あなたはドクターイエローの本当の姿を知っているか…1編成約25億円の「幸せの黄色い新幹線」車内を公開する

2024年9月7日(土)9時15分 プレジデント社

新大阪駅に到着したドクターイエロー どこからともなく人々が集まり撮影会が始まった(2006年8月7日) - 筆者撮影

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2024年6月13日、JR東海とJR西日本はドクターイエローの引退を発表した。新幹線の点検専用車両で、いつ走るか公開されていないため、「見たら幸せになる」ともいわれる。鉄道ジャーナリストの梅原淳さんが、知られざる車両内部を紹介する——。
筆者撮影
新大阪駅に到着したドクターイエロー どこからともなく人々が集まり撮影会が始まった(2006年8月7日) - 筆者撮影

■ドクターイエロー引退発表の衝撃


ドクターイエローが引退するとのニュースが駆け巡ったのは2024(令和6)年6月13日の午前中であった。全国にあまたある鉄道車両のなかでドクターイエローがいかに注目されているかは、引退の情報がこの車両を保有するJR東海、JR西日本からではなく、NHKからスクープとして出されたという点だ。


人気の高いドクターイエローの話題を独占しようと、JR関係者から入手した引退の情報を先行して報じたのである。放送局の狙いは的中し、あまりの反響の大きさにJR東海もJR西日本も当日午後にはドクターイエローの引退を公表せざるを得なくなった。


両社は7両編成のドクターイエローを1編成ずつ保有している。これらのうち、「T4編成」と呼ばれるJR東海保有分は2025(令和7)年1月で、「T5編成」と呼ばれるJR西日本保有分は2027(令和9)年以降の時期でそれぞれ運転を取りやめると発表したのだ。


ここでドクターイエローとは何かを説明しよう。この車両は正式には「新幹線電気軌道総合試験車」という。


東海道・山陽新幹線の軌道、具体的にはレールやまくらぎ、そしてこれらを支える道床(どうしょう)、さらには架線といった電力設備、ほかには信号装置や通信装置の状態を最高速度時速270キロで走行しながら検査・測定(以下検測という)することのできる車両だ。


■走行日や行程は秘密


検測は東京駅から博多駅までの東海道・山陽新幹線が対象となっていて、その頻度は10日に1回程度である。


通常の行程では東京駅—博多駅の下り線の検測を1日目に、翌日には博多駅—東京駅の上り線の検測をそれぞれ行う。1カ月のうち6日間はドクターイエローの姿を東海道・山陽新幹線のどこかで見られる計算だ。


ドクターイエローが走行する日や行程は基本的には秘密だ。JR東海、JR西日本とも、絶対に秘密にしておきたいからではなく、予定がよく変わるために発表しないのだそうだ。


ドクターイエローの「ドクター」とは新幹線の線路や設備を検測できる点に由来する。そして「イエロー」とは車体の色の大部分が黄色であるところから呼ばれるようになった。JR東海によれば、フレッシュイエローというのが黄色の塗色の呼び名だという。


この車両は東海道・山陽新幹線用の営業車両で言うと700系がベースとなっており、先頭車の流線形部分を見ると瓜二つと言える。その700系は1999(平成11)年3月にデビューした車両だ。すでに東海道新幹線からは引退し、山陽新幹線では8両編成で「ひかり」「こだま」として活躍を続けている。


色を除けば外観は700系そのものだが、博多駅寄りから1号車、東京駅寄りが7号車という7両のどのドクターイエローの車内も700系と同じところはほぼない。


■車内にある意外な設備


大半の空間には検測用の機器が所狭しと搭載されている。


検測用の担当者が乗り込んでいるのは主に1号車と4号車との2両だ。これら2両にはいくつものモニターが並べられたコンソールと呼ばれる測定台が設置された。


1号車には電力、信号、通信の各設備の担当者が、4号車には軌道部門の担当者がそれぞれ陣取り、映像やデータで表示される検測結果を凝視している。


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車内には数多くの検測用の機器が並べられている(2006年8月7日) - 筆者撮影

6号車には会社の応接室のようなミーティングルームがあり、新幹線に異常が生じたときの復旧に用いる資材を置くためのスペースも設けられた。


7号車には添乗室があり、700系の普通車と同様に通路をはさんで3人がけと2人がけの腰掛が10列並んでいる。筆者は2006(平成18)年8月に取材でドクターイエローに東京駅から新大阪駅まで乗車した際、この添乗室に案内された。


ドクターイエローは営業には用いられない車両ではあるが、空調装置は搭載されているから車内の温度は一定に保たれているし、トイレや洗面所も3号車と5号車とに用意されている。


