従業員40名ほどの印刷会社がなぜ…世界的に注目を集める会社がホームページのトップで公表している数値
2024年10月13日(日)15時15分 プレジデント社
※本稿は、深井賢一『売れる「値上げ」』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
写真=iStock.com/giocalde
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/giocalde
■サステナブル経営において世界的にも注目を集める日本人
「共感づくりの先駆け」の印刷会社
大川印刷の環境印刷
ニチバンの二酸化炭素削減に貢献する『SAFF』プロジェクトは私が行ったマーケティング企画ですが、このアイデアは、ある日突然、天から私に降ってきたわけではありません。実は、その数年前に見かけたある企業のホームページがきっかけでした。
アイデアのきっかけとなったのは、神奈川県横浜市を拠点とする環境印刷の先駆け、大川印刷です。
大川印刷のホームページにアクセスすると、まず目に飛び込んでくるのが、
「環境印刷で刷ろうぜ」
というキャッチコピー。その右脇に「SINCE 1881」とありますから、明治14年創業の歴史ある印刷会社です。古い歴史を刻みながら、目線の先には常に新しい時代に向けての挑戦がある——ホームページのコンテンツからはそんな社風も読み取れます。
実際、未来に向けての「環境印刷」をはじめとしたサステナブルな取り組みをいち早く始め、高い評価を得てきた会社でもあります。キャッチコピーのすぐ下に、SDGs関連の受賞歴がずらっと並んでいるのがそれを物語っています。
社長の大川哲郎氏は国連のイベントへの登壇・スピーチを依頼されるなど、サステナブル経営においては世界的にも注目を集める人物です。
何かと目を引くトップページですが、極めつきは、「お客さまのおかげで今日までに削減できたCO2の排出量」と銘打ち、時々刻々と変わる数値が表示されていること。
この「リアルタイムでの見える化」という画期的なアイデアを最初に目にしたときに、私は非常に衝撃を受けました。
■コストアップする環境印刷を「付加価値」に
大川印刷をはじめ現在では多くの印刷会社が取り組む「環境印刷(=環境に配慮した印刷)」とは、
・印刷時に使用する湿し水については、有害な物質であるイソプロピルアルコールを添加しない湿し水を採用
・FSC®森林認証紙(森林破壊を抑制し持続可能な森林資源を次世代に残すことに貢献できるよう適切に管理された森林の木材を使っている紙)の使用
・石油系溶剤を植物油に置き換えた、ノンVOCインキを自社では99%使用
・配送時には環境負荷の少ないEV車やディーゼル車を使用
……などが挙げられます。
このような方法だとコストアップは避けられないのですが、大川印刷はそれを付加価値として示した先駆け企業なのです。
2019年頃から私はセミナーなどでさかんにこの大川印刷の例を取り上げるようになりました。すると、別の印刷会社から、
「ウチでも環境印刷に取り組んでいるのに、どうして大川印刷さんだけを取り上げるのですか?」
「わが社では環境印刷の方法をとる場合でも、従来の印刷方法と同じ価格に抑えているのに……」
といった声も聞かれました。
ただ、「環境印刷と言えば大川印刷」と代名詞のように名前が挙げるのにはワケがあります。先駆けであるとともに、共感・賛同をもって取引先に受け入れられる仕組みをつくっているからです。
■「見せ方」の巧みさと「見える化」のうまさ
大川印刷は従業員数40名ほどで、印刷所としても小規模な企業です。そのため、ほとんど知られていませんでした。
しかし、「環境印刷」の取り組みを日本国内でいち早く手掛けるようになって以降、あっという間に表舞台に躍り出たのです。
大川印刷の取引先を見ると、国の機関やWWFジャパンなどの環境保全団体、さらにユニセフなど国連関連の団体、外資系の企業や海外の環境保全団体など、国内外の錚々たる有名企業・著名団体が名を連ねています。
写真=iStock.com/olrat
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日本より環境対策への意識が高く、基準も厳しいヨーロッパの企業や団体では、環境印刷のノウハウが定着している印刷所以外には発注しない方針を貫いているところも多く、ましてSDGsの旗振り役を担っている国連や環境保全団体ともなれば、環境印刷は必須です。
それゆえ、成功要因のひとつには、思い切って従来の印刷法を捨て、環境印刷のみに絞ったことが挙げられるでしょう。
しかし日本国内で、まだ環境印刷の認知度も浸透度も低かった時代から国内取引企業を着々と増やしていくことができたのは、先に挙げたホームページの例に見るように、「見せ方」の巧みさ、「見える化」のうまさが大きく貢献していると考えられます。
■身近なところにある「付加価値」「タイパ・コスパ」
タイパとは「タイム・パフォーマンス」の略で、かけた時間に対する効果(満足度)のこと。もともとはZ世代と呼ばれる若者層を中心に広がった言葉です。
物心ついたときからデジタルコンテンツに触れ、膨大な情報を処理したり急激なトレンド変化に対応したりするのが日常的なこの世代は、「タイパ」重視の傾向にあります。映画やドラマのビデオを倍速で視るのもその表れです。
もっともその概念自体は新しいものではなく、Z世代より上の年代では、「時短」とか「時間効率」といった言葉を使っていました。いわゆる「時短商品」もめずらしいものではありません。
しかし、この「時短商品」「タイパ商品」もいまでは、これまでは注目されなかった価値を生み出すようになっています。
■新たな商品企画・開発も必要ない
主婦が主な購買層となる食品業界では、「カンタン」「時短」は、いつの時代も歓迎されます。これまでもさまざまな時短商品や時短メニューが企画・開発され、売り出されてきました。
