宇宙空間で"Yes"と"No"を使うべきでないワケ

8月16日(金)15時15分 プレジデント社

イーオン社長の三宅義和氏(左)と宇宙飛行士の山崎直子氏(右) - 撮影=原 貴彦

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ミスが許されない宇宙空間のコミュニケーションで、心がけることはなにか。宇宙飛行士の山崎直子氏は「宇宙と地上で交信するときは、“Yes”と“No”ではなく“Affirmative”と“Negative”を使う」という。その理由をイーオンの三宅社長が聞いた——。(第2回)

撮影=原 貴彦
イーオン社長の三宅義和氏(左)と宇宙飛行士の山崎直子氏(右) - 撮影=原 貴彦

■ネズミでも差が出る宇宙への環境対応


【三宅義和氏(イーオン社長)】宇宙空間ではどのようなお仕事をされたのでしょうか。


【山崎直子(宇宙飛行士)】主なミッションは国際宇宙ステーションの組み立てと補給でした。私自身はロボットアームを操作して、スペースシャトルで運んだイタリア製のレオナルドという大型バスぐらいの大きさの補給モジュールをつかみ、国際宇宙ステーションに取り付ける作業を行いました。その大仕事が終わったあとは、実験装置や補給品を所定の場所に組み入れていく引越し屋のような作業を行いながら、その合間を縫って実験も行っています。ぺんぺん草を育てたり、ネズミを15匹連れていって免疫の変化を調べたりしていました。


【三宅】かなり忙しいんですね。ネズミは宇宙に行っても元気なものですか?


【山崎】おもしろいことにネズミにも個性がありまして、ひたすらケージの網につかまって隅っこから動こうとしない個体がいるかと思えば、楽しそうに泳いでいる個体もいたりします。


■コミュニケーションミスを防ぐための工夫


【三宅】ディスカバリーに搭乗されるまでにいろいろな訓練を受けていらっしゃるわけですが、英語の研修が非常によかったと伺っています。具体的にどのような指導だったのでしょうか。


【山崎】レニータ先生のことですね。彼女はアメリカのテキサスにいらっしゃる女性の先生で、長年、日本人宇宙飛行士とその家族の英語を見てくださっています。日本人に多い英語のミスや弱点を熟知されていて、とくに日本人は発音が苦手であることをよくわかっていらっしゃるので、研修ではフォニックス(英語の「音」と「文字」を結び付けるためのルール)を重視してくれました。


【三宅】発音は本当に日本人が苦手なことですからね。


【山崎】はい。しかも運がいいことに、当時、長女がアメリカの保育園に通っていて、イチからフォニックスを習っていたのです。娘がもらってくるプリントや教科書は私にとっても貴重な教材で、レニータ先生の授業と組み合わせながら使っていました。それでだいぶ発音は克服できたと思います。


【三宅】たしかにミッション中に言葉の取り違えが起きたら大変ですからね。ちなみに宇宙と地上で交信するときにコミュニケーションの齟齬(そご)が起きないためにはどんな訓練をするのですか?


【山崎】どうしても雑音が混入してしまうので、とにかくクリアに、できるだけ簡潔に話すということを徹底します。あとはYesならAffirmative、NoならNegative、数字の9ならNinerと言うなど、少し長めの単語で、なおかつ聞き間違えが起きづらい言葉を使います。航空機の管制官とパイロットのやりとりと同じルールです。もう一つ、これは最も大事なことですが、不明瞭なときはとにかく聞き直す。それに尽きます。


【三宅】地球での会話でも参考になりますね。



■日本人はいまの2倍の量を話さないと認められない


【三宅】レニータ先生の研修はどれくらいの期間受けられたんですか?


【山崎】アメリカで訓練中ずっと受けていたので、8年弱ですね。その前に日本で訓練していたときはギャリー先生という別の先生がいらっしゃいました。ギャリー先生はどちらかというとコミュニケーションの心構えやプレゼンテーションの仕方などを教えてくださって、それもすごくためになりました。


【三宅】たとえば?


