生成AI時代を勝ち抜くヒント…最先端技術を使わない任天堂「ファミコン」が世界的にヒットしたシンプルな理由
2024年10月2日(水)5時50分 JBpress
近年、さまざま産業で生成AIが新たなイノベーションを生み出している。変わりゆく世界を前に日本企業のリーダーは何を学び、どのような視点を持ち、次なる戦略をどう講じるべきなのか。前編に続き、2024年7月に『2035年に生き残る企業、消える企業 世界最先端のテクノロジーを味方にする思考法』(PHPビジネス新書)を出版した京都大学経営大学院客員教授の山本康正氏に、生成AIの活用において国内外で注目すべき分野、そこから日本企業の経営者が学ぶべきことを聞いた。(後編/全2回)
■【前編】成長続く生成AI新勢力図「GOMA」、中でも際立つマイクロソフトの「抜け目ない戦略」
■【後編】生成AI時代を勝ち抜くヒント…最先端技術を使わない任天堂「ファミコン」が世界的にヒットしたシンプルな理由(今回)
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生成AIのユースケースは「一つ一つ試すしかない」
——前編では、生成AI開発をリードする各社の動向について聞きました。著書『2035年に生き残る企業、消える企業』では、さまざまな産業での生成AIの活用例を紹介していますが、特に注目しているのはどのような分野でしょうか。
山本康正氏(以下敬称略) 1つは「ヒト型ロボット」です。
ロボットの実用性に向けた最も大きなハードルは「頭脳」です。関節の動きといった身体能力の開発はある程度進んできましたが、「何が起きたときに、どのように動くのか」という状況判断をする頭脳部分の開発が非常に難しいのです。
しかし、生成AIの進化に伴い頭脳の部分が格段に進化し、人間のような状況判断の実現が近づいています。
2024年に行われた米グーグルの年次開発者会議「Google I/O(アイオー)」では、カメラを搭載したヒト型ロボットがオフィス空間の状況を把握し、判断しながら歩き回る様子が発表されました。オフィスに植木の鉢があれば「植木があるから、水をやらないといけない」とロボット自身が判断するようになるのです。
こうしたロボットが我々の日常にどこまで浸透するかは未知数です。ビジネスとして成立するためには利用者自身が「金銭を支払った分だけの便益」を感じなければなりませんし、需要と供給のバランスが取れるかどうか分かりません。しかし、人々の働き方や生活様式が変わりゆく今、突如変化が生じてもおかしくありません。
テクノロジーの進化を振り返ると、インターネットが出てきたころの用途は「メール」「チャット」といったコミュニケーションが主なものでした。その後にはeコマースの利便性が人々に受け入れられ、スマートフォンの普及や社会環境の変化も相まって爆発的に広がりました。しかし、当初から「インターネットをeコマースに使おう」と考えていた人は極めて少数でしょう。つまり、ユースケースはどこにあるか分からない、ということです。
ロボットに関しても同じ構図になると考えています。どのユースケースが世の中のニーズとマッチするのか、まだ確定していません。だからこそ、一つ一つ試し続けて確認していくしかありません。
生成AIが「ディープテック」の世界にもたらした革新
——著書では、すでに生成AIがイノベーションを巻き起こした「創薬」の分野について解説しています。具体的には、どのようなインパクトをもたらしたのでしょうか。
山本 例えば、米アルファベット傘下のGoogle DeepMindが開発した生成AI「アルファフォールド」は、体内に存在するタンパク質の3次元構造を分析することで、薬による体内の化学変化を高精度で予測することを可能としました。
人間の体内に存在するタンパク質は、数多くのアミノ酸がつながって構成されています。そのアミノ酸は複雑に折りたたまれているため、アミノ酸の配列自体は分かっても「立体的にどうなっているか」が分からなければ、薬による化学反応を予測することは難しいといわれていました。
これまで多くの研究者たちがアミノ酸の3次元構造の解明に尽くしてきましたが、これは知恵の輪を解くような複雑さであり、多大な時間とコストがかかる解析作業でした。ところがアルファフォールドの登場により、時間をかけずに高精度でそれらを予測できるようになったのです。これにより治療薬の開発や薬物の標的の特定など、多大な貢献を果たしています。
Google DeepMindの公表情報によると、アルファフォールドは「人体に入っているタンパク質の構造は、ほとんど解明できた」としています。従来の研究に要していた長い年月を考えると、とてつもないイノベーションです。アルファフォールドは創薬の分野において「なくてはならない存在」になりつつあるのです。
日本国内にもバイオテクノロジーやヘルスケアの企業は数多く存在しますが、今後、アルファフォールドが誕生したことによる影響も広まるはずです。アルファフォールドは、医療や創薬といったディープテックの分野においても、生成AIが影響を及ぼしていることを示す好事例と言えます。
