40代で起業をした女性社長が目指す未来

10月9日(火)9時15分 プレジデント社

2017年にリリースを開始した訪日外国人向けアプリ「WAmazing」。香港や台湾を中心にユーザーを増やし、これまでに17万人が利用しているという。リクルートを辞め、40代で起業した女性社長が目指す未来とは——。

■リクルートで地方創生に挑戦


【田原】加藤さんは慶應義塾大学を卒業してリクルートに入社された。どうしてリクルートに?


【加藤】当時の就職活動は就活本を買って業界研究するのが普通で、そこで目についたのがリクルートでした。広告業界の本にも載っていたし、通信業界とか、出版業界の本にも載っていて、一体この会社は何だろうと。振り返ると、私が卒業した慶應の湘南藤沢キャンパスも、総合政策学部や環境情報学部など、名前だけではよくわからない学部がありました。昔から枠にはまらないものに心惹かれるのかもしれません(笑)。


【田原】リクルートではどんなお仕事をされたのですか?


【加藤】新規事業の立ち上げばかりやっていました。最初にやったのは、雑誌「じゃらん」のインターネット版です。


【田原】「じゃらん」はどういう雑誌?


【加藤】いわゆるリクルートの得意な、広告をコンテンツとした旅行雑誌です。ジャンルが旅行なので、ホテルや旅館から1コマいくらで広告を取ってきて、それを並べて見せる。私が担当したのは、それをインターネット化する事業です。リアルタイムにホテルの空き室が見られて、予約が取れる「じゃらんnet」というサービスを立ち上げました。


【田原】それから?


【加藤】フリーペーパーの「ホットペッパー」や結婚情報誌「ゼクシィ」をインターネット化しました。「じゃらん」も含めて、リクルート時代の最初の10年は紙をネットに置き換える事業です。それぞれ充実していましたが、ビジネスを一企業の枠でやるのに少し飽きも感じていました。なので、後半は中長期的に社会に貢献できるような事業をやりたいなと。



【田原】どういうことですか?


【加藤】小泉内閣のときに日本は観光立国を目指すというステートメントがあって、2006年に観光立国推進基本法が成立しました。プライベートではその翌年に、第一子を出産。観光庁ができたときに職場に復帰しました。そのとき「じゃらん」でやっていたビジネスが地域活性に役立つのではないかと考えて、「じゃらんリサーチセンター」で研究員をやらせてもらうことにしたのです。




WAmazing 代表取締役 加藤史子氏

【田原】観光が地方創生になるということ?


【加藤】はい。地方が衰退しているのは若者が減っているからですが、若者が減っているのは少子化のせいではありません。どの自治体でも、人口流出の8〜9割は19〜24歳で起きています。つまり子どもはいても、進学や就職、結婚で出ていってしまうのです。かつては若者の流出を工場誘致で止めようとしていました。しかし、アジア諸国に工場が移り、国内の第二次産業は空洞化した。空洞化しないのはサービス業です。とくに観光業は、逆に地方のほうに人が来てくれる。観光業を盛り上げて、それで暮らしが成り立つことがわかれば、若者も地元にとどまってくれるんじゃないかと。


【田原】具体的には何をしたの?


【加藤】「雪マジ!19」というプロジェクトを立ち上げました。きっかけは長野県庁からの相談でした。スキー客が激減しているから集客のための提案が欲しいと。


【田原】それで提案したのが「雪マジ!19」?


【加藤】はい、日本人の19歳の人たちにリフト券を毎日無料で提供する。リフト1日券は、だいたい5000円弱。これを無料にすることで、スキー場とその周辺産業を活性化しましょうという事業でした。でも、県庁からは「スキー場会社にそんな提案をしたら、無料にする分の補助金を出せと言われる。だからできない」と却下されてしまって。仕方がないので、長野県ではなくリクルートの自主事業として全国でやることになりました。


【田原】スキー場の反応はどうでしたか?


【加藤】まず11年の4月にセミナーを開きました。東日本大震災直後でほとんどのスキー場が前倒しで営業を終了されていて、翌年以降の運営が不安だったからなのか、とても多くの方が集まってくれました。結局、初年度は約90カ所のスキー場が参加。1年目は様子見をされているところも多かったのですが、2年目以降はプリンスホテルなどの大手も参加してくれて、いまは約200カ所まで増えました。



■大手がやらないインバウンド領域


【田原】「じゃらんnet」も「雪マジ!19」もうまくいった。なのに、どうしてリクルートを辞めちゃったの?


