「残念な企業」を脱して株価急騰、大日本印刷のアクティビスト対応はどこが秀逸だったのか?
2024年8月23日(金)5時50分 JBpress
日本の株式市場に参入するアクティビスト(物言う株主)が増加し、今や日本は「アクティビスト大国」と呼ばれている。その原因は「日本には残念な企業が多い」ことにある、と言い切るのが小樽商科大学教授の手島直樹氏だ。2024年5月、著書『アクティビズムを飲み込む企業価値創造 高ROE、PBR経営実現への処方箋』(日経BP 日本経済新聞出版)を出版した同氏に、アクティビストに狙われやすい企業の特徴や、アクティビスト対応の実例について聞いた。(前編/全2回)
■【前編】「残念な企業」を脱して株価急騰、大日本印刷のアクティビスト対応はどこが秀逸だったのか?(今回)
■【後編】オリンパスに乗り込み改革を後押したアクティビスト、業績回復後も手を引かない最大の理由とは
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アクティビストのターゲットになりやすいのは「残念な企業」
——著書『アクティビズムを飲み込む企業価値創造』では、アクティビストのターゲットになりやすい「残念な企業」について解説していますが、具体的にどのような企業を指すのでしょうか。
手島直樹氏(以下敬称略) 企業価値向上のポテンシャルがあるのに十分な工夫をしていなかったり、適切な対応策を講じていなかったりするために、株価が本来の価値よりも割安になっている企業を「残念な企業」と表現しています。
アクティビストはさまざまな「処方箋」を使って、残念な企業の力を引き出し、株価を上昇させようとします。その点から言うと、残念な企業は株価が伸びる潜在能力を持っている企業ですから、箸にも棒にもかからない「ダメな企業」とは大きく異なります。
残念な企業になってしまう要因は2つあります。1つ目は、過剰な資産や資本を抱え、バランスシートが肥大化していることです。2つ目は、収益が資本コストを下回る不採算事業を抱えており、他の事業の足かせになってしまっているケースです。どちらの要因も解消することは難しくありませんが、多くの日本企業が有効な対策を講じていません。
その背景にあるのは、日本企業が「お金を稼ぐ力」はある一方で、「稼いだお金を使う力」が弱いという課題です。単に稼いだお金を持っているだけでは、アクティビストの格好のターゲットになってしまうのです。
——自ら残念な状態を脱した企業はありますか 。
手島 例えばシチズン時計は2023年、発行済み株式総数の25%相当の自社株買いを発表し、その公表後3日間で株価を約26%上昇させました。同時に、PBRも0.7倍台から0.9倍台へと上昇させています。同社は東証のPBR改善要請が出たタイミングで株主還元を増やし、株価を大幅に上昇させたのです。
株主還元を増やしても、それが要因となって自社商品の売れ行きが伸びることは考えづらいでしょう。しかし、稼いだお金を株主に還元することで、バランスシートをスリムにする姿勢が評価されて、シチズン時計本来の株価を取り戻すことに成功しました。
大日本印刷のアクティビスト対応から学ぶべき「2つのS」
——アクティビストや株式市場からのプレッシャーは、今後も増えていくのでしょうか。
手島 日本にはアクティビストのターゲットにされやすい企業が多く存在します。そのため、アクティビストからのプレッシャーが増えることはあっても、減ることはないでしょう。 株主提案を受けた上場会社数が過去最多となっている今、キャッシュリッチな企業や不採算事業を抱えている企業は早急に手を打つべきだと思います。
アクティビストの株主提案など、新たな動きが話題になったとき、それを見た他の企業には「人のふり見て我がふり直せ」と反省する姿勢が求められます。特に、海外企業にはその傾向が強いものです。
しかし、日本企業は「我が社にアクティビストは来ないだろう」とのんきに構えてしまい、いざアクティビストに狙われると慌てて対応する傾向にあります。上場企業としての意識が低い、と指摘されても仕方ない状況です。
