誰が「王様のブランチ」を見てるのか…NHK中継"1番DH大谷翔平"に全国民が熱視線の中、裏番組楽しむ"謎の世代"

2024年10月19日(土)8時15分 プレジデント社

米大リーグ、地区シリーズ第5戦でパドレスに勝利しリーグ優勝決定シリーズ進出を決め、喜ぶドジャースの大谷翔平(17)=2024年10月11日、ロサンゼルス - 写真提供=USAトゥデー・ロイター/共同通信社

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「CMもなくNHKの地上波で大谷翔平の試合を見れる贅沢な休日の朝だ」。1番DH大谷翔平のドジャースのポストシーズン全試合を地上波・BSで生中継しているNHKが高視聴率を叩き出している。次世代メディア研究所代表の鈴木祐司さんは「裏番組をことごとく粉砕し、多くの視聴者を奪っている。特に70〜80代、役員管理職層、国際問題に関心ある層の視聴者が大谷に熱狂している」という——。
写真提供=USAトゥデー・ロイター/共同通信社
米大リーグ、地区シリーズ第5戦でパドレスに勝利しリーグ優勝決定シリーズ進出を決め、喜ぶドジャースの大谷翔平(17)=2024年10月11日、ロサンゼルス - 写真提供=USAトゥデー・ロイター/共同通信社

大谷翔平が宿願のMLBプレーオフシーズンに出場している。


レギュラーシーズン中、MLBの記録を次々に塗り替えたが、その活躍は10月になっても止まらない。出場する試合が地上波で生放送されると、裏番組はことごとく粉砕されてしまう。


ドラマなどはリアルタイムではテレビを見ずに、見逃し配信でチェックする人が増えている現代。「その瞬間」を目撃したいと思わせる大イベントが通常の番組を蹴散らかしてしまう状況から、テレビの在り方を考えてみた。


■大谷翔平の威力


2024年のMLBは、大谷の記録ラッシュの1年だった。


ホームラン54本は、大リーグ史上4人目となるナショナルリーグとアメリカンリーグの両リーグでのホームラン王獲得となった。さらにホームラン50本と50盗塁の「50-50」。これはMLBの長い歴史の中で初めて達成された大記録である。


そして打点が130。2位に18と大差をつけ、打率.310が首位にわずか.004及ばず2位となり、三冠王は逃したものの、出場試合・打率・安打・ホームラン・ツーベースヒット・打点・盗塁は、大谷のMLB7シーズンでの最高成績となった。


スイッチメディア「TVAL」データから筆者作成

そして迎えたポストシーズン。


3勝すると勝ち上がるディビジョンシリーズ、4戦先勝のリーグチャンピオンシップシリーズの先にMLBの頂点をめざすワールドシリーズがある。


大谷の所属するドジャースは、ディビジョンシリーズでダルビッシュ有のパドレスを3勝2敗で退け、リーグチャンピオンシップシリーズをメッツと戦っている(10月18日現在、3勝1敗)。


そのうちの地上波で放送された2試合の視聴率をチェックしてみよう。


パドレスとの第5戦と、メッツとの初戦だが、共に12日(土)と14日(月・祝)と休日だったために日本時間の午前だったにもかかわらず高い視聴率となった。


この2試合に共通する現象があった。


午前9〜11時台の中継で、裏番組がことごとく視聴率を急落させた点だ。特に大谷以外に山本由伸とダルビッシュ有が先発したディビジョンシリーズ第5戦は、NHKが大記録を残した。


■ディビジョンシリーズ第5戦を見なかった年代・性別


この日はMLBのプレーオフで日本選手同士が先発で投げ合う初の試合となった。山本が中5日、第2戦で7回1失点と好投したダルビッシュが中4日で先発した。そして大谷は1番・指名打者だ。


スイッチメディア「TVAL」データから筆者作成

試合の中継が始まると、視聴率は文字通りのうなぎ上りとなった。


中継開始直前の個人視聴率は3%弱だったが、わずか15分で3倍近い7%超え。山本とダルビッシュの投げ合い、そしてダルビッシュと大谷の対決に注目が集まった。


「大谷翔平vsダルビッシュ有、空振り三振、どっちもかっこいい」
「名勝負として語り継がれるよなー 日本人に生まれて良かった〜」
「こんなすごい試合地上波でCMもなく見れる贅沢な休日の朝だ」


SNS上でのつぶやきでも、視聴者が手に汗握って注目している様子がわかる。


さて問題は、この記念すべき中継による影響だ。


中継が続いた3時間弱のNHKの前5週の平均視聴率は2%弱。ところがこの日は8.6%となった。つまり、大谷ら3人が戦ったことで、NHKの視聴率は4倍以上も膨れ上がったのである。


そのあおりを受けて、裏番組は全て壊滅した。


前5週平均と比べ、おおむね3〜4割ほど数字を失った。どうやら通常の番組(情報番組やバラエティー番組など)は、その瞬間を目撃したいと思わせる生中継イベントがあると、あっさり離れる視聴者を多く含んでいるようだ。なんとなく眺めている、あるいは他のことをしながらテレビはついているという“ながら視聴”が少なくない証拠だ。


■誰が逃げていたのか?


