DX推進によって、なぜリクルートのP/L構造は大きく変化したのか?
2024年8月6日(火)4時0分 JBpress
ChatGPTをはじめ、世界にさまざまな衝撃を与えている生成AI。すでに業務やサービスへの実装が始まっており、今やその活用が経営のトップアジェンダになりつつある。生成AIの導入にあたり、事業や組織をどう変革していけば、生き残ることができるのか。本連載では、生成AIが巻き起こす市場の大変化とその対応策を経営者目線で解説した『AIドリブン経営 人を活かしてDXを加速する』(須藤憲司著/日経BP、日本経済新聞発行)から、内容の一部を抜粋・再編集。
第1回は、DXの進展がもたらす業務の変化とその影響を概観する。
<連載ラインアップ>
■第1回 DX推進によって、なぜリクルートのP/L構造は大きく変化したのか?(本稿)
■第2回 「現代のアインシュタインやダ・ヴィンチを手助けする」エヌビディアCEOの発言の真意とは?
■第3回 「じゃらんnet」はAI機能を搭載し、「顧客の悩み」をどう解消したのか?(8月20日公開)
■第4回 実例で解説、Salesforce、EvenUP、Notta…先進企業のAI活用戦略とは?(8月27日公開)
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■ DXは次のフェーズへ
DX(デジタルトランスフォーメーション)とは、「デジタルを活用して、圧倒的かつ優れた顧客体験を提供し、事業を成長させること」です。ここでの「成長」とは、「稼ぐ」「儲ける」と言い換えてもいいでしょう。
そもそもなぜDXが重要視されるようになったのでしょうか。
その背景の1つには、法人内でのスマホやタブレットの普及とSaaS(Software as a Service の略で、インターネットを通じてソフトウェアを提供するサービスのこと)の浸透があります。業務プロセスそのものもDX化しなければ、生産性を高められず、企業は生き残れません。
さらには、GAFA(アルファベット傘下のグーグル、アマゾンドットコム、フェイスブック、アップル)やBATH(百度〔バイドゥ〕、アリババ集団、騰訊控股〔テンセント〕、華為技術〔ファーウェイ〕)と呼ばれる巨大プラットフォーム企業の異業種への参入も挙げられます。
そういった勢いのある企業群がデジタルを最大限活用し、自社や自分たちの産業に全く新しい競争原理を持ち込むことで、破壊(ディスラプト)されてしまうかもしれないという危機感も背景にありました。
これらに加え、新型コロナウイルスの世界的蔓延も後押ししました。対面で人と会うこともままならない中で、DXはコロナ禍によって大きく推進せざるを得ない状況になりました。経営者は否が応でもリモートワークやビデオ会議といった働き方の変化や、非対面・非接触を前提とした事業継続を余儀なくされました。
デジタルをフル活用し、稼ぎ、顧客体験を変えることが求められるようになったのです。そして現在、コロナ禍を経て、DXは次なるフェーズを迎えています。すなわち「顧客体験=UX(ユーザーエクスペリエンス)」と「業務プロセス=DX」が直結する時代の到来です。
■ AIにより加速するDX
「顧客体験=UX」と「業務プロセス=DX」が直結するとはどういうことでしょうか。オンライン販売を行う小売メーカーを例に、説明していきましょう。下の図を見ていただきたいのですが、オンライン販売の流れとして、①流入(商品検索)②獲得(申込/購買)③顧客情報管理(CRM)④オフライン(コールセンター/営業/契約)となっています。
①〜③が「顧客体験」、④が「業務プロセス」です。
まず、「顧客体験」を細かく見ていきましょう。例えばGalileo AI(ガリレオAI)を使えば、申込・購買ページのUI(ユーザーインターフェース)のモック(サンプル)をAIが制作してくれます。そのデザインは、そのままFigma(フィグマ)などで編集して使うことができます。
すでにアリババではAIでバナーを自動生成しています。商品の素材データ(画像、パターン、キーワード、色など)から毎秒8000枚のバナーを生成できると言われており、2016年のいわゆる中国の「独身の日」(11月11日)にはなんと、1億7000万枚ものバナーが作られました。
1つのイメージを作成するのに人の手では20分かかるとすると、これは100人のデザイナーが作業して300年間もかかってしまう量に相当します。2017年には、大幅に増え、4億1000万枚が作成されています。
