トヨタ超えでも満足しない、テスラCEOイーロン・マスクの野望

8月30日(月)6時0分 JBpress

(黒木亮・作家)

 今、世界で最も注目を集めている自動車メーカーは、シリコンバレーを本拠地にするEV(電気自動車)専業のテスラであることに異論の余地はないだろう。同社は昨年7月、時価総額でトヨタ自動車を抜き去り、自動車業界の世界首位に躍り出た。2020年の販売台数は50万台で、992万台のトヨタの約20分の1にすぎないが、EVの販売台数では2位の上海汽車集団、3位のフォルクスワーゲンに倍以上の差をつけて世界一だ。

 創業してわずか18年の新興自動車メーカーがなぜ株式市場でトヨタ以上に評価されるのか。筆者は今般上梓した『カラ売り屋vs仮想通貨』(KADOKAWA刊)の中の1編『電気自動車の風雲児』で、その軌跡を小説化した。


「モジュール化」という産業革命

 自動車製造業は、巨額の工場建設コスト、高度な製造ノウハウ、生産台数が少なくても協力してくれる数千社の部品サプライヤー、広範囲な流通ネットワークなどが必要である。マイクロソフトのようなソフトウェア開発業や楽天のようなインターネットのショッピングモール、あるいはアップルのような携帯電話製造業などに比べても、桁違いに参入障壁が高い。しかし、「モジュール化」によって、それが一気に下がった。

 モジュール化とは、機能ごとに共通化されたパーツを組み合わせ、手早く製品を作ることだ。ガソリン車の場合、3万点を超える部品からなるが、EVは、モーター、バッテリー、制御装置、コクピット、充電器といった標準化された基幹装備(モジュール)を外から持ってきて、それを組み合わせて製品化する。工程は著しく単純で、車台の底にバッテリーパックを敷き、車輪の横にモーターを取り付け、モジュール化された部品を組み込み、ボディをかぶせれば出来上がる。ちょうど市販のパーツを買ってきて、パソコンを組み立てるようなものだ。


既存メーカーの技術者はテスラが大嫌い

 既存の大手自動車メーカーの技術者は、テスラについて「胡散臭い」「やることが荒っぽい」と評し、嫌悪感を隠さない。

 なぜここまで「テスラ憎し」なのか疑問に思い、総合商社の自動車部OBに訊いてみると、「そりゃそうでしょ(笑)。100年以上も血の滲む思いをして、エンジンとか、電装・電子関係とか、トランスミッション(多段変速機)を開発してきたのに、EVの時代になって『そんな技術はもう用済み』といわれ、しかもモジュール化で車に縁もゆかりもないIT系のベンチャーなんかが、ぶっつけ本番でどんどん参入してくるんだから。面白いはずはないですよ」と言われた。また「EVは重心が低く安定していて走りが滑らかで、加速も早いし、騒音もしません。産業革命で蒸気機関が馬にとって代わりましたけど、近い将来、ガソリン・エンジン車に乗るのは馬に乗るようなものになるでしょうね」と言う。

 モジュール化は、大手自動車メーカーの下にぶら下がっている何万社もの下請け部品メーカーも用済みにし、自動車産業を垂直型から水平型へと激変させる。アマゾンの登場で、既存の小売店が淘汰されたように、テスラの登場で、今、下請け部品メーカーの急速な淘汰が進みつつある。運命共同体として下請けを守ってきたトヨタなど既存のメーカーにとって、面白いはずがない。


トヨタとテスラの因縁

 カリフォルニア州フリーモントにあるテスラの工場は、元々はトヨタとGMが手放したがっていた合弁工場で、2010年にテスラが38億円という安値で買い取ったものだ。その際、トヨタは、当時、海のものとも山のものともつかなかったテスラに、ちょっとした援助のつもりで株の3.15%を5000万ドル(約55億円)で購入し、EVの共同開発も行うとした。前述のとおり、自動車製造業は参入障壁が非常に高いので、トヨタは、いずれテスラは事業を諦め、EVの技術だけが残ると考えていたふしがある。

 ところがテスラは苦闘の連続を乗り越え、世界で最も注目される自動車メーカーにのし上がった。EVの共同開発は、技術面における様々な意見の不一致でまったく進まず。トヨタは2017年にテスラの株をすべて売却し、提携を解消した。