代表格のひとつが、レトルト食品です。
そのレトルト食品で、タイパトレンドに乗って、タイパ性能をさらに高め、プラスアルファの「価値」をアピールして売り込む仕掛けを打ち出している企業があります。
大塚食品やハウス食品は、50年以上も前からレトルトカレーの大ヒット商品を生み出している企業です。
写真=iStock.com/Wako Megumi
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この2社は、電子レンジ可のレトルト食品は沸騰したお湯につけて温めるよりも、電子レンジで温めるほうが大幅に時間を短縮できる点に注目。さらに、時間短縮だけでなく、二酸化炭素排出量を80%も削減できることを、ホームページ上でわかりやすくグラフで表示しています。
加えて、電子レンジで温める場合は、水を使わず、鍋を洗う必要もないので、水の節約にもなるとも伝えています。
このように既存商品にあらためて価値をつける手法は、新たな商品企画・開発も必要なく、それ自体が「コスパ・タイパ」と言えるでしょう。
■「未来のため」以上に大切なのが目の前にある課題への対処
一方で、従来商品を一歩進化させ、「コスパ・タイパ」仕様の商品を別途、売り出すケースもあります。
例えば、「日清製粉ウェルナのスパゲティをはじめとしたパスタ商品の『マ・マー早ゆでシリーズ』は、アルデンテにゆで上がる時間を短縮でき、また、電子レンジ(※1)でも調理可能であり、調理時の二酸化炭素排出量を標準品(※2)と比較し、鍋でゆでた場合でも36%、電子レンジで温めた場合はさらに多く56%削減できる」と伝えています。
このように、生活の中の身近な食品を通して、「タイパ」が単なる時短に終わらず、未来に向けての環境への配慮、「エコパ」にもつながることを認識してもらえれば新たな活路が見えてきます。
さらに、消費者にとって「未来のため」以上に大切なのが、いま、目の前にある課題への対処です。鍋でゆでるにしてもレンジでチンするにしても、「早ゆでパスタ」なら、時短にできる分だけ光熱費を節約できます。
「タイパ」が「エネパ」にもなる——昨今の光熱費の高騰、値上げラッシュの渦中にあって、これは訴求力があります。
原料等のコスト高で商品自体は値上げせざるを得なくなっても、「タイパ」商品なら、光熱費を節約できる分、評価されるのです。
■身近な商品・サービスの「変換と換算」の手法
「タイパ」に取り組んできた商品であれば、食品に限らず、日用品、調理家電など、どんな商品にも適用できます。
ただ、より「共感」を生むように伝えるには、よりていねいなアピール法が必要です。すなわち「変換と換算」の上手さが必要なのです。
例えばレトルト食品の場合、「電子レンジで温めるvsお湯で温める」の比較では、電子レンジで温めた場合には、お湯でゆでるより二酸化炭素排出量を80%も削減できるとします。
そうであるなら、電子レンジ使用だと1食あたりだと、どのくらい二酸化炭素を削減できるのかを計算して、伝えます。
出典=『売れる「値上げ」』
ここから、電子レンジ使用で毎週・毎月・1年間食べ続けると、どのくらいの二酸化炭素排出量を削減できるのかも見えてきます。
これが家族3人なら3倍、4人なら4倍の量を削減できるとなれば、「ゆで方をレンチンにするだけで、こんなにも二酸化炭素排出量を減らすことができる!」と、より生活者の実情に沿った具体的な数字を示すことができ、驚きと共感を引き出すことができるでしょう。
■タイパ商品は家計にもやさしい
また、調理時間が短くなる分、電気代やガス代の節約にもなります。これも1食あたりどのくらい節約できるかがわかるように換算できるのではないでしょうか。その数字を見れば、タイパ商品は家計にもやさしい商品だと実感をもって理解してもらえるはずです。
深井賢一『売れる「値上げ」』(青春出版社)
このような「換算」によって、二酸化炭素排出量の削減に加え、電気代やガス代の節約もできるという、ダブルの価値をもった商品として訴求できるのです。
原料の高騰で値上げを余儀なくされた食品であっても、調理時間の短縮によって、電気代・ガス代を節約でき、しかも、二酸化炭素排出量も減らせるので、世の中のために「ちょっといいコト」ができるようにもなる。
そうとわかれば、その商品を使い続けよう、応援しようという気持ちになるに違いありません。
※1 高たんぱくタイプ、サラダスパゲティは電子レンジ調理できません
※2 太さ1.6mmの「マ・マー チャック付結束スパゲティ(標準品)」と「マ・マー 早ゆでスパゲティ FineFast チャック付結束タイプ(早ゆでFineFast)」をガス火および電子レンジ(600W)で100gゆでる際に排出されるCO2量を算定(GHGプロトコルの概念に基づき日清製粉ウェルナ社にて算出)
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深井 賢一(ふかい・けんいち)
リブランディングコンサルタント、ソーシャルプロダクツ事業コンサルタント
1989年4月 ヤラカス舘(現YRK and)入社。リブランディングコンサルタントとして、ヘルスケアメーカーのカテゴリーマネジメントやストアマーケティング、スーパー・ドラッグストアの売場開発などを得意とする。2017年より、ソーシャルプロダクツのマーケットプレイスを運営するSoooooS.カンパニー取締役。2019年より一般社団法人ソーシャルプロダクツ普及推進協会事務局長として、ソーシャルプロダクツの適正な市場普及や、企業によるSDGsの本業化・ブランディング・コミュニケーション活用に取り組んでいる。
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(リブランディングコンサルタント、ソーシャルプロダクツ事業コンサルタント 深井 賢一)