部品の7割を外部に依存するトヨタが「数時間分の在庫」しかもたない理由

10月14日(水)9時15分 プレジデント社

2020年、4月29日、フランス・ヴァランシエンヌのトヨタ工場でフェイスマスクを着用した作業員が作業を行っている。ヴァランシエンヌのトヨタ工場では、4月23日から流行の予防のための取り組みを行い、生産を再開している。 - 写真=Avalon/時事通信フォト

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新型コロナウイルスの影響で自動車業界は危機にある。だが、トヨタ自動車は直近四半期決算で黒字を計上した。なぜトヨタは何があってもびくともしないのか。ノンフィクション作家・野地秩嘉氏の連載「トヨタの危機管理」。第6回は「常在危機の生産現場」——。

写真=Avalon/時事通信フォト
2020年、4月29日、フランス・ヴァランシエンヌのトヨタ工場でフェイスマスクを着用した作業員が作業を行っている。ヴァランシエンヌのトヨタ工場では、4月23日から流行の予防のための取り組みを行い、生産を再開している。 - 写真=Avalon/時事通信フォト

■製造業の現場で在宅勤務はできない


危機になると、常日頃から行っているトヨタ生産方式は生きてくる。リーン(引き締まった、ムダがないの意)な生産体制だから、部品調達をフレキシブルに行う素地ができている。

たとえば、他社が2週間分の部品在庫を持っているとする。トヨタならばライン側(そく)の在庫は数時間分だ。つねに緊張感を持って部品を調達している。


「ここがダメなら、あそこから買う」といった変化に慣れている。


もうひとつは顧客志向の考え方だ。トヨタ生産方式にのっとって仕事をしていれば協力会社のありがたみが身に染みてくる。部品の7割を外部に依存しているトヨタは協力会社、販売会社、地域、社会がなくては存続できないとちゃんと理解するようになる。


だからこそ、トヨタの人間は危機になると地域や社会に対して支援を実行する。


トヨタ生産方式という日常は危機に強い体制を作る基礎だ。


長くトヨタ生産方式を広めるセクションにいたチーフ・プロダクション・オフィサーの友山茂樹は「トヨタ生産方式は危機に俊敏に対応するものだ」と語る。


「新型コロナ危機はこれまでの災害危機、経済危機とは少し様相が違いました。災害であれば工場の壊れた設備を直せばいい。経済危機で車が売れなくなったら、販促策を打つという手がある。今回は本当に見えないウイルスが敵で、人流、物流とも止まってしまった。しかも、会社に出てはいけない。製造業の生産現場は在宅勤務なんかできないんです。そして、それがグローバルに一斉に起きた……」


■ストックが少ないから足りないものがすぐわかる


「トヨタ生産方式はリーンな生産体制です。今回は、完成車、調達部品ともパイプラインをにらみながら、生産の対策本部で、『つなぐ』仕事をする毎日でした。


危機の際の原則は、売れる地域の売れる商品を作れるところで作る。これは部品でも同じ。ただ、これが結構難しい。膨大なサプライチェーンがあるわけですから。


例えばフィリピンで作っていた通信系の機器がネックになり、その代替生産をする場所と国を探してつなぐのがいちばん大変でした。他社が2週間の部品を持っているとしたら、うちは仕入先在庫を含めてもせいぜい3日分しかない。3日後の生産を今日決めるという感じが続きました。



逆に言えば、パイプラインの中がリーンだから、どこに何が足りないというのは時々刻々とわかる、そこがよかったです。たとえば中国マーケットは早く回復したので、日本からの調達部品はそちらに重点的に振り向けた。


僕はCPOの立場で、生産本部と販売本部の調整をしました。販売本部と生産本部を集め車種別に、作ることができるのはどの車種なのか。売れているのはどれかをお互いにつきあわせて、その場でどこに力点を置くかを決める。生産に余力のある車を売るために営業はその車の販売促進策を集中的に打つ一方、売れている車をさらに売るために、そこの工場の工程に生産調査部のスタッフを投入する。そうして、生産のサイクルタイムを1秒でも2秒でも縮める。そういう製販一体の連携も危機管理では重要です」



