自信をなくしたオジサンが笑顔を取り戻した…サントリーのスキンケアが中高年男性の心を掴んで離さないワケ

2024年9月17日(火)10時15分 プレジデント社

サントリーウエルネスの西山さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

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新しい市場をつくるためにはどうすればいいのか。ライターの栗下直也さんは「新たな問題設定を作り出すことが大事ではないか。サントリーウエルネスは、徹底した聞き取りから中高年男性が抱える問題を感じ取り、男性用スキンケア『VARON(ヴァロン)』を生み出し、ヒットさせた」という——。
撮影=プレジデントオンライン編集部
サントリーウエルネスの西山さん - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■オジサンだって本当はスキンケアを使いたい


男性の身だしなみへの意識は年々高まっている。それも、制汗剤、汗拭きシートなど一時的なにおい対策ではなく、より根本的なところからどうにかしたい兆しもみえる。象徴的なのがメンズ整肌料市場の動きだ。調査会社の富士経済の調べによると、2024年の国内市場見込みは23年比6.4%増の314億円に上る。


おそらく、皆さんの中には、「美容に関心を持つ若い男性が増えているだけでは」と思われた方が多いだろう。確かに若い男性が化粧水などでスキンケアするのは珍しくない時代だが、同市場の伸びをけん引しているのは実は40〜70代向け商品なのだ。


今回は、男性スキンケア(保湿ケアカテゴリー)市場のシェアトップ(金額ベース)、サントリーウエルネスの中高年向けスキンケア「VARON(ヴァロン)」シリーズ。


「VARON」は22年3月に発売。1本で化粧水、美容液、クリームの役割を果たすオールインワン商品である点などが支持され、販路がほぼ通信販売にもかかわらず、23年の売上高は30億円に達した。これは期初販売計画の23億円を大きく上回る。


「中高年男性向けにスキンケア商品を出したらどうだろうか」。同社では以前からそうした声はあったが、実際のプロジェクトとしては動き出さなかった。


若者ならばともかく中高年の男性がスキンケア商品を買うのだろうか。


肌を気にしていたとしてもお金を払ってまでケアをするのだろうか。


誰もが抱く疑問だろう。


■ヒアリングでわかった潜在的な需要


「VARONは発売段階になっても、社内には半信半疑でみている人も少なくありませんでした」とスキンケア事業部の西山雅大氏(37歳)は振り返る。


ただ、西山氏自身は「かなり早い段階で『いける』自信はありました」とも語る。未開拓市場にただ乗り込んだわけではなく、十分すぎるほどの顧客ヒアリングを重ねたからだ。


同社では毎月部署に関係なく全社員が4人一組でランダムにチームになって顧客ヒアリングを実施している。定期的なヒアリングを続ける中で50〜70代の男性から加齢に伴う共通の悩みが浮き彫りになっていった。外見だ。


サントリーウエルネスの顧客は健康食品ユーザーなので、健康への意識は一般に比べて高い。彼らは年を重ねても若々しくありたいが、見た目の変化はどうしようもない。「見た目への自信が失われていくことで人生に前向きになれない」という声が少なくなかった。


「老いに対する見た目を解消したり、清潔感を演出したりするスキンケアへの潜在的な需要は感じた」(西山氏、以下同)


だが、それはどのような商品なのか、どのような形ならばお金を払ってもらえるのか。そもそも既存の市場に存在するものなのか。


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VARONの香りはOriginal、Classic、Freshの3種類。一番人気はOriginalという。無香性もある。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■「君にシニアの気持ちがわかると思うな」


そのとき、上司にいわれたのは「30代の君にシニアの気持ちがわかると思うな」。生きている長さも違えば、属性も家族構成も違う。彼らが何を考えるかを想像してもできるわけがない。それならば、徹底的に聞くしかない。ターゲットを絞り、年間で100人以上に1対1でデプスインタビュー(調査対象者と1対1で話し合う方法)して根掘り葉掘り聞いた。


「Zoomで自分の顔を見て、こんなに老けていたのかとショックだった」
「孫に『おじいちゃん、がさがさしているし、なんかくさい』と言われて……」


ユーザーは単純な健康問題に悩んでいるというよりは、外見の変化からくる自信の喪失に苦しんでいる。インタビューを重ねれば重ねるほど、中高年向けの男性用スキンケア商品へのニーズは確信となった。


経営トップも商品化を強く推した。20年1月に、社長に就任した沖中直人氏が「『個客』原理主義」を打ち出していた。「マス」ではなく顧客に寄り添い、最高の顧客体験を提供しようと号令をかけていた。


「顧客に寄り添う」と言葉では多くの企業が口にしているが、実行できている企業は多くない。「顧客の生の声を徹底的に聞き、新しい市場をつくれという社内の風土は強い追い風になりました」


■サントリーだからできたオールインワン


商品化に際して強く意識したのは「シンプル」さだ。


ミドル・シニア男性はスキンケアとは無縁の生活を送っている人が大半。「外見をどうにかしたい」と考えていても、化粧水、美容液、クリームの3本をいきなり使わなければならないとなると一気にハードルは高くなる。


