新型コロナそのものよりも怖い「治療延期」

8月6日(木)6時0分 JBpress

新型コロナの第2波が到来する中、医療機関における治療延期が深刻化しつつある(写真:Science Photo Library/アフロ)

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 感染の報告がなかった岩手県でも発生が報告されるなど、新型コロナウイルス感染症の新規感染者数が全国で急増している。「Go Toキャンペーン」の是非や飲食店に対する休業要請のように全国的な対策が取り沙汰される一方で、新型コロナの国内での重症化率や死亡率は低く収まっていると見られ、感染抑制と経済活動のはざまで議論が揺れている。

 むしろ恐れるべきはほかにあるのかもしれない。それは第2波の到来に伴う医療機関の治療延期の問題だ。政府や専門家分科会、全国の自治体などからの情報が連日、メディアやSNS、直接の情報発信などを通して伝えられている。そういった報道に接すると、医療機関が直面している「局地戦」の状況がうかがい知れる。

 実際、日本医学会連合加盟136学会の情報発信からは、重症化率や死亡率において一般的な数字とは異なる状況が見て取れる。今回は、医学会の発信を見ながら、警戒すべき医療現場への影響を考察していく。


透析患者の死亡率は全国平均の5倍

 7月31日、日本透析医学会が透析施設での新型コロナウイルス感染症の状況を報告した。そこで示されたのは、新型コロナウイルス感染症にかかった透析患者の死亡率が15.5%というデータだ。国内感染者の死亡率3.0%と比べると5倍を超えることになる。

 新型コロナウイルス感染症は、感染の影響を受けやすいハイリスク患者で特に注意すべきだとこれまでも指摘されてきた。その中に透析患者も入るのは明白だ。今回発表された同学会のまとめによると、5月22日以降は毎週5人ほどの感染者が報告されており、7月31日までの累積感染者数は142人である。日本全体からすれば感染者はまだ少ないものの、死亡者数が22人も出ており、感染後の状況が分からない転帰不明も60人に達している。冒頭の通り、死亡率15.5%という数値は看過できない高値だ。7月24日から7月31日の1週間は12人の新規感染者が報告されており、これまでとフェーズが変わった可能性もある。

 同会の説明によると、7月上旬から中旬にかけて、40代から50代という比較的若い世代の感染者が多い傾向にあったが、7月下旬から70代から80代の患者の報告が増加している。特に死亡リスクの高い70代〜80代の感染が出ており、注意が必要と同会は指摘する。透析施設の標準的な透析操作と感染予防についてガイドラインを公開しており、透析施設で感染を防ぐための対策を強化するよう促している。

 全国で透析患者は約34万人いる。透析は定期的に受けなければ命に関わる治療だ。新型コロナの影響で治療遅延が起これば、重大な影響も懸念される。新型コロナそのものよりも怖いのは治療の中断といっても言いすぎではない。


3カ月で140万件の手術が不能に

 事実、医療現場では既に治療中止や延期の影響が深刻化している。

 この問題が最初に注目されたのは、日本の医学会を束ねる日本医学会連合が4月29日に発表した「進行する医療崩壊をくい止めるために」と題した緊急声明だった。安倍総理宛にPCR検査体制や個人防護具の充足、医療従事者への支援の強化を求めたもので、足下で進む医療行為の遅延に警鐘を鳴らしていた。

 日本外科学会をはじめとする外科系の学会も、5月22日に「新型コロナウイルス感染症パンデミックの収束に向けた外科医療の提供に関する提言」と題した声明を発表。3月下旬以降の3カ月間に、国内の手術が約140万件も中止や延期になるという見通しを示した。日本も参加した71カ国、359病院を対象にした調査において、報告されたもので全体の73%の手術が中止や延期となるとの推定だ。

 詳しく見ると、がんの手術は約9万8000件が影響を受け、キャンセル率は30%に達する。命に直結しないことの多い良性疾患に至っては、約125万3000件が影響を受け、84%がキャンセルされるというという衝撃的な内容だ。同様に、世界全体でも7割程度の手術が不能になると推計している。新型コロナウイルス感染症の甚大な影響を報告したこの調査は論文にもなっている。

「手術をしたくてもできない」「手術を受けたくても受けられない」という異常事態が国内を襲っているのは別の調査からも見て取れる。

 5月に、病院に勤める整形外科医の団体、日本整形外科勤務医会が全国220病院を対象に取ったアンケートでは、81.8%の病院で手術件数が減少したと報告された。新型コロナウイルス感染症の陽性入院患者を確認した病院は全体の45.5%に上り、調査対象となった整形外科医のうち、発熱外来やCOVIDチームに動員されたのは33.6%に上った。医師のコメントを見ると「大腿骨骨折患者から第1号患者が発生」などという文言があり、あらゆる部門が感染症の対応に迫られた状況がうかがえる。PCR検査体制の構築が遅れていることへの不満も目立ち、医師の強いストレスが垣間見える。


