「成人式には不適切な衣装」をなぜ作り続けたのか…「北九州の恥」と呼ばれたド派手衣装を生んだ店主のプロ意識【2024上半期BEST5】

2024年9月16日(月)8時15分 プレジデント社

北九州のド派手成人式の仕掛け人、池田雅さん。 - 筆者撮影

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2024年上半期(1月〜6月)、プレジデントオンラインで反響の大きかった記事ベスト5をお届けします。キャリア部門の第3位は——。(初公開日:2024年1月7日)
北九州市の成人式はド派手な衣装の新成人が多数集まる。そうした衣装は地元にある「貸衣装店みやび」の池田雅さんたちが手作りしている。一部の住民には問題視され、市に「不適切な服装」と陳情書を出されたこともある。それでも池田さんたちは衣装作りをやめなかった。なぜなのか。フリーライターの宮﨑まきこさんが取材した——。
筆者撮影
北九州のド派手成人式の仕掛け人、池田雅さん。 - 筆者撮影

■「北九州の恥」と言われた貸衣装店主


成人式を2カ月後に控えた2023年11月9日、北九州市小倉北区「貸衣装店みやび」本店。店名が書かれた重い観音扉を開けると、衣装ケースの壁に視界が覆われた。


一つひとつの箱には、2カ月後に着物に袖を通す新成人の名前が書かれている。店内はショールームというより倉庫のようだ。足元から天井まで積まれた衣装ケースに窓からの日差しが遮断され、蛍光灯の明かりだけが局所的に店内を照らしている。数分おきに電話が鳴る慌ただしさの中、上下黒でシックにまとめた小柄な女性が現れた。


斬新なアレンジを施したきらびやかな着物の新成人たちが毎年話題となる、北九州市の「ド派手成人式」。その仕掛け人が、「貸衣装店みやび」を営む池田雅さん(52)だ。現在では1回の成人式につき、1000人から1400人程度の衣装を手がけている。


写真提供=みやび
北九州市の新成人。ド派手な衣装は池田さんが手掛けている。(みやびのInstagramより) - 写真提供=みやび

約20年もの間、彼女がデザインする着物は「北九州の恥」とまで言われ、バッシングや揶揄の対象とされてきた。しかし、2024年の成人式からは、「北九州の文化」として称賛を浴び、受け継がれていくだろう。


そして彼女がこれから語るのは、50歳を過ぎるまで自分を貸衣装店の店主だと思っていた女性が、世界的着物デザイナーだったことに気づくまでのストーリーだ。


■着物のプロの中で育った幼少期


池田雅さんは、1971年熊本で生まれた。両親や親戚はみな、貸衣装店や着付師、美容師という環境で育った。一人で着付けができるようになった日を覚えていないほど、衣装は身近な存在だった。


店内を案内する池田さん。一つひとつ名前が書かれた衣装ケースが天井まで積まれていた。(筆者撮影)

プロの着付けを見て育った彼女は、小学5年生になる頃には着付けからメイク、髪結いまで、「花嫁セット」は一通りできるようになっていた。


「最初から着物関係に携わろうと思っていたわけではありません。大学もまったく違う学部に進みましたし……。将来のことなんて、あまり考えていませんでした」


「人生、何があるかわからないから」と、大学と並行して通信制の専門学校に通い美容師免許を取得した。保険のつもりだった。そして大学卒業を控えた1992年、30年後に池田さんの人生を大きく変える街に、初めて足を踏み入れる。ニューヨークだ。


■渡米がきっかけで貸衣装店を開く


きっかけは、「ブライダル産業新聞」という業界向けの情報誌だった。


「当時アメリカで流行っていたレストランウエディングの視察旅行の参加者が募集されてたんです。その頃田舎で結婚式場をやるのもいいかなって考え始めていたので、おもしろそうだなって」