——著書では、アクティビスト対応を通じて市場評価を高めた大日本印刷の事例について解説しています。同社の対応はどの点が優れていたのでしょうか。
手島 2023年2月、大日本印刷が経営方針として「DNPグループはROE10%を目標に掲げ、PBR1.0倍超の早期実現を目指します」と公表しました。
同社はいわゆる「ジャパニーズ・トラディショナル・カンパニー」であり、良い事業を抱える名門であると同時に「残念な企業の代表格」と言える会社でしたが、この経営方針の公表によって「株価を意識する名門」へと変貌(へんぼう)を遂げたのです。
まさに日本の伝統的な企業が参考にすべき事例ではないでしょうか。そして、このケースでは大日本印刷の優秀さが際立っていました。極めて短期間で、スピーディーにアクティビスト対応を進めました。「なぜ、スピーディーに対応ができたのか」というと、アクティビストからの指摘を受ける以前より、大日本印刷が自ら同様の方針を中期経営計画で掲げていたためです。
しかし、この計画はアクティビストが要求する水準に照らすと甘いものでした。2022年、アクティビストである米エリオット・マネジメントが同社の大株主になり、大日本印刷はさまざまな要求を受ける中、より高い水準が求められていると気づいたわけです。
つまり、大日本印刷の助走期間中にエリオット・マネジメントが大株主となり、一気に計画を見直したことで同社の変革が加速したと言えます。一般的な日本企業のように「果たして株主還元は必要なのか」「不採算事業を抱えていてはいけないのか」と立ち止まっていたならば、ここまでスピーディーなアクティビスト対応は実現できなかったでしょう。
大日本印刷の対応の優れていた点をまとめると、「2つのS」に集約できます。1つは「スピード」、もう1つは「ストレッチ」です。アクティビストと直接対峙する前から準備ができていたからこそ「スピード感のある対応」ができたこと、そして、今までの目標値ではアクティビストが満足しないと考えて「思い切って目標をストレッチさせたこと」が成功のポイントです。
「経営者の振る舞い」がアクティビストを遠ざける力になる
——著書では、アクティビズム(株主行動主義)への処方箋として「古典的アクティビズム」と「現代アクティビズム」について解説しています。それぞれのアプローチにはどのような特徴があり、どのような違いがあるのでしょうか。
手島 一言で説明すると、2つのアプローチでは「アクティビズムのステージ」が違います。「古典的アクティビズム」は入門編となるファーストステージ、「現代アクティビズム」は応用編でありセカンドステージと言えます。
古典的アクティビズムは、投資家がキャッシュリッチな企業に対して行動を起こして、多額の株主還元を促すことが一般的なセオリーです。一方で現代アクティビズムは、株主還元の強化に加え、投資家が経営や事業戦略に関する要求まで行います。
なお、海外において古典的アクティビズムというと、数十年前に議論し尽くされた過去の話です。大日本印刷のケースに見られるような古典的アクティビズムについて、米国で議論されることはまずありません。これは日本のアクティビズムが遅れていると言うよりも、日本企業の経営そのものが遅れているということです。
例えば、日本企業の経営者と「今後、株主還元を増やすべきではないか」と議論をすると、多くの経営者は「短期的な利益を求める株主には応じられない」と反論します。しかし、そのような議論が必要となるのは、残念な経営をすることで自社を「超割安の企業」にしてしまっていることが原因です。
アクティビストを近寄らせたくなければ、まずは経営者自身の振る舞いを反省し、経営者自身がアクティビストの思考を学ぶことが大切です。
【後編に続く】オリンパスに乗り込み改革を後押したアクティビスト、業績回復後も手を引かない最大の理由とは
■【前編】「残念な企業」を脱して株価急騰、大日本印刷のアクティビスト対応はどこが秀逸だったのか?(今回)
■【後編】オリンパスに乗り込み改革を後押したアクティビスト、業績回復後も手を引かない最大の理由とは
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筆者:三上 佳大