中途半端な新自由主義の末路、一蓮托生の大学と文科省

10月1日(月)6時0分 JBpress

大学と文科省の関係の行く末は・・・。

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 前回の記事(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/53915)では、「2018年問題」*1への文科省の対応の目新しさは、結局のところ、大学間の連携と統合を円滑に進めるための枠組みづくり(国立大学法人のアンブレラ方式、私立大学の学部単位の事業譲渡、大学間での、あるいは地域や産業界を巻き込んだ連携を推進するための組織の設置)という点に落ち着いたことを見た。

 今回は、高等教育政策として、こうした対応をどう評価したらよいのかについて考えてみたい。

*1:2018年を境として18歳人口が減少傾向に転じ、それが、各大学にとって、入学者の確保を困難にし、ひいては大学そのものの存続を危機に陥れかねないという「問題」。


「将来像の提示」と「誘導」という基本路線

 ただし、本題(中央教育審議会(中教審)の大学分科会「将来構想部会」の「中間まとめ」に盛り込まれた今回の対応についての検討)に入る前に、視点をより広く持っておきたい。というのも、いよいよ「2018年問題」が到来した現段階での文科省の対応は、実際には、2000年代に入って以降の高等教育政策の基本路線によって、大きく制約されていたはずだからである。

 では、2000年代以降の高等教育政策の基本路線とは、何だったのか。それは、設置基準の「大綱化」を標榜した1991年の大学設置基準改訂以降、規制緩和という形で徐々に進みつつあったものであるが、それを象徴的な表現で、高等教育政策の転換として示したのは、前回の記事でも触れた2005年の中教審答申「我が国の高等教育の将来像」であった。いわく、今後の高等教育政策は、従来のように「高等教育計画の策定」や「各種規制」に重きを置くのではなく、「将来像の提示」と政策的な「誘導」を主たる任務とするのだ、と。

 結局、その後は、どう動いたのか。時代は、新自由主義に基づく社会構造改革が強力に推進され、規制緩和によって競争原理を働かせることこそが、活力や成長を生むのだといった社会思潮の全盛期であった。文科省の政策も、大学や学部の設置認可に関しては大幅な規制緩和を繰り返したため、次々と新規の大学・学部が設置され、大学は量的な拡大を遂げていった。いわゆる「団塊ジュニア世代」の通過以降、18歳人口はすでに減少期に入っており、将来的には落ち込むことが誰の目にも明らかだったはずなのに、である。

 もちろん、文科省としては、大学の量的拡大を、ただ手をこまねいて眺めていたわけではない。ことあるごとに「将来像の提示」を試み、その実現を図るために、補助金による「誘導」も試みてきた。それが、2000年代以降、現在に至るまでの大学改革である。

 その内容は、学長のリーダーシップの確立を図り、教授会の権限を限定するガバナンス改革から、「三つのポリシー」に基づく教育課程の実施・運営、学生の「主体的な学び」を実現するためのアクティブラーニングの導入、エビデンスに基づく評価手法の確立といった大学教育改革、さらには高大接続の円滑化、キャリアガイダンスの義務化などによる「大学と社会との接続」の改革にまで及んでいた。


基本路線の帰結、あるいは破綻

 2000年代以降の大学改革は、文科省の思惑としては、大学の量的拡大を許容しつつも、同時に、大学全体の“足腰”の強化を図ることによって、18歳人口以外のターゲット(社会人や留学生)にも大学教育を波及させる狙いもあったのだと理解できなくもない。つまり、「2018年問題」は、きちんと射程に入れていたのだという言い分である。

 しかし、本気で「改革」を実現しようとするつもりなら、そこで取られた政策の手法は、はたして合理的なものであったのか。新自由主義の時代思潮に乗って、規制緩和は大前提で量的な拡大を許容しつつ、しかし、質的には飛躍的な改善や向上を図るという政策の狙いは、そもそも無理を含んではいなかったのだろうか。

 結局、結果はどうなったか。大学は、その“足腰”を強化したというよりは(もちろん、そうした大学も一部にはあったと思うが)、全体として見れば、相次いで上から降りてくる改革の「嵐」に翻弄され、疲弊し、少子化にもかかわらず、受け皿を量的に拡大した結果としての入学者の「層」の変容(端的に表現してしまえば、質の低下)に苦しんできたのではないか。

 多くの大学は、“させられる”改革に消耗しただけで、18歳人口以外のターゲットに訴求力を持つようになるための、大学教育の質的改善などには到達しえなかったと言わざるをえない。そして、その状態のままに、18歳人口がさらに減少傾向に入る「2018年問題」に突入したのである。


