制作費300万『カメ止め』が愛されるワケ

8月11日(土)11時15分 プレジデント社

(C)ENBUゼミナール

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製作費300万円の映画『カメラを止めるな!』が快進撃を続けています。84席のレイトショーから始まった公開は、全国150館に拡大。異例ずくめのヒットの裏側には何があったのでしょうか。ライターの稲田豊史さんは「『この世界の片隅に』と同じく、観客に製作者の熱意が伝わる仕掛けがあった」と分析します——。

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『カメラを止めるな!』

■製作国:日本/配給:アスミック・エース、ENBUゼミナール/公開:2018年6月23日

■2018年8月4日〜5日の観客動員数:第10位(興行通信社調べ)


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■快進撃は「84席のミニシアター」から始まった


この連載のテーマは「週末1位映画」ですが、 今回は【番外編】として先週末10位の『カメラを止めるな!』を取り上げます。すべてが異例ずくめで、ぜひ紹介したい作品だからです。


本作は製作費300万円のインディーズ作品です。役者は全員ほぼ無名、監督の上田慎一郎さんにとっても初の劇場用長編映画で、製作母体は監督・俳優養成スクールである「ENBUゼミナール」です。


『カメラを止めるな!』の導入は「山奥の廃墟でゾンビものの自主映画を撮影している撮影隊に、本物のゾンビが襲いかかる」というもの。どこかで聞いたことのある設定ではありますが、その後の展開は意外性に富んでいます。緻密に考え尽くされた脚本や、端役のひとりに至るまで丁寧に描き込まれた登場人物、ラストに訪れる驚愕のカタルシスは、多くの鑑賞者の胸を打ちました。


本作の初お目見えは2017年11月。劇場は新宿にある84席のミニシアター「K's cinema」で、公開は6日間限定。すべてレイトショーでした。ところが、公開されるやまたたく間に観客の絶賛を集め、チケットは連日完売。ここから一般公開を望む声があがり、2018年6月23日から同館と池袋シネマ・ロサの2館での上映が決定しました。


指原莉乃斎藤工生田斗真伊集院光……各氏が絶賛


一般公開後も快進撃が続きました。劇場では満席が続いたほか、指原莉乃さん、斎藤工さん、生田斗真さん、伊集院光さんといった著名人が絶賛。口コミが広がり、7月23日からはシネコン最大手のTOHOシネマズを含む全国40館での上映がスタートしました。その結果、公開7週目にして観客動員数ベスト10にランク入りしたわけです。


勢いはまだ止まっていません。公開館数は増え続けており、先ごろ全国150館での公開も決定しました。映画業界では「公開館数は初日が一番多く、その後はどんどん減っていく」というのが普通なので、異例ずくめの事態です。


▼ヒットの要因その1:「内容がわからない」で鑑賞欲を煽られる

『カメラを止めるな!』は傑作と評価されていますし、筆者もそう思います。ただ、傑作だからといって必ずヒットするとは限りません。本作が異例のヒットとなったのには、大まかに4つの要因があると考えられます。そのひとつが、作品の「構造」です。


※以下、極力ネタバレを避けながら解説しますが、作品未見者で少しでも情報を入れたくない方は、読むのをご遠慮ください。



■「37分間のワンカット」が壮大な前フリになっている


本作は冒頭から「37分間ワンカットのゾンビ映画」がいきなりはじまります。「ワンカット」というのは、1台のカメラを一度も止めずに回しっぱなしで撮影する手法のこと。少しでも役者がとちったり、カメラがまごついたりしたら、最初からやり直し。たいへん難易度の高い撮影です。普通の映画では、長いワンカットでもせいぜい数分ですし、10数分も撮ればそれだけで「珍しい」とされるので、37分というのは異例中の異例、というか無謀です。が、本作はそれにあえて挑戦しました(監督の弁によれば6テイクを重ねたそうです)。




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……という情報だけ事前に聞いている観客は多いのですが、それがすごいのだと思って観に行くと、その予想は完全に裏切られます。本当にすごいのは「そこ」ではありません。しかも、「37分間のワンカット映画」が、映画全体の壮大な「前フリ」になっているのです。


