保育無償化による、子供への思いがけぬ悪影響

9月16日(月)9時15分 プレジデント社

※写真はイメージです(写真=iStock.com/gyro)

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いよいよ10月から始まる「幼児教育・保育無償化」。京都大学大学院准教授で『子育て支援が日本を救う』の著書のある柴田悠さんは、一定の意義はあるものの、デメリットも大きいと指摘する。無償化後の日本に起こることとは——?


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■地方での虐待予防効果は期待できる


10月から幼児教育・保育無償化が始まり、3〜5歳は全員無償、0〜2歳は住民税非課税世帯のみ無償になります(幼稚園と認可外保育施設は上限額まで無償化)。これには一定の意義がありますが、課題もあります。


第1の意義は、地方で虐待予防が進むことです。


虐待などの不適切な養育は、幼児の脳を物理的に変形させ、その後の社会生活を困難にしてしまいます。東京大学の山口慎太郎准教授らが全国調査データを分析した研究によれば、母親が高卒未満の家庭では、不適切な養育が生じやすく、子どもの社会的発達が悪化しやすいのですが、子どもが2歳半時に保育所に通っていると、不適切な養育が予防されやすく、子どもの社会的発達が健全になりやすい。


そのため、保育所定員に余裕のある地方では、無償化によって、社会経済的に不利な家庭の保育利用が増え、虐待予防が進むと期待できるのです。



■無償化で利用希望は約2割増の見込み


第2の意義は、地方での人手不足緩和と女性活躍です。


岡山市が2018年に行った保護者対象のアンケート調査によれば、無償化によって認可保育所(認定こども園を含む)の利用希望者数が、3歳児でも4歳児でも2割増える見込みです。とくに4歳児では幼稚園から保育所への需要の移動が見込まれます。5歳児については調査されていませんが、おそらく4歳児と同様でしょう。


保育所を利用するには、基本的に共働きが求められますので、保育所定員に余裕のある地方では、無償化により母親の就業が増え、人手不足が緩和されたり、女性活躍が進むと期待できるのです。


■高等教育費の軽減のほうが効果は大きい


第3の意義として、育児費用が減るため、「産みたい人が産みやすくなる」という少子化対策効果を挙げることもできますが、効果は限定的でしょう。


たしかに、全国の50歳未満有配偶女性を対象としたアンケート調査(2015年国立社会保障・人口問題研究所実施)では、「理想の子ども数を持たない理由」の第1位は「子育てや教育にお金がかかりすぎるから」(56%)でした。


しかし、全国20〜59歳男女対象のアンケート調査(2012年内閣府実施)では、「子育ての経済的負担」の第1位は「大学・専門学校などの高等教育費」(69%)、第2位は「塾などの学校外教育費」(49%)、第3位は「小・中・高の学校教育費」(47%)で、「保育所・幼稚園・認定こども園の費用」は第4位(45%)でした。


つまり、幼保無償化によって「子育ての経済的負担感が減る」と感じる人は、子育て世代の半分弱にすぎないのです。むしろ、専門学校や大学などの高等教育費を軽減するほうが、子育て世代の7割の人々の負担感軽減につながるでしょう。


「より多くの人々にとって産みやすい環境を整える」という意味では、幼保無償化よりも高等教育費軽減のほうが効果が大きそうです。さらに、より根本的な対策としては働き方の柔軟化こそが必要でしょう。



■都市部ではさらに待機児童が増える


他方で最大の課題は、主に都市部で待機児童が増えることです。


野村総研は、2018年に行った全国アンケート調査に基づいて、「女性の就業率が、今後国の目標どおりに上がっていくならば、保育の定員は(2018年度から2020年度末にかけて32万人分増やす政府の計画が実現してもなお)2023年には28万人分不足する」と試算しています。


政府の計画では、「保育の申し込みをしたがかなわなかった数」(顕在的待機児童数)を基に32万人という将来需要を想定していますが、野村総研の試算は、「保育(幼稚園の預かり保育を除く)を希望していたが諦めて申し込みをしなかった数」(潜在的待機児童数)も含めて将来需要を想定しているため、「待機児童の完全解消に必要な定員数」により近いでしょう。


そして岡山市のアンケート調査で見たように、無償化によって保育所の利用希望者はさらに増えると見込まれます。それにより、待機児童がいる都市部では待機児童がさらに増えると考えられるのです。