最近では、Meta(メタ、旧フェイスブック)やグーグルに制作機能が搭載されるようになりました。もはやプラットフォーマーがAIでクリエイティブ業務を担う時代になっているのです。このように、生成AIは、「顧客体験」に関わるコンテンツやUIを生成できます。さらにパーソナライズされたクリエイティブなコンテンツも生成可能です。
UIに関しては、AIに指示すると人間の代わりにUIを操作してくれるAdept(アデプト)が460億円を調達するなど、人間がUIを触ることなくAIが操作してくれる時代が来る可能性もあります。
続いて、「業務プロセス」です。生成AIは、全く異なるインターフェースを扱って操作することができます。
すなわち、社内システムや営業システムのSFA(Sales ForceAutomation:セールスフォースオートメーション)、マーケティング業務の管理・自動化のMA(Marketing Automation:マーケティングオートメーション)ツール、LINEのようなSNSなど、さまざまなものと組み合わせ、業務をこなすことができるのです。
■ P/Lの構造はなぜ変化するのか
この数年、DXという言葉がよく聞かれるようになりました。私も『90日で成果をだす DX(デジタルトランスフォーメーション)入門』(日本経済新聞出版)を2020年に、その後『総務部DX課 岬ましろ』(同)を2021年に出版し、数多くの大企業のDXのお手伝いをしています。
私がDXに取り組んできた理由は、私自身がDXを経験してきたからです。新卒で入社したリクルートの収益構造は、2003年当時、売り上げの25%程度がインターネット経由で、残りの大半は、市販の雑誌とフリーペーパーが占めていました。
それが、私が在籍していた10年間で主たる売り上げの構造が逆転し、大半がインターネット経由の売り上げにシフトしていったのです。まさにDXという言葉が使われる前からDXをやっていたのだと思います。
その過程で、さまざまな変化がありましたが、最も大きなものはP/L構造の変化だと考えています。
Profit(利益)の生まれる源泉がデジタル経由に移り、その過程でLoss(費用)の内訳を大きく占める原価の項目が、雑誌やフリーペーパーの製造原価や物流コストから、デジタルマーケティングの費用やサーバーコスト、システム開発の減価償却費などに変わっていきました。
人件費の内訳も、これまでの営業中心から、ウェブマーケターやデータサイエンティストといったエンジニアの割合が増えていったのです。
つまり、DXが本格的に進むことで、結果としてP/Lの構造が大きく変わっていくのです(下図)。
DXと声高に叫んでいる中で、そこまで大きなP/Lの変化を起こせた日本企業がどれくらいあるのでしょうか?
私自身が、日本のDXは始まったばかりと訴える背景には、このリクルートで経験したようなP/Lの大きな構造変化がまだ起きていないと感じていることがあります。伝統的な大企業のP/L構造を変えていくには、当然、10年単位で時間がかかります。
原価、費用の構造には、とりわけ人件費・IT関連費用・マーケティング費用・オフィスや工場などの地代家賃など、さまざまな費用項目がありますが、この費用項目の内訳や割合がDXの前と後で大きく変わるのです。
生成AIがDXにとって大きな意味を持つ理由は、この費用項目で大きな割合を占める人件費が大きく変化するからです。そこには、給与や賞与だけでなく、社会保険料や退職金、福利厚生費なども含まれます。
さらに、人を雇うための採用費・オフィス賃料や水道光熱費・交通費や交際接待費などの経費をすべてIT費用にシフトすることで、全く異なる事業構造の企業への変革を可能にするのです。
参考までに業種別の売上高に占める人件費率は、下の図の通りです。
<連載ラインアップ>
■第1回 DX推進によって、なぜリクルートのP/L構造は大きく変化したのか?(本稿)
■第2回 「現代のアインシュタインやダ・ヴィンチを手助けする」エヌビディアCEOの発言の真意とは?
■第3回 「じゃらんnet」はAI機能を搭載し、「顧客の悩み」をどう解消したのか?(8月20日公開)
■第4回 実例で解説、Salesforce、EvenUP、Notta…先進企業のAI活用戦略とは?(8月27日公開)
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筆者:須藤 憲司