メルカリの先をいく「17歳CEO」の将来

8月13日(月)9時15分 プレジデント社

2018年6月、レシートを1枚10円で買い取るサービスを開始したワンファイナンシャル。経営者は、12歳で国際プログラミングコンテストで最優秀賞を獲得した高校生だ。新しい金融の仕組みをつくりたいと語る17歳の未来予想図とは——。

■「レシートのデータを価値に変える」という発想


【田原】山内さんのワンファイナンシャルは、2018年6月12日にレシート画像を1枚10円で買い取るサービス「ONE」を開始された。しかしお客さんが殺到して、その日のうちにサービスを停止。ネットではずいぶんと話題になっていたようですね。そもそもこれはどういうサービスだったのですか?


【山内】レシートには、さまざまな情報が載っています。何月何日何時何分に、どこのお店で、何をいくらで買ったのか。これらをデータ化すると、いろんなところに使えます。その情報を集めるために、レシート画像を買い取るアプリをつくりました。


【田原】データはどう使うの?


【山内】ネット上のお店でものを買うと、「こんな商品も買いませんか」と出てきますよね。あのレコメンドは、ある商品とある商品を一緒に買った人が過去にどれくらいいるかをデータ化しているので可能になります。レシート上の情報がデータ化されたら、それと同じことがリアルでもできる。たとえばレシートを分析した結果、トマトとレタスを一緒に買っている人が多ければ、トマトの横にレタスを置けばもっと売れるようになるかもしれないという具合ですね。


【田原】山内さんが買い取ったレシート画像をデータにして、それをまた小売店が売り場づくりのために買うわけだ。


【山内】小売りだけではありません。たとえばメーカーが「いま10代の女の子は何を買っているのか」という市場調査に利用してもいい。顧客には、さまざまな事業者を想定しています。


【田原】でも、レシートには年齢とか性別は載ってないよね?


【山内】買い取りの登録してもらうときに、それらの情報は入力してもらうので大丈夫です。


【田原】そもそもお店側にPOSデータがあります。メーカーは、レシート情報を買わなくても、コンビニやスーパーからPOSデータを買えばいいんじゃないですか?


【山内】実際に買っている事業者はいます。ただ、POSデータは、お店の人がお客さんの年齢などを入力するから、必ずしも正確じゃないんです。あと、Tポイントのようなサービスも、加盟店で買い物したときのデータしか取れない。あるユーザーの購買行動を広く正確に把握できるのはレシートだと思います。



■ベビーカー時代から、多弁だった


【田原】なるほど。でも、このサービスが話題になりすぎて、一日経たずにやめざるをえなくなった。これはなんでですか。


【山内】買い取り資金が圧倒的に足りなくなってしまいました。17年、質屋アプリの「CASH」にユーザーが殺到して、サービスを停止しました。CASHが買い取っていたのは、ブランドのバッグなど数千〜数万円のもの。それに対して僕たちが買い取るレシート画像は1枚10円で、1人一日10枚まで。せいぜい100円なので大丈夫だと思っていました。ところが、想像以上に反響がありまして。




ワンファイナンシャル CEO 山内奏人氏

【田原】どれくらい反応があったの?


【山内】CASHは開始16時間で2万9000ダウンロードでしたが、ONEは10万ダウンロード。CASHの3倍以上も反響があるとは読めなかったです。


【田原】サービスを停止して、それからどうしたのですか。


【山内】ビジネスモデルを見直して再開しました。レシートを買い取るのは同じですが、次は広告を流すモデルです。レシートを買ったあとの画面に、企業からの広告を出します。たとえば先日発表したのは、ガソリンスタンドのレシートを買い取るときに中古車買い取り会社の広告を出すというもの。ガソリンスタンドを使う人は車を持っているので、広告をクリックしてくれる率は高いと思いまして。


【田原】サービスを停止して1週間も経っていないうちに、再開を発表した。スピード感がすごいね。


【山内】サービスを始める前から並行した広告モデルも考えていて、今回広告を出してくれたDMM AUTOさんとも話し合いを進めていました。まだ公開できませんが、ほかにも話が進んでいるところがあるので、収益化できると見込んでいます。


