「もう親子の縁を切りたい」母親の暴言を浴び続け、うつ病を患った28歳女性が吹っ切れた"母へのひとこと"

2024年9月12日(木)16時15分 プレジデント社

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/recep-bg

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親から子供への虐待は、暴力を伴うものばかりではない。「心理的虐待」を受けていたサバイバーたちを取材したフリーライターの姫野桂さんは「子どもに暴言を吐いたり、きょうだいで比較したりすることも虐待だ。身体的虐待や性的虐待と比べるとわかりにくいが、子どもの心に大きな爪痕を残す」という——。

※本稿は、姫野桂『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち』(扶桑社新書)の一部を再編集したものです。


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■虐待相談でもっとも多いのは「心理的虐待」


児童虐待のニュースをよく耳にする。


一般的に、食事を与えずに放置する(ネグレクト)、暴力を振るう(身体的虐待)、性的虐待などが児童虐待のイメージとして広く流布しているのではないだろうか。


しかし、2023年9月7日にこども家庭庁が発表した「令和4年度 児童相談所における児童虐待相談対応件数」によれば、全国232カ所の児童相談所への相談件数は過去最多の21万9170件(速報値)にのぼっているのだが、そのうち、12万9484(59.1%)を占め、最多の相談件数となっていたのは、身体的虐待でもネグレクトでも性的虐待でもない。


では、もっとも多い相談件数となっており、今もなお増加傾向にある虐待とはなんなのか?


それは、「心理的虐待」である。


出所=『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち

■きょうだいで比較、差別するのも虐待


2012(平成24)年度の調査までは、身体的虐待やネグレクトが相談件数の上位に入っていることが多かったが、2013(平成25)年度に最多の相談件数となって以降、年々増加傾向にあるのが「心理的虐待」である。


心理的虐待とは、児童虐待防止法第2条において、次のように定義されている。


「児童に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応、児童が同居する家庭における配偶者に対する暴力(略)その他の児童に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」


具体的にはどういうものを指すかというと、次のような行為だ。


・きょうだいで比較する
・著しいきょうだい差別をする
・自尊心を傷つける言葉を繰り返す
・子どもに暴言を吐く
・言葉による脅かし、脅迫など
・子どもを無視したり、拒否的な態度を示す
・子どもに配偶者の悪口を言う
・子どもの前で配偶者やその他の家族に対し暴力を振るったり暴言を吐いたりする

■親の感情任せの振る舞いが大きな爪痕を残す


これは何も日本だけのことではない。1980年代から欧米では「マルトリートメント(不適切な養育)」と言われ、「避けるべき子育て」として問題視されていたものだ。


もちろん、「え? こんなことまで?」と思った人や、あるいは、過去にそういう仕打ちを受けたことがあるという人も少なくないのではないだろうか。


確かに、身体的虐待や性的虐待のような、わかりやすい加虐ではないので、感情に任せてこのような振る舞いをしてしまう人も少なくないだろう。


だが、これらの心理的虐待の被害にあった方を取材していくと、親からすれば感情に任せた一時的な強い言葉や、子どもを奮起させようとしたきょうだいとの比較でも、子どもの心には大きな爪痕を残していたことがわかってきた。


■母の地雷を踏まないよう心を配るも逆効果


ケース:口を開けば父親についての愚痴ばかりだった母

野村優子さん(仮名・28歳・パート)


野村さんは父と母、そして弟と妹の5人家族。


彼女は主に母親からの暴言を浴びてきたサバイバーだが、その「暴言」に、とりわけある言葉が多かったという。


「母が私にだけ、父に対する愚痴をこぼすんです。それだけでも嫌なのに、一つでもこちらが返事を間違えると、怒りの矛先が私に回ってくる。だから、母の愚痴に対して地雷を踏まないように、常に母の顔色をうかがいながら返答していました。


父に関する愚痴といっても、ほんの些細なことです。例えば、父が食器を洗った後に食器入れに片付けない……といったことなどです。地雷を踏まないように考えながら返答をするので返事が遅くなり、それで余計に母をイライラさせてしまったこともあります。


写真=iStock.com/takasuu
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■28歳の娘がどこへ行くかを把握したがる


「私が取った対応法は、とにかく理解のあるふりをすることでした。『お母さんは悪くないよ』とか。母は、離婚したいと言ってきたこともありました。きょうだいの中で私にだけ母が愚痴をこぼしたり、強くあたるのは、私が長女で一番愚痴を言いやすかったのだと思います。愚痴を言い合えるママ友もいないようだったので……」


また、野村さんの母親は過干渉で、野村さんのことを常に把握していないと気がすまないとのことだった。


出かける際もどこに行くのか伝えなければならない。実はこのインタビューもオンラインで行ったのだが、今現在母親と暮らしているため、インタビュー内容を聞かれてはまずいと、完全個室のネットカフェに行って対応してくれたのだ。ネットカフェに行く際は「ちょっと街に出てくる」と言って出てきたらしい。


■いじめ被害に心配するところか「恥ずかしい」


「母は私が少しでも後ろ向きなことを言うと、『悲劇のヒロインぶっている』と馬鹿にします。それで、やはり私がいけないのかなと思うことが多くて。実は小学生の頃、学校でいじめられていたんです。小学生のいじめでよくあるバイキン扱いです。