実際、発売前のモニター調査でも「面倒だと使わないという声が多かった」(西山氏)。そこで、サントリーウエルネスでは特許にもなっている化粧水、美容液、クリームの成分が時間差で浸透する技術(「三層時間差浸透技術」)を使って、1本で3つの役割を果たすオールインワンタイプを実現した。市場を見渡しても、中高年向けのオールインワンタイプ商品はほとんどなかった。


また、ウイスキー樽材エキスを同社の商品に始めて採用した。サントリーグループではウイスキーの樽につかう木材から染み出るポリフェノールの成分が肌にプラスの効果があることを10年前に突き止めていた。


「VARONプロジェクトチームには研究所の人もいて自由闊達に意見が飛び交って、コンセプトをみんなで固めていきました。その点でもサントリーらしい商品です」


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使用した約9割の方が10日間で効果を実感したという。 - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■意外なサンプルの配り先


良いものがつくれてもどう売るかが最も重要になる。


同社は通販がメインなので、ドラッグストアなど店頭で手に取ってもらい、効果を試してもらうのは難しい。


西山氏は「とりあえず口コミをつくろうと考えました」と振り返る。発売(22年3月16日)の2週間ほど前から、ギフトボックスを配布。ギフトボックスには10日間使用できるミニボトル(約20ミリリットル)とサンプルパウチが2包入っている。


このギフトボックスは、発売時に一気に数万セット配っている。ここまで全社を巻き込んだサンプリングは珍しいという。


「方々に配りまくればいいという考えではなく、『VARON』は本当に良いと思った人に広めてもらいたかった。ファンをどんどんつくるイメージです」と意図を語る。


そのために、まず力を入れたのが社内でのファンづくりだ。


「役員ひとりひとりに時間をもらい、まずは試してくださいとお願いしました。体感してもらって、『これ、いいね』と思ってもらえた役員には会食などでお会いする方への手土産として配ってもらいました」


また、サントリーグループは酒類メーカーだけにルート営業でクラブなど夜の店も回る。お店のママがお客さんに手渡すお土産として提案して配布してもらったところ、「今では向こうから追加のリクエストがくるほど好評です」(同)


■オジサンにとってこれほど嬉しいことはない


商品コンセプトが受け入れられ、販促と口コミで裾野が広がった。


アンケートには、ユーザーからは「肌にツヤが出た」「明るくなった」といった効果を実感する声が寄せられた。興味深いのはアンケートに「周囲からの反響」についての項目をつけたことだ。ここには、「子どもから肌がキレイになったと言われた」「同僚から印象が変わったと言われた」といった内容が書かれていた。


これは実感を込めて言うが、オジサンにとって「褒められる」ことほど嬉しいことはない。


このアンケートで家族や同僚からの反響を再認識し、より効果への実感と商品に好感を持った人は多いのではないか。


使用した実際の効果だけでなく、周囲からの「褒め」という情緒的な価値が継続のモチベーションになっているのだろう。


さらに、西山氏は「『サントリーのスキンケア商品』であることも市場の開拓につながっている」とも指摘する。


中高年の男性の意思決定には家族の意見が大きく左右する。本人が乗り気でも妻の一言でとん挫することは珍しくなく、「嫁ブロック」が強力に発動する。


そのため、何かを買う際にも夫は妻の目を気にする。外見をどうにかしたい。とはいえ、スキンケア商品を使いだして、洗面所に置いておいたら、妻は何というだろうか、娘にはキモイといわれないだろうか、そんな思いが頭をよぎる人は多い。


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会議室に飾ってあった「やってみなはれ」の額(額縁) - 撮影=プレジデントオンライン編集部

■リピート率は95%


「サントリーは化粧品メーカーというよりは飲料メーカーの印象が強い。百貨店で売っている化粧品ブランドのものには気後れして手を出しづらいと感じている人でも、サントリーの商品ならばと購入しやすい傾向にあるようです」


さまざまな施策が奏功し、売り上げは初年度の22年は10億円を超え、23年は30億円だった。24年は45億円を目指す。そして驚くべきはリピート率で、定期初回購入者のリピート率は95%と高い水準にある。


人生100年時代。人と触れ合う時間も長くなっている。健康のみならず、外見をきにするのはもっともだ。そうした顧客の声に耳を傾け、悩みに向き合い、「中高年のおじさんがスキンケアなんてしない」という常識を疑いトライしたところがヒットの要因だろう。


時代は変わっても「やってみなはれ」の精神の重要性は変わらない。そして、会社に脈々と受け継がれていることを「VARON」は物語っている。


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栗下 直也(くりした・なおや)
ライター
1980年東京都生まれ。2005年、横浜国立大学大学院博士前期課程修了。専門紙記者を経て、22年に独立。おもな著書に『人生で大切なことは泥酔に学んだ』(左右社)がある。
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(ライター 栗下 直也)

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