ラオスの山中で死にかけた…虫捕り中の養老孟司が蜂に刺され倒れた時に「いっそ死んじまえ」と開き直れた理由
2024年8月20日(火)7時15分 プレジデント社
■20代のうちに山で修行したかった
【名越】養老先生は、今年で87歳になられますが、いつも矍鑠(かくしゃく)とされて、お元気ですよね。僕は今年64歳になるんですが、還暦を過ぎて70代に近づくと、やはり体が弱ってきて、いろいろキツいことが増えます。
人生の先輩として、「若いうちにこれをやっておいたほうがいい」とか、「老後をこうやって迎えたほうがいい」とか、アドバイスをいただけるとありがたいです。
【養老】悪いけど、特にないね。人間、年を取ったら、いろいろ衰えてくるのは当たり前。ジタバタしないで諦める、受け入れたほうがいい。素直になって、若い人たちに頼ればいいんですよ。
写真=iStock.com/miniseries
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/miniseries
見方を変えれば、老人は得なんです。みんなに助けてもらえるから。僕だって、いまはもう体がめっきり弱ってしまったけれど、周りの人がいろいろ世話してくれるから、特に困っていることはない。
ライフスタイルも、「自分でできる範囲のことはやって、できないことはしない」と割り切っているから、何も苦しいことはないしね。名越君は、若いときに「これをやっておけばよかった」ということはあるんですか。
【名越】強いて言えば、20代のうちに、「山ごもりの修行をしたかった」ということですかね。自然と一体となった生活をしていると、動物と同じように感覚が研ぎ澄まされ、自分を守るためのアンテナが立ってくると思うんです。生物本来のサバイバル能力が蘇るというわけですね。
ただし、そうした感覚が身につくには2〜3週間かかるそうです。
この年で山に入ると、免疫も弱っているし、きっと修行を長期間続けるのは難しい。志のある方には「経験できるのはいまのうちだよ」と言いたくなりますね。
山の中で、野生動物とは言わないまでも、せめて飼い犬、飼い猫レベルで方向感覚を取り戻したり、周りにいる動植物の位置を把握できたりする能力を身につけてみたかったんです。
実は、それは養老先生の影響なんですよ。養老先生と一緒に山の中を散歩していたとき、先生が虫をすぐに見つけるので、驚いて。
【養老】名越君は、探すのが下手だった。
【名越】僕があちこち探しても、虫が見つからないので困っていると、先生がヒョイっと見つけて、「ここにいるのに、なんでわからねえんだ」と。
【養老】年季が違いますからね。僕のほうは、小さい頃から、自然の中で虫捕りをしてきましたから。体の中に培われた感覚なんだろう。
■死にかけないとわからない人の強さとは
【養老】僕は、自然に親しんできたんだけれど、だからこそ自然の厳しさも、これまでの経験で身に染みていますよ。
名越君の話を聞いて、これまでに何度も死にかけたことを思い出しました。1つ目は20代のときの経験です。当時は山登りが好きでね。
そのときは、長野県の上高地から「北穂高岳」に登って、山頂から尾根伝いに縦走して、「涸沢(からさわ)」(長野県にある日本有数の窪地)に下るルートだったんです。
麓の山小屋に1泊して朝、20分ほどで登れる北穂高の山頂を目指した。北穂高は3000メートル級の山で、井上靖の小説『氷壁』の題材にもなった約1000メートルもの断崖絶壁もあるんです。
【名越】僕も、行ってみたいです。
【養老】絶景を堪能しながら、山を歩いているとふと、崖に黄色いペンキの「×印」を見つけたんです。僕は、「こちらに進め」のマークだろうと勘違いして、先に進んでいくと、急に断崖絶壁に出くわしたんです。×印は、実は「こちらに進むな」を示すマークだったんだ。驚いて危うく崖から落ちそうになったんですが、何とか傍の岩にへばりつき、一命をとり止めました。
【名越】まさに危機一髪でしたね。
【養老】最近では、東南アジアのラオスで死にかけました。山の中で虫捕りをしていたところ、アシナガバチに刺されたんです。僕は、以前にもハチに刺されたことがあったから、「アナフィラキシー」(急性の激しいアレルギー反応)を起こしてしまったんでしょうね。自分でも、どんどん血圧が下がっていくのがわかった。
血圧がある程度まで下がると、視界のコントラストがハッキリしてきて、周りの景色がとてもきれいに見えたのが不思議で、初めての経験でした。
