルをつくる際に「SDGs(持続可能な開発目標:Sustainable Development Goals)」を軸にして課題を見つけることを提唱していますね。SDGsがイノベーションの「what」になるということでしょうか。

西口 その通りです。SDGsとは、2015年に国連総会で採択された17のゴールおよび169のターゲットです。「2030年までにここまで到達しましょう」という国連加盟国の合意事項です。17のゴールには例えば「貧困をなくす」「飢餓をゼロにする」「すべての人に健康と福祉を」といった項目があります(下の図)。そうしたゴールの達成に向けて、世界中の企業や政府、NGO・NPOなどが取り組みを始めています。

 SDGsは企業にとっては「イノベーションの機会」と捉えられます。SDGsの17のゴールと169のターゲットをビジネスで解くべき課題に分解していくと、どのようなイノベーションが必要なのかが見えてきます。つまり「what」が目の前に現れる。あとは「how」を考えればいいというわけです。

──SDGsの17のゴール、169のターゲットの中に、自分の会社が目指すものがあるはずだということですか。

西口 世界の193カ国が合意している内容ですので、日本のあらゆる企業にとってゴールになり得るはずです。

 もちろん、イノベーションの「what」はSDGsに限定する必要はありません。例えば日本では、高齢者医療や高齢者の生活の維持・向上が非常に大きな課題になっています。これは、ゴール3のヘルスケアに該当しますが、それに関連するターゲットはSDGsにはないんです。ほとんどの国にとっては、まだ大きな課題ではないからです。ただ、日本では避けて通れない問題ですから、イノベーションの「what」を考える際の具体的なテーマ設定をすると良いと思います。

──持続可能(サステナブル)な環境や社会を築くことは、オープンイノベーションのキーワードの1つになるわけですね。

西口 はい、特に国際社会で事業展開していく上では極めて重要だと思います。

筆者:鶴岡 弘之

JBpress

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