コンテンツ大国の日本が目指すべき未来
——生成AIの分野では海外が先行する一方、日本企業が世界で生き残るために、どのような分野に着目すべきでしょうか。
山本 私は、コンテンツ産業に日本の可能性を感じています。テクノロジーが発展する時代だからこそ、コンテンツの分野における日本の強みを生かさない手はないと思うのです。
例えば、1983年に任天堂が発売した「ファミリーコンピュータ」は世界的なヒットとなりましたが、世界最先端の技術や性能を備えていたわけではありません。ヒットを生んだ大きな要因は、「家の中でゲームを楽しむ」という世の中のユースケースにぴたりとハマったことです。ゲームやアニメは「日本のお家芸」ともいえるコンテンツですから、これを生かさない手はないはずです。
——ゲームやマンガ、アニメを海外に広める上でのポイントは何でしょうか。
山本 アニメーションにおいては「ストーリーに感情移入できるか」が肝になります。どんなにお金をかけて高画質で精巧な動画を制作しても、感情移入できなければ人気は出ません。
一例として、スーパーマリオというキャラクターを使ったコンテンツがあります。スーパーマリオのゲームが大ヒットしていた1990年代、実写映画化に取り組んだものの、あまり話題にはなりませんでした。一方、2023年に公開されたアニメ映画「ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー」は世界的なヒット作となりました。
ここでの勝因は「ストーリーを国内海外問わず受け入れられる展開にしたこと」と考えられています。テクノロジーそのものも大事ではありますが「ストーリーをどう見せていくか」、そして「キャラクター、アニメ、グッズ、小説など、多様な接点でいかに世界観を作れるか」が重要です。
特に、キャラクターのビジュアルに言語の違いは問われないので、そこに生成AIを絡めて異国の人をつなぐことには大きな可能性があると思います。コンテンツ大国の日本が目指すべき山は、そこにあるのではないでしょうか。
テクノロジーを活用した例としては、マンガに特化した「ローカライズ支援ツール」が挙げられます。効果音や書き文字など、日本のマンガ特有の表現を自動解析し、各言語に翻訳するシステムです。こうした仕組みを活用することで、翻訳にかかるコストを大幅に削減し、短時間で多言語に配信することも可能です。
また、将来的にはキャラクター設定やストーリー展開まで生成AIで作ることも可能になるでしょう。そこからヒット作品が生まれる可能性も十分あります。「人はどのような展開に感動するのか」を科学し、生成AIを活用することで、天才漫画家だけに頼らない漫画の形を生み出せるかもしれません。
経営者には「AI時代のリーダーと対話できる知識」が必要
——これからの時代、日本企業の経営者が最新テクノロジーを企業の発展に役立てるために、どのような視点を持つべきでしょうか。
山本 確実に言えることは「英語で情報を取得する習慣」がなければ、世界から遅れる一方だということです。経営者には本を読む方が多いと思いますが、海外で出された書籍が日本語に翻訳される時点で2年前後の遅れが生じています。テクノロジーの世界では、それは致命的な遅さとなります。そうした情報収集のスタイルを続けているようであれば、10年後も生き残ることはできないでしょう。
経営者にとっての必須スキルは「英語を通じた情報収集を行う能力」、そして「英語のディスカッションに参加できる能力」です。「もし明日、グーグルCEOのスンダー・ピチャイ氏と話をするとしたら、何を議論できるだろうか」と想像してみてください。そこできちんとした仮説を持って議論できないようであれば、その企業の未来は危ういのです。
現在はグーグルの経営陣ですら、毎日とんでもない忙しさで働きながら、勉強を続けています。そうした状況ですから、日本企業の経営者は「その倍以上の努力」をしないといけないのではないでしょうか。
今は生成AIを活用すれば、英語の情報もすぐに日本語に翻訳できます。だからこそ、あらゆるものを活用しながら世界の最新動向をキャッチアップする姿勢は必須です。
そして、生成AIをはじめとするテック領域で活躍する天才たちの多数が20代から30代、という点も見逃してはいけません。日本の年功序列社会では「まだまだ若輩者」と捉えられがちな若手の人たちが、最先端を走っているのです。日本の経営者は、そうした生成AI時代のリーダーたちと話す機会を持つことから始めるべきだと思います。
米国の伝統的な大企業も危機感を持っています。例えば、米ゼネラル・エレクトリックでは「リバースメンタリング(逆メンター制)」という制度が導入されており、若手社員とベテラン社員が役割を逆転させてレクチャーを行っています。世界では、あらゆる世代の人が「自分より年下の人と対等に議論し、学び取る機会」を必要としています。日本企業の経営に最も必要なのは、そうした姿勢なのかもしれません。
筆者:三上 佳大