 その間、トヨタはポスト・ハイブリッド・カーとして、経済産業省を巻き込み、水素を燃料とする燃料電池車(FCV=Fuel Cell Vehicle)に傾注し、EVでは大きく出遅れた。


トヨタが水素自動車にこだわれば第二のGMに

 トヨタは、現在の利益の源泉であるガソリン車の開発や販売、そのための4万社以上ある下請け企業を見殺しにはできないので、EVに思い切って資源を投入できないという「イノベーションのジレンマ」に陥っている。

 一方、テスラのCEOイーロン・マスクは、「水素社会など来ない」「トヨタのフューエル・セル(ビークル)はフール(馬鹿げた)・セルだ」とこき下ろし、トヨタを激怒させた。

 しかし、マスクの指摘はかなり的を射ている。水や天然ガスを分解して水素を取り出すには莫大な電力や火力が必要な上、燃えやすい水素をどうやって水素ステーションに届けるかの問題がある。水素ステーションというインフラ整備自体にも、一基あたり4億円から6億円という大きなコストがかかる。さらにトヨタの燃料電池車「ミライ」は補助金を入れても一台550〜720万円で、普及するには値段が高すぎる。

 すでに欧州委員会は2035年までにEU域内の新車供給をゼロエミッション車とする(ハイブリッド車やプラグインハイブリッド車は販売できない)という厳しい政策文書を発表し、米国、英国、中国、インドなども2030〜35年に類似の規制をする。トヨタ同様、下請け企業に配慮していたドイツのフォルクスワーゲンやホンダ(本田技研工業)も背に腹は代えられず、EVへと大きく舵を切った(ホンダの三部敏宏社長は、去る7月、2040年にエンジン車の販売を全面的に停止すると表明した)。

 日本政府(経済産業省)は、国策として燃料電池車(水素自動車)の推進を後押ししてきたが、世界のEV化の趨勢やホンダの方針転換に直面し、今はおそらくトヨタと一緒になって、どうやってソフトランディングないしは名誉ある撤退をするか、頭を悩ませているはずだ。


カラ売りファンドとの百年戦争

 世界の脱炭素化の波に乗ったテスラだが、2003年の創業以来、万年赤字企業で、単年度決算で黒字になったのは、去年の12月期が初めてだった(売上げ315億3600万ドル=約3兆4690億円、純利益7億2100万ドル=約793億円)。

 2019年以前は、四半期決算ですら黒字になったのは数えるだけである。

 その万年赤字企業が2017年にGMやフォードなど「ビッグ3」を抑えて、時価総額で全米一の自動車メーカーになり、2019年にはトヨタを抜いて世界一になったのだから、カラ売り勢が見逃すはずがない。

 株価が一株あたりの純資産の何倍であるかを示すPBR(price book-value ratio)は適正株価を判断するための代表的な指標だが、トヨタが1.10倍、GMが1.56倍、フォルクスワーゲンが0.73倍であるのに対し、テスラは何と30.29倍という異様な高さである。

 また浮動株に対するカラ売り比率が10%を超えると、ちょっとしたことで株価が大きく変動するので、買いの投資家にとっても売りの投資家にとっても要注意銘柄となるが、テスラは、この比率がだいたい20%で、2012年頃には60%にも達していた。しかも時価総額が大きいので目立ち、ますますカラ売り筋を惹きつける。

 同社のカラ売りには、2001年にエンロンの粉飾決算を見破って一躍有名になったジェームズ・チェイノスも参戦し「テスラは借入れが極端に多く、構造的な赤字体質」「どの強気相場にもイメージキャラクターが存在する。その悪い1社がテスラ」「テスラは歩くインソルベンシー(破綻)で、袋小路に向かっている」と散々にこき下ろした。

 テスラのように赤字続きで銀行借り入れや債券の発行が簡単にできない会社は、将来性に賭けて株や転換社債を買ってくれる太っ腹な投資家が頼りだ(2010年にトヨタとGMの合弁工場を38億円で買ったときも、トヨタに出資してもらった約55億円でまかなった)。


