「保健所より厳しい」社員7万人トヨタの感染対策はやはりすごかった

9月23日(水)11時15分 プレジデント社

作業の前に従業員の検温を行うフランスのトヨタ工場=2020年4月21日 - 写真=AFP/時事通信フォト

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新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車だけは直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第3回は「徹底された現場の感染対策」——。

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作業の前に従業員の検温を行うフランスのトヨタ工場=2020年4月21日 - 写真=AFP/時事通信フォト

■フィリピンの3つの工場が操業停止に


2月4日に始まった対策本部だが、毎日、開いていたのが3カ月後には閉会した。特に終了宣言をするわけではなく、「トヨタの危機管理人」として座長を務める朝倉正司が「もういいだろう。今後は問題の都度、招集する。大部屋は当面残し、情報はアップデートしてほしい」と言ったところで終わる。

部品の供給が平常に戻ったのがちょうどその頃だった。ただ、供給危機への対応は終わったが、医療機器、医療用ガウンの製造などへの支援は続いていた。


さて、ここからは、災害、感染症の危機の度に、部品の調達網をつなぐ仕事をし、また数ある協力工場へ赴いて復旧支援してきた危機管理人、朝倉に危機への対処について、ノウハウを語ってもらう。


「今回はある部品の供給が止まりました。いくつか仕入れ先がありますが、いずれもフィリピンに工場を持っていたのです。フィリピンは都市が封鎖になったので、工場の操業ができなくなりました。生産能力はあるのだけれど、従業員が出社できなかった。病気でもないし、工場が被災したわけでもない。それでも作ることができなかったのです。


ただし、徐々に封鎖も解けてきて、出社できる州もあればダメなところもありました。状況は時々刻々と変わりました。これ、災害でも、経済危機でも、危機の特徴なんです。うちの友山(茂樹、執行役員)が『危機は大きな変化だ』と言ったでしょうけれど、危機の最中は事態の変化が激しい。つねに新しい情報を入手しなければいけない」


■初めての危機にどう対応したのか


「危機管理ではわれわれはつねに調達と一緒になってやります。まず日本の全工場における車の生産台数を調べる。そうすると、各部品の日当たりの必要量がわかる。生産能力が全世界の協力工場で半分になったとわかったら、次は在庫量を調べる。


トヨタの場合は他社とは違い、在庫量が少ないんです。他社が1週間分とすればうちは2、3日分しか持っていない。リーン(引き締まった、ムダのないの意)な体制だから、実は年がら年中、供給危機に対応しているようなものです。災害や新型コロナの危機では対応する工場と量が大きく増えただけです」


今回、具体的に対策会議が出した解決法は次の通りだった。



フィリピンの工場で作っていた量は他の国の工場よりも多かった。代替生産するにも一国では無理だったので、タイの工場と日本国内の工場に振り替えたのである。


「タイと日本のどこそこへ持ってこよう」と判断ができたのは調達部門が平常時に緻密な調達部品マップを作成していたからだ。


■生産地を振り替え、復元するまでのプランを一気に練る


代替する場合、生産が動いている国で、フィリピンの工場のコストに見合った生産ができる国の工場に生産を振るのが基本だ。生産を振る場所が決まったら、次は日本の組み立て工場まで持ってくる物流のルートを確保しなければならない。


朝倉は言う。


「設備は工作機械が多いわけではないし、難しいものではありません。人海戦術でやって、できないことではない。ただ、手作業だから、人件費の安いところでやらなきゃならないんですよ。


それで、フィリピンが都市封鎖になったから、タイの工場に振りました。また、一部は日本にも生産設備を引き揚げて、作りました。ただ、日本の場合は緊急にはやれるけれど、継続的にはできない。日本人がやったら、そろばんに合わないからです。


フィリピン、ベトナムといった手先が器用で、細かいことをやれる人がいるところで作るのが基本ですよ。要は、現在、部品を作っている工場って、最適生産だから、そこでやっている。それを変えたら、また元に戻さなきゃならん。そこまで考えて振替生産のプランを作って実行するわけです」


■どの業界にも当てはまる「物流」の問題


今回の危機に際してはタイミングがよかったと言っていいのかどうか判断に迷うところだが、トヨタは数年前から本格的な物流改革をやっているところだった。


「リードタイムを短く、小口の量で、フレキシブルに、そしてリーズナブルな値段で運ぶ」物流を構築しているさなかだったため、物流ルートの振り替えもスムーズに行うことができた。


トヨタが供給危機に対応できたのは生産部門と物流部門が日頃から協同で物流改革に臨んでいたからだ。システムの端々までを知悉(ちしつ)し、動かし方をわかっていたので、振り替えも難しくなかったのである。


どんな会社でもセクションが違うとコミュニケーションがスムーズにいかなかったりする。危機への備えのひとつに各セクションが日頃から情報の共有を行っていることが欠かせない。ただし、これは実行することは簡単ではない。



たいていのメーカーは質はともあれ調達網のマップは作っている。つまり、振替生産のプランを立てることはできる。しかし、物流の全体マップを持っていても、フレキシブルな運用をできる会社は限られている。


