人間の意図を正しく理解し答えを出せるAIが広まる

9月28日(金)6時0分 JBpress

米国のクイズ番組「ジョパディ!」でクイズ王と対戦したIBM Watson(YouTubeより)

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 人間が話しかけた内容や人間同士の会話をAI(人工知能)が正しく理解し、必要としている情報を教えてくれたり、アドバイスしてくれたりする。SF映画やコミックに描かれてきたような近未来が、あらゆるビジネスにおいて現実になろうとしている。

 コンピュータは人間の言葉やその意図を理解できるのだろうか? こんな命題に米IBMが開発した人工知能(AI)「IBM Watson」は一定の解を示した。

 既報の通り、IBMはスーパーコンピュータ「ディープブルー」でチェスの世界チャンピオンに挑んで1997年に勝利した。次の手以降の展開を読む「先読み」が重要とされるチェスで、ディープブルーは1秒間に2億手先までを読む力を備え、計算と記憶能力で人間を凌駕した。


クイズ番組でクイズ王と勝負!

 IBMは次なる目標として「クイズで人間を超える」ことを目指した。そしてWatsonを開発し、米国のクイズ番組「ジョパディ!」でクイズ王たちに挑戦した。

 この挑戦に対しては、大きく2つの見方があった。ひとつは、「コンピュータなんだから知識は豊富だろう。クイズなら勝って当然だ」というもの。もうひとつは、「そんなこと無理に決まっている」という真逆の予測である。ソフトウェア技術者の多くは後者の見解だった。クイズに正解するには、何よりもまずWatsonが人間の言語を正しく理解しなければならないからだ。Watsonはジョパディ!で他の参加者と同じ席につき、人間に向けて「自然言語」で出題されるクイズに答える必要があった。

 自然言語とは会話や意思の疎通に使われる一般的な話し言葉をイメージするとよい。「問題:スティーブンソンの『宝島』の悪役は誰?」「問題:親戚に「沸騰したやかんを1時間眺め続けるような子」と表現された発明家は誰?」といった具合だ。コンピュータが出題の意図を理解するのは簡単とは言えなかった(当時は音声認識が優れていなかったので、Watsonには他の参加者に読み上げる問題とまったく同じテキスト文が出題された)。

 ところが、Watsonは2011年2月16日(米国時間)、他のクイズ王たちに勝った。この勝利は、コンピュータが人間の言葉とその意図を理解できることを証明したという点で、コンピュータの歴史において大きな転換点になったと言える。

 当時のWatsonはルールベース(シナリオベース)の質疑応答システムを採用していた。端的に言えば、質問に対して回答を返す仕組みである。難しいのは、人間の言葉にはさまざまな言い回しや表現が存在する点だ。言い回しが違っても質問の意図が同じであれば、同じ答えを導く必要がある。例えば、「明日の天気を教えて」、「明日は雨かな」、「明日の天気はどう?」という問いは、いずれも翌日の天気に関する質問だ。これらの意図を正確に解釈して最も適切な回答を導き出さなければならない。

 Watsonはそれを実践した。質問に対する正解の確率が高い順にいくつかの解答をリストアップ。最終的な判断を人に委ねる方法もあるが、クイズ王たちとの対戦ではWatsonが自ら解答しなければならないため、リストアップした中から最も高い確率の解答を返した。そしてWatsonは勝利した。


膨大な文献から適した診断を見いだす

 コンピュータが人間のように文字を読んだり、言葉や意図を理解したりできるようになることは、どういったインパクトがあるのか。一例として、医療分野への応用を考えてみよう。

 医療分野で発表されている論文や文献、資料は毎年数十万件にのぼるとされる。医師をはじめとする医療関係者がひとりで目を通すのは、とうてい無理な件数だ。自身の専門分野に絞り込んだとしても、すべてを読むことはおそらく困難だろう。