【田原】ところで、山内さんはまだ17歳。若くて驚きました。6歳のときからパソコンを使っていたとか。


【山内】家に誰も使っていない古いパソコンが置いてあったんです。「何、これ」と言ったら、「使っていいよ」と親が言ってくれたので、よくわからないまま触っていました。そのうちにエクセルでお小遣い帳をつけたり、ワードで家族旅行のしおりをつくるようになっていました。


【田原】6歳とか7歳で? 旅のしおりなんて、手書きでもつくるのは大変でしょう。


【山内】どうでしょう。親からガイドブックを渡されて、それを見ながらつくっていた記憶があります。


【田原】字は読めたの?


【山内】はい。親から聞いた話だと、ベビーカーに乗っているときからずっと話していて、2〜3歳のころには字を読んでいたらしいです。



■小学校では教室に入れなくて、保健室に登校


【田原】小学校では教室に入れなくて、保健室に登校をしていたそうですね。


【山内】学校に行くのが怖かったんです。小学校に入ると、とにかく遊んでいればよかった幼稚園のころとは違って、何もかも新しくなるじゃないですか。その環境に馴染めなくて、登校はするけど保健室に直行でした。




田原総一朗1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【田原】どうやって乗り切ったの?


【山内】パソコンに出合ったおかげです。学校で認められなくても、自分のやりたいことにのめり込んでいたら、自信がつくんでしょうね。3年生のころには学校に行くのが楽になって、教室で授業を受けるようになっていました。


【田原】プログラミングは何歳くらいから?


【山内】9歳です。そのころ自分で1枚ずつ写真を撮ってつなげるコマ撮りアニメをつくるのが好きだったんです。その関連本を図書館で読んでいたら、隣の本棚にプログラミングの本があって、これもおもしろそうだなと。そのころはC言語で、おみくじのアプリをつくったり、パソコンを二重にロックするプログラムを書いたりしていました。


【田原】6年生のときにプログラミングの国際コンテストで最優秀賞を獲られる。何をつくったのですか。


【山内】「Ruby」という日本で生まれたプログラミング言語があるのですが、その言語を使った15歳以下のコンテストで、タスク管理アプリをつくりました。どういう宿題があって、いつ何を学校に持っていかなきゃいけないのか。そういったものをぜんぶ管理する統合型のアプリです。アプリを使うにはパスワードの入力が必要で、そのパスワードにいまのEメールで使われている暗号化技術を用いた点を評価してもらったみたいです。


【田原】これは賞金が出るの?


【山内】出ません。ただ、パソコンをもらえました。もともとパソコン欲しさに応募したんです。


【田原】いま中高一貫校に通われている。学校はどうやって選んだの?


【山内】プログラミングをずっと続けたかったし、ほかにももっといろんなことをやりたくて、それなら高校受験のない中高一貫校がいいなと。たまたま学校説明会に行ったら先生が楽しそうで、生徒たちもイキイキして見えました。それで入学したのが、いま通っている学校です。



■中1の時、小学生・幼稚園児向けのプログラミング教室を開始


【田原】中学では、何をしていたのですか。



【山内】中学1年生のときに「It is IT(イットイズアイティー)」という団体をつくって、小学生や幼稚園児にプログラミングを教える活動をしていました。保健室登校だった僕が教室に行けるようになったのは、プログラミングやインターネットに出合ってITの魅力を知ったから。それこそがITなんだという意味を込めて、そういう名前にしました。具体的には、スクラッチというプログラミングキットを使って子ども向けのワークショップをやって、ゲームのつくり方を教えていました。やめるまでに、トータルで600人くらい教えましたね。


【田原】山内さんお一人で?


【山内】いや、僕の同級生も巻き込んで。10人くらいいたかな。


【田原】場所はどうしたんですか。


【山内】どこかで定期的に開催するのではなく、小さい子ども向けのイベントに参加したり、学校に呼ばれて開催していたので、僕らが場所を用意する必要はなくて、行って教えただけでした。


【田原】それにしてもすごい。中学1年生でしょ。交渉も自分でやったの?