それが担任の先生の耳に入り、担任の先生が母に連絡してきたのですが、母からは心配されるどころか、『いじめられるなんて恥ずかしい』とまで言われてしまいました。母からは見放されたような言葉を突きつけられ、学校ではいじめも終わることがありませんでした。


他にも小学生の頃、なかなか友達ができないのを担任の先生が心配して母に伝えたのですが、それも『友達もできないなんて恥ずかしい、あんたは暗いからダメなんだ』と言われました」


幸いなことに、父親は定時には上がってきて家族との時間を作る良い父親だったそうだが、当の母親は、野村さんにだけ強くあたっていることを父親や他のきょうだいには隠していたという。


とにかく野村さんを自分のモノとして所有しておきたい母親は、野村さんが地域の祭りに行くことも禁じていた。祭りでは不良が集まってきてトラブルが起こるからとか、娘を心配してのことかと思いきや、完全に母親の気分で祭りがうるさくて嫌いだったかららしい。


■パワハラを受けても「自分がいけないんだ」


高校生になり進路を決める時期、野村さんは大学進学を希望していた。しかし、母親は大学に行くことを猛反対してきた。学費の問題ではなく、おそらく母親が中卒だったため大学に行くという考え自体がなかったのではないかと野村さんは振り返る。それでも反対を押し切り野村さんは大学へ進学した。


「大学に進学するにあたって一人暮らしを始めました。一人暮らしはものすごい解放感でした。でも、大学に入ってすぐにうつ病になってしまったんです。なんだか、実家だと病んでいる暇もなかったのが、突然自由になって緊張感がなくなってしまったんだと思います」


うつ病を抱えながらも大学を卒業した野村さんは、新卒で介護の仕事に就いた。そこでパワハラを受けたのだが、それをパワハラと気づけなかったという。


「上司から『辞めてしまえ』などと言われていました。結局その職場は辞めて転職したのですが、あるとき、知人に前の職場でこんなことを言われたと言うと、『それはパワハラだよ!』と言われたんです。そこでやっと、これってパワハラで人に相談していいことだったんだと気づきました。どうしても自分がいけないのだと思い込んでしまうんです」


■一度だけ、母に怒鳴りつけてスッキリした


うつ病の影響もあり職を転々としていた野村さん。ついに耐えきれなくなったある日、母親に長文で「もう親子の縁を切りたい」といった内容のメールをしてオーバードーズをしてしまう。一日だけ入院して命に別状はなかったものの、両親からもう一人暮らしをさせておけないと言われてしまった。


しかし、彼女は実家に戻るのも嫌だったため、一旦叔母の家に居候させてもらうことにした。しかし、叔母の家ではオーバードーズの影響からか躁状態になってうまくいかず、結局実家に戻ることになった。


「実家に戻ってから一度だけものすごい剣幕で母親を怒鳴りつけたことがあるんです。『お母さんって昔こういうことを私に言ったよね』と。そしたら母親は泣き出して、『そんなの昔のことじゃん』と言うので『昔のことだからってすまされないんだよ!』と返しました。泣いている母親を見たらすごく開けた気分になりました」


■「そんなに卑屈にならなくていいんだな」


現在、野村さんの診断は双極性障害となっており、障害者手帳を取り、パートタイムで働いている。月の収入はパートの3万円と障害年金で、食費を家に入れている。今はパートタイムだが、フルタイムで働いてまた一人暮らしをしたいと就労移行支援に通うことを検討しているところだ。



姫野桂『心理的虐待 子どもの心を殺す親たち』(扶桑社新書)

「母に内緒で月に1回カウンセリングにも通っています。ただ、そのカウンセリングは保険がきかなくて高いため、今月いっぱいでやめるつもりです。1時間のカウンセリングで7500円もします。これでも安いほうなのですが、現在の収入ではもう限界です。


カウンセリングでは主に母との関係について話し、カウンセリングを受けてからはそんなに卑屈にならなくていいんだなと思えるようになりました」


母親と娘の関係には難しいものがある。


筆者自身も過去に母と確執があった。また、ノンフィクション作家の菅野久美子さんの著書『母を捨てる』(プレジデント社)にも母親からの壮絶な虐待経験が綴られている。


カウンセリングを受けて多少自分のことを責めなくなった野村さんが今後また一人暮らしを再開できることを願いたい。


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姫野 桂(ひめの・けい)
フリーライター
1987年生まれ。宮崎市出身。日本女子大学文学部日本文学科卒。大学時代は出版社でアルバイトをし、編集業務を学ぶ、。卒業後は一般企業に就職。25歳のときにライターに転身。現在は週刊誌やウェブなどで執筆中。専門は社会問題、生きづらさ。著書に『私たちは生きづらさを抱えている 発達障害じゃない人に伝えたい当事者の本音』(イースト・プレス)、『発達障害グレーゾーン』(扶桑社新書)、『「発達障害かも?」という人のための「生きづらさ」解消ライフハック』(ディスカヴァー21)『生きづらさにまみれて』(晶文社)、『ルポ 高学歴発達障害』(ちくま新書)
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(フリーライター 姫野 桂)

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