現地で通訳を介して情報交換する中、ニューヨーカーの心を強く捉えたのが、「着物」だった。


「日本の結婚式の写真を持って行って、見せたんです。そしたら、着物のページにみんな飛びついて、『アメイジングだ! これはアメリカじゃできない!』って」


白無垢、色打掛、黒引き振袖だけでなく、男性の羽織袴の写真もまた、喝采を浴びた。


「ニューヨークに行った時は、ブライダル関係の仕事をするって決めてたわけじゃなかったんです。でもこの時、『もう少し着物を頑張れ』って、言われた気がして……」


日本に帰国した池田さんは、1993年、北九州市八幡に小さな貸衣装店を開いた。


■ド派手衣装の原点になった2人の新成人


「幼い頃から花嫁さんの要望を聞いてきたので、『お客様の要望は叶えるもの』っていうのが体に刷り込まれちゃってるんですよ」


細かな要望にも対応してくれるうえに、顧客との直契約だから値段も割安。小さな店はすぐに繁盛し始め、手狭になった八幡の店から現在のみやび本店、小倉に移転した。


このまま北九州市内で客足を伸ばし、ブライダル事業を軸として、順調に経営を進める予定だった2002年。池田さんの運命は思いもよらぬ方向に流されていく。


池田さんが「金さん」「銀さん」と呼ぶ、2人の男性の登場だ。


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金さんの流れを汲む金色の袴。 - 筆者撮影
写真提供=みやび
池田さんが金さん、銀さんと呼ぶ2人の衣装。 - 写真提供=みやび

男性なら、3カ月前くらいに羽織と袴を選ぶのが一般的だが、2人がみやび本店を訪れたのは成人式まで1年というタイミングだった。背が高く体の大きい金さん。細くてひょろりとした銀さん。「怖そう」というのが第一印象だった。


店内にある男性用の羽織袴を見せると、もどかしそうに地団駄を踏んだ。


「全部違います! 金と銀しかないっちゃ! 全身金と全身銀の袴で、成人式に出るのが俺らの夢なんです!」


これには度肝を抜かれた。男性用の羽織袴は黒、グレー、白などの地味な色が中心で、金や銀の羽織袴など聞いたこともない。もちろん店内にあるはずもない。しかし、幼い時から刷り込まれてきた言葉が頭に浮かんだ。


『お客様の要望は、叶えるもの』


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みやび小倉本店に飾られている成人式衣装。衣装は新成人の希望が追加され、年々派手になる。 - 筆者撮影

■衣装がないなら、作ればいい


着物問屋の取引先は10件ほどある。問い合わせれば対応してくれるところがあるかもしれない。


「取りあえず、一度探してみるね、って言ってしまったんです。それで、貸衣装代はいくらだって聞かれたから、通常タイプの羽織袴だと3万9800円ぐらいかなって」


金さん、銀さんが帰った後、池田さんは電話をかけた。


「うちにはないね」
「今まで一度も取り扱ったことないよ」
「黄色とグレーならあるんだけどねえ……」


10戦10敗。どこに聞いても取り扱いがないと言われてしまった。二人には正直に伝えるしかないと思ったが、店に再びやってきた金さん、銀さんを前に、どうしても言えなかった。彼らの手には、それぞれ1万円札が握られていた。


「俺ら、成人式のお金は親やなくて、自分で働いてちゃんと払いたいんよ。少ないけど、これから毎月、支払える分だけ持ってくるけ!」


金さんは建築関係の仕事、銀さんは酒屋のアルバイト。月末になると決まって1万円札や千円札を握りしめてみやびを訪れるようになった。話をすると謙虚で人懐っこい笑顔を見せる2人。「これ、今月分です!」と目を輝かせながらお金を持ってくる彼らを見て、池田さんは腹を括った。


「ないなら、作るしかないって。それに、私が作るのだから、絶対に安っぽいものにはしたくない」


ブライダル中心の衣裳店だったみやび。成人式用も貸し出していたが、扱う品はどれも既製品だった。しかし、着物のプロとして、絶対にただ派手なだけのチープな着物にはしたくない。そこから前代未聞の金一色、銀一色の羽織袴作りが始まった。


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20年分のド派手衣装が積み重なるみやびの店内。新成人から要望を聞き、大量の衣装の中から希望に近いものを提案している。 - 筆者撮影

