慢性低ナトリウム血症とその急速補正がミクログリアの機能に影響を与えることを発見
2024年9月4日(水)15時12分 Digital PR Platform
藤田医科大学 内分泌・代謝・糖尿病内科学 椙村益久教授(責任著者)と藤沢治樹講師(筆頭著者)、鈴木敦詞教授らの研究グループは、長期間の低ナトリウム濃度での培養がミクログリア※1へ与える影響や、慢性低ナトリウム血症モデルマウスでのミクログリアの変化について解析を行いました。その結果、低ナトリウム血症は、NFAT5※2を介してミクログリアの機能に影響を与えることを明らかにしました。これらの結果から、慢性低ナトリウム血症患者における中枢神経症状や慢性低ナトリウム血症治療時の合併症である浸透圧性脱髄症候群※3の発症にミクログリアの機能の変化が関与していることが示唆され、ミクログリアの機能を標的とした新たな治療法の開発が期待されます。
本研究成果は、米国の学術ジャーナル「Free Radical Biology and Medicine」で発表され、併せてオンライン版が2024年8月21日より公開されています。
論文URL:https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0891584924006063?via%3Dihub
<研究成果のポイント>
慢性低ナトリウム血症がミクログリアの機能に影響を与えることを世界で初めて発見
慢性低ナトリウム血症がNFAT5を介してミクログリアの一酸化窒素※4の産生を抑制することを証明
低ナトリウム血症の急速補正がミクログリアに直接的に影響していることを証明
ミクログリアの機能の変化が低ナトリウム血症による中枢神経機能障害や慢性低ナトリウム血症の治療時の合併症である浸透圧性脱髄症候群に関与していることを示唆
<背 景>
低ナトリウム(Na)血症は電解質異常症の中で最も頻度が高く、日常診療でもよく遭遇する疾患です。急性の低Na血症は重篤な神経障害をきたすことが知られていましたが、慢性の低Na血症はこれまで、ほとんど無症状と考えられていました。しかし、最近では、慢性の低Na血症患者においても注意障害やバランス障害により転倒が増加し骨折のリスクが増加すること、記憶障害や抑うつ症状の発症率が増加することが報告されており、慢性低Na血症の病態の解明や治療の重要性は増しつつあります。
その慢性低Na血症の治療時に、血清Na濃度が急速に上昇すると浸透圧性脱髄症候群(ODS)と呼ばれる意識障害、四肢麻痺、呼吸障害等の一部は不可逆的な症状を呈し、しばしば致死的になる重篤な神経の脱髄疾患を生じることが知られています。これまでに、研究グループは、動物モデルを用いて、ODSの病態において脳内の免疫担当細胞であるミクログリアが活性化することを明らかにしてきました。しかしながら、ODSで認められるミクログリアの活性化が急激な血清Na濃度上昇の直接的な影響によるのか、組織障害等による二次的なものであるかはわかっていません。さらに、慢性低Na血症のミクログリアへの直接的な影響も明らかになっていません。
<研究手法>
慢性の低Na濃度のミクログリアへの直接的な影響を調べるために、ミクログリア細胞株BV-2と6-3細胞の培養液のNa濃度を一週間程度かけて徐々に低下させました(図1A)。また、Na濃度の急激な上昇の影響を調べるために、Na濃度を徐々に低下させたのち、Na濃度を正常まで急激に上昇させ、6時間培養しました(図1B)。これらの状態において、各種遺伝子発現量や一酸化窒素(NO)の産生量を測定しました。
また、生体での慢性低Na血症のミクログリアへの影響を調べるために、慢性低Na血症モデルマウスを作製し、その脳からMagnetic cell sorting(MACS)※5によりミクログリアを単離し、遺伝子発現解析を行いました。
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図1A. 低Na濃度での培養方法
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図1B. 低Na濃度にした後、Na濃度を急激に上昇させる培養方法
<研究成果>
