必要なのは"格差是正"より"貧困の救済"だ

10月1日(日)11時15分 プレジデント社

日本が直面するさまざまな難問を、どう解決すればいいのか。経済学者や政治学者の議論だけでは限界がある。玉川大学の岡本裕一朗教授は「哲学という切り口も役立つはずだ」という。たとえば難問のひとつは「格差拡大」。世界の哲学者たちは、格差の是正より「貧困の救済」を訴えているという。なぜなのだろうか。4つの難問を哲学で考察していこう——。

■1. 大失業時代


プロ棋士を倒すソフトが出現し、車の自動運転が実現するなど、進歩する人工知能。コンピュータは単純計算といった人間の仕事を代用してきたが、やがて医者や弁護士のような知的労働にも進出し、失業者が増えていく可能性は高い。アメリカの全雇用の47%が高いリスクにさらされ、10〜20年のうちに自動化されるという予測もある。



「テクノロジーが急速に変化し、人間の生活が後戻りできないほど変わる未来を、人工知能の権威レイ・カーツワイルは、『技術的特異点』と名づけ、その時を2045年に特定しました。ホーキング博士も、もし自らを改造できる自律型の人工知能が誕生したら、人間は追い越されるだろうと予測しています」(岡本教授)


自律型の人工知能について考える際、ヒントになる概念が「啓蒙の弁証法」だ。「啓蒙」とは無知な迷信に惑わされず、物事を合理的に理解する理性のこと。本来は人間を解放する有益なもので、近代科学や資本主義などを生み出した。しかしやがてナチズムのような「反−啓蒙」に転化。人間を支配する道具として力を持つようになった。


「外部から違う社会原理が支配しようとするときはすぐ気がつくのに、内部で育てあげてきた原理には足をすくわれやすい。人工知能も同じです。もともとは人間を助けてくれるよきものだったはずが、いつしか人間そのものを支配する可能性があるのです」(岡本さん)


■2. 監視される社会


マイナンバー制の導入によって、監視社会を意識した人は多いだろう。1970年代、哲学者ミシェル・フーコーは、監視社会のモデルとして、「パノプティコン」という概念を提唱した。パノプティコンとは、囚人から見えない場所にいる看守が、大勢の囚人を一望する刑務所。同じように近代社会も、多くの人々が少数者から「監視されている」と受け止めるようになっていると論じた。


さらにデジタル化をふまえて、メディア学者マーク・ポスターは、「スーパー・パノプティコン」という概念を唱えている。



「電子マネーやカーナビなど、断片的な履歴の情報を蓄積していくと、その人の行動や素性が見えてきます。監視されているのに無意識なこと、監視が自動的に行われることが『スーパー・パノプティコン』の特徴。興味深いのは、マンションの監視カメラや子どもが持つケータイなど、生活の自由や安全を保証してくれるシステムが、監視を可能にしていることでしょう」


さらに社会学者トマス・マシーセンは、「シノプティコン」の概念を説く。これまでのように少数者が多数者を監視するだけでなく、マスメディアしかり、多数者が少数者を見物する「見世物」の側面も強まったという考えだ。


そのほか、生産者に訓練を施して規律通りに動いてもらう「規律社会」から、消費者に欲求のまま行動してもらい、その情報をもとにコントロールしていく「管理社会」に移行しているという議論もある。今後、監視や管理が強まる方向なのは間違いないようだ。



■3. 超高齢化社会


日本の高齢化が進んでいる。半世紀前は1桁だった65歳以上の高齢者人口比率は、今や26.7%で世界トップクラス。35年には3人に1人が高齢者になる予測もある。



長寿は世界的な潮流だ。平均寿命が100歳を超える日も遠くないと言われ、マウスの動物実験において若返りに成功した報告例も。


「こうした『寿命革命』を後押しするのは、バイオテクノロジーの発展です。不老不死、遺伝子組み換え。クローン人間の問題を含め、バイオテクノロジーは生命とどう関わるべきか、議論しなければなりません」


「しかし人間の生命に対する人工的な技術介入に批判的なバイオ保守派は、しばしば『倫理的に問題がある』『人間の尊厳を侵害する』といった結論を導きだします。大きな問題は、人間の能力を増強することがなぜ人間の尊厳を侵害するのか、説明できていないことです。今、新しい技術が誕生して使える状態なのに、嫌悪感から議論や研究が滞るのは賢明だとは思えません」


一方で哲学者ニック・ボストロムは、応用科学や合理的方法によって人間の本性は改良可能で、知的・身体能力を拡張できるという「トランスヒューマニズム(人間超越主義)」を提唱し、新しい可能性に言及した。ただし肯定派も否定派も、バイオテクノロジーが人を「ポストヒューマン(人間以後)」へ導く認識では一致している。人はどこへ向かうのだろうか。



■4. 格差拡大


先日、厚労省が所得格差を表す指標のジニ係数を発表した。1に近いほど貧富の差があり、13年は0.5704。日本は年々数値が上昇しており、過去最大だった。



格差に言及した経済学者トマ・ピケティによる著書『21世紀の資本』(みすず書房)は記憶に新しいだろう。


ピケティは資本収益率(r)が経済成長率(g)を上回ると、資産の分布が偏るようになり、現在の傾向が続けば、世界的に格差が拡大していくと指摘した。


またアメリカで労働長官を務めた経験のある経済学者ロバート・B・ライシュは、政府が大企業やウォール街の望むことに注力していった結果、格差が拡大したのだと批判している。


「富裕層は少数で、富裕層以外の一般人は大多数いるため、格差拡大の批判は広く支持を得ます。そして経済的平等を前提に、格差は是正すべきだという結論に収束していくのですが、格差はどうして悪いのかと聞かれると、誰もはっきり答えられません」


「ピケティもライシュも、格差を全部なくして、完全に一律な社会をつくろうとは主張していないし、それを誰も望んでいない。どんな格差はダメで、どこまでの格差なら許容できるかをわれわれは考えていくべきでしょう」


ここでヒントになるのが、「平等主義」に対比する概念として、哲学者ハリー・フランクファートが唱えた「十分主義」だ。道徳的に重要なのは、所得が多いか少ないかではなく、お金を十分持っていない人には与えて、各人が生活できるお金を十分に持つことだと説いた。目を向けなければいけないのは、格差是正よりも、貧困の救済なのである。


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岡本裕一朗

玉川大学文学部教授。西洋近現代思想を専門にしながら領域横断的な研究にも取り組む。近著に『いま世界の哲学者が考えていること』がある。

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(ライター 鈴木 工)

プレジデント社

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