パワハラ対策の法整備が不十分な日本で労働者をどう守るか? さいたま市で職員がパワハラ受け自死した事件では…

8月19日(月)14時50分 LITERA

「パワーハラスメント」という用語が一般化して久しい。先日2019年6月21日、ILO(国際労働機関)総会において、労働の世界における暴力とハラスメントを禁止する条約・勧告が圧倒的多数で採択された。


 同条約では、暴力・ハラスメントを、ジェンダーに基づくものを含め、物理的・心理的・性的・経済的な損害をもたらすか、受け入れがたい行動・慣行と幅広く定義し、契約形態に関わらない稼働者や退職者などを含むものである。加盟国は、労働の世界における暴力・ハラスメントを定義し、禁止し、使用者に防止措置を義務づけることなどの法制措置を採ることが義務づけられた。


 我が国においても、本年5月29日「補正の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が成立した。同法では、国の義務として、「職場における労働者の職業環境を害する言動に起因する問題の解決を促進するために必要な施策を充実すること」とし、事業主の義務として、「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない」とされた。


 条約と改正法を比較すると、改正法はあくまでも「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動」であって、『パワー』の中でも「優越的な関係」を前提としているため、条約よりも相当範囲は狭いといえる。また、対象も「労働者」に限定しており、ハラスメント自体を禁止したものではなく、事業主に救済制度を採る措置を義務づけたものにとどまっている。


 従って、日本は条約に賛成の立場を取ったが、批准には至っておらず、更なる法整備が課題である。


 では、現在の法律でも、パワーハラスメントは禁止されていないため労働者が保護されないのか? 決してそのようなことはない。労働契約法5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定めている。これは、いわゆる安全配慮義務というもので、その具体化として、使用者に適切な職場環境を調整するよう求める義務も含まれるものと解されている。


 パワーハラスメントに関しては、当職が担当した「さいたま市環境局職員事件」東京高裁平成29年10月26日判決(労働判例1172号26頁)において、①精神疾患の既往症のある労働者に対する安全配慮義務違反が問題となる場合、②パワハラに関して使用者の安全配慮義務違反が問題となる場合の2つの場面における規範が出されている。
 
 これは、さいたま市のゴミ処理の部署(環境センター)に勤務する職員A(うつ病の既往あり)が、先輩とペアを組まされ、殴る等のパワーハラスメント行為(パワハラ)を受けた結果、うつ病を悪化させて自死に至った事件につき、損害賠償請求をした事案であった。


 係長の指示により、問題となる先輩(B)を指導係としてペアを組まされており、センター外部での業務は、主にAが運転する自動車で、AとBの二人きりで行っていた。


 ペアとなってからすぐに、AはBから、自動車の運転が荒いなどとして、脇腹を殴る等の暴行などのパワハラを受けた。Aは係長にBからのパワハラを受けており、ペアの解消を求めるなどした。係長は要請を受けて、一度ペアの解消に関する話合いをA、B及び係長の3名で実施した。その後、Aから話合いのやり直しを求めたが、係長はこれを拒否し、協議の前からも含めて、パワハラに関する事実確認等は一切されなかった。


 その間、AはBからの暴力を警察に相談したり、効率化を理由としてペアの解消を係長・所長に提案したり、市民からの通報を装ってBの問題点を指摘したり、体調不良の原因がBにあることを、主治医や所長に訴えたりなどしていた。


●さいたま市のパワハラ事件では、裁判所が市の責任を認める


 本判決は、まずパワハラの事実の存否について、地裁の事実認定を一から詳細に認定し直し、市側の反論を詳細に否定した上で、平成23年4月21日ころの暴力及び同年7月末頃まで、職場における優越性を背景とした暴言等のパワハラを継続的に受けていたものと推認することができるとした。


 そして市の責任を認定するに当たり、本判決で出された規範の一つ目は、①『安全配慮義務には、精神疾患により休業した職員に対し、その特性を十分理解した上で、病気休業中の配慮、職場復帰の判断、職場復帰の支援、職場復帰後のフォローアップを行う義務が含まれる』というものである。


 この規範によれば、使用者に対して、精神疾患に関する特性の理解を促進し、単に労働者を休職させるだけでは足りず、復職後に至るまで適切な措置をとることを求めたことは、昨今急増している精神疾患の労働者を雇用する使用者にとって、非常に慎重な対応が求められることとなるのではないだろうか。


 また、②職場環境調整義務のひとつとして、使用者にパワハラを防止する義務を課し、特に『パワハラの訴えがあったときには、その事実関係を調査し、調査の結果に基づき、加害者に対する指導、配置換え等を含む人事管理上の適切な措置を講じるべき義務を負う』とした。


 この規範によれば、労働者としては、パワハラがあった場合には、使用者に対してその事実を訴えていくことで、適切な措置を求めることができるということに繋がるのではないだろうか。


 本件に関しては、職場復帰後のフォローアップという観点からは、市において、Aの休職等の情報を共有することが望まれたが、職場復帰後の状況の詳細が不明な本件においては、直ちに安全配慮義務違反とはいえないものの、Aからのパワハラの訴えに対し、事実関係を調査して適切な措置を講じる義務があるのに、事実確認を行わず、その後も放置したとして、職場環境調整義務違反を認めた。更に、Aから体調不良・自殺念慮等の旨を伝えられて以降、主治医や産業医等に相談するなど適切な措置を怠り、Aの精神状況を悪化させ、うつ病の症状を増悪させたのであるから、市はこの点においても、安全配慮義務違反があると判断された。


 現状でもパワーハラスメントは違法である! 労働者はパワハラに負けず、きちんと事実を訴えていくべきと考える。
【関連条文】
労働者の安全への配慮義務 労働契約法5条
(弁護士 金子直樹/早稲田の杜法律事務所 http://wasedanomori.com)
*****


ブラック企業被害対策弁護団
http://black-taisaku-bengodan.jp
長時間労働、残業代不払い、パワハラなど違法行為で、労働者を苦しめるブラック企業。ブラック企業被害対策弁護団(通称ブラ弁)は、こうしたブラック企業による被害者を救済し、ブラック企業により働く者が遣い潰されることのない社会を目指し、ブラック企業の被害調査、対応策の研究、問題提起、被害者の法的権利実現に取り組んでいる。
この連載は、ブラック企業被害対策弁護団に所属する全国の弁護士が交代で執筆します。


LITERA

「パワハラ」をもっと詳しく

「パワハラ」のニュース

トピックス

BIGLOBE
トップへ