イーロン・マスクにとってカラ売りファンドは天敵

 投資家を惹きつけておくためには、株価を上げることが至上命令で、会社の欠陥を探して株価を下げようとするカラ売りファンドは天敵だ。

 マスクはSEC(米証券取引委員会)が十分にカラ売りファンドを取り締まっていないとして「SECはShort seller Enrichment Commission(カラ売り屋金持ち化委員会)だ」とツイッターで苛立ちをあらわにしたこともある。2019年に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の最高投資責任者(CIO)の水野弘道氏が、カラ売り投資家への外国株の貸し株を停止したときには、「ブラボー、正しいことだ! カラ売りは違法にすべきだ」とツイートし、翌年、GPIFを退任した水野氏を社外取締役に迎えた。

 テスラが最も苦しかったのは、株価が50〜60ドルで低迷を続けていた2018年から2019年にかけてだった。当時、モルガン・スタンレーは「テスラの株価は10ドルになる」という衝撃的なレポートを発表し、カラ売り勢もテスラを破綻前のリーマン・ブラザーズになぞらえたりして危機感をあおった。

 精神的に追い込まれたマスクは言動がおかしくなり、2018年第1四半期の決算説明会では、質問したアナリストに対して「ボアリング! ボーンヘッド・クエッションズ・アー・ノット・クール!(退屈だ! 間抜けな質問はクールじゃない!)」と暴言を吐き、批判を浴びて翌日謝罪したり、エイプリル・フールにツイッターに「非常に残念なことだが、マーズが完全かつ全面的に経営破綻したことをお伝えしなくてはならない」と書き込み、テスラ車に背中を預け、足を床に投げ出して死んだふりをしている自分の写真を投稿して株式市場を一時騒然とさせたり、根拠のない株式非公開化のツイートをしてSECから個人と会社にそれぞれ2000万ドル(約22億円)の罰金を科されたり、YouTubeで配信されていたインタビューの最中に「(カリフォルニアでは)合法だよね」と言って大麻を吸って物議をかもしたりした。

 しかしその後、幸いなことに旗艦車種の「モデル3」が何とか生産軌道に乗り、上海の大型工場「ギガファクトリー」も稼働を開始したこともあって、株価は急上昇を始め、現在は711ドルという高値圏に到達した。時価総額は約77兆円で、トヨタの2.5倍である。

 しかし、カラ売りの残高は相変わらず多い。サブプライムローン関連株をカラ売りして大儲けしたマイケル・バーリ氏のファンドなどが「テスラの株価は馬鹿げた水準」としてカラ売りに参戦したりしている。株価が過大評価されていると考えられる限り、カラ売りはなくならず、テスラとカラ売りファンドの戦いは百年戦争の様相を呈している。


イーロン・マスクは人類の救世主となるか

 ただマスクが目指すのは、トヨタやカラ売りファンドに勝つことではない。彼は、人類はこのままでは地球に住めなくなるため、火星に移住する必要があるが、実現にはまだ相当な時間がかかるので、それまで地球環境が悪化するのを遅らせるためにEVを普及させ、人類を化石燃料から切り離すと宣言している。

 彼は決して「テスラの時代が来る」とか「地球の道路をテスラの車で埋め尽くしてみせる」とは言わない。常に「EVの時代が来る」、「EVで埋め尽くす」と話す。自社が取得した特許もほとんど無償で公開しており、その志は、テスラという一企業の枠を超え、常に人類救済という壮大な目標に向けられている。

 テスラを軌道に乗せるために駆けずり回るかたわら、まったくのゼロから時価総額10兆円強といわれる宇宙ビジネスのスペースXを創り上げ、2012年以来、ISS(国際宇宙ステーション)に20回以上の貨物輸送を行ったほか、昨年6月には、民間企業として世界で初めて有人宇宙飛行を成功させてもいる。

 凡人には狂気か妄想としか思えない考えを次々と実現していくこの人物は、あらゆる戦いに打ち勝って、本気で人類を火星に移住させようと考えている。毀誉褒貶は多いが、コロナ禍で閉塞感が漂う世界にあって、見ているだけでわくわくさせてくれる稀有な存在である。

筆者:黒木 亮

JBpress

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