■ゼロからの着物づくり


着物問屋に問い合わせようやく金襴と銀襴(金と銀の生地)が見つかった。知り合いの縫製工場に頼み、その生地で羽織・袴を織ってもらうことにした。


「いくらなんでも1着ずつ織ってもらうわけにはいきません。正確な枚数は忘れてしまったけれど、金と銀、数枚ずつ織ってもらいました」


完成した頃には季節は秋を迎えようとしていた。


「結局、合計で百数十万円かかってしまいました。でも、金さん、銀さんにはすでに3万〜4万円と伝えてしまっています……。今思えば、プラスで請求してもよかったんですけどね」


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当時の思い出を語る池田さん。本人はシックで落ち着いた色合いを好み、この日も上下黒の服装。 - 筆者撮影

現在ならフルオーダーでのレンタル料は製作費の半分程度、平均20万〜30万円かかる。しかし、できあがった衣装を見て大喜びする金さん、銀さんに、池田さんは追加料金を請求できなかった。


「着物は次の年も貸し出せるので、3周目ぐらいまでには黒字になるはずなんですよ。でも、あるものをそのまま着てくれる子なんていないから、毎年いろいろ追加して、大きくはもうかりません」


金と銀の羽織袴で成人式会場のスペースワールドに乗り込んだ金さん、銀さん。成人式後、自分たちがどれほど会場で映えたかを語る彼らを見ていたら、お金なんて後からどうとでもなると思えた。


■みやびスタイルを完成させた男「虹キング」


その年の成人式が終わり、また穏やかな日々が戻るかと思った。しかし、そうはいかない。みやびには、「金さん、銀さんの紹介」で、次々とこれまでにないようなきらびやかな衣装を求める新成人が訪れるようになった。


「ちょっと待って、と思いましたよ。みんな無茶を言うんですよ。派手な色にしたい、着物に名前を入れたい、ファーをつけたい、花魁衣装にしたい……。それに対応しているうちに、ここに来れば派手にかっこよくしてもらえるって評判になっちゃって」


先輩より派手な衣装を着たい——。新成人の要望はさらにエスカレートしていく。本来は伝統的でシックな着物が好きだという池田さん。最初は戸惑ったものの、彼らの要望を形にしていくうちに、充実感と達成感を味わい始めていた。


そして金さん銀さんの登場から6年後、今のみやびのスタイルを確立する一人の青年が現れる。通称「虹キング」。彼は2008年の成人式翌日にやってきた。


「模造紙みたいな紙に、色鉛筆で自分の希望を描いてきたんです。ここをファーにして、ここには柄が入って、背中には派手な刺繍が入って、生地は七色のレインボーカラー。オリジナルの傘と扇子にフルネーム入りの幟旗……。今北九州の成人式でスタンダードになっている全てのオプションやアイデアの種が、そこに詰まっていたんです」


彼の拙いデッサンを一つひとつ形にしていくことに決めた。いちばん大変だったのは七色の袴。どうすればいいのか分からなかった。縫製会社にはすべて断られ、結局は自分で布を縫いつないだ。


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虹キング。みやびのド派手スタイルを確立させた。 - 写真提供=みやび
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虹色の袴と色鮮やかな羽織、和傘…これがド派手成人式のスタンダートになった。 - 写真提供=みやび

池田さんのなかで全てのスキルセットが揃うことになる。虹キング以降、どんな要望にも対応できる自信がついた。


「うちに来る新成人は、すでに働き始めている子が多いんです。私にとって成人式は毎年の行事だけど、彼らにとっては一生に一度。みんな、この日を目標に頑張って働いているから、思い出に残るものにしてあげたい」。これが池田さんの原動力になった。


■北九州の「ド派手成人式」が全国へ


北九州の成人式が有名になるにつれて、池田さんの店も大きくなっていく。まずは東京・銀座、西葛西、千葉と首都圏に3つの支店を構え、強いリクエストを受けて大阪・守口市にも出店した。


北九州の成人式がマスコミに取り上げられるようになったのも、池田さんが絡んでいた。発端は毎年成人式の写真を掲載していた地元タウン誌「エヌオー(NO‼)」が、出版業界の不況のあおりを受けて廃刊したことだった。


「中学のころから、成人式でエヌオーに出るんが夢やったのに!」
「ねえ、みやびで雑誌、作らん?」


新成人の声に押され、池田さんは2015年から成人式のクリップ集「みやび」を創刊した。


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新成人の要望で始めた「みやびBOOK」。新成人のスナップ写真で構成されている。 - 筆者撮影