写真=iStock.com/Morsa Images
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Morsa Images

■「危機があってから体を鍛えても遅い」


「うちには設備は償却してからが勝負だというポリシーがあります。試作工場では、償却し終わった設備を直して、手で一つひとつ機械をセッティングして部品を作ったりしている。それができる技能系のスタッフがいるし、昔の機械でも修理できる保全マンがいる。それを若手にまた教えたりして。モータースポーツブランド『GAZOO Racing』の車の部品を作ってもらってますよ。レース用部品は少量生産ですから。


トヨタ生産方式は変化に強い。やっているうちに変化が好きになってくる。変化があった時ほど、オレの出番だという連中が大勢いるのが強みです。


変化にどれだけ強い企業体質を作るのかは、変化があってからでは遅い。トヨタ生産方式はふだんからそういう体質にするための掟というか作法みたいなものですよ。企業体質と言えば、すぐ収益力とか開発力となるのでしょうけれど、それは結果です。収益力、開発力を生み出す土壌、人材、企業風土がもっとも大切なんです。


そして、この3つがそろってないとトヨタ生産方式を実行することはできない。一朝一夕ではできない方式です。危機があってからではもう遅い。危機があってから体を鍛えても遅い。僕はそう思う」


■理屈では分かっていてもなぜ実践できないか


なお、補足するが、トヨタ生産方式についてはマニュアルもあるし、たくさんの本が出ている。専門のコンサルタントも世界中にいる。


勉強しようと思えばいくらも方法はある。ただし、本を読んだり、コンサルタントからレクチャーを受けたりしても、それだけではトヨタ生産方式をほんとうに理解するのは難しい。


それはどうしてなのか。


トヨタ生産方式は決して難しい理屈から成り立っているわけではない。高校を卒業したばかりの人間が生産現場に入って1カ月もすれば自然と覚えてしまうものなのだから。理論的な理解はできる。


ただし、この方式は理論をわかっただけでは実践できない。



頭で覚える知識(knowledge)と体で覚える技術(skill)が合体したものだから、知識だけを学んでも腹に落ちてこない。スキルを覚えなくては現場での実践に迷ってしまう。


トヨタの危機管理、対処もそれと同じだ。知識だけでなく、現場へ行って一度は経験しないと、来るべき危機には対処できない。危機管理は平時から行っていて、“いざ鎌倉”の時には平時の延長だと思って対処する。


■「それしかない」と「それでもやれる」の大きな違い


「それしかない」と「それでもやれる」は根本的に違うことだ。


危機が起きて部品が滞留しそうになると、生産調査部の若手が先遣隊として生産現場に派遣される。それは常日頃から生産調査部が協力工場に生産性向上の指導に行っているので土地勘があるからだ。また、危機からの復旧とは設備、機械を直して生産すること。その際、リードタイムを短くしてなるべく早く製品を出すこと。それは元から生産調査部がやっている仕事だ。


そして、被災した現場で重要な考え方が、「それしかないとそれでもやれるは根本的に違う」とわきまえておくこと。


これはトヨタ生産方式を体系化した大野耐一の補佐役だった鈴村喜久男の言葉である。


危機に慣れていない当事者は「あれもない、これもない」とパニックになる。もしくは、「助けが来るまで待とう」と復旧をあきらめてしまう。


しかし、トヨタ生産方式の改善で鍛えられているスタッフは「それでもできる、これでもできる」と頭を切り替える。そうすれば突破口は開ける。


危機を乗り越えるための完璧な準備などありえない。そもそも、危機の初期は情報だって正しいとは限らないから準備したものが間違っている可能性だってある。


昔のことになるが、地下鉄サリン事件が起こった時の第一報はサリンガスの散布ではなく、「爆発事故」だった。それと知らずに、ガスに対しての防備を持たずに現場に飛びこんだ警官、消防隊員は大きな被害にあっている。


情報をチェックし、準備はするけれど、足りない場合はその場にあるもので代用することだ。


※この連載は『トヨタの危機管理』(プレジデント社)として2021年に刊行予定です。



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野地 秩嘉(のじ・つねよし)

ノンフィクション作家

1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。

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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)

プレジデント社

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