【加藤】やりたいことができるなら、大企業の中でサラリーマンとしてやっても、外に出てベンチャーでやっても、どちらでもよかったんです。リクルートでやっていたのは、昔はベンチャーでやる環境が整っていなかったから。ここ数年はベンチャーの資金調達環境が劇的によくなって、社内でスポンサーを探して予算を取ってくるほうが難しくなっていました。それなら外に出て自分でやったほうがいい。もう1つ、リクルートはキープヤングの会社で、現社長の峰岸真澄さんは40代で社長になりました。独立したとき、私はすでに40代で、社長になる目はない。社長になりたかったわけではないのですが、このまま会社にいても意味はないという思いもあって、外に出ました。




田原総一朗●1934年、滋賀県生まれ。早稲田大学文学部卒業後、岩波映画製作所入社。東京12チャンネル(現テレビ東京)を経て、77年よりフリーのジャーナリストに。本連載を収録した『起業家のように考える。』(小社刊)ほか、『日本の戦争』など著書多数。

【田原】リクルートを辞めて、WAmazingを設立される。訪日外国人を対象にしたサービスをやっているそうですが、インバウンドで起業したのはどうしてですか?


【加藤】私が起業したのは16年7月でしたが、15年は訪日外国人が1974万人。18年に3300万人というのは見えていて、将来的に20年は4000万人、30年は6000万人と予想されています。ところが、日本の大手旅行会社がインバウンドの波をうまくつかまえているかというと、そうでもない。そこにベンチャーの勝機があると考えました。


【田原】大手旅行会社はインバウンド、うまくいってないの?


【加藤】イノベーションのジレンマでしょう。既存の旅行会社の売上比率を見ると、97%が日本人が対象。残り3%に本気になれないでしょうし、本気になっても国内市場とは大きさが違うので、簡単にはいかないのだと思います。


【田原】大きさが違うって、どういうことですか?


【加藤】国内市場は半数以上を50歳以上の方が占めています。だから吉永小百合さんを広告に起用するし、広告も新聞やテレビといった4大メディアが中心。それに対してインバウンドの8割はアジアからの訪日外国人で、アジアは平均年齢が若い。日本の平均年齢は48歳ですが、アセアンではタイが30代で、20代の国も多い。彼らはデジタルネーティブで、紙の新聞は読みません。年齢層やマーケティングチャネルが違うので、日本の大手は訪日外国人をうまく取り込めていないのです。


【田原】取り込めなくても、3%だから痛くない?


【加藤】どうでしょう。いまのところインバウンドの市場規模は約4.5兆円で、国内は21兆円。しかし、20〜30年のどこかで逆転が起きると予測されています。そうなると、本気にならざるをえないのではと。



■無料SIMを配ってユーザーを続々獲得


【田原】データはわかりました。そもそもどうして外国人は日本に来るんだろう。日本はおもしろいのかな?



【加藤】まず距離が近いことが大きいです。アジアの国々が経済発展して物質的に満たされると、次は海外旅行のニーズが高まります。そのときコト消費の代表格として、候補に挙がるのが、距離が近くて観光資源が豊富な日本というわけです。


【田原】日本は観光資源が豊富ですか。


【加藤】昔、父親の出張についていってポーランドを訪れたことがあります。そのときオプショナルツアーで連れていかれたのがザコパネという山間の町。「見ろ、山だ」と言われたのですが、正直、日本人にとっては何も珍しくないですよね。バリ島のウブドに行ったときもそう。人気ツアーの「ライステラスブレックファースト」を申し込んだら、棚田に連れていかれて朝ごはんを食べるだけ。それに3万円払って、私は何をしているのかと思いました(笑)。でも、私がそう感じたのも、日本は自然が豊かだから。森林率は約7割で、海岸線は世界第6位の長さがあり、南北に長いため魚種が豊富。さらに四季があるから食材の種類も多い。自分たちが考えている以上に、日本は観光向きです。


【田原】サービスの内容を具体的に教えてください。


【加藤】いまWAmazingと書かれた自販機のようなマシンを日本の20の空港に設置しています(18年9月現在)。このマシンに訪日外国人がスマホをかざすと、無料(15日間、500MB)で使えるSIMカードが出てくる。これを自分のスマホに差すと、訪日客は滞在中、無料でモバイルデータ通信ができます。


【田原】僕はよくわからないけど、外国人もWi-Fiを使えば通信できるんでしょう?


【加藤】日本はフリーWi-Fi環境があまり整っていません。モバイルデータ通信ならWi-Fi環境に関係なく使えるので訪日外国人にはとても喜ばれています。


【田原】でも、無料で提供したら儲かりませんね?