「ほんとはテレビに出たいんよ! テレビ局の人、取材に来てくれんかな?」


池田さんは地元のテレビ局に直接電話をかけ、新成人を取材してもらえるよう頼み込んだこともある。こうして北九州市の成人式は、地元テレビ局で放映され始め、その華美な姿が目を惹き全国のキー局までもが取材に来るようになる。


写真提供=みやび
一生に一度の成人式を思い出に残るものにしてほしい。そんな思いが池田さんの原動力になった。(みやびのInstagramより) - 写真提供=みやび
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北九州市の新成人たち。地元の友人と衣装を合わせることも多い。(みやびのInstagramより) - 写真提供=みやび

しかし、北九州市の成人式が有名になるにつれて、批判の声も高まっていった。


■「北九州の恥」と苦情の電話が殺到した


「2012年ごろからかな、誰かがブログに書いたことをきっかけに、最初は匿名掲示板で叩かれ始めて。メディアでも取り上げられてからは、特に伝統を重んじる地元の方からの苦情の電話が入り始めたんです」


さらに、当時人気だった深夜バラエティで、北九州市の成人式が笑いのネタとして取り上げられたことが、地元からの批判を強める後押しとなった。


「北九州の恥だ」
「着物の伝統を知っているのか」
「日本の伝統を汚すな」
「この店のせいで、北九州の治安が悪くなってるんだ」


成人式を終え、スタッフ全員が疲れ果てている翌日に、批判の電話は集中した。池田さんとスタッフは、そのたびに一言も反論せず「貴重なご意見、ありがとうございます」と頭を下げた。


さらに2015年ごろからは、いわゆる「荒れる成人式」と北九州のド派手成人式が結びつけられてさらに批判が高まり、住民から北九州市に「陳情書」が出される事態となった。


『……この見るに堪えない成人式については、小倉北区の貸衣装店が成人式には不適切な服装や髪型を勧めることに問題がある。(中略)この恥ずかしい状況を変える責任は、北九州市にある。成人式について、考えてみてはどうか』(平成27年9月8日受付、陳情第106号より一部抜粋)


周辺住民からの声に押され、とうとう北九州市が動く。2016年1月10日の成人の日を前に、市は公式ホームページで異例の呼びかけを行った。


「新成人の皆さんにとって、『大人』として出席する初めての一大行事、きちんとした服装で出席するよう心がけましょう」


写真提供=みやび
氏名が書かれた幟を掲げ、ド派手な衣装を着飾る新成人たち。これがスタンダード。(みやびのInstagramより) - 写真提供=みやび

テレビやインターネット上で揶揄され、苦情の電話を受け続け、さらに市からも自分のデザインした着物を否定される。こうした批判が、成人式が終わるたびに繰り返された。


さすがにやめようとは思わなかったのか。そう尋ねると、池田さんは間髪入れずに答える。


「そりゃあつらかったし、傷つきましたよ。でも人によって価値観は違うので、プロとしてどんなご意見でも真摯(しんし)に受け止める覚悟はできています。それにどんなに批判を受けても、また次の新成人が新たなアイデアの種を持ってくるので、楽しくてやめられないんです」


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女性の衣装も鮮やかだ。中には花魁衣装を希望する人もいる。(みやびのInstagramより) - 写真提供=みやび

■「味方」からの裏切り


外野から何を言われても、新しいアイデアを形にする楽しさと新成人からの支持がある限り、池田さんはやめる気にはならなかった。しかし一度だけ、心折れかけたことがあるという。それは、信じて一生懸命尽くしたはずの、新成人からの裏切りだった。


みやびに来る新成人は、着物のレンタル料を自分の収入から分割で支払うケースが多い。しかし、若く、収入が不安定な新成人が支払う以上、時には分割払いが止まってしまうこともある。


客商売だからへんな噂は避けたいと、何年かは泣き寝入りしていたものの、そのうち「みやびは払わなくても大丈夫」という噂まで流れ始めた。のちに全国紙でインタビューに答えた未払い成人の一人は、先輩が支払っていないことを知り、最初から支払いを逃れるつもりで、申込書に前住所を書いていたと語った。


