「ドルの武器化」という禁忌を侵したバイデン大統領を許さない…アラブ諸国がトランプ氏の再登板を望む本当の理由

2024年9月9日(月)8時15分 プレジデント社

中東諸国と「良好な関係」を築いたトランプ前大統領(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons)

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中東地域で緊張が続く背景には何があるのか。中東に詳しい国際情勢YouTuberの石田和靖さんは「アメリカをはじめとした西側諸国の失策は大きい。中東諸国にとって、アメリカのジョー・バイデン大統領は『招かれざる客』で、日本では悪役のように報じられるドナルド・トランプ前大統領のほうが中東和平に貢献していた」という——。

※本稿は、石田和靖『10年後、僕たち日本は生き残れるか 未来をひらく「13歳からの国際情勢」』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。


中東諸国と「良好な関係」を築いたトランプ前大統領(写真=Gage Skidmore/CC-BY-SA-2.0/Wikimedia Commons

トランプ氏は中東諸国と「良好な関係」を築き上げた


バイデン大統領は、「ドルの武器化」によって第三世界との溝を深めてしまいました。しかし、その前の大統領であるトランプがアメリカ大統領だった2016年から2020年までの間は良好な関係を築いていました。特に、中東各国とはとてもうまくリレーションシップが築けていました。


「イスラエルとアラブ諸国は仲が悪い」というイメージを持っている人は少なくないと思いますが、実際には2020年に、トランプ大統領が仲介することで、イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)、バーレーン、モロッコ、スーダンのアラブ4カ国の国交を正常化する「アブラハム合意」が締結されています。


これまでアメリカは、1979年にジミー・カーター大統領の仲介でエジプトとイスラエルの間で国交を樹立させ、1993年のビル・クリントン大統領の時代にイスラエルとパレスチナが国交を樹立する「オスロ合意」を締結しています。


この歴史的和解の功績が認められ、イスラエルのイツハク・ラビン首相はノーベル平和賞を受賞したほどでした。


ところが、その後は約30年間にわたってイスラエルと中東アラブ諸国の関係は進展しませんでした。暗礁に乗り上げていた中東和平を、トランプ大統領は一気に4カ国と進めた。こうした動きを、サウジアラビアも歓迎していました。


■日本では「悪役」のように報じられているが…


イスラエルとサウジアラビアの関係性も融和され、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相とエリ・コーエン外相が、毎年恒例のイスラム巡礼のために、イスラエルのテルアビブからサウジアラビアのジェッダに向かう直行便を就航させる交渉を、サウジアラビアと行っていたほどです。


ジェッダ空港は、メッカから一番近い空港なので、「メッカへの玄関口」とも言われている。だから、イスラエルからメッカ巡礼をする人のために直行便を就航させたらいいじゃないかと計画していたわけです。


中東和平を考えたとき、イスラエルとアラブの盟主であるサウジアラビアの歩み寄りは、とても大きなインパクトを持つことは想像に難くないと思います。そういった歴史的な快挙が進んでいたんです。


トランプ大統領は、ビジネスマンであり、強烈なキャラクターを備えていることから、ここ日本では悪役キャラクターのように報じられています。


だけど、彼が任期中の4年間は一度もアメリカが介入するような戦争は起きていない。それどころか、いま説明したように中東和平に向けた交渉を着実に行っていたほどでした。


■オバマ政権の「介入」によって、戦火が広がった


昨今の歴代アメリカ大統領で、戦争に介入していない大統領はトランプ大統領だけです。


対して、ベビーフェイスのように持ち上げられた、その前の大統領だったバラク・オバマの時代は、イラク戦争の戦後処理が行われていた時期。イラクのサダム・フセイン元大統領が拘束、処刑され、彼に代わる新しい民主主義政権をつくろうとアメリカが何かと介入していた時代です。


また、アフガニスタンのタリバン政権を崩壊させるべく、アメリカが決断したアフガニスタン侵攻は、開戦から2カ月ほどでタリバンに勝利こそしますが、泥沼化してしまいました。結局、アメリカ軍は2021年に完全撤退しますが、その混乱はいまも続いています。


トランプ大統領以前のアメリカは、中東のあちこちで戦火を広げた“招かれざる客”。そのため、いまも現地民の多くがオバマ時代にアレルギーを隠そうとしません。


オバマ元大統領。中東への「介入」によって、戦火が広がった(写真=Lance Cpl. Aaron Dubois/PD US Military/Wikimedia Commons

■バイデン氏の大統領就任で、「中東諸国の不安」が現実に


現在のアメリカ、バイデン大統領は、オバマ大統領の副大統領でした。


2020年のアメリカ大統領選挙前に、サウジアラビアの新聞「アラブニュース」は、アラブ圏の21カ国に対して、「もしもバイデンが大統領になったら中東はどうなると思いますか?」というアンケートを取っています。


老若男女問わず、8000人のアラブ人にアンケートを取ったところ、54%(およそ4200人)の人が回答し、その半分以上の人たちが「オバマ政権の頃の中東に逆戻りする」と答えているんです。


そしていま、どうなっていますか?