優先順位がつけられたがん手術

 日本消化器外科学会が実施した調査からは、命にかかわるがんの医療が強い制限を受けていたこともうかがい知ることができる。

 5月から6月にかけて実施したアンケートでは、477施設の状況がまとめられ、新型コロナウイルス感染症により胃や腸、肝臓、膵臓などの手術に影響が顕著に出た。具体的には、手術制限があったのは66.7%の施設で、その理由は「市中感染の蔓延に備えて」だった。ハイリスクの患者を多く収容する医療機関として、重症化のリスクを避けるための苦渋の選択だったことが分かる。

 4月以降は、防護具の不足も理由として大きくなり、対応が困難を極めていた状況が浮かび上がる。手術する場合、入院前や手術前に患者のPCRを実施していないケースは71.7%に達し、手術をするにしても、見えない敵と戦いながらの対応を迫られていたことも分かる。

 がんの手術についての回答を見ても、食道、胃、結腸・直腸、肝臓、胆嚢、膵臓といった臓器のがんに対する手術も約4割の施設で手術制限があった。優先される消化器がん手術があるとの回答が約3割に上り、最優先の半数は膵臓がんで手術が生存に直結してくるがんが先に処置されていた。新型コロナウイルス感染症ががん医療の基盤を揺るがしたという現実が浮き彫りになる。

 同様な調査は、日本放射線腫瘍学会や日本老年精神学会も進めており、外科手術に限らず、さまざまな治療に影響が及んでいると見られる。手術の中断ばかりではなく、外来医療も制限されている。例えば、日本骨粗鬆症学会と日本骨代謝学会が声明を出しており、骨粗鬆症の治療継続が困難な状況があると指摘。運動量を維持するよう推奨を出すほか、治療中止になると薬剤の効果が数カ月以内に消失するとして、治療継続が必須だと強調している。


情報収集に尽力する医学会

 日本医学会連合に加盟する136学会はそれぞれが独自の対応を練っている。手術に関わる外科系の医学会は手術体制の整備に関わるガイドラインの更新を続け、対応策を全国に共有する。このほかにも日本感染症学会はもとより、がん関連の日本癌学会や日本癌治療学会、呼吸器関連の日本呼吸器学会、救急関連の日本救急医学会や日本集中治療学会、子どもの医療関連の日本小児科学会、第一戦の医療関連の日本プライマリ・ケア連合学会などが積極的に情報を発信している。

 ハイリスクの人々に対応していく局地戦において、こうした医学会の緻密な動きは欠かせない。いわば情報戦の様相を呈しているといえるかもしれない。医学会はそれぞれの持ち場で新型コロナウイルス感染症の課題と対策を見極めようと情報収集を進めている。情報収集の動きは海外でも活発だが、日本国内でもさらに促進していくべきだろう。7月には、日本疫学会や日本感染症学会など、感染症研究に関わる4学会が国に対してデータ収集システムの構築と活用の要望書を出している。

 情報の欠如が致命的な戦略ミスを招くことは歴史からも証明されるところ。新型コロナウイルス感染症の発生初期は検査抑制による情報取得の制限というある意味で真逆の戦略がとられたのは皮肉かもしれない。失敗の研究も踏まえつつ、これからは情報戦の重要性がこれまで以上に求められると考えるべきだろう。

【参考文献】

●新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連(日本透析医学会)

●一般社団法人日本医学会連合 緊急提言進行する医療崩壊をくい止めるために(日本医学会連合)

●新型コロナウイルス感染症パンデミックの収束に向けた外科医療の提供に関する提言(日本外科学会)

COVIDSurg Collaborative. Elective surgery cancellations due to the COVID-19 pandemic: global predictive modelling to inform surgical recovery plans [published online ahead of print, 2020 May 12]. Br J Surg. 2020;10.1002/bjs.11746. doi:10.1002/bjs.11746
COVIDSurg Collaborative. Elective surgery cancellations due to the COVID-19 pandemic: global predictive modelling to inform surgical recovery plans [published online ahead of print, 2020 May 12]. Br J Surg. 2020;10.1002/bjs.11746. doi:10.1002/bjs.11746

●日本整形外科勤務医会 COVID-19 緊急アンケート(2020.5.22〜5.29)(日本整形外科勤務医会)

●COVID-19 感染に伴う消化器がん手術制限に関するアンケート─集計結果─(日本消化器外科学会)

●骨粗鬆症診療に携わる医療機関の皆様へ日本骨粗鬆症学会、日本骨代謝学会による提言(日本骨粗鬆症学会)

●新型コロナウイルス感染症(日本感染症学会)

●新型コロナウイルス感染症とがん診療について(医療従事者向け)Q&A(日本癌学会)

●新型コロナウイルス感染症(COVID-19)とがん診療について(医療従事者向け)Q&A 第2版(日本癌治療学会)

●COVID-19に関する日本呼吸器学会からの情報(日本呼吸器学会)

●COVID-19関連 最新情報(日本救急医療学会)

●新型コロナウイルス感染症(COVID-19)関連情報(日本集中治療学会)

●新型コロナウイルス関連情報(日本小児科学会)

●新型コロナウイルス感染症(COVID-19)診療所・病院におけるプライマリ・ケアのための情報サイト」(日本プライマリ・ケア連合学会)

●4学会連名による「感染症対策のためのデータ収集システムの構築と利活用に関する要望書」(日本疫学会)

筆者:星 良孝

JBpress

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