培養液中のNa濃度を徐々に低下させた低Na濃度群(図1A)では、コントロール群と比べて、ミクログリア細胞株からのNOの産生量およびNOを合成するNos2 mRNA発現量が有意に低下しました(図2)。また、浸透圧応答遺伝子であるNFAT5の発現量がコントロール群と比べて有意に低下し(図3)、NAFT5の核内に存在する割合も低下していました。低Na濃度群で、NFAT5を過剰に発現させると、NO産生量が増加し、低Na濃度によるNO産生の低下は、NFAT5を介していることがわかりました。
また、低Na濃度からNa濃度を急激に上昇させた場合、培養ミクログリア細胞株のNO産生量とNos2 mRNA発現量は有意に増加しました。このことから、ODSの病態において、低Na血症の急速補正は、部分的に直接、ミクログリアのNO産生量を増加させると考えられます。
さらに、14日間、低Na血症にしたマウスの大脳皮質から単離したミクログリアは、コンロール群のマウスから単離したミクログリアと比べて、Nos2およびNfat5 mRNA発現量が有意に低下しており、生体でも慢性の低Na血症がミクログリアの機能に影響していることが示唆されました。
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<今後の展開>
本研究の結果は、低Na血症によるミクログリアの機能の変化(図4)が中枢神経系に悪影響を及ぼす可能性を示唆しています。また、ODSの病態において、血清Na濃度の急激な上昇が、ミクログリアの活性化に部分的に直接影響していることが示唆されました。このため、今後、慢性低Na血症による中枢神経機能障害およびODSについて、さらなる機序解明が進むとともに、ミクログリアの機能を標的とした新たな治療法の開発が期待されます。
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図4. 低Na血症のミクログリアへの影響の模式図
低Na血症(右)では、NFAT5の発現量低下、および核から細胞質への移行により、NOS2の発現が低下し、NO産生量が低下する。
<用語解説>
※1 ミクログリア:
中枢神経系の免疫を担い、サイトカインの放出、異物の貪食を行う。神経細胞の
情報伝達やシナプス形成にも関与する。
※2 NFAT5 (Nuclear Factor of Activated T-cells 5):
浸透圧ストレスに関する遺伝子の発現を調節する転写因子。
※3 浸透圧性脱髄症候群(ODS):
慢性低Na血症の治療時に、血清Na濃度が急速に上昇すると発症する。意識障害、四肢麻痺、呼吸障害等の一部は不可逆的な症状を呈し、しばしば致死的になる重篤な神経の脱髄疾患である。
※4 一酸化窒素(NO):
神経伝達や免疫反応等に関与するフリーラジカル。
※5 Magnetic cell sorting(MACS):
組織中の特定の細胞を磁気標識し、磁力により磁気標識された細胞とされていない細胞を分離・採取する手法。
<文献情報>
●論文タイトル
Prolonged extracellular low sodium concentrations and subsequent their rapid correction modulate nitric oxide production dependent on NFAT5 in microglia
●著者
藤沢治樹1、渡邊崇2、小峯起3,4、布施裟智穂1、正木百香1、岩田尚子1、村尾直哉1、清野祐介1、竹内英之5,6,7、山中宏二3,4、澤田誠8,9、鈴木敦詞1、椙村益久1
●所属
1. 藤田医科大学 医学部 内分泌・代謝・糖尿病内科学
2. 藤田医科大学 腫瘍医学研究センター
3. 名古屋大学 環境医学研究所 病態神経科学分野
4. 名古屋大学 大学院医学系研究科 病態神経科学
5. 横浜市立大学 医学部医学科 神経内科学・脳卒中医学
6. 国際医療福祉大学 医学部 脳神経内科
7. 国際医療福祉大学熱海病院 神経難病・認知症センター
8. 名古屋大学 環境医学研究所 脳機能分野
9. 名古屋大学 大学院医学系研究科 薬物動態解析学
●DOI
10.1016/j.freeradbiomed.2024.08.019
本件に関するお問合わせ先
学校法人 藤田学園 広報部 TEL:0562-93-2868 e-mail:koho-pr@fujita-hu.ac.jp