新ビジネスを無事に立ち上げた大企業は「事業の共食い」をどう克服したのか?
2023年9月22日(金)6時0分 JBpress
スタートアップが新たなビジネスモデルを生み出すよりも、成熟している大企業が新たなビジネスモデルに乗り出す方が数段難しい、と言われている。その要因の一つに上げられるのが「カニバリゼーション」(共食い)の存在だ。前編に続き、 『カニバリゼーション——企業の運命を決める「事業の共食い」への9つの対処法』の著者である早稲田大学ビジネススクール 大学院経営管理研究科 教授 山田英夫氏に、カニバリゼーションの乗り越え方について話を聞いた。
■【前編】新規事業を潰すのは誰だ?頻発する「事業の共食い」の知られざる実態
■【後編】新ビジネスを無事に立ち上げた大企業は「事業の共食い」をどう克服したのか?(今回)
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大企業が英断した「収益事業からの撤退」
——ご著書ではカニバリゼーションを克服する方法の一つとして、ビジネスモデルの「置換」を挙げています。これはどのような方法でしょうか。
山田英夫氏(以下敬称略) 「置換」とは、新しいビジネスモデルを上市すると同時に、収益事業から撤退させることです。例えば、最盛期に発行部数50万部を超えた情報誌「ぴあ」は、ネット化に伴い、当時黒字だった紙の情報誌から思い切りよく撤退しました。リクルートも同様で、ウェブに適した情報誌は比較的短期間で休刊にして、ウェブ媒体に置換を進めました。
こうした事例こそあるものの、日本の大企業が自ら収益事業を市場から撤退させることは容易ではありません。多くの場合、安定した業績を維持できているからです。
しかし、そのままでは新規事業への置換は進みません。将来的に収益化できる新規事業があるならば、長期的な視点に立ち、収益事業から撤退してでもそちらへ置換する、という英断が求められることもあります。
——思い切りよく置換を行うためには、どのようなアプローチが必要でしょうか。
山田 収益トップの事業がなくなってもいいように、第2、第3の収益事業を育てておき、業績のつなぎをつくっておくことです。収益事業からの撤退により業績が一時的に悪化することはやむを得ません。しかし、常に新しい収益源をつくり続けることも、経営層の重要な仕事といえます。
事業の定義を「モノ」から「機能」に変える
——収益事業から撤退せずに、カニバリゼーションを解決できる方法はありますか。
山田 「機能による事業の定義」を行うことで、カニバリゼーションを回避できることがあります。
著名なマーケティング学者のセオドア・レビット氏は「事業を定義する場合、製品で定義するのではなく、市場で定義するほうがよい」と述べています。製品での定義は「モノによる定義」、市場での定義は「機能による定義」と言い換えることができるでしょう。
事業をモノで定義していると、既存のビジネスモデルと新しいビジネスモデルは「食い合うもの」と思われがちです。しかし、機能によって定義することで、それぞれのビジネスモデルは同じ事業ドメイン内で「共存」できるようになるのです。
例えば、リクルートは2012年、求人情報専門の検索サイトを運営するindeed(インディード)を買収しました。社内の既存事業であったリクナビNEXT、タウンワークと競合するサービスを買収したことで、カニバリゼーションの懸念が生まれました。
それぞれの事業では、ビジネスモデルが異なります。リクルートの既存事業では、企業が媒体に求人情報を掲載することで生じる「広告掲載費」で収入を得ていました。一方でindeedは、求人情報をクリックした回数で料金を課金する「クリック課金制」を採用していました。同じ会社の求人媒体事業でありながら、全く別のアプローチをしていたのです。
そこでリクルートは、自社の事業を「個人と企業を情報でマッチングする」と再定義することで、新規事業と既存事業の「並存」に成功しています。この買収から3年間で、indeedの売上は8倍にまで成長しました。
「顧客にとっての価値の対価」を見極め、値崩れを防ぐ
——大企業がWebで新しいサービスを立ち上げようとするとき、既存のビジネスモデルほど高い売価を設定できないケースも見受けられます。場合によっては値崩れを起こす懸念も出てきそうですが、そうした時の対処法はありますか。
山田 新しいビジネスモデルを成功させた企業では、提供価格を「コスト・プラス」ではなく、顧客に提供する「価値」で設定することで、値崩れを回避した例があります。