メーカーであれ、販売会社であれ、商社であれ、危機管理では物流についての知識、知恵、現場経験が必要となってくる。危機に際しては物流ルートの状況把握と代替輸送をするとすればどこに頼むのか、それとも自社でやれるのかといったプランBは用意しておかなくてはならない。


■7万人の社員を抱えて「3密」対策もしなければ


対策会議で討議に時間がかかるのは振替生産をするかしないか、やるならばどの工場に持っていくか、物流のラインは確保できるのか。生産に直結する問題が第一だが、むろんそれだけではない。


災害であれば、事後は復旧するだけだ。ただし、新型コロナ危機に際しては「3密」の回避といったこれまでの危機にはない作業体制を考えなくてはならなかった。


トヨタが行った生産現場での新型コロナ危機対応を次に挙げておく。


なお、トヨタの国内従業員の総数は約7万2000人。このうち、生産現場にいる技能職は4万3000人、事務部門の事技職は1万5000人で、事務部門の人々をサポートする業務職が4000人。加えて、課長級以上の基幹職・幹部職が8500人となっている(2020年8月現在)。


以上に加えて、生産現場、事務の現場では協力会社から出向している人間、アルバイトがいる。すべてを合わせれば10万人に欠ける人数が全国のトヨタ工場、事業所で働いているとみられる。


■徹底した「4つの感染対策」


1 すべての工場において、3密にならないような作業体制を取る。工程や作業によって違いはあるけれど、工程間に間仕切りを入れてソーシャルディスタンスを保って作業する。マスクもしくはフェイスシールドを着用する。


2 食堂、移動用のバスなどの共用エリアでは毎日、消毒を実施する。何度も消毒している様子を見た作業者は「徹底しているな」と感じるので、感染予防の意識を向上させる役目もある。


3 体温チェックは朝と夕方の2回。体温の情報は「見える化」する。体調管理は標準作業のひとつ。


4 工場の勤務は「2直」(直(ちょく)とはシフトを組んだ勤務体制のこと)が基本だ。1直と2直の作業者が交代時間に接触する機会を減らすために、2直の開始時間を30分、後へ遅らせる。ただし、永続的にではなく、新型コロナの蔓延が一息ついたら、元に戻す。


では、次に感染者が出たら、どういった対応を取るか、である。



■もしも感染者が出た場合は


感染予防については各社、各組織ともにトヨタと同様の対応をしているだろうけれど、感染者が出た場合の対応について、トヨタが標準的な手続きを決定したのは早かった。そして、この部分は各社の担当者がもっとも参考にできる。


1 PCR検査を受ける人が出た段階で、対象者の行動範囲を把握する。濃厚接触者も聞いておく。そうして、職場の消毒を実施する。検査結果が出る前に感染予防策を取るということだ。


2 陽性者が出たら、全社で情報を共有する。休日であっても会議を開催する。その際、リモートを活用する。


陽性者の行動記録に基づいて、職場を消毒し、閉鎖する。濃厚接触者は自宅待機にする。2次濃厚接触者(濃厚接触者の濃厚接触者)についても自宅待機にする。これは保健所の決めた原則よりもはるかに厳格な対応だ。


3 工場で陽性者が出た場合、安全を第一としつつも、稼働を継続するため、状況に応じて前後の工程から人員を補充するなどフレキシブルに対応する。


他社の工場ではラインで陽性者が出たら、前後の工程を担当できず稼働維持できないケースもあるから、工場全体の稼働を停止するしかない。


トヨタの場合はトヨタ生産方式にのっとって作業している。作業者は多能工になっていて、前後の工程の作業ができるようになっている。補充人員に新たな教育をしなくとも、ラインに参加できる人数がいる。工場をすべて停止しなくとも生産の継続ができる。


■「非稼働日」に社員は何をしているか


4 「非稼働日」を設定する。トヨタの生産現場には「非稼働日」というものがある。災害などで部品が届かくなり、生産調整が必要となったら、対策会議で検討し、組合とも協議して、2種類の非稼働日を設定する。その場合、工場の稼働は止め、生産は行わないが、出勤はする。出勤した作業者は改善や清掃などの作業をするか、もしくは有給休暇に振り替えて、休むこともできる。出勤はするけれど、生産活動は行わない。もちろん、給料は出る。


新型コロナ危機では国内の全完成車工場(全15工場28ライン)において、6日間の非稼働日(カレンダー振り替えあり)と別に、生産を行わない非稼働日を工場ごとに作った。


後者の非稼働日とは学生が学校へ行って自習するようなものだ。工場へ行き、原価低減につながる作業の見直しや各種の改善、ラインの敷設など、日頃できなかった細かい清掃などをしながら、自分の仕事のやり方を考える。工作機械を見つめて補修してもいいし、仕事に関係する本を読んでもいい。何かをしてはいけないということはなく、好きなように勉強していい。


非稼働日には精神がリラックスするというメリットもある。これはメーカーだけでなく、他社も真似できる制度だと思う。


※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。



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野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

プレジデント社

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