しかし、残念ながら、血圧はまだまだ下がっていく。最終的には、頭が真っ白になってしまったんです。立っていられなくなって、横になるしかありませんでした。
【名越】ラオスの山の中でしょう? 手当ては、どうされたんですか。
【養老】手当てなんてできないよ。周りのスタッフは、「ヘリを呼べないか」なんて言って、大騒ぎしていたけれど。僕はなぜか開き直って、
「このざまなら、いっそ死んでしまえ」と、思ったんですね。ハチに刺されたぐらいで、すぐに死ぬのなら、人類は1億年も生き永らえることなんてできないでしょ。
すると、しばらく寝ていたら、具合がよくなった。
■「40歳でFIREしたら、やることがない」という人につい…
【名越】アナフィラキシーから自然に回復したんですか? 耐性ができていたということでしょうか。
【養老】それは、よくわからないけどね。ともかく助かった。人間も生存本能があるから、実際には、なかなかしぶといんだろうね。とりわけ、子どもはたくましいよ。
自己防衛能力が強いんだろうね。柳田國男の本を読んだら、こんな話がありました。子どもが、ある小さな祠の中を覗いたという話。
大人からは、「ご本尊を納めた箱の扉を絶対に開けるな」と厳しく言われていたので、その子は、かえって開けたくなってしまった。
ところが、扉を開けると、霊界に引きずり込まれそうな感覚に襲われた。
そのとき、鳥の鋭い鳴き声がして、ハッと我に返ったそうです。鳴き声は、きっと幻聴だったんだろうけど、自分の身を守るために、子どもには聞こえたんでしょう。
【名越】実は、僕にも軽く死にかけた経験があるんですよ。40代の頃なんですが、徹夜明けに友人と和歌山に行き、「シーカヤック」に乗って遊んでいたんです。
途中で雨に見舞われて、体が急に冷えたせいかちょっとショック状態のようになった。岸辺まで何百メートルとあったのでとりあえず岩壁下の小島に着けてもらった。
友人は、「救急車呼ばなきゃ」と覚悟していたみたいなんですが。でも、小島に着くと僕は自分でも意識しないうちに、するするっと一番大きな岩に跳び乗って猫のように丸くなって意識を失ったんです。実は、その岩は雨の中でも熱を保っていて、暖を取るのに最適だったんです。
岩の上で丸まっていたら、30分後には復活できました。
【養老】名越君にも、自己保存の本能があって、発動したんだ。
【名越】自分でも知らなかった自分がいて、勝手にそういう行動を取らせたんでしょう。そう考えると、僕も自分のことなんて、わかったつもりでも、いまだに全然わかっていない。人間は、知らないことが多すぎる。よくベンチャー経営者なんかが1億円貯まって、「40歳でFIREしたら、やることがない」とか言っているのを見るとつい、「あなたは賢いんやねえ」とつぶやいてしまいそうになるんです。
なんでそんなに予定されたような未来が見えるんでしょう。外の世界に目を向ければ、そりゃもう変化に次ぐ変化なのに。
(第2回へ続く)
※本稿は、雑誌『プレジデント』(2024年8月16日号)の一部を再編集したものです。
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養老 孟司(ようろう・たけし)
解剖学者、東京大学名誉教授
1937年、神奈川県鎌倉市生まれ。東京大学名誉教授。医学博士。解剖学者。東京大学医学部卒業後、解剖学教室に入る。95年、東京大学医学部教授を退官後は、北里大学教授、大正大学客員教授を歴任。京都国際マンガミュージアム名誉館長。89年、『からだの見方』(筑摩書房)でサントリー学芸賞を受賞。著書に、毎日出版文化賞特別賞を受賞し、447万部のベストセラーとなった『バカの壁』(新潮新書)のほか、『唯脳論』(青土社・ちくま学芸文庫)、『超バカの壁』『「自分」の壁』『遺言。』(以上、新潮新書)、伊集院光との共著『世間とズレちゃうのはしょうがない』(PHP研究所)、『子どもが心配』(PHP研究所)、『こう考えると、うまくいく。〜脳化社会の歩き方〜』(扶桑社)など多数。
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名越 康文(なごし・やすふみ)
精神科医
1960年生まれ。近畿大学医学部卒業。専門は思春期精神医学、精神療法。『どうせ死ぬのになぜ生きるのか 晴れやかな日々を送るための仏教心理学講義』など著書多数。
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(解剖学者、東京大学名誉教授 養老 孟司、精神科医 名越 康文 構成=野澤正毅)