当たり前だが先頭車には運転室があり、普段は営業列車を担当する運転士が業務としてドクターイエローの運転を担う。車掌も乗務しており、営業列車と同じように駅に到着する際にはホームを監視し、出発の際には安全確認を行って運転士に出発の合図を出す。


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1号車の測定台で通信装置を検測しているところ(2006年8月7日) - 筆者撮影

■観測ドームの役割


車内からいったん外に出て、2号車と6号車の屋根上を見ると、上空の架線と接触しているパンタグラフが目に入る。営業用の車両と異なるのは各車両に2基ずつ搭載されている点だ。


2号車のパンタグラフは博多駅寄りが測定用、東京駅寄りが電力採り入れ用、6号車は反対に博多駅寄りが電力採り入れ用、東京駅寄りが測定用となっている。


パンタグラフの上げ方は、ドクターイエローが博多駅方面に走る場合、2号車は測定用、6号車は電力採り入れ用をそれぞれ上げ、東京駅方面に走る場合、2号車は電力採り入れ用、6号車は測定用をそれぞれ上げる決まりだ。


要するにドクターイエローのパンタグラフは、進行方向前側は測定用、後ろ側は電力を採り入れ用をそれぞれ使うと考えるとよい。


再び車内に戻ろう。何から何まで営業用の車両と異なるドクターイエローの車内でひときわ目立つ存在が3号車と5号車とに設けられた観測ドームだ。


ドームという名称どおり、屋根から突き出した一角があり、窓から屋根上の光景を展望できる。ドームの窓は3号車のものは2号車を、5号車のものは6号車をそれぞれ向いて取り付けられた。何を見ているのかは、少し前の段落に伏線がある。観測ドームはパンタグラフの作動状況を見るためのものだ。


■1編成で約25億円


質素ないすが設けられただけの一角だが、観測ドームからの眺めは素晴らしい。かつて東海道・山陽新幹線を走っていた二階建て車両の2階からでもここまで迫力に富んだ光景は見られなかったであろう。


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観測ドームの様子。特等席でも通常は空席で、代わりにビデオカメラが設置されている(2006年8月7日) - 筆者撮影

けれども、検測の担当者はこの特等席に普段は座っていない。代わりに観測ドームからパンタグラフに向けてカメラが設置され、担当者は映し出された動画を測定台上のモニターで凝視する。


ちなみに、車両の価格はJR東海によると、現在走るドクターイエローのうち、2000(平成12)年に登場したT4編成は7両で約25億円、1両平均約3億6000万円だったという。


営業車両の700系は16両で約40億円だったから1両平均約2億5000万円と1両平均の価格は9000万円ほどドクターイエローのほうが高い。現在営業中の最新モデルのN700Sでも16両で約60億円、1両平均約3億8000万円だ。


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観測ドームからの眺めは時のたつのを忘れるほど素晴らしい(2006年8月7日) - 筆者撮影

■検測は営業用車両で行うことに


ドクターイエローの引退は老朽化が原因だ。


新幹線の車両はおおむね15年を過ぎるとそろそろ交代との声が聞かれる。高速で走る新幹線の車両はJR在来線や私鉄などの車両と比べると走行距離が伸びやすく、しかも高速で走るために車体や機器への負担も大きいからだ。


JR東海が保有するT4編成は2000年製、JR西日本が製造するT5編成は2005(平成17)年製なので引退もやむを得ないと言える。


とはいえ、検測が不要となったのではない。となると新しいドクターイエローを製造すれば事は解決する。ところが、JR東海、JR西日本とも代替となる車両を製造しないという。


JR東海が保有する営業用の車両、具体的にはN700Sに搭載される「営業車検測機能」によって置き換えられると発表された。という次第で、ドクターイエローが姿を消したら、黄色い新幹線の車両は二度と見られなくなる可能性が濃厚だ。


現在、ドクターイエローで検測している項目の数は合わせて70項目である。内訳は電力設備が13項目、信号装置が7項目、無線装置が10項目、軌道が40項目だ。実は検測項目数はT4編成が登場した2000年当時は信号装置や無線装置がアナログからデジタルへと切り替えられる過渡期であったため双方の装置を検測するためにいまより多く、120項目ほどあったという。


■精度はドクターイエローの方が高いが


JR東海の言うN700Sに導入される営業車検測機能の詳細は、後日発表されるとのことで詳細はわからない。とはいえ、現在も営業用の車両を用いての検測が新幹線で行われている。


東海道・山陽新幹線では電力設備、信号装置、無線装置の検測を最新バージョンのN700Sの一部に検測用の機器を搭載して実施しているし、軌道の検測も一部が可能となった。