【山崎】「できない」と伝えるときにただ「I can’t do it.」ではなく「It is challenging. Let me consider.」と言うとか。伝えたいことは同じでも言い回しをポジティブに変えるだけで受け手の印象が変わってくるということですね。



撮影=原 貴彦
宇宙飛行士の山崎直子氏 - 撮影=原 貴彦

【三宅】たしかに印象はまったく違いますね。


【山崎】あとよく言われたのは、異文化の中で日本人が働いていくうえでの心構えとして、日本人は言葉数が少なすぎるから意識的にもっとしゃべりなさいということです。日本人の感覚で「これくらい伝えれば大丈夫だろう」というボリューム感があったとすると、その2倍くらいがちょうどいいと。それくらいしゃべらないと、ものすごく静かで自分の意見を言わない人だと思われてしまう恐れがあると言われました。


【三宅】察しの文化は日本のいい面だと思うのですが、海外の人と一緒に仕事をする場合には通用しないということですね。


【山崎】はい。グローバルスタンダードでは通用しません。


■意識すべきは、相手の国籍・文化よりも立場と性格


【三宅】国際宇宙ステーションのなかにいるときは、国籍や文化の違いといったものは意識されるものですか?


【山崎】意識するのは、それよりも立場の違いと個人の性格ですね。宇宙飛行士といっても、せっかちな人、のんびりした人、おしゃべりな人、もの静かな人と本当にさまざまです。当然意見が合わない人、反りが合わない人もいます。


【三宅】宇宙に行っても性格は変わらない。


【山崎】変わらないです。逆に極限状態の中で性格が強調されてしまうところもあるかもしれません。だからこそ、打ち上げのメンバーが決まると1年半ぐらいかけてみんなで一緒に訓練を受けるんです。すると仮に苦手な人がいたとしても、せめてうまい付き合い方はわかりますよね。「この人はこういうことを言うと怒るな」とか。そうやってお互いのことを深く理解してからミッションに挑むのが鉄則です。


【三宅】ミッション中に意見の衝突があったときは、どうやって克服していかれるのでしょう?


【山崎】全員が業務のことを真剣に考えているからこそ、大なり小なり意見がぶつかることはよくあります。でも意見と人格を切り分けるというのはもう鉄則なので、それで険悪なムードになるということはあまりないですね。


【三宅】日本人は自分の意見を否定されると人格を否定されたような気になって感情的になりやすいですからね。


【山崎】そうですよね。誰かに意見をフィードバックするときの作法としてよく言われたのが、「フィードバックはその場ですること」と「フィードバックをするときは人格とは切り離して具体的にすること」の2点で、何度も言われました。これはもう何度も行ってトレーニングするしかないですね。


【三宅】言いたいことは言うけれども、相手のこともしっかり聞く。そして感情的にならない。これが多様化社会におけるコミュニケーションのあり方で、日本人は英語を学ぶだけではなく、そうしたコミュニケーションに慣れていくことが重要なのでしょうね。


【山崎】本当にそう思います。その根底はやはりお互いのことをリスペクトすることだと思います。



■宇宙船内部の意思決定スキーム


【三宅】でも必ずしも合意形成ができるとは限りませんよね。


【山崎】もちろん。ですから、宇宙船では指揮系統がかなりはっきりしています。意見が分裂したときの最終意思決定者はコマンダー(指揮官)だと決まっています。


【三宅】トップダウンとは異なるものですか?



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イーオン社長の三宅義和氏 - 撮影=原 貴彦

【山崎】上だけが考えて一方的に部下に指示するというトップダウンではありません。基本的にみんな意見を求められるけれども、時間にも制約があるときはコマンダーが最善と思う解で決めてしまうこともあるということです。あと、決断を下したあとも状況は刻一刻と変わっていきますから、「一度決めたことでも柔軟に変えていくものだ」という共通認識が全員のなかにあります。飛行機で行われているクルー・リソース・マネジメントという手法ですね。


だから最終意思決定者はコマンダーなのですが、「決してイエスマンになるな」と何度も教え込まれます。おかしいと思ったらきちんと言う。もちろん訓練を始めて間もないときは意見を聞かれてもわからないことがありますが、そういうときは正直に「わからない」と言う。これも徹底されます。


【三宅】たしかに判断がつかないのにYes、Noと言うのは無責任ですからね。


【山崎】はい。とはいえ、実際には宇宙船の中は一体感が生まれやすいです。性格はバラバラでもやはり同じ釜の飯を食べているわけですし、ひとつの宇宙船をみんなで動かして任務をやり遂げ、地球に帰るというわかりやすい共通目標があるからです。


むしろ温度差が出やすいのが宇宙側と地上側です。アメリカやロシア、日本だと筑波にコントロールセンターがあって、そこには何十人、何百人と人がいて、その人たちと入れ替わり立ち替わり交信をしながらミッションは進みます。そもそもミッション全体の責任者は地上にいるフライトディレクターで、私たちはあくまでもその方から指示を受ける「現場作業員」という位置づけです。


■細かいフォローアップは夜に行う


【三宅】それは各コントロールセンターが自国の宇宙飛行士に指示を出すのですか?