大手印刷会社である凸版印刷の新規事業として立ち上がった電子チラシ「シュフー」の場合、チラシの製作原価は紙よりも電子チラシのほうが安かったものの、値下げ要求はほとんど出なかったと言います。これは、クライアントがチラシの「広告効果」に対して対価を払っていたからでしょう。
リクルートも同様に、紙媒体からウェブにビジネスモデルを変えたことで製作コストが下がったものの、広告費を下げることはありませんでした。これは、ウェブにしたことで消費者が広告を認知する確率が高まった上、応募や購入におけるユーザーの利便性が高まったことで利用者が増え、広告効果が高まったからといえます。
新しいビジネスモデルが既存のビジネスモデルよりも低コストで運営できる場合でも、「顧客がどこに価値を感じ、対価を支払ってくれるか」という視点から考えれば、値下げ要求に対抗することができます。顧客にとっての本当の価値に目を向け、適切な価格設定ができれば、新規事業における利益確保もできるはずです。
社外パートナーを敵に回さないために求められる配慮
——新規事業を進めていくと、既存事業を支える販売店などの社外パートナーから反感を買うこともあり得るとのことですが、その場合はどのように対応すればいいでしょうか。
山田 ビジネスモデルの転換によって最も影響を受けるのは、既存事業の製品を販売していた流通チャネルに連なる企業でしょう。彼らと日常的に接している営業担当者は、会社と取引先の板挟みになり、カニバリゼーションへの懸念を示す可能性は高いと言えます。
こうした問題に対処するには、流通チャネルに絡む企業の売上や利益を急減させないような工夫が必要です。具体的には、既存事業の販売店に新規事業の製品を販売する窓口になってもらうような取り組みが考えられます。
例えば、大手タイヤメーカーのブリヂストンでは、リトレッドタイヤという再生タイヤビジネスを立ち上げました。リトレッドタイヤは摩耗したタイヤを張り替えて再利用する、というもので、新品タイヤと競合してしまいます。
ブリヂストンは環境配慮といった社会的責任を果たすためにこのビジネスを始めた背景があり、中長期視点で見れば欠かせない事業といえます。しかし、新品タイヤが売れなくなれば販売店の売上が減りかねないため、反感を持たれることは必至でした。
そこで、リトレッドタイヤの販売を販売店に依頼し、販売店に売上を立てる仕組みづくりを行ったのです。これにより、新品タイヤの売上の減少分をカバーしています。
ビジネスモデルの変革を進めるとき、販売店のような弱い立場にある企業の存続を危うくする可能性があります。一方、メーカーの立場としては、販売店を敵に回してしまうと、製品を販売してもらえなくなる恐れもあります。カニバリゼーションを克服するためには、こうした流通チャネルに配慮し、一緒に変革していく仕組みや姿勢が欠かせないのです。
隠れたところで育み、カニバリゼーションを乗り越える
——カニバリゼーションの克服には経営層の役割が大きいと指摘されています。一方、ミドル層はカニバリゼーションに対して、どのように向き合うべきでしょうか。
山田 「隠れたところで取り組む」という姿勢で取り組むことが有効です。カニバリゼーションになりかねない新規事業を本社のど真ん中でやっていては、途中で潰されかねません。だからこそ、本社や本体から隔離された環境を確保することが重要です。
凸版印刷が電子チラシ事業「シュフー」を立ち上げたのは、従来の印刷によるチラシ事業の売上が減少するなど、既存事業の限界が見えていた最中でした。そうした中、当時のチラシ営業の担当者が「電子チラシ」の事業企画を本社に提案したのですが、非採択になってしまいました。
そこで、当時大阪勤務だった同担当者は、関西の地の利を生かしたテストマーケティングを実施しました。その後、チラシ印刷の売上トップクライアントだったイトーヨーカドーに営業し、電子チラシを採用されたことが転換期となります。本社から離れた関西で新規事業を育み、売上トップのクライアントを味方につけ、本格事業化へと至ったのです。
このように、新規事業を本社から離れた場所で育むことは重要です。そこで実験や成長を経て、クリティカルマスを超える域に到達できれば、事業を本格化できる可能性も高くなります。
大きな変革には、正面突破にこだわらず取り組むことも大切です。カニバリゼーションをうまく回避したり、時には踏み台にしたりすることで、企業の発展に繋げていただければと思います。
筆者:三上 佳大