 ここでWatsonの出番である。英文の場合、Watsonには1秒間に8億ページの文献を読む能力がある。IBMが米国の大手医療保険会社ウェルポイントとの提携に関して発表したリリースによると、Watsonは「書籍約100万冊(約2億ページ分)のデータをより分け、情報を解析し3秒以内に正確な分析結果を導き出すことができる」としている。言い方を変えると、Watsonは人間が読むために書かれた膨大な文献や資料をすべて読み込んで内容を理解するだけでなく、人間が求める情報を短時間で提供できるということだ。

 興味深いニュースが飛び込んできたのは2016年8月のことだ。東京大学医科学研究所が、自然言語を理解できるWatsonの貢献度の大きさを物語る発表をした。

 発表によると、急性骨髄性白血病と診断されたある60歳代の女性患者は、2種類の抗がん剤治療を半年間受けていたが改善が見られなかった。しかし、がんに関する論文2000万件以上をWatsonに学習させ、女性患者の病状から診断させたところ、約10分で病名と治療法を推定した。そして医師がWatsonの判断に同意して治療を行ったところ、患者の容体が回復して退院するまでに至ったという。

 もちろん、この一件だけを取り上げて、コンピュータが医師に変わってすべての病気と治療法を特定するようになると考えるのは早計だ。そもそも診察と診断は医師が行うべきものである。だが、コンピュータが主治医の診察をアドバイスして助けたり、セカンド・オピニオン(違う医師による第2の見解)として診断の参考となる情報を提供したりするといった使い方はすでに実用的な水準に達しつつあると言えよう。


コールセンターのオペレータを手助け

 人間の言葉が理解できるWatsonは、コールセンターのオペレータの負担も軽減している。例えば、Watsonの活用を公表しているみずほ銀行では、200席以上の規模のコールセンターでWatsonがオペレータの作業を“手助け”している。

 問い合わせにオペレータが応対する点では一般的なコールセンターと変わらない。違うのは、顧客との会話をWatsonが聞いている点だ。

 オペレータはWatsonが会話の意図を理解しやすいように配慮しながら、顧客からの問い合わせ内容を復唱する。すると、Watsonは顧客が知りたい情報を瞬時に把握し、オペレータが返答すべき回答のリストを作り、問い合わせに対する確度(正解予想率)とあわせて画面に提示。そしてオペレータはWatsonが示した確度を参照しつつ、リストの中から自分が正しいと考えた内容を選んで顧客に回答する。

 紙のマニュアルをめくって適切な回答を探していた従来に比べ、オペレータの負担が軽くなることは想像に難くない。加えて、Watsonが確度とともに回答リストを提示してくれるので、経験が浅いオペレータでもベテランと変わらない応対が可能になり、コールセンターの顧客対応品質の底上げが期待できる。


膨大な量のメールから不正の兆候を発見

 適切に業務が行われているかを判断したり、社内などで発生した不正の証拠を発見したりするのに利用されている国産のAIもある。FRONTEOが開発した「KIBIT」が、それだ。人間の微妙な心の動きを意味する日本語の「機微(KIBI)」と、情報量の最小単位を意味する「ビット(BIT)」とを組み合わせて「人間の機微を理解する人工知能」という意味合いで命名された。

 KIBITは、学習させるデータに応じてさまざまな分野の専門家やエキスパートを支援するAIシステムにできる。例えば、法律の専門家が選んだ教師データを機械学習させれば、法律分野の文章を理解して企業を守る能力を身につけられる。実際、ある企業では、KIBITが膨大な量の社員のメールを調べ上げ、不正を働いていることを示唆するメールを見つけ出した。

 また、国内の複数の銀行が、顧客応対記録や交渉記録から行員による説明が適切になされているかを判断することなどを目的に、KIBITの実証実験を行っている。新卒採用の応募者のエントリーシートを客観的かつ適切に評価するためにKIBITを使う企業も出てきている。

 種類と量がともに増え続けるドキュメントのすべてに目を通し、そこから不正や不適切な対応の兆候などをピンポイントで見つけ出すことは、人間業ではない。だが、人が日常的に話したり読んだりする言葉を正しく理解できるようになってきたAIはそれを可能にし、多様な用途で人を支え始めている。

筆者:神崎 洋治

JBpress

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