【山崎】完全にミックスです。日本人の私もアメリカの仕事を任せられますし、逆に日本の実験をアメリカ人やロシア人に担当してもらうこともあるので。


【三宅】そういうものなんですね。忙しそうです。


【山崎】忙しいです。ですからどうしても現場の状況と地上からくる指示にズレを感じることがたまにあるのです。


【三宅】反論は許されるのですか。


【山崎】もちろんです。ただ、すべての会話は全部公開されますし、いろいろな作業が並立して走っているので、日中はひとつのことで地上側とゆっくり話す余裕があまりないのです。


【三宅】どうするんですか?


【山崎】夜に個別対応します。パブリックになっていないインターネット電話を使って地上側の担当者に電話をかけて、「日中にあったことだけど、実は誰々さんはいま体調が悪くて作業が遅れているけど、明日には回復しそうだから心配しないでいい」とか、細かいフォローアップをしていました。そうやってこまめにフォローしていかないとコミュニケーションの齟齬になりますから。



■宇宙でも実践した規則正しい生活


【三宅】宇宙での生活についても少しお聞きしたいのですが、やはり睡眠の時間というのがあるのですか?


【山崎】宇宙では24時間サイクルを体感できない分、地球にいるときよりも規則正しく生活します。睡眠時間は夜10時から朝6時まで。宇宙船は狭いですが、使える面は床、壁、天井といろいろあるので、各自が自分の寝袋を固定して寝ていました。


【三宅】無重力でも寝られるものですか?


【山崎】慌ただしく一日を過ごすので、消灯するとみんなすぐに寝ていましたね。ただ、宇宙だと眠りが浅くなるのか、私は夜中の3時や4時に起きてしまうことが多く、ふと目を開けると天井に誰かの顔がボワっと浮いて見えて、少しギョッとしたり(笑)。でもそのまま起きるとほかの人の迷惑になるので、6時まではひたすら寝袋の中でジッとしていました。


【三宅】宇宙にいらっしゃるときに、ご家族と連絡する手段はあったのですか。


【山崎】はい。ありがたいことに1週間に一度は自分が指定した方と15分ぐらいテレビ会議で話す時間をいただけましたし、インターネット電話であれば空き時間に自由にできました。電子メールは普通に使えます。


■帰還後、地球の緑の香りに感動する


【三宅】宇宙には何日間いらっしゃったのですか。


【山崎】15日です。正直、もっといたかったですね。後ろ髪を引かれながら帰ってきました。




三宅 義和『対談(3)!英語は世界を広げる』(プレジデント社)

【三宅】戻ってこられて世界観が変わられたことはありましたか。


【山崎】地球に戻ってきたときに真っ先に驚いたのが重力です。自分の体が重く感じるのは想像できますが、紙1枚ですら重く感じたときは本当にびっくりしました。


そんな感じでフラフラしながらシャトルの外に出たときにちょうど風が吹いてきまして、緑の香りが漂ってきたのです。「あ、植物の香りってこんなにすてきなんだ」と気づいて、感動しました。たった15日間でしたが、地球を離れてみることで自分のなかで当たり前だと思っていたことが当たり前ではなかったことに気づかされるのです。宇宙から見る地球ももちろんきれいなのですけれど、私たちの身の回りにある日常の景色も十分美しい。そんな気持ちになれます。



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山崎 直子(やまざき・なおこ)

宇宙飛行士

1970年、千葉県生まれ。東京大学工学部卒。96年同大学航空宇宙工学専攻修士博士課程修了。NASDA(現JAXA)に勤務。日本人2人目の女性宇宙飛行士。99年、宇宙飛行士候補に選ばれ訓練開始。2010年4月、スペースシャトル「ディスカバリー」に搭乗、国際宇宙ステーション組み立て補給ミッションに従事。著書に『宇宙飛行士になる勉強法』『夢をつなぐ』『瑠璃色の星』など。



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三宅 義和(みやけ・よしかず)

イーオン代表取締役社長

1951年、岡山県生まれ。大阪大学法学部卒業。85年イーオン入社。人事、社員研修、企業研修などに携わる。その後、教育企画部長、総務部長、イーオン・イースト・ジャパン社長を経て、2014年イーオン社長就任。一般社団法人全国外国語教育振興協会元理事、NPO法人小学校英語指導者認定協議会理事。趣味は、読書、英語音読、ピアノ、合氣道。

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(宇宙飛行士 山崎 直子、イーオン代表取締役社長 三宅 義和 構成=郷 和貴)

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