「……お客さまから裏切られたときは、本当につらかったですね」


未払い額はどんどん膨らみ、2017年には50人を超え、店の経営を圧迫するまでになる。未払いになった人はこれまでに約200人いたが、申込書に書いてもらった連絡先に確認するとすぐに振り込んでくれる人もいた。しかし音信不通になるケースも少なからずあった。


とうとう2019年3月、みやびはおよそ30人に対し、未払い金返還請求訴訟を小倉簡易裁判所に提起した。総額およそ900万円、訴額は一人あたり6万8000円〜139万円程度にのぼる。苦渋の決断だった。


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みやびの衣装は派手なだけではない。新成人を輝かせるファーは、繊細すぎてミシンが使えないため、スタッフが手縫いで着物に縫い付けている。 - 筆者撮影

■99%の子たちはちゃんと支払ってくれるのに…


これに新聞やテレビが食いついた。地方の貸衣装店の小さな訴訟であるにもかかわらず、「ド派手成人衣装代未払い事件」は、全国紙や全国ニュース、ワイドショーでも大きく取り上げられ、池田さんはマスコミ対応に追われた。


「今考えれば、報じやすかったのかもしれません。確かに見た目はド派手な衣装を着た北九州のヤンキーです。それと衣装代の踏み倒しって、結びつけやすいから。でも、99%の子たちはちゃんと支払ってくれるんです。ほぼ全員が成人式のために一生懸命働いて、自分で稼いだお金できっちり支払いをしてくれているんです。それを一括りにして悪いイメージを広げるべきじゃない」


信じていた客からの裏切りと、「ヤンキーの未払い」を大きく報じるマスコミ。小さく震え、かすれた声から、池田さんの悔しさがにじみ出ていた。このとき初めて、もうこの店を続けられないかもしれないと感じたという。


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当時の思いを、池田さんは涙をこらえながら語ってくれた。 - 筆者撮影

しかし、新成人からの裏切りに傷ついた池田さんを支えたのは、やはり新成人だった。


「払わんやったら、訴えられるんやろ?」
「そんなん、払わんのが悪いよね」
「あいつはちゃんと払ったん? 心配っちゃ」


新成人たちは訴訟事件など笑い話にして、変わらずみやびに集まった。自分の成人式に突き進む彼らの前向きなエネルギーが、池田さんの救いとなった。


■運命を変えた一通のメール


未払い問題でマスコミ対応に追われる直前、池田さんの運命を大きく変える出来事が起きた。ことの始まりは2018年。1通のメールからだった。


「ニューヨークの投資家・スティーブン・グローバスさんが、ブロードウェイストリートのど真ん中の持ちビルに、和室を作ったそうなんです。そこで日本文化を紹介したいから着物を貸してほしいって、日本の代理人から連絡が来ました。他にも何店舗か依頼しているみたいだし、まあいいですよって、男性物の羽織袴を3着貸し出したんです」
「その時は、ただ大盛況だったってご連絡をいただいて、よかったですねで終わっていたんです。みやびの着物だけが抜群に引きが強かったって言っていただいて」


未払い訴訟騒動に巻き込まれた池田さんは知る由もなかった。その裏で、彼女をニューヨークへ導く運命の歯車ががっちりと噛み合い、音を立てて動き始めていたことを——。


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ニューヨークファッションウィークで披露された着物ドレス。 - 筆者撮影

■「ニューヨークで個展をしませんか?」


新型コロナウイルスの猛威が一段落した2022年3月。再びみやびに同じエージェントから1通のメールが届く。


「今年の秋に、ニューヨークで個展をしませんか? 池田さんをデザイナーとして、ニューヨークにご招待します」


その連絡をもらった時は、詐欺だとしか思えなかった。それでも池田さんの戸惑いをよそに話はトントン拍子に進み、9月、彼女は20着の着物と5人のスタッフとともに、ニューヨークに降り立っていた。初めてこの地を踏んでから30年が経過していた。