九州新幹線や西九州新幹線ではドクターイエローに相当する専用の車両が存在せず、すべての項目の検査を営業用の800系やN700系という車両で実施している。


技術の進歩で機器が小型軽量化されたからで、しかも営業用の車両での検測には専門の担当者は乗車せず、基本的に無人で行っているそうだ。


こうなると、ドクターイエローがいまも検測を行っているのは無駄なのではと考える人がいるかもしれない。確かに電力設備、信号装置、無線装置の検測は営業用の車両でもドクターイエロー並みの検測が可能となった。


けれども、JR東海の発表をはじめとする各種の資料から、軌道の検測方法はドクターイエローと営業用の車両とでは根本的に異なり、精度はいまでも圧倒的にドクターイエローのほうが高い。技術革新の結果、営業用の車両でもドクターイエロー並みのデータを取り出せるようになったと言えばよいだろう。


■時速270キロでも驚くべき高精度


ここから先は高校の数学や物理の話が出てくるので、抵抗のある方は読み飛ばしていただいてほしい。


軌道での検測の目的は、レールやまくらぎが本来敷かれた位置に存在しているかどうかを測ることだ。


レールやまくらぎのずれは上下左右方向に生じ、しかもレールの片側だけ、両側のレールともという具合にどちらでも起きる。複雑に生じた軌道のずれを検測する方法がドクターイエローと営業用の車両とでは異なるのだ。


ドクターイエローは軌道に生じたずれを見つけるため、軌道の3点以上の地点を常に測りながら走っている。検測に用いられているのは4号車に装着されている2基の台車、それから台車に取り付けられたセンサーだ。


筆者撮影
ドクターイエローが軌道を検測する仕組み 添乗室での映写より(2006年8月7日) - 筆者撮影

大ざっぱに言うと、前側の台車の2点、そして後ろ側の台車の1点を合わせた3点の上下左右の変位を見ながら三角関数の定理を用いて軌道のずれを連続して測定する方式で、差分法という。誤差0.3ミリ以内という高精度に加え、停止中でも時速270キロでも同じ精度で検測可能だ。


差分法の欠点は装置が大がかりになる点がまずは挙げられる。さらに、今日の営業用の車両のように台車側で横揺れや遠心力を低減させる装置が搭載されていると検測結果に影響を及ぼしてしまう。


乗り心地向上のための装置の効果を補正した軌道検測システムが開発されるのだろうと筆者は考えていたが、やはり難しいようでいまに至るまで開発されたという話を聞かない。


一方、営業用の車両が軌道を検測する方法を慣性測定法という。慣性測定法は高校の数学や物理で習う法則を用いている。


■最後までどうぞご安全に


具体的には車両の加速度を2回積分して位置、つまりレールの位置を求めるのだ。高校では位置を時間で微分すると速度、速度をさらに微分すると加速度となると習うので思い出した人もいるだろう。


慣性測定法は検測が容易だが、速度が落ちると精度が下がり、列車のスピードが時速70キロ未満に落ちると検測できない。しかも、検測可能な軌道のずれは上下方向だけだ。


ドクターイエローと比べると大変心もとないように見えるが、不足する検測データは加速度センサーで車両の揺れを計測して補っている。その考え方は次のとおりだ。


「動揺測定は『乗り心地が一定水準に保たれていれば走行安全性を損う軌道状態となる可能性は極めて低い』という考えに基づいて実施されている」(永沼泰州、「4 営業列車による軌道検測」、「新線路」2010年12月号、鉄道現業社、P35)


さすがにドクターイエローから営業用車両での計測のみに置き換えるにはもの足りないと考えたらしい。JR東海は加速度のほかにジャイロスコープや小型のレーザー光測定装置を追加している。


この結果、検測可能な内容は左右方向も可能となったうえ、独自開発の演算プログラムで解析することでスピードが時速30キロでも検測できるようになったという。


営業列車が時速30キロ未満で走行する区間は駅構内だけと言ってよい。こうした場所は夜間に保守用車で検測すればよいので、十分実用的かもしれない。


東海道・山陽新幹線の線路を念入りに、軌道に至ってはなめるように検測するドクターイエローの活躍もカウントダウンの段階に入った。


そうは言っても見かける機会の少ない車両なので恐らくは人知れず引退するのだろう。最後の日まで何事もなく、新幹線の安全を守ってほしいものだ。


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梅原 淳(うめはら・じゅん)
鉄道ジャーナリスト
三井銀行(現三井住友銀行)に入行後、雑誌編集の道に転じ、「鉄道ファン」編集部などで活躍。2000年からフリーに。
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(鉄道ジャーナリスト 梅原 淳)

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