イスラエルとハマスが衝突し、サウジアラビアは共同声明でアメリカとイスラエルを非難するまで関係は冷え切ってしまいました。テルアビブからジェッダに向かう直行便の話は夢のまた夢。


彼らの予想は、現実のものになりつつあります。


「第三世界」の声が大きくなっている背景には、アメリカをはじめとした「第一世界」の失態もあるんですね。これも国際情勢を客観視したとき、大きなポイントです。特に、バイデン政権が取ってきた態度は、アメリカ離れを加速させるものでした。


反面教師を知ること。皮肉なことに、それもまた、これからの時代を生き抜いていくうえで欠かすことのできない「教訓」なんですね。


■そもそもバイデン氏の政策と相性が悪かった


ドルを武器化し利用する。この行為は、バイデン大統領が行った決断のなかでも、もっとも自らの首を絞める失策だったと思います。


しかし、たった一度の過ちで信用を失うということはありません。バイデン大統領は、これまでたび重なる失態をしてきたからこそ、中東をはじめとした第三世界からそっぽを向かれる状況になっています。


もともとバイデン大統領は、政治家に転身する前は弁護士として働いていた人です。そうした背景もあり、彼はマニフェスト(公約)のなかでも人権問題と環境問題を特に重視する大統領でもありました。


中東諸国のほとんどは王政であると同時に、個人に制約を課すイスラム教国ですから、人権的には問題を抱えている国は少なくありません。また、環境問題に関しても、サウジアラビアやアラブ首長国連邦(UAE)は産油国ですから、1人当たりのCO2(二酸化炭素)排出量がとても高い。


はっきり言えば、中東諸国とバイデン大統領の相性は、スタートの段階からとても悪かったというわけです。ビジネスとして割り切るトランプ大統領とは正反対とも言えるかもしれません。


■「人権的に問題のある国だからのけ者にする」


2018年にトルコのサウジアラビア総領事館で起きた、ジャマル・カショギさんというジャーナリストが殺害された事件は知っていますか? 彼はサウジアラビアのサウード家(王族)のスキャンダルや批判記事をアメリカの新聞「ワシントンポスト」に寄稿していたジャーナリストなのですが、サウード家が殺害指示を出したのではないかと噂されています。


人権問題に厳しいバイデン大統領は、この件をずっと追求していて、国際社会に向けて「サウジアラビアは人権的に問題のある国だからのけ者にする」といった趣旨を発言したほどでした。


サウジアラビアからすれば、アメリカが首を突っ込むことではないと煙たがります。


こうした状況下で、2022年7月にバイデン大統領はサウジアラビアを訪問します。ロシアによるウクライナ侵攻が始まって以降、原油価格が上昇し、アメリカ国内のインフレが加速。アメリカのガソリン価格も高騰していたので、石油価格を下げなければいけないということで、石油の増産を働きかけるために訪れたわけです。


写真=Balkis Press/ABACA/共同通信イメージズ
バイデン大統領を迎えるサウジアラビアのムハンマド皇太子=2022年7月15日 - 写真=Balkis Press/ABACA/共同通信イメージズ

■サウジアラビアに「報復する」と言ったバイデン氏の失態


しかし、すでにOPECプラス(OPEC加盟国に加えて、アゼルバイジャン、バーレーン、ブルネイ、カザフスタン、マレーシア、メキシコ、オマーン、ロシア、スーダン、南スーダンの10カ国)のなかで、「原油は減産する」方針が決まっていました。それにもかかわらず、バイデン大統領は「増産してくれ」と石油価格に介入してきたんですね。


折しも、そのタイミングというのが、アメリカの中間選挙前でした。そのため、中間選挙でアメリカ国民から支持を得たいがためにガソリン価格を下げようとしているのか——とOPECプラスはとらえた。OPECプラス各国は、アメリカに対して反対の意を示し、そのまま増産することなく既定路線だった減産に舵を切ったといったことがありました。


すでに既定路線で決まっていたことですから、OPECプラスの判断は妥当でしょう。ところが、面子(めんつ)を潰されたと解釈したバイデン大統領は、OPECプラスのトップであるサウジアラビアを名指しで「報復する」と言ってしまいました。


■「不信感」を募らせるだけのことをやってきた



石田和靖『10年後、僕たち日本は生き残れるか 未来をひらく「13歳からの国際情勢」』(KADOKAWA)

アメリカとサウジアラビアは同盟国です。トランプ大統領のときは、サルマン国王やサルマン皇太子と仲睦まじく1枚の写真に収まることが多かった。そうした関係性を築いてきた同盟国に対して、報復という言葉を使ったわけですから、サウジアラビアも当然怒りをあらわにします。


恥をかかされたからといって、言っていいことと悪いことがありますよね?


ましてや一国のトップが、そんな言葉を使うのはどうかしている。バイデン大統領というのは、人権問題を得意としているにもかかわらず、こうした言動から察するに、とても高圧的な人に見えてしまいますよね。


不信感はいくつも束になっていくことで爆発します。中東という地域は、長年にわたってしいたげられてきた場所でもあります。アメリカ、西側諸国は、中東の人々が不信感を募らせるだけのことをやってきたのです。


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石田 和靖(いしだ・かずやす)
国際情勢YouTuber
1971年、東京都生まれ。東京経済大学中退後、会計事務所に勤務。中東・東南アジアエリアの法人を多く担当し、駐日外国人経営者への財務コンサルティングを行う。現在は、YouTube「越境3.0チャンネル」で最新の国際情勢を発信、登録者数は23万人を超す(2024年6月現在)。著者に『第三世界の主役「中東」』(ブックダム)、『越境せよ!』(講談社)などがある。
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(国際情勢YouTuber 石田 和靖)

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