マンハッタンのど真ん中、ブロードウェイストリートにあるビルを改造した和室に、みやびの着物だけがずらりと並べられた。


ニューヨークでは、特にセレブリティの間で日本文化の人気が高い。ファッション関係者、ミュージシャン、オペラ歌手、大学教授や音楽家など、多くのセレブがみやびの着物に喝采を送り、池田さんの話に耳を傾けた。言葉の壁があるにもかかわらず、池田さんはニューヨークという街の価値観に体が馴染むように感じた。


「もしかして、ここが自分の生きていく土地だったのかもしれないって」


もしも30年前、ニューヨークに留まっていたら——。


「雅さんはニューヨーク向きですよ! 次は何をするんですか?」


個展で仲良くなった日本人バレエダンサーのShokoさん(玉井翔子)に聞かれ、池田さんは戸惑った。Shokoさんはメトロポリタンオペラ劇場のキャストであり、自分でも20人ほどのバレエグループを率いている。14歳から日本を出て、ニューヨークで夢を叶えた30代の彼女が、同じ温度で50代の池田さんに芸術への情熱を求めてきたからだ。


この個展は、一生に一度の思い出だと思っていた。次はない。しかし池田さんの予想に反して、「みやびの着物」はニューヨークで受け入れられていく。


■ニューヨーク・ファッションウィークへの招待状


個展の翌月、再度ニューヨークへの招待状が届く。世界四大ファッションショーの一つ、ニューヨーク・ファッションウィークへの招待状だった。


「ニューヨークは、私の原点。個展の時は、再びここに来られただけで幸せだった。それが、まさか翌年にもう1度来ることになるなんて。しかも、ファッションウィークでデザイナーとして来るなんて」。池田さんは5人のスタッフを連れて、本番5日前にニューヨークに入った。


9月11日、ファッションショー当日。トップバッターとして、花魁姿のShokoさんが、篠笛の音を引き連れて姿を現す。暗がりの中、観客が舞台に向けるスマートフォンの明かりが、人魂のように揺らめいていた。


最初に目に映るのは、金の鳳凰。Shokoさんの開いた腕に向かって、振袖の中の鳳凰が羽を広げている。観客のスマートフォンが、彼女を追った。


「Shokoにはオープニングパフォーマンスで花魁道中をしてもらいました。この日のために日本から高下駄を送って、歩く練習をしてもらって。それだけじゃなく、彼女にはショーモデルたちへ、着物での歩き方のレクチャーをしてもらいました。彼女がいなければ、ショーは成功しなかった」と池田さんは振り返る。


■金さん、銀さん、虹キングの衣装がずらり…


観客のざわめきを残して、Shokoさんは舞台から消えた。同時に、銀色の振り袖に身を包んだ氷の女王が現れ、次に金色の振り袖が続く。ド派手成人式の端緒となった、金さん・銀さんの衣装を思い起こさせる。


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2023年9月に開催されたニューヨークファッションウィークでは、11着の着物が披露された。オープニングアクトの次に登場したのは、全身銀の振袖。 - 写真提供=みやび
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ニューヨークファッションウィークの舞台より。全身銀の振袖の次には、全身金の振袖が続く。 - 写真提供=みやび
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ニューヨークファッションウィークの舞台より。登場する着物は徐々に派手になる。終盤では虹キングを思わせる衣装が登場。 - 写真提供=みやび

トラの刺繍入りの着物を着こなした男性の腕には、張り子のトラ。観客に向かって牙を剥くこのトラは、北九州伝統の山笠人形職人、富田能央氏の作品だ。池田さんはこのショーのために頼み込んでこのコラボが実現した。


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ショーの中盤、張り子のトラを抱えて現れたモデル。 - 写真提供=みやび

次々と現れては観客の目を奪い、舞台から消えていく着物たち。池田さんは、その様子を舞台袖からじっと見ていた。しかし、本当はファッションショーが始まる前からすでに視界はぼやけ始めていた。


■「ド派手な着物」がニューヨークで受け入れられたワケ


会場にいる大勢の観客が、みやびのショーにスマートフォンのカメラを向け、「Amazing!」と声をあげた。観客がみんなみやびの着物を、作品として見入っている。その様子に鳥肌が立ったと振り返る。


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ニューヨークファッションウィークの舞台より。みやびの着物は、ファッション玄人のニューヨーカーからも高く評価された。 - 写真提供=みやび