■保育の質が低下し、子どもに悪影響の可能性


待機児童が増えることの問題点は、第1は、保育の質が低下し、子どもの発達に悪影響が生じかねないことです(これは後述します)。第2は、職場復帰がかなわなかった母親で、孤立育児によるストレスが高まり、虐待リスクが高まりかねないことです。第3は、職場復帰できなかった母親のもつスキルが職場で活かされず、人手不足にも拍車がかかり、企業経営や経済成長に悪影響が生じることです。第4は、それらが総じて育児環境の悪化につながり、少子化がますます進行することです。


以下では第1の問題に焦点を絞ります。


待機児童が増えると、厚生労働省から自治体に対して「国の基準ギリギリにまで児童を保育所に受け入れてほしい」という要請が、これまで以上に強まる可能性があります。


2016年、厚労省は待機児童の多い114市区町村などに対して、「人員配置や面積基準について、国の基準を上回る基準を設定している市区町村では、国の基準ギリギリまで一人でも多く児童を受け入れる」よう要請しました。


要請された自治体はいずれも「保育の質が下がる」という懸念から要請を退けましたが、今後、無償化により待機児童が増えた場合には、同様の要請が強まり、「国の基準ギリギリまで児童を受け入れる」自治体が増える可能性があります。



■日本の3〜5歳児保育基準は先進国で最悪


日本の保育士・幼稚園教諭配置基準(1人の保育士・幼稚園教諭が児童を何人まで見てよいか)は、0〜2歳については先進16カ国平均(0〜3歳7人)よりも手厚い(0歳3人、1〜2歳6人)。


しかし、3〜5歳については先進19カ国平均(3歳以上18人)よりもはるかに悪く、先進19カ国で最悪です(3歳20人/保育士、4〜5歳30人/保育士、3〜5歳35人/幼稚園教諭)(2012年OECD報告)。


また保育士の学歴は、先進諸国の中で中程度ですが、もし保育所が3〜5歳児童を国の基準ギリギリまで受け入れた場合には、そこでの保育士の労働環境と保育の質は、先進諸国の中ではかなり悪いレベルになるでしょう。


■子どもの発達への影響が研究で明らかに


「幼児教育・保育の質が園児の発達に与える影響」についての最新の国際比較研究によれば、そのような質の低下した保育所に子どもが通った場合には、その子どもの発達(認知能力や非認知能力の短期的・長期的発達)は、通わない場合よりも悪くなる可能性が高い(図表1参照)。


そのため主に都市部では、無償化によって待機児童が増えることで、保育の質が低下し、子どもの発達に悪影響が生じかねないのです。



■まずは待機児童減と保育の質確保を




柴田 悠『子育て支援が日本を救う』(勁草書房)

ではどうしたらよいでしょうか。


待機児童を減らすとともに、保育士の給与・労働環境を改善し、保育の質を守るべきです。そのための財源は、無償化の制度を一部修正すれば捻出できます。


たとえば、幼稚園と同様に月2万5700円までを、3〜5歳保育無償化の上限額とすれば、約2000億円の財源が浮くでしょう。または、3〜5歳幼保無償化を、0〜2歳保育無償化と同様に住民税非課税世帯に限定すれば、約7000億円の財源が浮きます。


上限額設定や所得制限は、虐待予防などの意義を大きく損なうことなく、待機児童の増加や子どもの発達の悪化を防ぐこともできます。政府に検討してもらえるように、私はさまざまな場でこの提言をしています。


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<主要参考文献>

・Yamaguchi, Shintaro, Yukiko Asai and Ryo Kambayashi, 2018, “How does early childcare enrollment affect children, parents, and their interactions?” Labour Economics 55: 56-71.

・野村総合研究所、2018、「政府の女性就業率目標を達成するために、追加で整備が必要な保育の受け皿は27.9万人」(https://www.nri.com/jp/news/newsrelease/lst/2018/cc/0626、2019年9月12日閲覧)

・Huizen, Thomas van and Janneke Plantenga, 2018, “Do children benefit from universal early childhood education and care? A meta-analysis of evidence from natural experiments,” Economics of Education Review 66: 206-222.

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柴田 悠(しばた・はるか)

京都大学大学院人間・環境学研究科准教授

1978年、東京都生まれ。京都大学総合人間学部卒業、京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。専門は社会学、社会保障論。同志社大学政策学部准教授、立命館大学産業社会学部准教授を経て、2016年度より現職。著書に『子育て支援が日本を救う——政策効果の統計分析』(勁草書房、社会政策学会賞受賞)、『子育て支援と経済成長』(朝日新書)など。

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(京都大学大学院人間・環境学研究科准教授 柴田 悠 写真=iStock.com)

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