【加藤】日本での通信環境を無償提供するかわりに、事前にWAmazingのアプリをスマホにダウンロードして、個人情報を登録してもらいます。そのアプリでは、宿泊施設の予約ができたり、レジャーや買い物スポットの案内が読める。訪日外国人がそれらの施設を利用すると、送客の手数料がもらえる仕組みです。


【田原】アプリを使った旅行代理店か。アプリを入れてもらうかわりに、無料のSIMカードを配ってる。


【加藤】はい。いま台湾と香港を中心に17万人のユーザーがいて、ダウンロードしてくれた人のうち6〜7割は、何らかのサービスを利用してくださっています。



■成功の近道は「やり切る」こと


【田原】競合はどこですか。先ほど日本の大手は本気でやってないと言った。ならばWAmazingの独壇場ですか? たとえば香港人が訪日するときは、どこで宿泊予約するのでしょう。


【加藤】いま圧倒的に強いのは、グローバルなOTA(オンライントラベルエージェント)です。アゴダ、ブッキングドットコム、エクスペディア、中国限定ですがシートリップ。旅行したい人は、これらの会社で宿泊の手配をしています。


【田原】それらの会社から顧客を奪うにはどうすればいいですか。無料SIMだけで戦えますか?


【加藤】訪日特化の強みを活かしたいです。訪日外国人がシェラトンやマリオットに泊まるならOTAが楽でしょう。しかし、浴衣で街歩きがついているプランで温泉に泊まって、夕食はカニですかエビですか、最寄り駅からの二次交通はどうしますかという予約になると、OTAは対応できない。ビジネス的には手間がかかりますが、きめ細かさで勝負していきます。


【田原】きめ細かくやるとなるとシステムじゃできないから、人手が要りますね。いま会社は何人ですか。


【加藤】正社員が30人弱で、半分は開発スタッフです。たしかにおっしゃるようにきめ細かなコンテンツを提供するとなると、マーチャンダイズのスタッフはもっと必要になります。資金調達しながら増やしていきたいです。


【田原】いま資金調達はいくら?


【加藤】株式による資金調達は累計8億円で、銀行借入が1.4億円くらい。さらにいま第2ラウンドの資金調達を進めているところです。


【田原】すでに宿泊施設とのパイプや人員を持っている日本の大手旅行代理店と組んだらどうですか。


【加藤】悩ましいところです。日本人向けなら、ゴルフ場も「○○インターから車で1分」でいい。でも外国人はマイカーじゃないので交通手段も含めて商品をつくらなくてはいけません。そこまで事業者さんと細かく話をするなら、自社でしたほうがいいかなと。


【田原】今後の展開も教えてください。


【加藤】サービスの領域を広げていくことになるでしょう。宿泊やレジャー施設だけではなく、レストランを予約できたり、タクシーを呼べたりするとユーザーは便利でしょう。


【田原】訪日外国人をワンストップで面倒見る?


【加藤】そうですね。最終的には訪日外国人のプラットフォームサービスとしてナンバーワンになりたいです。ただ、まだ規模が小さく、全方位でやるとリソースが分散して中途半端になりかねません。まずは集中と選択が必要。山をどこから登ろうかと日々悩んでいます。



【田原】最後に聞きたい。事業を成功させるにはどうする?



【加藤】正解を選ぶのは難しいと思います。大切なのは、正しい選択をすることより、選択したものが正しくなるようにすること。じっくり考えたうえで何かを1度選んだら、あとは脇目もふらずにやり切る。体育会的な発想ですが、結局はそれが成功に近づく一番のコツじゃないかと。


【田原】諦めないことが大事ということですか。


【加藤】もちろんダメだとわかったらやめる勇気も必要です。でも、その判断ができるティッピングポイントまではやり切らなければと思っています。WAmazingの現在の戦略も、しっかりやり切ります。


【田原】わかりました。頑張ってください。


■加藤さんから田原さんへの質問


Q. 独立したとき、怖くなかったですか?


僕が東京12チャンネル(現テレビ東京)を退社してフリージャーナリストになったのは1977年。退社といっても、正確にいえばクビです。いろんなことをやりすぎて、要は干されちゃった。だから迷いはなかったし、クビになったことも「これから自由にできる」と思ったくらい。もっとも、もともと自由だったから追い出されたんだけどね(笑)


おそらく起業家も同じでしょう。この連載でお会いした方々は、何かしらやりたいことがあって、組織の中ではそれが難しいから外に出た人が多い。そういう人は、失敗することを恐れたりはしません。むしろ自分の手足を縛られることに一番の恐怖を感じるんじゃないかな。


田原総一朗の遺言:怖いのは自由でなくなること



(ジャーナリスト 田原 総一朗、WAmazing 代表取締役 加藤 史子 構成=村上 敬 撮影=枦木 功)

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