ショーの最後、涙が止まらない池田さんは花道に押し出され、スポットライトと拍手を浴びた。右へ、左へよろめきながら観客に頭を下げ、「サンキュー」と繰り返しながらランウェーを歩いた。


「品がない」「伝統を汚す」と批判を受け、「荒れた若者の象徴」とされた池田さんの着物。今彼女は、世界の舞台で「着物デザイナー」として喝采を浴びている。


最高潮のままショーが終了し、池田さんは海外メディアから質問攻めに遭っていた。その場にいた多くの関係者がコメントを求め、連絡先を交換しようと列を作った。


日本の着物の美しさが、ニューヨークで認められた——。池田さんはそう言うが、それだけだろうか。ショーのオープニングパフォーマンスを担当したShokoさんは言う。


「着物の美しさだけが評価されたわけじゃないと思います。彼女が今までどんなふうに自分の仕事に向かい合い、チームメイキングをして、このショーを作り上げたか。全てが表れていたからこそ、喝采を浴びたんだと思います」


これからの池田さんについて尋ねると、Shokoさんはこう答えた。


「The universe knows everything!」(神のみぞ知る!)


■新成人にとっては「一生に一度の晴れの舞台」


今、池田さんの元には、アメリカ、ヨーロッパをはじめ、世界各国からオファーが届いている。ファッションショーの後、日本からも新聞社やテレビ局から立て続けに取材を受けた。


2023年2月に北九州市の新市長に就任した武内和久氏は、池田さんを市庁舎に招いてその功績を称えた。池田さんが語った「北九の若者に育てられた文化がアートとして評価された」という言葉を受けて、市長は以下のようにツイートしている。


『若者たちの希望に応えるため、約20年にわたり手がけてきたド派手衣装が世界で喝采を浴びました。この成功は「北九州の若者たちとの合作です」と。批判を恐れず、重ねられて来た努力。世界で強いメッセージを発した北九州市発の文化』


「成人式のニュースを見ているといかにもヤンキー。悪いことをしている怖い人のように見えるかもしれません。でも彼らは10代の後半くらいから、本気で成人式に出ることを目標に、真面目に、一生懸命働いている子がほとんどです。大げさと思うかもしれませんが、成人式が一生に一度の晴れの舞台なんです。好きな衣装を着て喜んでほしいし、彼らの夢を叶えてあげたい。その思いだけです」


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ファッションウィークの舞台には、北九州の山笠職人、富田能央作・張り子のトラも登場。北九州の文化を取り入れたくて、池田さんが足を運んでコラボが実現した。 - 筆者撮影

池田さんがかみしめるように言ったことを今でも忘れられない。そんな池田さんの姿勢に、同世代の筆者はすっかり心を奪われた。


■人生は最後まで、何があるのかわからない


みやび小倉本店では、取材中もひっきりなしに電話が鳴っていた。スタッフに声をかけられるたびに「折り返します」と伝えながら、池田さんは3時間半のインタビューに声が枯れるまで付き合ってくれた。


「これから、どうするんですか?」


最後に聞くと、池田さんは黒髪を後ろに撫でつけながら、考える。


「私、自分から海外に行きたいとか、有名になりたいとか考えたことがないんですよ。相手が私を見つけてくれて、そのお役に立てればと思ってやってきただけ。我ながら受け身なんです。でも、人生は何があるかわからないじゃないですか」


たとえ人生の折り返し地点に差し掛かり、諦めた夢を数える日々を過ごしていても、人生は最後まで、何があるのかわからない。


彼女の心はすでに、次の成人式に向かっている。これからも池田さんはただ、目の前の人のために全力を尽くすだけ。それが新成人でも、世界のファッションショーであろうとも。そんな彼女の肩を、今度は誰が叩くのだろうか。


The universe knows everything. 池田さんの未来は、神のみぞ知る。


写真提供=みやび
世界のファッションショーで喝采を浴びる池田さん。 - 写真提供=みやび

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宮﨑 まきこ(みやざき・まきこ)
フリーライター
立命館大学法学部卒業。2008年より13年間法律事務所勤務後、フリーライターとして独立。静岡県在住。
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(フリーライター 宮﨑 まきこ)

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