【山内】はい。イベントの主催者とか教育系の会社に話に行きましたけど、普通に聞いてくれましたよ。


【田原】いつまでやっていたのですか。


【山内】中学1年生の4月からはじめて、2年生の3月までやっていました。やめたのは、このまま続けても、プログラマーを目指そうという子どもは増えないなと。イベントに来ると「わあ、楽しい」と言ってくれるんですが、そこで終わり。そうなってしまうのは、プログラマーとしてキャリアをはじめて成功した人が日本にいないから。ロールモデルがないから、プログラマーが将来なりたい職業にならないんです。それなら自分がそのロールモデルになってやろうと。


【田原】どうして日本には成功したプログラマーがいないんだろう。


【山内】うーん、プログラマー以前に、成功しているIT企業が少ないですからね。


【田原】トヨタ、パナソニックなどのメインの研究所はシリコンバレーです。なぜかと言うと、スタンフォードの研究者は日本に来てくれないからだそう。裏を返すと、日本の大学が世界レベルのプログラマーを輩出できていないから、メーカーはシリコンバレーに行くんですね。世界大学ランキングでも、18年は東大が46位、京大が74位になっている。そこに問題があるんじゃないかな。


【山内】シリコンバレーやイギリスには行ったことがあるのですが、日本の大学生は勉強量が圧倒的に足りていないですよね。アメリカは入学が簡単ですが、卒業するのが難しいから、むちゃくちゃ勉強します。でも日本は逆で、入学が難しいから高校生のときにむちゃくちゃ勉強して、入学後は遊んでしまう。そこから変えないといけないのかもしれない。



■若い人が使いたい、金融機関のカタチ


【田原】話を戻しましょう。団体をやめて、ビジネスを始めたのですか?


【山内】じつは事業は中1の頃からやろうしていたんです。ただ、つくったサービスがビックリするほど誰も使ってくれなくて失敗しました(笑)。


【田原】どんなサービスをつくられたの?


【山内】学校の授業って、つまらないものもありますよね。だから学生の投票で新しく授業をつくるサービスをリリースしてみたのですが、十数人しか投票してもらえなくて。大失敗です。ただ、そのとき使っていたシェアオフィスにdelyの堀江裕介さんってヤツがいて、あっ、ヤツって言っちゃダメですね(笑)、堀江さんという人がいて、「うちに来なよ」と誘ってもらいました。だから12歳から報酬をもらって働いていました。


【田原】堀江さんとはこの連載でお話ししたことがあります。料理動画「クラシル」の会社だよね。


【山内】当時はフードデリバリーの事業をやっていました。僕は注文を受けるお店側の管理画面をつくっていました。やっていたのは半年くらい。そのあとはいろんな会社でプログラマーとして仕事をしていました。


【田原】仕事となるとお金が発生して責任も生じるでしょ。ご両親は何て言ってたの?


【山内】とくに何も。学校とはきちんと両立していたので、せいぜい「無理しないでね」と言われたくらいです。僕自身、部活感覚だったし、親もそれはわかっていたのかなと。


【田原】そのあとはどうしたんですか。


【山内】手伝った会社の1つに、海外リサーチの会社がありました。たとえば海外ではどんなスタートアップが生まれているとか、どんなトレンドがあるかを調べて、投資の判断材料として他社に提供する会社です。そのときアメリカやイギリスのIT企業が、スマホで完結する銀行をつくろうとして銀行業のライセンスを取ったという情報を見ました。金融は古くて大きな業界ですが、それをインターネットやデザインの力で変えようとしているのはおもしろい。自分もフィンテックで何かやりたいと思って、ビットコイン銀行のサービスを立ち上げました。それが15歳のときです。


【田原】ビットコインの銀行って、どんなものですか。


【山内】ビットコインで送金、預金、決済ができるサービスです。決済はイシュアーと呼ばれるカード発行会社と提携する必要があって、提携するには会社組織にしなければなりませんでした。そのときつくったのがいまの会社です。


【田原】そして17年、1億円の資金調達をして、「ONEPAY」というサービスをつくった。これがビットコイン銀行?