37分を経過して以降は前フリを「回収」していくターンに入り、ラストには予想もしない展開が待ち受けています。ただ、「回収」が何を意味するのかを未見者に説明してしまうとすべてが台無しになるので、鑑賞者が未見者に勧める時はどうしてもこんな感じになります。「何も説明できないんだけど、とにかく観て!」。


この「説明できないけど、とにかく観て!」が未見者の好奇心を煽り、鑑賞欲を刺激した側面は大いにあるでしょう。その言葉に刺激されて劇場に赴いた鑑賞者は「なるほどね」と合点し、別の未見者に「とにかく観て!」と言う。その連鎖が、口コミを広げたと考えられます。


▼ヒットの要因その2:従来の国内興行に対するアンチテーゼ

2つ目のヒット要因が、コアな映画ファンが慢性的に抱いていた映画業界への不満を、本作が痛快に解消したことです。彼らの多くは、日本の映画界に以下のような不信感を抱き、常々憂いています。


・ベストセラー原作ばかりが映画化され、企画のチャレンジ精神が乏しい

・人気タレントの固定ファン集客を当て込んだ安易なキャスティングにウンザリ

・多額の製作費・宣伝費をかけて大量露出させるわりには、似かよった内容の作品ばかり

・情報番組などで見どころシーンを流しすぎるため、見る前から内容の予想がついてしまう

・予告編のほうが明らかに本編より面白そう

・シネコンは超大作ばかりで、小品でだが良質な作品の上映機会が失われている

『カメラを止めるな!』はこれらすべてに対して、結果的に強烈なアンチテーゼをたたきつけ、しかもちゃんと結果(商業的成功)を残しました。原作なし、無名の役者、乏しい製作費と宣伝費、オリジナリティあふれる内容、事前に内容が予想できないワクワク感、予告編からは到底伝わらない展開、小規模公開からの館数拡大という偉業の達成——。不満だらけだった映画ファンはこの状況に歓喜し、喝采をもって留飲を下げたのです。


彼らは公開初期のインフルエンサーとして、話題拡散に一役も二役も買いました。皆さんの周囲でも、「映画に詳しい△△さんが、絶対観たほうがいいって言ってたよ!」といった話を聞いたのではないでしょうか。



▼ヒットの要因その3:同業者をザワつかせる傑作ぶり

『カメラを止めるな!』は、実際に映画製作に携わっている同業者や、映画に限らず表現活動でものづくりに関わっている、いわゆるクリエイターと呼ばれる人たちを大いに刺激しました。彼らのみぞおちにヒットしたのは、本作が二重の意味で証明した「お金がなくてもいいものは作れる」という事実です。


1つ目の意味は「予算たった300万円なのに、アイデア次第でこんなにおもしろい映画が作れる」ということ。もうひとつは、(詳細は割愛しますが)映画の展開自体にそういうメッセージが、図抜けた説得力とともに込められているということです。


日本の映画製作環境は非常に厳しいものがあり、予算不足とスタッフの過酷労働は慢性的な問題となっています。日本の多くの映画製作者たちはそんな苦しい状況下、「結局、大予算を得て著名俳優を起用しなければ、どんなに良いものを作っても日の目を見ないのか?」という葛藤と戦いながら、日々映画を作っています。そんななかでの『カメラを止めるな!』の成功は、彼らにとって一筋の希望の光でした。


と同時に『カメラを止めるな!』の成功は、クリエイターたちの感情をデリケートにザワつかせもしました。同業者としてふつふつと湧き上がる嫉妬心、絶対に観ておかなければならないという焦り、現在のエンタテインメント業界に対する問題意識……。苦労しながら何かを表現したり作ったりしている人間にとって、本作はさまざまな意味で「観ざるをえない作品」だったのです。そんな彼らが受けた刺激はSNSなどで拡散され、「作り手も認めるほどの傑作」という同作の評価を不動のものとします。


▼ヒットの要因その4:「応援欲」をかきたてるサプライズ演出

『カメラを止めるな!』は、「予算も知名度もないインディーズ映画が商業的成功をつかみ取る」という立ち位置から、“判官びいき”を誘発する感動的なストーリーを内包しています。結果、観客の心に芽生えたのが「応援欲」でした。