中途半端な新自由主義

 こう見てくれば、「2018年問題」に対する大学間の連携と統合の促進という現時点での高等教育政策は、この15年あまりの高等教育政策の帰結であり、言ってしまえば、散々「大学改革」騒ぎをした挙げ句の“破綻処理”に他ならないのではないか。つまり、ここまで来てしまった以上は、一定数の大学が経営破綻に陥ることも見えてきたので、せめてその処理を円滑に進めていくための措置、大学間の連携と統合の枠組みを整えておこうというわけである。

 ここで、あらためて指摘しておきたいのは、「将来像の提示」と「誘導」という高等教育政策の基本路線は、確かに新自由主義を基調とはしているが、しかし、純粋な理念型としての新自由主義的な政策スキームからは外れる、極めて日本的なものだったのではないかという点である。

 純粋な新自由主義に基づけば、結果が出るまでのプロセスにおいては、参加者には自由と裁量が与えられる。そして、結果については、厳密に評価が行われ(あるいは、市場が「評価」を下し)、パフォーマンスの悪い参加者は、遠慮なく「退却」を余儀なくされる。

 しかし、2000年代以降の文科省の高等教育政策の場合には、明らかにこれとは異なる施策が展開されていた。

 つまり、「高等教育計画の策定」や「各種規制」はしないと明言しつつも、実際に大幅な規制緩和を行ったのは、新規の大学や学部の設置認可のみであり、大学が自らの“足腰”を強化すべく行う組織改革や教育改革に関しては、各大学に自由と裁量を与えるというよりは、さまざまな「法的規制」や、国立大学の運営交付金、私立大学の助成金、さらには競争的資金による「誘導」を巧みに張り巡らすことで、強力なコントロールが敷かれてきたのである。

 だからこそ、ある意味での「結果」が見えだした2018年の段階を迎えても、文科省の側は、その「結果」は当事者である大学の自己責任であると、自信をもって“見限る”ことができない。それは、これまで各大学に対しては、政策サイドが望む「大学改革」を散々強いてきたという事情がある以上、そう簡単に手のひらを返すわけにはいかないということであり、であればこそ、今後はさらなる連携だ、統合だと、高等教育政策としての次なる“手出し”を試みようとしているわけである。

 さすがに今回は、経営状況があまりに悪い私立大学などには、私学助成を減額するなどの措置を講じて「退出」を迫るくらいの覚悟はあるのかもしれないが。


大学の側の責任

 こうした中途半端な新自由主義、政策によるコントロールを実質的には手放さない文科省の姿勢は、大学に対しては、自らが「当事者責任」を取ろうとしないことへの格好の言い訳や正当化の根拠を与えてしまう。誤解を恐れずに言ってしまえば、文科省と大学との「もたれ合い」の構造を延命させてしまうのである。

 筆者も私立大学に所属する教員なので、はっきりと言わなくてはならないが、「2018年問題」への対応は、第一義的には各大学の「自助努力」と「自己責任」に基づく経営判断で行われるべきである。そこに、国の責任や文科省の責任を求めるのは、筋が違うであろう。

 ただ、そのためには、各大学に対しては、改革への自由と裁量を与えることが絶対条件である。まかり間違っても、“させられる”改革で大学人たちを疲弊させ、消耗させてしまうようなことは、直ちにやめなくてはならない

 そのうえで、高等教育政策に望むことがあるとすれば、それは、大学教育全体を“底上げ”するための条件整備や財政面での支援に他ならない。財政支出は、もちろん「公共財」としての大学が果たしている社会的役割に見合う範囲にとどまらざるをえないとしても、現状における公費支出が、先進諸国の中で最も劣位にあることは周知の事実であろう。

 そうした基盤整備がされた後に、であれば、それでも改革努力や経営努力が実らない大学が出てきたとしても、それはもはや誰の責任でもない。


大学間の連携と統合のゆくえ

 最後に、「2018年問題」に対応して、大学間の連携と統合を模索する現在の高等教育政策をどう評価すればよいか。

 これまでのような中途半端な「自由競争」と「政策コントロール」の生煮えの“ごちゃまぜ”体制が続くならば、そこに大きな効果を期待することはできないのではないか。文科省によって暗黙の「圧力」をかけられた国立大学法人や、自ら積極的にか、やむを得ずかは別として、一部の私立大学は動くかもしれないが、大々的な動きになるようには思えない。

 これだけは願い下げにしていただきたいのは、新たに設置される連携推進のための組織「大学等連携推進法人(仮称)」や「地域連携プラットフォーム(仮称)」が、蓋をあけてみれば、結局は官僚の天下り先を増やすだけの役割に終わってしまうという事態なのではないか

筆者:児美川 孝一郎

JBpress

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