地方経済を救うのは"後継ぎベンチャー"だ

8月13日(月)9時15分 プレジデント社

「福井ベンチャーピッチ」の様子

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いま都市圏では「ベンチャー投資」がブームになっている。だが地方ではそうした動きは鈍い。昨年、10年ぶりに上場企業が生まれた福井県では、地方にも投資を呼び込もうと「後継ぎベンチャー」の育成に乗り出している。顧問企業の倒産を経験し、ベンチャー支援に転進したという元開業社労士の女性が、その取り組みを報告する——。

■どうすれば全国に打って出る企業が生まれるのか


私が所属する「公益財団法人ふくい産業支援センター」は、県内の中小企業支援を担う福井県の関連団体だ。私は今の職場に入社する3年前まで、自分で社会保険労務士事務所を開業していた。キャリアチェンジのきっかけは、6年間顧問社労士を務めた中小企業の突然の倒産だった。新たな事業展開を盛り立てられなかった自分の無力さに悩み、同じような課題を抱えた中小企業が他にもたくさんあるのではないかと考え、今後は県内の中小企業の経営支援に注力しようと決断した。


入社後は、自身が創業者だった経験を買われて、当センターの新たな事業「ふくい創業者育成プロジェクト」の立ち上げを任された。もともと好奇心旺盛な性格なこともあり、私なりの方法でこの新しい事業の立ち上げに全力で取り組んだ。


プロジェクトは一定の成果をあげることができたが、プロジェクトを経て創業した企業は県内をマーケットにした事業が多数を占めていた。次第に「全国に打って出るような力強いベンチャー企業を福井県でもっと創出するためにはどうすれば良いか」と考えるようになった。


■流出した若者を呼び戻せるベンチャーの創出ねらう


福井県では、若者が地元を離れて都会に流出することによる過疎化が深刻化している。野心のある若者の多くは都会を目指し、成長意欲の高いベンチャー企業は生まれにくい。一方で、既存の地場産業も後継ぎ不足に悩む企業も多く、何か手を打たなければ、この先の地域経済が衰退していくのは明らかだ。




「福井ベンチャーピッチ」の様子

そういった危機感の中で福井県は、新たな事業「福井ベンチャーピッチ」を予算化。当センターがその立ち上げを託され、私はその担当者になった。ピッチイベントとは、成長意欲の高いベンチャー企業が、自社の魅力や将来性についてベンチャーキャピタルや金融機関などの前でプレゼンテーション(ピッチ)し、資金や事業提携などにつなげることを目的としたイベントだ。


福井県でピッチイベントを開催することで、県内で頑張るベンチャー企業を支援することはもちろん、県外に流出した若者を呼び戻せるような魅力あるベンチャー企業を創出することがねらいだ。



■「福井でピッチイベントをやる意味がわからない」


一般的にベンチャー企業、スタートアップ企業といえば、短期間で急速に成長する創業間もない企業を指し、その多くは新しい技術やビジネスモデルを核にして全国展開を目指す。しかし福井県は、新規開業率が全国平均を大きく下回るなど創業活動は活発とはいえず、際立ったビジネスモデルを持つ若者の多くもまた県外に流出しているのが現状だ。


一方で、福井で創業した若い経営者にピッチイベントの地元開催への期待をたずねても、「福井でやる意味がわからない」「ピッチに出たかったら東京へ行けばいいだけだから」と冷めた反応が返ってくることもしばしばあった。


ピッチイベントの企画に着手した途端に現実の壁にぶち当たり、私はすっかり困り果てた。スタートアップの若者が途切れなく登壇して熱く盛り上がる都会のピッチイベントのような青写真を描けるわけもなく、かといって地方特有のコアなターゲットも見つけられない。


福井のような田舎でわざわざピッチイベントを開催する意味など、本当にあるのだろうか……焦りと不安が募っていった。


■10年ぶりの上場企業の衝撃


そんな悩みを抱えていた2017年7月、福井県で上場企業が誕生した。福井市内で業務用ユニフォームの通販業を営む「ユニフォームネクスト株式会社」だ。現社長の横井康孝氏は、大学卒業後に民間企業勤務を経て、1997年に父親が経営する従業員3人の会社に入社した“後継ぎ経営者”だ。




2017年9月に上場したユニフォームネクスト株式会社

同社は、横井社長が2007年に事業を継いだタイミングで、業務用ユニフォームのネット販売に挑戦。徹底的にターゲットを絞り込んでニッチトップを目指すウェブサイト作り、商品に精通したスタッフによるきめ細やかな電話サポート、巨大な倉庫に豊富な在庫を確保することで可能にした受注から納品までのスピードを強みに、後発ながらも業界トップに躍り出て、マザーズ上場を果たした。



当時の福井県は、2007年の前田工繊株式会社以来、10年間上場企業が誕生していなかった。そんなベンチャー不毛の地で、業務用ユニフォームを扱う従業員3名の会社が急成長を遂げ、県内10年ぶりの上場を果たすと誰が予想しただろうか。


「福井にもこんなすばらしいベンチャー企業が存在するのだ」と知った時の衝撃! それまでは都会をマネしてスタートアップの若い創業者ばかりを追いかけていたが、横井社長の存在をきっかけに、地元に根付いて奮闘しているベンチャー志向の若手後継者が福井にはたくさんいることを知った。


■地方を救う“後継ぎベンチャー”の存在


伝統産業や製造現場、観光資源など、都会に比べてモノが豊富にあるという地方ならではの強みを活かし、今までの物流ではあり得なかったモノの売り方を積極的に取り入れていくことで、ビジネスチャンスは一気に広がる。