本作は一般公開後、キャストによる舞台挨拶を頻繁に行っていました。そして、それらの多くはゲリラ的なサプライズでした。映画を観終わって場内が明るくなり、観客が席を立とうとすると、突如何人かのキャストが舞台に現れ、自己紹介とともに厚いお礼を観客に述べるのです。これがさまざまな劇場で連日繰り返されました。


興奮冷めやらぬ観客たちの前に現れた、奇跡的偉業の立役者たち。しかも、ほぼ無名。観客の多くは彼らを劇中の「自主映画撮影隊」の奮闘に重ね合わせ、「よくぞ作った」と惜しみない拍手を送りました。と同時に、彼らがもっと評価されてほしい、もっと売れてほしい、そのためには映画がもっとヒットしてほしい……そんな「応援欲」に包まれたのです。観客たちは劇場を出た瞬間、誰に強制されるでもなく『カメラを止めるな!』の宣伝マンとなり、周囲に作品の魅力を伝播させていきました。



■類似作としての『この世界の片隅に』


この状況から連想する作品があります。2016年11月に公開されたアニメーション映画『この世界の片隅に』です。同作は63館という小さめの規模で初日を迎えましたが、口コミヒットで公開規模をどんどん拡大し、最終的には累計400館超、興収27億円を突破。現在まで公開が続いている超ロングヒット作品となりました。


2作の共通点は「観客ひとりひとりが宣伝マンになったこと」です。『この世界』は戦前戦中の広島・呉を舞台にした少女すずの物語で、片渕須直監督の並々ならぬ映画化の熱意によって製作がはじまりましたが、製作費調達のメドが立たず苦境に立たされます。


そこで行われたのがクラウドファンディングでした。一般の人から資金を募り、募ったお金でパイロットフィルムを製作。パイロットフィルムをもって製作費の出資社を募る(=製作委員会を組成する)という寸法です。結果、3000人以上から4000万円近い資金が集まりました。


クラウドファンディングの目的は資金調達でしたが、効果はそれだけにとどまりませんでした。結果的に「観客ひとりひとりを宣伝マンにした」からです。自分が身銭を切って支援した作品は、わが子のような存在であり、一人でも多くの人に観てほしいと願うもの。そんな出資者の口コミが『この世界の片隅に』のロングランヒットの原動力となりました。なお、『カメラを止めるな!』も製作費の一部をクラウドファンディングで調達しています。


さらに、『この世界』が既存の興行の勝ちパターンから外れた(外さざるをえなかった)“逆境”のなかで作られたことで、結果的に現状の商業エンタメ業界に対するアンチテーゼとして機能したのも『カメラを止めるな!』に似ています。テレビ局が製作委員会に入っていないため、情報番組などでの大々的な宣伝が期待できないことや、当時テレビ局が起用を避けていたのん(能年玲奈)を声優として起用したことなどは、その一例です。


■多くの観客が「当事者意識」を抱いたワケ


『カメラを止めるな!』も『この世界の片隅に』も、「大人のビジネス」として作られた作品では決してありません。製作者の強い想いや篤い志が作りあげたものです。その熱意が、観客に「一緒に作っている」「一緒に盛り上げている」といった当事者意識を抱かせたのではないでしょうか。


『この世界の片隅に』はその年の国内の映画賞を総なめにし、歴史ある「キネマ旬報ベスト・テン」では、実写映画を含むすべての映画作品のなかで第1位の栄誉に輝きました。『カメラを止めるな!』も『この世界の片隅に』と同じ道筋をたどるのだとすれば、この先には一体どんな栄光が待ち受けているのでしょうか。近い将来、全国の「宣伝マン」たちが、感涙にむせぶ姿が目に浮かびます。


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稲田 豊史(いなだ・とよし)

編集者/ライター

1974年、愛知県生まれ。キネマ旬報社でDVD業界誌編集長、書籍編集者を経て2013年よりフリーランス。著書に『ドラがたり のび太系男子と藤子・F・不二雄の時代』(PLANETS)、『セーラームーン世代の社会論』(すばる舎リンケージ)。編著に『ヤンキーマンガガイドブック』(DU BOOKS)、編集担当書籍に『押井言論 2012−2015』(押井守・著、サイゾー)など。

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(編集者/ライター 稲田 豊史)

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