【山内】いや、これは別の電子決済サービスです。通常、カード決済するにはお店側にカードの磁気テープを読み取る端末が必要になります。でも、端末は高いから、たとえば田舎の小さな八百屋さんなんかにはカード決済が普及していません。レシートのところでもお話ししましたが、決済の情報はお宝です。それなのに端末が高いせいでデータ化されていないのは問題だと思って、端末なしでカード決済できるサービスをつくりました。


【田原】具体的にどうすれば決済できるの?


【山内】スマホにアプリをインストールして、カード番号を撮影。その情報をカード会社のサーバーに送って処理します。初期費用は無料で、決済のたびに5%の手数料をもらう仕組みでした。


【田原】これはうまくいったの?


【山内】日本国内で3500店舗に入れてもらいましたが、収益化が難しくて、18年の春にサービスを終了しています。


【田原】そしてその次がレシート買い取りサービスになるわけですね。いまはいろんな事業を試している段階だと思いますが、山内さんは将来、どんな事業をやりたいんですか。


【山内】ひとことで言うと、次世代の金券ショップをつくりたいです。いまの金融機関は何でもできて量も重すぎるから、若い人にはかえって使いづらいんです。たとえば夏休みだから遊びにいくのに5万円借りたいと言っても、銀行は貸してくれません。そんなとき、僕らの世代の人がどうするかと言えば、メルカリでバッグを売ったりするわけです。同じような感覚で若い人が身近に感じられる金融機関をつくるのが僕の夢です。



■「将来はフェイスブック?」「あえて言うならアマゾン」


【田原】高校はもう少しで卒業ですね。進路はどうされるんですか。これだけやっていたら、大学に行く必要はないと思うけど。



【山内】悩み中です。フィンテックしかやっていないと、きっと考え方の幅が狭くなると思うんです。今日は学校で憲法の授業がありましたが、自分の事業と直接関係ない話を聞いて視野が広がりました。いますぐ必要でなくても、50年後の自分というものを考えたときには、大学で勉強するのもありかなと。


【田原】行くなら、何を勉強したい?


【山内】プログラミングより、哲学とか建築ですね。人のインフラになるようなことを学んでみたいです。


【田原】山内さんは将来、どうなっていくんだろうね。子どもたちのロールモデルになりたいとおっしゃっていたけど、山内さんにとってのロールモデルはいるんですか。


【山内】尊敬しているのは、孫正義さんとマーク・ザッカーバーグ。孫さんは世界で圧倒的な存在感を持って戦っている数少ない日本人。マーク・ザッカーバーグは、多くの人々に愛されるプロダクトをつくり続ける能力がすごいなと。スピード感もものすごいし、尊敬しています。


【田原】じゃあ将来はソフトバンクやフェイスブックになる?


【山内】うーん、あえて言うならアマゾンですね。僕はすべての経済は購買にあると思っています。最後には勝つ購買を握ったところで、いま一番強いのがアマゾンですから。


【田原】わかりました。頑張ってください。期待しています。


■山内さんから田原さんへの相談


Q. 「若いのにすごい」と言われてしまいます


今日の対談では、僕も「若いのにすごいね」を連発してしまったかもしれません。山内さんがこの言葉に苦しさを感じるのは、自分に対する評価に下駄を履かせられているのではないか、自分は一人前に扱われていないのではないかという思いがあるからでしょう。


でも、気にしないでいいと思いますよ。若いことはむしろ武器なのだから、コンプレックスに感じる必要はありません。アメリカの伸びている会社は、社長がだいたい20〜30代。対して日本の大企業は50〜60代がほとんど。だから日本の大企業は発想力や展開のスピードで負けてしまうんです。何か言われたら、「若いからすごいんです!」と言い返すくらいでいいんじゃないかな。


田原総一朗の遺言:「若さ」を武器にしろ!



(ジャーナリスト 田原 総一朗、ワンファイナンシャル CEO 山内 奏人 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)

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