時流を逃さず、新しい技術やアイデアをうまく取り入れて事業を成長・拡大させた若手後継者たちが地方で新しい風を起こしている。これが地方ならではの“後継ぎベンチャー”だ。「ついに地方特有のベンチャー人材発掘の金脈を見つけた!」と私は意気込んだ。


■「VCからの投資」という概念自体も持っていない


彼らを含めて福井では、ベンチャーキャピタルから資金を調達するという概念自体もっていない経営者がほとんどだ。事業を拡大させる場合は、自己資金でなんとかするか、自己資金にプラスして金融機関から借り入れをするというケースが多く、それ以外の選択肢となると、補助金を活用するのがせいぜいだ。スピード感をもって資金調達できないがゆえに、大きく成長するチャンスを逃してしまうというケースも少なくない。


そんな彼らに、ベンチャーキャピタルから投資を受けることもまた資金調達の選択肢の一つとして考えられるような場を提供できたら、福井でがんばるベンチャー企業の役に立てるのではないか。そう気づいてからは、福井だからこそ開催できるピッチイベントのイメージが固まり、素人ながらも自信をもって企画に取り組むことができた。



■都会とは一線を画する“地方ならではの特色”


紆余曲折を経て、2017年10月に県内初のピッチイベント「福井ベンチャーピッチ」を開催した。ピッチイベントでは、都市圏から集まったベンチャーキャピタルや地元の金融機関を前に、福井のベンチャー企業5社が自社の商品やサービスの魅力をプレゼンテーションした。


登壇企業の複数社に、出資や事業提携のアプローチが殺到し、福井ベンチャーピッチは初開催にして一定の成果を上げることができた。


中でも、後継ぎベンチャーの活躍は目覚ましい。


家業のガラス屋が買収されたことをきっかけに独立し、細分化した24の専門サイトを立ち上げて業界に新風を起こしたガラスのウェブ販売会社や、電子部品会社の後継ぎとして育ちながらも「自分の力を試したい」という思いから全く異なるビジネスモデルで学生起業し、インターネットを使ったオシャレの教育事業で急成長を遂げたメンズファッション通販会社、家業のクリーニング業を継いだものの業績が縮小する中で新たな事業展開を模索し、ブランドの革製品に特化して修復を行うウェブサイトを立ち上げて見事に第二創業を果たした革修復専門会社など、第二、第三のユニフォームネクストを目指す後継ぎベンチャーが続々と登壇して注目を集めた。


都会とは一線を画する“地方ならではの特色”を打ち出せたことで、福井ベンチャーピッチは定期開催の実現に成功し、9月には3回目を迎えようとしている。




多くの人が集まった「福井ベンチャーピッチ」

■打ち上げ花火で終わらせないために


地方開催のこういったイベントは、打ち上げ花火のように1回きりで終わってしまうケースが多く、福井のような地方の県が単独で、ピッチイベントを定期開催している事例は全国的にも珍しいと言われている。


地方にはそもそもベンチャー企業の卵が少ないため、登壇企業の発掘が進まず、ベンチャーキャピタルの誘致に難航するなど、ピッチイベントのクオリティを維持し続けることが難しいからだ。



そういった悪循環に陥らないように、当センターでは、福井ベンチャーピッチの運営と並行して、ベンチャー人材の育成にも積極的に取り組んでいる。たとえば、上場企業の社長や先輩経営者らの協力を得てベンチャー企業向けの経営塾を開催したり、地元の官民ファンド運営会社の協力を得てベンチャー企業のビジネスモデルのブラッシュアップの機会を設けたりしており、反響も上々だ。


運営している経営塾の中から、さっそく次回のベンチャーピッチの登壇企業が誕生するなど、ベンチャー人材育成の好循環が生まれつつあることを実感している。


企画当初は、「福井でやる意味がわからない」とまで言われていたが、福井ベンチャーピッチを聴講した若い創業者の中から、「こんな世界があるなんて知らなかった」「いつか福井ベンチャーピッチに出たい」など、ピッチ登壇に意欲を出す前向きなコメントをもらえるようになった。今後は福井の若い創業者からも、登壇企業が数多く誕生するのではないかと期待している。




先輩経営者による経営塾の様子

■「地方だからできない」とあきらめることは何もない


福井県という日本地図を見てもどこにあるのかピンとこないような田舎で、昨日までピッチイベントの存在すら知らなかった素人の女性職員が、ベンチャー支援に体当たりで取り組んでいる。


地道な活動を続けていくうちに共感の輪が広がり、「福井を盛り上げたい」という思いが核となって、先輩経営者やベンチャー支援者が集まり、オール福井でベンチャー企業を応援しようとする好循環が生まれたのだ。


地方だからできないとあきらめることは何もない。私はこれからも、福井発のベンチャー企業の可能性を信じて、この仕事に全力で取り組んでいきたい。


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岡田 留理(おかだ・るり)

公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士

福井県生まれ。同志社大学卒業後、勤めていた職場を出産を機に退職。子どもが1歳の時、社会保険労務士試験にチャレンジし、合格。翌年、個人事務所を開業。経営と育児と家事を両立させながら、中小企業の顧問社労士、労働局の総合労働相談員、人材育成コンサルタントなどに取り組む。2015年4月に公益財団法人ふくい産業支援センターに入社。県内の創業・ベンチャー支援業務を担当し、現在に至る。

(ふくい創業者育成プロジェクト http://www.s-project.biz/

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(公益財団法人ふくい産業支援センター職員/特定社会保険労務士 岡田 留理 写真=iStock.com)

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