西鉄はなぜ「ダイヤグラム時刻表」の無料配布を続けるのか

10月13日(日)7時0分 NEWSポストセブン

通勤用車両を改造した柳川観光列車「水都」

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 すっかり目にすることが少なくなった紙の時刻表。スマホがあれば大丈夫と思いつつも、駅などで無料配布されている時刻表はちょくちょくもらって財布に入れている人も少なくないのではないか。その無料配布時刻表で、西日本鉄道はダイヤグラムを使用している。異色の時刻表は何のために作られ、どんな人が利用しているのか。ライターの小川裕夫氏がレポートする。


 * * *

 一時期、時刻表は月100万部を超える発行部数を誇っていた。時刻表を発売している出版社は多々あるが、そのなかでも鉄道ファンや業界内の間では、交通新聞社とJTBパブリッシングが発行・発売する時刻表が二大巨頭といわれる。


 これらの時刻表は、ビジネスマンや旅行者の多いホテルや飲食店では必置とされていた。しかし、時代は変わった。紙の時刻表は、その役目をスマホアプリに取って代わられている。


 時刻表のデジタル化は今に始まった話ではないが、スマホアプリが普及し、ヤフーなどから簡単に時刻を検索できるようになった。また、鉄道会社も独自に運行情報を配信。鉄道会社によっては、今、どこに、どんな電車が走っているのかをリアルタイムで教えてくれる。イノベーションは、紙の時刻表の存在感を薄めた。


 とはいえ、紙の時刻表も座して死を待っているわけではない。


 今年9月にはJTBパブリッシングが1964年10月号を再現した『時刻表 完全復刻版1964年10月号』を発売。1964年10月は東海道新幹線が開業した月でもあり、鉄道業界のみならず国内全土が大きく変貌していたことを実感していた時期でもある。復刻版の発売は記念品的な要素も濃いが、こうした芸当ができるのは紙ならではといえるだろう。


 復刻版の発売は、少しでも紙の時刻表を復権させようという思いが込められているが、"どこでも、ネットで検索"という手軽さと便利さには太刀打ちできない。今後もネットやスマホアプリが攻勢を強めるのは自然な流れだ。


 そんな紙の時刻表が逆風にさらされる中、九州・福岡県を地盤にしている西日本鉄道(西鉄)は通常の時刻表とは異なる不思議な時刻表を無料で配布している。


 西鉄以外にも、駅で時刻表を無料配布する鉄道会社はある。それら鉄道会社が無料で配布する時刻表は、簡素なつくり・内容になっている。


 一方、西鉄が無料配布している時刻表は、そうした無料配布の時刻表とは一線を画す。なぜなら、折りたたみ式の時刻表を開くと、そこには複雑なダイヤグラムが描かれているからだ。


 ダイヤグラムとは列車の運行状況を図表化したもので、一般的に縦軸が距離(駅)、横軸が時間となっている。通常の時刻表は発車時間と到着時間ぐらいしか情報が盛り込まれないが、ダイヤグラムはどこの駅で追い抜くか、どの駅でどのぐらい停車するかといった詳細な情報もわかるようになっている。


「ダイヤグラムの描かれた時刻表が、いつから作成・配布されるようになったのかは記録に残っていないので詳細は不明です。ただ、40年前には、すでに配布されていたようです」と話すのは、西鉄広報課の担当者だ。


 大手私鉄に数えられる西鉄は、多くの鉄道会社が合併して誕生した。そのため、西鉄に本線は存在しないが、西鉄福岡(天神)駅をターミナルにした天神大牟田線が実質的に本線格。ダイヤグラムの描かれた時刻表は、この天神大牟田線用のものだ。


 天神大牟田線は、西鉄福岡(天神駅)—大牟田駅間の74.8キロメートルの路線。沿線には大野城市・筑紫野市・久留米市・柳川市・大牟田市といった福岡県内の人口の多い都市が連なる。そのため、地方の鉄道路線とはいえ、通勤・通学ラッシュ時には東京圏・大阪圏並みに混雑する。日昼帯も地方路線の閑散としたイメージからは遠く、運転本数も利用者も多い。


「通常の時刻表と異なり、ダイヤグラムを掲載している理由は"特急から急行""普通から特急"といった乗り継ぎをスムーズにしてもらうためです。天神大牟田線には各駅に停車する普通のほか急行、特急といった電車が走っています。発車時刻・到着時刻だけが記載されている簡素な時刻表では、そうした特急から普通へ、普通から急行へと乗り継ぎ時間を的確に把握することができません」(同)


 西鉄は「いかに、乗り継ぎをスムーズにさせるのか?」を常に至上命題として抱えていた。なぜなら、西鉄の本線格でもある天神大牟田線には、いまだ単線区間があり、それがダイヤ上のネックになっているからだ。


 単線区間はそれほど長くなく、また郊外部にある。それでも、単線区間が存在することは特急などの増発、所要時間の短縮を阻む要因になる。 複線化すれば解決できる問題ではあるが、複線化には用地買収が必要になり、それには時間もかかり費用も莫大になる。簡単には複線化できない。また、天神大牟田線は立体交差化が進んでいないために、都市部でも踏切が多く残っている。そうした課題を一気に解決することは難しい。


 天神大牟田線は、ほぼ全区間にわたってJRの鹿児島本線と並走している。天神大牟田線の所要時間が長くなれば、利用者に不便をもたらす。それは利用者離れを起こしかねない。天神大牟田線は西鉄の稼ぎ頭なだけに、利用者がJRと流れてしまえば、西鉄の経営は圧迫される。


 また、2011年には九州新幹線が全通。ビジネスや観光需要を奪われる要素が増えた。


 ダイヤグラムの掲載された時刻表は、そんな国鉄・JRとのスピード競争を勝ち抜くために生まれたと推察される。しかし、そこまで深く考えられて誕生したと思われるダイヤグラムの時刻表だが


「社員や関係者などはダイヤグラムを使いこなしていると思いますが、一般の利用者がダイヤグラムをどこまで使いこなしているのかはわかりません。沿線外からお越しの利用者は、特に気にすることはないかもしれません」(同)という。


 時刻表を見ながら移動の行程を考える利用者はいるだろうが、ダイヤグラムまで駆使してスケジュールを組み立てる利用者は想像しにくい。ほぼディープな鉄道ファンだけだろうか。


 一般利用者にとっては、主な駅の発車時刻・到着時刻だけが掲載されている時刻表でも十分と思われる。それでも、西鉄はダイヤ改正ごとに新しいバージョンを発行する。


「直近ですと、2019年3月に新しいバージョンを作成・発行しました。配布部数は3万部です」(同)


 気づく人は少ないかもしれないが、ダイヤグラムまで掲載されている時刻表には西鉄の静かなる思いが詰まっている。

NEWSポストセブン

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