ではMLB中継で、通常番組から逃げたのは誰だったのか。単なる視聴率の数字ではなく、性年齢別や特定層別のデータを分析すると状況が浮かび上がってくる。


スイッチメディア「TVAL」データから筆者作成

この日の前5週平均で視聴率が高かったのは2番組。


日本テレビ系のバラエティ「ぶらり途中下車の旅」と、TBSの情報ワイドショー「王様のブランチ」だ。共に放送時間の全てがMLB中継と被り、個人全体では視聴者の3分の1を失っていた。


まず興味深いのはT層(男女13〜19歳)。


女性はMLBに全く影響を受けていない。特に「王様のブランチ」はその日のネタや出演者によるのだろうが、前5週平均より1.4倍も高くなっていた。


一方、MT層(男性13〜19歳)は極端だった。


同じ世代の女性とは正反対に両番組とも3分の2の視聴者が逃げ出し、その大半がMLBに熱中していた。性年齢別では、10代男子が最も視聴行動を変えていたのである。


■MLBに注目する大人たち


他にも特筆すべき層があった。


普段の番組を離れMLBに走った特定層がいくつかあったのである。


1〜3層(男女20〜64歳)は極端には変化しなかった。


個人全体と同じレベルか、普段の番組にとどまる傾向が出ていた。ところが4層(男女65歳以上)は大きく動いた。


特に70〜80代でその傾向が強く出た。


実はテレビ草創期、力道山が活躍したプロレス中継が極端に高い視聴率となった。戦争でやられたアメリカの大男を、体格で劣る日本人が空手チョップでなぎ倒す姿に溜飲を下げた人がたくさんいた。


今回の大谷が活躍するMLB中継では、体格でも劣らない日本人がMLBの記録を次々に塗り替えており、そんな姿に感慨もひとしおという高齢者が少なくないようだ。


特定層でも興味深い傾向があった。


Z世代やコア層(13〜49歳)では顕著でなかったが、「スポーツ好き」「役員管理職」「国際問題に関心有」層が大きくMLB中継に吸い寄せられていた。


「スポーツ好き」層は野球の最高峰のゲームゆえ納得がいく。だが、「役員管理職」は意外である。「非管理職」より大きく変化しているのは年齢の問題もあるだろうが、独特の哲学でMLB最高峰に上り詰めた大谷の姿にしみじみするものがあったからではないだろうか。


また「国際問題に関心有」層も興味深い。大谷に限らず、近年のサッカー日本代表や五輪代表の若い日本人アスリートの活躍に、時代の変化を感じているのではないだろうか。この層独特の思いをもって視聴しているような気がする。


■テレビの未来


日の丸を背負って世界と戦う姿が注目を集めると長く言われてきた。


確かにプロ野球など国内スポーツは、たとえ日本シリーズなど重要な試合でも全国区では数字をとらなくなっている。また日の丸を背負っていても、オリンピックやサッカー日本代表戦も、じりじり数字が下がってきている。


どうやら視聴者のマスを動かすには、さらなるテコ入れが必要なようだ。


今回のMLB現象は、大谷の姿をはじめ日本人投手の投げ合いなど、これまでにない要素が加わった。つまり「4年に1度」とか「負けられない戦い」などとメディア側は視聴してもらえるよう必死だが、手垢のついた“紋切型”と捉えられマンネリ化してしまうこともある。


その点、今回のMLBは従来にはなかった新しい要素が満載で、人々は惹かれたのだろう。


考えてみれば、これこそがテレビの基本である。筆者がテレビの現場にいた頃、「something new」と口酸っぱく言う先輩がいた。これを追い求め何か新たな局面を切り拓けば、テレビ番組はまだまだ注目してもらえる。


今回のMLB中継は、改めてテレビの潜在能力と可能性を示しているような気がしてならない。


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鈴木 祐司(すずき・ゆうじ)
次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト
愛知県西尾市出身。1982年、東京大学文学部卒業後にNHK入局。番組制作現場にてドキュメンタリーの制作に従事した後、放送文化研究所、解説委員室、編成、Nスペ事務局を経て2014年より現職。デジタル化が進む中、業務は大別して3つ。1つはコンサル業務:テレビ局・ネット企業・調査会社等への助言や情報提供など。2つ目はセミナー業務:次世代のメディア状況に関し、テレビ局・代理店・ネット企業・政治家・官僚・調査会社などのキーマンによるプレゼンと議論の場を提供。3つ目は執筆と講演:業界紙・ネット記事などへの寄稿と、各種講演業務。
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(次世代メディア研究所代表 メディアアナリスト 鈴木 祐司)

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